事件発生日当日
何故こんなことになった。
眼前には血の池が広がり、その中心には千穂が力なく横たわっている。
周囲には人が多くいるはずだが、何も聞こえない。
千穂を刺した男がゆっくりと体を引きずるように、遠ざかっていくが、
それを目で追うことしかできない。
体が動かない。
僕は何か悪いことをしてしまったのか?
この世に神がいるのだとして、僕はその神に嫌われるようなことをしてしまったのだろうか?
「何もしていないから。
――じゃないですか?」
「ゆ、夢野」
周囲の人だかりの中から、銀色宇宙人の格好をした夢野彼方が近づいてくる。
「情けない顔ですね。顔面蒼白、唇は紫。この世の終わりを迎えてしまってまさに絶望って顔です」
「うるさいぞ……。今はお前の冗談に付き合っている場合じゃないんだよ」
「冗談の一つも言わせてくださいよ。私は私でなんともアンニュイで複雑な気分なんですから」
「さっきから何言ってんだよ……お前」
僕の中の夢野に対する様々な疑心、不審、恐怖、それらすべての負の感情が一気にあふれ出る。
「全てお前の差し金なのか? なぁ! お前は何なんだ!
何なんだよ、何なんだよ……! お前は何だ!! お前は誰なんだよ!」
叫び疲れ、肩で息をしながらも、僕は夢野を必死の形相で睨み付けた。
そうだ。僕の周囲がおかしくなり始めたのはすべてこいつが現れてからだ。
こいつが悪い。
そう、何もかも。
「出るんですね。大きい声」
蔑みと少し意外そうな感情が合わさったような表情。
「さて、どうしましょうかね。本当に」
「心情的には本当に松村千穂を、私は救いたい。本当に」
静かな声。駄々っ子をあやすような優しい声。
こんな夢野は初めてだ。
まるで別人が話しているような感覚。
「でも、あなたの為には救いたくないというのも本音です。
いえ、もっと言えばあなたを殺したうえで彼女を救うのが私にとってのベストです」
「おい、いい加減にしろよ。さっきから訳のわからないことを」
「でも!
そんなことはできませんし、第一、松村千穂はそんな結末を望んでいない」
呆れたように薄く微笑む。
「この人は君に対しては甘いですからね」
千穂の傍らに座り、傷口に夢野は手を当てた。
そして、手元の時計を操作する。
信じられない光景が目の前で起こり始める。
「なっ……傷が消えていく」
「部分的な空間の時間を戻しています。
刺さる前の時間に」
「傷が……塞がった……のか?」
「これで彼女は助かりました。……これでよかった。
……これでよかったんですよね?」
夢野は微笑んだが、その表情には暗い影を感じざるを得なかった。




