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ドラゴンスラッシュ  作者: 本松
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 人生で一番遊んだゲームは?と、聞かれたら将棋と答える。


 初めて駒に触れたのは3才の頃、父親が使っていた将棋盤に私が駒を打ち付けて打楽器のように遊んでいたものが始めてらしい。らしい、というのは後に父から聞いた話で私はまったく覚えていないからだ。

 初めて勝ったのは同じく3才の頃、私が将棋パーカッショニストとして活動していたとき、父親が将棋のもうひとつの遊び方、ゲームとしての将棋を教えてくれた。ルールを大まかに聞いた後、父と対戦。技術も経験も父の方が上だったが、初手、私は桂馬が味方の駒と敵の駒を飛び越えて父の玉を討つ、という画期的な戦法を繰り出し、見事勝利を収めた、らしい。

 以来私はアーティストとしての将棋を引退、ゲームのほうの将棋プレイヤーとして活動していった。


「先手、3四角」


 6才の頃、地元の公民館で行われた将棋大会とやらで優勝した。

 当時私は起床、将棋、朝食、将棋、昼食、将棋、おやつ、将棋、夕食、将棋、入浴、将棋、就寝、という生活を送っていた。なぜあんなに夢中に指していたのか、はっきりとはわからない。子供特有の1つのものだけにとことんハマる、というものだろうか。

 だが勝利は気持ち良かったことだけはよく覚えている。こちらの組みに組まれた駒達が相手の駒を蹂躙する。敵の駒組みで相手が何をするか手に取るように分かる。盤の上では何もかも自分の思い通りに進むのだ。

 大人も含めもう私に勝てる人間がいなくなった頃、父が東京にある外壁がレンガのビルに連れて行ってくれた。

 中には私と同じくらいの子供が20~30人ほどいただろうか、全員将棋を指していた。中には大人も数人いたが。状況がよく分からなかったがまあこいつらと指せばいいんだと思い、席についた。

 5局くらい指し、全部負けた。相手は自分より小さい子もいたと思う。

 そのビルからの帰り道、車の中で私はずっと泣いていたらしい。いや、らしい、では無い。ムカつくことにこれだけはハッキリと覚えている。


「後手、3二銀打」


 11才の頃、クラスメイトにダサいと言われた。何がダサいというと将棋をすることがダサいらしい。

 当時男子の間で流行っていたものが、なんか漫画だかアニメのカードを揃えて戦わせるというもので、カードには強いものと弱いものがあり、そのカードはお金を払わなければ手に入らず、買って袋を開けるまでなんのカードかわからない、というものだった。

 なんだ結局金かけて強いカード揃えた奴が勝つんじゃん、戦術もクソもねえじゃん、それをお前、裏返しになっているカードめくって、「やったーきたーいっけー俺のさいきょうのうんたらかんたら」ってバカか、そんなんで楽しめるの?脳のレベル低すぎ、サルかよ。

 今考えてもこの言葉は概ね正しいと思っている。当時私が想像していたより戦術性はあるようだが金をかけて良いカードを揃えるというのは間違ってないからだ。金かけて強くなるんだったら歩を全部飛車にするわ。

 とりあえず上の言葉を、ダサいとほざいたやつに言ったところ、うっせーバカだのアホだのウンコだの、予想通りあまり知性の感じられない罵倒をし出したので2発顔面に拳を入れといた。その後母親が学校に召喚された。


「先手、3三歩」


 中学の頃、学校で一番落ち着けるところは何処だろうと模索していた。詰将棋を解くために一番集中できる場所が欲しかったからだ。

 教室は駄目だ、うるさい。男も女もうるさい。私に話しかけてくる者は皆無だったのでその点は問題ないのだが周りの話し声が駄目だ、集中できない。

 この頃周りで話されていたのは、あのアイドルはかわいーとかこのアイドルすてきーだいてーとかそんな内容だった気がする。私がアイドルと呼ばれるものが嫌いなのはこのせいかもしれない。世の中のアイドル諸君、君らに落ち度は無いが私は君らがどうしようもなく嫌いなんだ、すまない。

 トイレも駄目だ。人が少なく静かだがなぜかこう、屈辱的な気分になる。何度か個室に入ったが、稀に

隣から物を食べる音が聞こえてきた。この狭い空間に隣の人間と二人だけ、と思うとひどく嫌な気分になり、この場所を対象から外した。

 屋上は良いと思ったが、駄目だ。人も少なく静か、陰鬱とした空気も無く雨の日以外は快適なのだが、第三者から見て、屋上で一人本を読んでいる私、というのを想像するとトイレとは違った意味で嫌になる。

 いや、他人が私をどう思おうと全く気にしないのだが、このシチュエーションの自分を自分が見たときのことを想像すると、言葉にするのは難しいが、こう、頭をかきむしりたくなる。風か吹いて自分の髪がなびいたときにはもう限界である。

 最終的に一番無難である図書館に落ち着いた。人はそれなりにいるが話し声はあまりしないし、個々が他人と関らず別々の行動をとっているようで、なんとなく自分と近い種類の人間が集まる場所と感じた。

 たまに先生が、「おー樋口ー、将棋好きなのかー、先生も将棋好きだからーいっちょやってみっかー」

と話しかけてくる。樋口というのは私の名前だ。本名は樋口涼。

 駒落ち(ハンデ戦)でやろうと思ったら「生徒相手にハンデなんかもらえるかー」というので平手(ハンデ無し)で対局し、ボコボコにしてやった。

 当たり前だ、素人が奨励会員に勝てるわけねーだろ。


「後手、同じく銀」


 高校の頃、といっても学校では寝ていたことと補習しか記憶が無い。

 不登校とか社会に反発してみたかったとかそういう事ではない。学校を休んだ日は将棋会館で対局をしていたか、研究会に行っていた。

 このとき私は高校卒業までにプロになることを目標にしていたので、将棋に関する時間を最優先に、学校の勉強等は後回しにしていた。親は高校は卒業しろと強く言うので仕方なく登校していたが。

 体育祭も文化祭も合唱コンテストっぽいものもその練習も準備も何もしなかった。

 私が将棋をやっていることは教師以外知らなかったが、私に文句をつけるやつは誰もいなかった。うん、高校くらいになると周りも空気が読めるな。

 その甲斐あってか高校三年の春、私はプロになった。

 卒業式に先生が、皆に将棋をやっていてプロになったことを伝えよう、と提案したが、答えは言うまでもない。


「先手、8一龍」


 私の指から龍が離れる。

 目の前の人間から幾何か息が漏れる。

 一呼吸置いた後、その口から投了の言葉が出た。


 「まで、137手をもちまして、樋口女流王座の勝ちでございます」


 記録係から私の名前を聞いた後、相手以上に深い息が漏れた。


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