殺すか?
少年は打ちひしがれ、その場に無残にも崩れ落ちる。
「さぁ、答えてもらいましょう。
私は……綺麗なんですか?」
少年は地面も見つめたまま、黙秘を続ける。
私はそんな彼を見つめることしかできない。
ドクンドクンと心臓の鼓動音が聞こえる。
さぁ! 答えろ。
緊張の瞬間である。
永遠とも思えた数秒を経て、少年を言葉を紡いだ。
「…綺麗ですよ。
僕が今まで見た、誰よりも」
不貞腐れたようにそう言った少年。
私の耳には高らかなファンファーレも聞こえていた。
気が付いた時には全力で私は少年を抱きしめていた。
「いたいいたいいたいいたいいたいいたい!」
「あぁ、すみません。
ちょっと嬉しすぎて」
「早く放してください! それと服を着てください!」
甲高い声で耳元で叫ばれては堪ったものではない。
真っ赤な顔の少年を放し、距離を置く。
「そうですね。私が美しいことはこれで証明されましたし、そろそろ服を着ますか」
「え? 服持っているんですか?」
「お父さん曰く、必要なものは全てこのタイムマシーンにあるらしいです」
「タイムマシーン?」
「この腕時計のことです。えっと多分、このボタンでしょうか」
私は緑色のボタンを押した。
忽ち、腕のタイムマシーンを中心に私は黄金の光に包まれる。
「おぉおおお! すげー」
という少年の喜声。
強烈な光が川沿いを明るく照らす。
周囲の住民は花火かと思ったのかもしれない。
やがて光が薄まり、辺りは夕闇に再び包まれる。
「へ、変身だー!」
変身。
確かに変身ヒロインのように光に包まれ、服を着ることができた。
だが、私は普通の服が欲しかった。
なんだ、これは。
銀色宇宙人か。
変身ではなく変態ではないか。
窮屈なほど締め付けられ、体のラインが露骨に浮き出るデザイン。
もう死んではいるが、あのジジイに殺意が湧いた。
「まぁ、服はまたその辺で探すことにしますか。
さて、ところで君の名前を聞いていませんでしたね。
お名前は?」
少年に向き直り、尋ねた。
「あ、あきやま。秋山螢です」
一瞬の驚き。
だが、すぐに納得した。
舞い上がっていただけにショックも大きい。
なんだ……結局私は自分にしか会えていないんだ、と。
この子は父の少年姿であり、当然2014年にいるはずの秋山螢の少年時代の姿でもある。
そして、私自身でもあるのだ。
「自分に綺麗って言われても全然嬉しくないですねぇ」
少年秋山に聞こえない程度の声で呟く。
なんとも残酷で馬鹿馬鹿しい喜劇。
私は出演者一人の舞台で踊る痛々しいピエロだ。
「え? 何かいいました?」
「何でもないです。黙ってください。呼吸しないでください」
「ちょ、ちょっとどうして急に不機嫌になったんですか!?」
何故だか秋山螢という存在が憎らしくて仕方がない。
20年も70年も過去に来たというのに、私は秋山螢(自分自身)という存在に縛られている。
こいつを殺したらどうなるのだろう?
そんな黒い考えが不意に浮かんだ。
この子どもを殺せば私という存在はどうなるのだろう。
消えてしまうのか。
それとも自分自身の呪縛から逃れることができるのか。
「お、お姉さん……。どうしたんです?
怖い顔してますけど」
どうする。
どうする。
どうする。
殺すか?
「ほたるーーーーーーー!」
私の中の黒い考えを吹き飛ばすような透き通った爽やかな声。
初めて聞いたはずなのに、どうしてか懐かしい。
振り向かなくても分かる。
姿を見なくても分かる。
この声は――松村千穂だ。




