二話
短編版「今日も私は、愛おしくてほんの少し憎い貴方とお茶を飲む」を二話に分けました。後半。
「―――ラ、レイラ」
アーロンが私を呼ぶ声ではっと我に返った。
「具合が悪いのか?」
アーロンの紺色の瞳がやや細められる。あぁ、綺麗。
「レイラ?」
……と。いけない。最近こんなことばかりしている。私は慌てて微笑んだ。
「いえ。大丈夫ですわ」
「そうは見えないが」
そう言ってアーロンはそっと私の頬にふれようとした。
やめて。……そんなに軽く触れようとしないで。
瞳が熱をはらんでいるような錯覚に陥ってしまう。好きだと言いたくなってしまう。彼が私の事を心配してくれると思ってしまう。アーロンが心配なのは自分の婚姻とそれが及ぼす利点だけなのに。
「本当に、なんでもないのです」
伸ばされた手を避け窓の外に意識を向ける。これ以上、アーロンを見つめていると泣いてしまいそうだ。
「レイラ」
「なんでしょう」
ああ、私を呼ぶ大好きな貴方の声。
涙が出ないようにぎゅっと瞼を閉じた。
「君が、私を愛していないことは知っている」
「……っ!!」
息が止まるかと思った。バクバクと心臓が凄い勢いで鳴りだし、冷や汗が止まらない。
これは、あの台詞……!
待って。どうしてここで!? その台詞は初夜の日だったはず!
「私は君に愛を求めない」
嗚呼、嗚呼、嗚呼!
胸の痛みで呼吸さえ出来なくなりそうだ。待ってお願い言わないで。まだ覚悟が出来ていないのに。嫌だ嫌だ嫌だ。聞きたくない!
なにを知っているの? 私は愛しているの。愛しているのに……っ!
「だ「まって!」
『だから妻ぶらないでくれるか。私だって君を愛してない』
そう言おうとしたアーロンの台詞を奪う。
あぁ。どうしよう。なんて言えば聞かなくてすむ……? もう知っているからあなたの口から言わないで欲しい。それを聞いたら私は壊れてしまう。
きっと嫉妬に狂って醜く、嫌がらせをしてしまう。物語の「レイラ」のようにはなりたくないの……!
だからお願い。
「言わ……ないで」
息を飲む音がした。
アーロンの台詞が止まる。安堵のため息をつく。良かった。言わないでくれた。
「―――きゃ!」
「すまない」
ぐっと窓の方を向いていた身体を引き寄せられた。アーロンの顔が近くて。こんな状況でも赤くなってしまう私の顔が憎い。
「これを言うのは私、いや、俺の我が儘だ。頼む。聞いてくれ」
アーロンの吐息が私の首筋にかかる。自分の心臓がうるさいくらいなっているせいかアーロンの心臓まで高鳴っている気がする。
「……きき、ます」
アーロンは、誠実な人だから。きっと言わなくては苦しいのだろう。ならば聞こう。アーロンが苦しむくらいなら私がいくら苦しんだっていい。
「君が俺を愛していないことは知っている。知って、いるんだ。俺は、君に愛を求めたりはしない」
不思議と穏やかに聞くことが出来た。
『妻ぶらないでくれるか』
そう言われても大丈夫。大丈夫よ。言いよどむやさしいアーロンに続きを促すようにそっと微笑みかけた。
「だが―――俺は君を愛している」
「へっ!?」
ぐっとアーロンを押しのけた。え、ちょっと待って。うん。落ち着こうか。さっきのは私の願いが聞かせた幻聴に違いない。
「あの、今、なんて?」
「俺は君を愛している」
あ、あああ愛してっ!? って、あぁ、そうかこれは夢ね。自分の頬を思いっきりひっぱたく。
「ったぁ……」
「おいっ!」
痛かった。彼が私の手を掴む。真っ直ぐに私を見つめるその瞳には心配の色が宿っていて……。
「ほ、本当に……?」
「何故、こんな嘘をつかなくてはいけない」
いつの間にか瞳から涙が零れ落ちていた。どうしよう。幸せだ。
ほろほろと流れる涙に彼が目にみえて動揺する。
違うの。これは嬉し涙なのに。
もう誤解を産まないよう、言葉を出すより先に彼に思いっきり抱きついた。
「私も! 愛しているわ!」
その後、彼としばらくぶりに二人っきりで話し合った。色々誤解が生まれていたようで……。
ああ、きっと彼との結婚生活は幸せなものになる。