前夜
『それと匂い……嗅ぎたかったら、……どうぞ?』
ふざけた置手紙を残し、私は秋山螢の家を出た。
松村千穂は助けたい。
それは本心だ。
だが、秋山螢。
あいつは駄目。
駄目とはいうが、別に悪くはない。
ただ、価値がない。
お父さんは自分の人生を松村千穂の為に捧げ、その意思を私に託し、死んだ。
そして、その私は悩んでいる。
何度も何度も。
そして今も。
深夜2時。
辺りは沈黙に包まれている。
私はタイムマシーンである時計を見る。
「また、戻りますかね」
もう何十回もこの秋山螢と出会ってからの2日間を私は繰り返していた。
いろんなパターンの問答を繰り返し、私は彼を知ろうとした。
彼に価値を見出そうとした。
そして至った結論。
「価値ありませんよ、あいつには」
悪人ではない。
それは間違いない。
だが――それだけだ。
私の人生をかける価値が見出せない。
明日、松村千穂は殺される。
それは逃れようがない運命だ。
「あーあぁ、どうすればいいんでしょうかねぇ?」
その質問に答えるものは誰もいない。
お父さんは知っていたはずだ。
過去に行き、松村千穂を助けるという意味を。
過去に行くだけなら、技術さえあれば誰にでもできることだ。
お父さんだって行ける。
例えるなら、誰でも映画を観ることはできる。
でも、観客にはそのストーリーを変える権利はない。
だから、お父さんには過去を変えられない。
変えた瞬間に初めて未来と過去の自分が同時にいることの矛盾が生じてしまうのだ。
そして、その時におそらく過去・未来両方の自分が消滅し、歴史から消させてしまうのだろう。
消滅こそが歴史改編の条件だ。
まぁ、これも仮説ではある。
誰も実践できていないのだから当然ではあるが。
お父さんは松村千穂の運命を変えるために秋山螢の存在を消すことはできなかった。
だから、私を作った。
私の命を代償に2人の運命を変えろと言っているのだ。
松村千穂を助ければ、秋山螢はお父さんのようにはならず、つまりは私は作られることがない。
よって、松村千穂の運命が変わった瞬間に私という存在に矛盾が生まれるのだ。
「お父さんは初めから私を殺すために作ったわけですね」
夏の夜の空気が体に纏わりつく。
気持ちが悪い。




