生きることに悩んでいる人って多いのでしょうか?
「なんて言えばいいのでしょうか。
こうして生きれば幸せになれる! 的な本って意外と多いですよね」
コミックコーナーを後にした夢野がやって来たのは活字単行本コーナー。
ハードカバーの小説やダイエット本、HOWTO本など種類は様々ではある。
その中の一角。意外とスペースを使っていたのが、いわゆる人生論の本だ。
人生論と一言で言っても色々種類があるのだろうが、
どれもが幸せな生き方を指し示す道しるべとなる本、と言えるのではないだろうか。
自己啓発本と言い換えてもいい。
「生きることに悩んでいる人って多いのでしょうか?」
露骨に胡散臭いものを見るような顔つきでページを捲っている。
「多いからこそ、こんなにもたくさんの本が並んでいるんだろう」
「ですが、喋ったこともないような人間が書いたうさんくさい本を読むだけで幸せになれるわけないじゃないですか。少し考えれば分かると思いますが」
「他人が書いた本だからいいんだろう。
僕はまともに読んだことはないけど、こういう本は読み手を批判するようなことはそんなにはないんじゃないか?
『あなたは悪くない。悪いのは時代だ。周囲の人間だ。生まれ育った環境だ』
そんな風に色々な理由をこねくり回して、結局は今のままでいいんだという結論に至る……そんな感じの本が多いんだと思う」
まぁ、あくまで僕のイメージ上の話だけど。
「なるほど。読み手は今の自分がなんとなく嫌だから、自分を変えようとそういう本を手にはとる。
けれども、本気で自分を変えるような努力はしたくないし、本気で今の自分を批判されるような覚悟もない。
だから、ぬるま湯のような毒にも薬にもならない本を読んで『今のままでいいんだー』という自己満足をすることができる本が求められているということですね」
「誰だって批判されたくはないだろうしな。読者だって一時の気休めで読んでいるだけだ」
「まぁ、褒められて嫌な気はしないですものね」
叱られて喜ぶ奴はマゾだけだろう。
「そもそも作者は読者に本気で前向きに生きてほしいと考えて本を書くわけでもないだろう。
何故なら、本当に自分の書いた本で前向きに生きられるようになったら、
もう本を買ってもらえなくなる」
「はぁ、螢おじいちゃんの話を聞いていると気分が重くなりますよね」
夢野は読んでいた本を元に戻す。
「僕に楽しい話を求めるな」
「話していて思いましたが、おじいちゃんって結構後ろ向きな性格ですよね」
「自覚はしているよ」
常に後ろからの負のオーラのようなものに引っ張られているような人間だ。
前向きに生きられたらもうちょっと人生は面白いのかもしれないけれど。
「じゃあ、読んでみたらどうです?
自己啓発本」
夢野が口角をにやりを上げ、端正な顔を歪めた。
僕は棚に目を向ける。
視界に入ったには一冊の本。
タイトルは「人間関係に疲れたあなたに」
夢野を見る。
なるほど。
確かに読んでみたくなった。