変な顔しているよ?
背中まで伸びる綺麗な黒髪の眼鏡娘。
意志の強そうな奥二重。
彼女は松村千穂。
白のシャツの上に黄色のカーディガンを羽織り、
赤いフレームの眼鏡がトレードマークの僕の幼馴染。
「どうしたの? 変な顔をしているよ?」
千穂が心配そうに僕に尋ねた。
「いや、別に……大丈夫だ」
極力自然な様子を繕い答える。
謎の宇宙人未来人こと夢野彼方。
彼女はおそらく早朝、僕の家を去った。
一体どこに消えたのだろう。
モアモヤした気分を抱えながら、僕は大学に行く準備をした。
今日の2限には試験がある。
少し早めに図書室にでも行って、最後の足掻きでもしようと家を出た僕を
待っていたのが千穂であった。
「というかお前は僕が出てくるのを待っていたのかよ?」
「待ってないよ。ただ、この時間に出てくるかなぁと思ってちょっと待ってたら出てきただけ」
「そうかい。それはご苦労様です」
「でも、螢のお母さんに時々様子を見るように言われているから監視もかねてね」
にやりと千穂が笑い、僕はやれやれと肩を竦める。
ちなみに僕の実家は徒歩10分くらいの距離にあり、無理を言って今は一人暮らしをさせてもらっている。
僕は千穂に並び、大学に向かって歩き始める。
「あのさぁ、螢が話を不自然に逸らしたり、
変なごまかし方をする時、
曖昧な言い方をする時は何かを隠している時なんだよね」
しばらく黙っていた千穂が鋭い口調で言った。
さすがは幼馴染……。
「大丈夫だって。千穂が心配することではない」
「恰好つけんなよ、ばーか。人に頼ることも大事なんだぞ。
螢はなんでもできるようで何にもできないような男なんだからさっ!
わかっている?」
うるさい奴だ。
母親のような女である。
絵に書いたような優等生タイプ……。
影は薄く、化粧も薄く、胸も薄い。
いつも自分から目立つようなことはせず、
だが実力で(主に学力で)確かな存在感を示す……あまり幼馴染を褒めたくはないけど、すごい女だとは思う。
だけど、幼馴染だからこそ僕は心配をかけたくない。
ましてや今回のような説明しようがない事態を相談するわけにはいかないだろう。
もし相談したら千穂がどんな反応をするのか、想像もつかない。
「螢! 聞いているの?」
「聞いているよ……。
全てがすんだら話す」
「なにそれ……。そんなんであたしが納得するとでも思ってんの?」
相変わらずの嫌な目をしている。
冷たく……だが、強い力のある眼差しなのだ。
僕のようなへなちょこは目を合わせるだけで、
疲れてしまう。
こいつは昔から頑固でくそまじめだ。
曲がったことを何よりも嫌う。
そういう考え方が災いとなって、時に僕から見れば損をしていることもあると思う。
そんな時、馬鹿だなぁと僕は冷めた目で見ることもある。
だけど、そんな千穂を僕は尊敬している。
「それよりもいいのか?
僕なんかに構っていても。
今日は法学部は一限から試験だろ?」
いつも間にか、僕らは大学の正面にいた。
「むー」
千穂は下唇を噛み、不服そうであったが、
何度か時計に目をやると軽く舌打ちをした。
「あとでメールするからっ!」
そう高らかに宣言すると、法学部塔に走って行った。
僕はなびいていく千穂の黒髪が見えなくなるまで、
ぼーっと立っていた。