異界嫁1「獣娘」
適当に書いてたらそこまで人間以外って感じじゃない感じになってしまいました。とりあえずゆるいです、そんな話です。最近なろうで活動していなかったような気がするのでほぼリハビリみたいな気持ちで書きました。
西暦20XX年、地球人類は異世界への扉を発見する。
それから人類は荒れた。そりゃもう荒れた。とりあえずは一般市民には公表されず国の上層部だけで話し合ってはいたのだが、だからと言って異世界からの人・物・情報の流出や流入は止まってくれるはずもなく。結局、その地元では「公然の秘密」となってしまった。
異世界の扉を見つけて数年後、幾つかの異世界との交渉も何とか纏まり、地球とそれぞれの世界は物資や情報などの援助についても取り決めた。戦争もなく、諍いもなく、驚くほど平和に済んだ。しかし平和に済んだからこそ、余計に波風立てることを恐れてしまう訳で。
それからまた数年、「一般市民に公表するか」という議論が各国首脳部で巻き起こった。
結局、地球は日和った。
「公表はしないが、情報の制限もしない」――そんな中途半端な状況のまま、また数年。法律がある程度整備された頃には、古参の異世界人は既にその土地に根付いていた。となれば、男と女がいる以上ああいう問題も出てくる訳で。
***
1・彼及び彼女の恋愛関係者となる地球人は、地球及び居住する国家の法を遵守させる事
2・彼及び彼女の世界における文化を尊重し、また婚姻においてはその世界の了承を得られる形とする事
3・双方には幸福になる権利がある。互いの繁栄と安寧と、何より幸福の為に生きよ。良い人生を
***
「結婚しよう!」
目の前で無駄に元気いっぱいな声で叫んだ女には、頭の上に耳があった。
初めに断わっておくと俺は人間であり、その俺が女って言うからには目の前の女も人間の形をしている。そうなると頭の上に耳とか多少グロテスクな風景に聞こえるが、それは違う。
耳と言っても、あれである。獣のような耳である。なんだお前、ここは夢の国じゃねーんだぞ、記念撮影は園内でやれ。
「やだ」
とか冗談を頭の中でこねくり回すが、実際俺は彼女の正体ぐらい知っている。知らなかったらもっと慌てている。
なんでだよー、とか叫ぶちっさい生命体を無視し、空を見上げる。そこにあるのは『門』だった。俺の目から見れば空の青に紛れる一点の黒にしか見えないのだが、見る人が見れば色々と違うらしい。
――あれが、『異世界』か。
俺が生まれる前からある『門』は空にあるように見えて実は土地に根付いているらしく、離れてしまえば見る事すらできない。しかし、『門』がある場所から見て隣町になるこの場所からはかろうじて見える。子供の頃から見慣れている俺ら世代の子供にとってはあまり実感はないが、この土地は異世界の存在を知る数少ない人間達の町らしい。
まぁ、そんな訳で。こいつは絶対に隣町の人間――異世界人だろう。
「おい、婿ぉ!」
「婿じゃねぇ」
キンと高い声でがなる女の頭を、耳に触れないように押さえつける。なんだか髪質が硬い、チクチクする。
見たところ、自分より年下か同い年だろう――もっとも異世界人がこの世界の人間と同じリズムで成長するのかは知らないが。頭を押さえた事で肩口まである髪が動き、本来人間の耳のある場所にも耳を見つけた。
つむじから観察している内に、両手で手首を掴まれる。そのまま見た目以上の力で手を跳ね除けられた。痛い。そのまま顔を跳ね上げて睨みつけてくる、その瞳の光彩は縦に長い。
「お前は嫁にこんな事をして酷いとは思わないのか! ドメスティックバイオレンス、家庭が崩壊してしまうぞ!」
「お前はまず落ち着いた方がいい」
さて辺りを見渡してみると、割と人通りが多かったりする。しかも、今の俺と同じ服装の男女達……つまりは、学校帰りという事だ。キンキン響くこの猫女の声は間違いなく道行く人々=同じ学校の奴らに聞かれているだろう。
これは不味い。何が不味いって、俺の評判とかその他諸々。意味が分からないが、ここで話し合うのは不味いだろう。
「おい、お前。ついて来い」
という訳で場所を移し、喫茶店である。シックでアンティークな店内と、何より一杯150円のお手頃なコーヒーが魅力。という訳でコーヒーを頼もうと思ったのだが、目の前の女はそれだけでは済まないらしく。
「婿! アイスを食べてもいいか!」
「婿じゃねぇ。ってか俺のオゴリか」
「うん! ここに来るまでの電車賃でお小遣いがなくなったんだ!」
密かに財布に目を忍ばせると、そこには二人の英世さんが居た。今は足りるが、結構寂しい感じである。
見ると、猫女は椅子に深く腰掛け足をパタパタと泳がせていた。サンダルだけを履いた足元が楽しげに揺れる。
あぁ、これは止まらないだろう。諦め、店員を呼んでコーヒー二杯とアイスを注文する。ちなみに猫女の分は念のためにアイスコーヒー。
「で、話を聞こうか」
とりあえずは落ち着いて、女を真正面から見つめる。セーラー服って事は、まぁ学生なんだろう。海兵隊とか言われたら困る。
自然と眉根が寄ってしまう俺とは対照的に、猫女はにへらっと能天気に笑った。何故この状況でこんな自然に笑えるんだろう、ちょっと理解できない。
「話って?」
どうやら俺の求めている事が分からないらしい。なんだか妙に噛み合わない。
「えっと、あー……じゃあ名前だな名前。名前から言え」
「親から付けられた名前がネル。洗礼名がコーデル。氏族名がヤギール。部族名がマルシア。で、合わせてネル・コーデル・ヤギール・マルシア」
異世界の文化はややこしい。これでもこの世界で暮らしている以上は文化的に融和しているらしいのだが、まぁ名前なんか仕方ないんだろう。しかしどこで切って呼べばいいんだ。
「えーっと、ネル」
「それは二人の姉と一人の妹と被る!」
「じゃあコーデル」
「それは母さんと兄ちゃんと被る!」
なんてこった、子沢山だ。いや、そんな事はどうでも良く。面倒くせぇなこいつ。
「じゃあ頭から一個ずつとってネコヤマな」
おぉ、ネコヤマとか凄く猫っぽい。良いあだ名思いつくじゃねぇか俺。意外とセンスあるんじゃねぇの俺。
「うん、学校でもそう呼ばれてるな!」
「……」
「どうした、婿? ドヤ顔から赤い顔になったぞ?」
「忘れろ」
「え、でも……」
「記憶から抹消しろ」
閑話休題。
とりあえず、ネコヤマは一応俺と会話が成立してさらに上機嫌になったらしい。足を動かすリズムに合わせて耳がぴくぴく震えている。なんて分かりやすい奴なんだ。
だが、こいつが俺と話して上機嫌になる理由なんて思いつかない。一体、俺はこいつの何なんだろう。
「で、俺はお前の事なんか知らないんだけど」
「なんでだ!」
いきなり立ち上がり、叫ぶネコヤマ。キンとした声が店内に響き渡り、テーブルが派手に揺れる。今叫んだので気づいたがこの女、犬歯がとても鋭い。怖い。
とりあえず今ので引いてしまった店員さんに目で促す。テーブルにカップとグラス、一枚の皿が置かれる。
「まぁ、食って落ち着け。多分人違いだ」
「違う! 私は覚えている、あの将来を誓い合った日を!」
叫び、ネコヤマはアイスをコーヒーにぶちまけた。そのままスプーンでぐるぐるとかき混ぜる。黒の中に白い渦が生まれ、カフェオレの色身になっていった。これがやりたかったのか。
そのままスプーンで残ったアイスを持ち上げたりしながら、ネコヤマはこっちに向かって眉を吊り上げている。どうやら俺に思い出す事を促しているようだが……なんだろう? これはベタに、子供の頃で覚えていないオチか?
「ちなみにそれはいつだ?」
「三・年・前・だ! まだ思い出さないのか甲斐性無しが! 親権は貰うぞ!」
「出来てない家庭を人質にとるな」
しかしさて、三年前? その時期の俺は女っ気のない男子校時代だ、女と会ってたら忘れる訳がないと思うのだが。しかも獣の耳を持つ異世界の女となると、尚更。
記憶を浚ってみるが、やはり学校の友人と遊んだ記憶しかない。あと受験勉強。彼女欲しい! とか叫んでいる時期だからやっぱり忘れる訳がないと思う。
「やっぱり思い出せない」
「なんて事だ! 養育費は払えよ! ちゃんと五人分な!」
「子沢山の計画立てんな」
まぁそんな寸劇はいいとして、こんな一方的で直線的な女ならさらに忘れるはずはないだろう。ほんともう、一体どういう事だ。
ネコヤマはスプーンをグラスの底に叩きつけ、より一層強く俺を睨みつける。
「遊園地だ!」
「は?」
「私達の出会った場所で、告白した、あの思い出の場所だ!」
はて、遊園地。俺は一人で遊園地に行くなんてトチ狂った事をした覚えはないし、友人たちと遊園地なんてそんな男むさい事……むさい事……
あった。修学旅行だ。
「……えっと、それって東京のアレ?」
「東京のアレだ!」
あぁ、そうだ。女の子だ……確かに女の子に会った! けど……けど……
***
その日、俺は一人きりになってしまっていた。
同じ班で回るはずだった友人達は皆、俺が苦手な絶叫系を巡っていたのだ。友達がいのないあいつらは俺を放って自分達の楽しみを優先するというあまりにも酷い事をしてしまったのだ。おかげで俺は何もする事なく、ぼうっと道行く人を眺めていた。
そこに、彼女はいた。
初めに見えたのは大きな麦わら帽子だ。麦わら帽子がふわふわ動いて、その下から不安げな童女の瞳が見えた。
「迷子?」
気付けばそう尋ねていた。自分の腰までくらいしかない本当に小さな女の子だ。一人でふらふらしていたら、そりゃ迷子かと思う。
しかし彼女は涙を堪えてぶんぶんと首を横に振った。その子供らしい意地がなんだか可愛らしく思えた。
「私はなんぱしにきたんだ。お兄さんはかっこいいからつきあったげるぞ」
彼女のつまらない意地に付き合って、言われるがまま遊園地中を駆け回った。その子の身長では絶叫系に乗れないので安心だ。
遊んで、食べて、遊んで、飲んで、また遊んで。
そうしてる内に日が暮れた。そろそろ集合時間だと言ったら、その女の子は繋いでいた手をぎゅっと握った。その汗ばんだ感触で、今日はどれほど長い間その子と居たかを思い知る。
あぁ、楽しかった。無味乾燥になるはずだった一日が、女の子のおかげで有意義に過ごせた。
「これでお兄さんは私のカレシだな。にしし」
どこで覚えたんだよそんな言葉、なんて笑いながら。女の子と手を繋いでゲートまで歩く。どうやらその子の保護者もその時間にゲートに集合らしかった。だから、そこまでは二人の時間だ。
一期一会だ、名前を聞く気も無かった。ただ一日の感謝をこめて、その遊園地のマスコットが刻まれたペンダントを贈った。女の子が無邪気に喜ぶ姿が眩しくて、妹がいればこんな感じなのかなぁと思って。
「兄ちゃんがな、カレシとは結婚するもんだって言ってた。兄ちゃん、大きくなったら私のお婿さんだな!」
調子を合わせてそうだな、と答えて。結局女の子とはそれっきりだ。
さらば俺の青春。さぁ来年は受験だ頑張るぞーっと思っている内にそんな綺麗な思い出も埋もれてしまって。そして――
***
「大きくなったよ、お兄ちゃんっ!」
「はやいわー!」
異世界人の成長スピードぱねぇ。
「私の世界はほら、ドラゴンとか基本でさ。私達のサイズになると多産多死で早く動けないと命が危険なのだ」
アイスが解けきったコーヒーをずるずる飲みながら、ネコヤマが語る。
「だから私の氏族はここに移ったんだ。このサイズの生き物が生きやすい、この世界に」
俺も熱いコーヒーに口を付け、彼女の話を聞いた。どうにもわりとよくある理由らしい。この世界は人間天下なので人型種族はよく住みたがるらしい。
「で、俺の事なんて名前も教えてなかったはずだけどなんでわかったんだ」
「匂いを覚えてた。なんかあれだ、靴下の匂いがする」
「それが仮にも惚れた男に対する台詞か」
とりあえずやっと正体が分かった。ようやく俺とネコヤマはスタートラインに立てたのだ。
長ぇよ。
「さて、とりあえずあれだな。邪険にしてごめん。まさかこんなに成長してるとは思わなかったし、もう会う事はないと思ってたんだよ」
「なんと。私との関係は遊びだったのか」
「いや、遊びは遊びだけどさ」
そうじゃねぇだろ。耳年増なところはあの頃から変わってねぇな。
呆れて自然と頬が緩む。訳の分からない状況に表情がこわばってしまっていたが、この子が知り合いで理由も分かった今、警戒する事は何もない。
「まぁ、とりあえずすぐに付き合うとかそういうのは無理だ、流石にちょっとな。メアドだけ交換しようぜ」
「あ、ごめん。私は携帯持ってないんだ」
「なんと」
最近の女子校生にしては珍しい事態である。思わずポケットから取り出しかけた携帯をそのまま押し込む。
ネコヤマは半分ほど飲んだコーヒーを手持無沙汰にかき混ぜて口を尖らせる。
「私達は人間より増えやすいからなー、きょうだい多いんだ。だからお小遣いも少ない」
「そうなのか。お気の毒だな」
「という事で、電話番号だけ教えてほしいぞ」
ネコヤマの言葉に従い、メモ帳に電話番号を書き写して千切って渡す。向こうの家の電話番号も聞いておいた。
その後は、特に会話がなかった。それはとても穏やかな時間……と言いたい所だが、気まずい。
いやね、以前一度会ったとはいえその時はガキだったしねこいつ。今となってはおっぱいとかあるよこいつ? つまりほぼ初対面の女子だよ? 気まずいわ。
「……お前きょうだい多いって言ってたけど何人よー?」
「九人だな」
「そっかー」
会話終了。
向こうはそれでも機嫌がいいらしく足をパタパタさせていたが、俺は限りなく気まずい。そんな訳で今日の所は帰る事にさせてもらった。
***
「おいお前、昨日女を怒らせてたって聞いたぞ。ツイッターで」
「噂の拡散早ぇ」
このネット社会に警鐘を鳴らしたい。
そんな訳で教室である。朝である。学校である。これから授業である。かったるいである。
「え、何? マジなの? 拡散希望でマッハで広まったけど俺嘘だと思ってた」
「おいやめろ誰か止めろ」
喫茶店に入った咄嗟の機転が全くの無駄であった。友人は口では信じてないと言っていたが、いきなり聞いてくる時点で興味はあるのだろう。チラチラ周りを見渡せばそこはかとない視線も感じる。
これはとても嫌な事態だ。変な噂が立つと、なんにしてもやりにくい。
「え、ってかお前なんなの? なんでお前幼馴染の俺に断りなくオンナ作ってんの? 死ねよ」
「いや知り合ったのは基本的にお前のせいだからな」
そうです、こいつが絶叫系好きな絶叫野郎コースターマンです。
俺とネコヤマが出会う間接的な原因であり、俺が拗ねて女の子と遊ぼうと思った直接の原因だ。
「うるせぇお前にオンナ紹介した覚えねぇよ。ってかお前マジで付き合ってんの? いや、そりゃねーよな。何、振られたの? 慰めてやろうかはっはっはー」
何でおれこいつと友達やってるんだろう。色々わからなくなってきた。
あぁ、なんかむかついたなこいつ。っていうかこいつ同じ男子校出身なのに彼女既にいるんだよな。許せんよな。死ねよって言いたいのはこっちだよ。
「え、えー……いや、あれ、俺の彼女ですしー?」
思わず嘘をついてしまった。男子高生の見栄怖い。
「……そっか、お前もいつまでもガキじゃないんだよな。いや、悪かった。そうか……お前にもとうとう……」
なんかシリアスにうんうん頷かれた。え、いや、これ、ちょっと言いづらいな……
「なぁ」
「いやぁ、俺達って昔から仲良かっただろ? なんだかんだでいつもつるんで……だから、お前のそういう所心配でさ」
「なぁ、おい」
「中学生の時彼女ほしーって言ってたのもそういうポーズかとな。いやぁ、お前年頃の女に興味がないかと」
「なぁ、おいってば」
「いやぁ、ロリコンでもホモでもなかったんだな」
「余計なお世話だテメェ」
とか話してる内に先生が教室に入ってきた。先生はハゲ散らかした寒々しい頭が示すように規律に厳しい人だ、いや示してねぇな。まぁそんな訳で、友人は自分の席へと戻っていく。
うぅむ、弁解のタイミングを逃してしまった。
とりあえず仕方ないかと先生が出席を取るのを適当に聞き流す。まぁ、弁解はいつでもできるさ。
「あ、それと新垣」
「うぃ?」
先生に呼ばれた。思わず変な声が出た。
「お前の電話番号書いた紙握り締めた異世界人らしき猫のような耳がついた子が『ようやく認知したな!』とか廊下で叫んでいたんだが、あれはお前の関係者だな?」
「マジすいません先生」
先生なんで俺の電話番号覚えてるんだよ。
「よぅ、やっと私を認めてくれたんだな!」
「なんで聞こえてるんだよ」
さてそんな訳で先生から許可を貰って教室から抜け出した訳だが、これどうしよう。目の前のネコヤマはえらく上機嫌だった。
「ネコミミイヤーは地獄耳だぜ!」
「なんでそんな古いもの知ってるんだよ」
自分の耳の後ろでぴんと両手を立てて主張。中々にうぜぇ。
「いやぁ、私達の種族にとってこれは危機感知の為の器官だからな! そりゃあ、大事な事には敏感になろうってもんだ! 校門からでも兄ちゃんの愛の言葉はばっちり伝わったぞ!」
「え、あ、うん……」
ドン引きである。朝から出待ちしてたのかよ、こいつ。発売日前に魅せに並んでる人かお前は。
……しかし、それにしたって、こいつ昨日と同じ服と靴? いや、制服だからそれはいいんだが、ちょっと土の跡とかそういうのがあるってのは。これはもしかして……
――ここに来るまでの電車賃でお小遣いがなくなったんだ!
もしかして。
「お前、帰りの切符買えなかった?」
「恥ずかしながら!」
ただの馬鹿じゃねぇか。
にこにこ笑っているが、無一文で隣町とか……こいつ、本当どうしたんだ……?
「……大変だったろ」
「まぁな。未成年だから補導されそうになったし」
「まぁそりゃ未成年だろうが……そういやお前何歳?」
「6歳だ」
「マジかよ」
成長早ぇ。
「合法ロリという奴だな」
「それなんか違う」
耳年増だなぁ、で済ませていいのかなこの言葉。
いやまぁ、そんな事はわりとどうでもいい。俺が聞きたかったのは昨日どうしていたかだ。
「昨日か? ホームレスのおっちゃん達が助けてくれたぞ!」
こいつは。
こいつは、もう。
本当に……あぁ、もう!
「アホかー!」
「ひうぅっ!?」
「その人らが優しかったから良かったけどなぁ! お前、そういう事したらあぶねぇって分からないのかよ! そもそも、なんでお前電車賃もないのにわざわざ俺に会うだけ会いに来て……あぁ、もう、この馬鹿野郎!」
叫ぶ。他の教室に迷惑だとか、その時だけはそんな事を考えずに叫ぶ。
なんでこいつは、こんなに素直なんだ。大体、初めて会った時も俺が悪い奴とかだったらどうするつもりだったんだ。あの時は子供だからと思っていたが……こいつ、頭の中身が全く変わってねぇ。
……まぁ、三年しか経っていないからか。六歳というのは――人間の基準で考えてはいけないのかもしれないが――これほど幼くてもおかしくはない年齢だろう。
「に、兄ちゃん……私に会いたくなかったのか……?」
「あぁ、会えて嬉しいよ! 嬉しかったよ! でも、それ以上に心配になるわ! 合法ロリどころかお前の頭がロリだわ!」
「え、そんなに童顔かな?」
「ちゃうわ!」
関西人になってしまったが、ともかく。
まだ状況が分かっていないようなネコヤマを軽く小突く。怒られている事に落ち込みこそすれ、自分の何が悪かったのか分かっていない。
あぁ、なんだか。ほっておけないよなぁ。
「いいか、ネコヤマ。俺はお前の彼氏じゃねぇ、今ん所多分お前の事そんなに好きじゃない」
「ショックだ!」
「うるせぇ今から惚れさせろ……んで、恋人関係はなしでも、お前の面倒は見てやるよ」
こういう偉そうな言い方はどうかと思うが、こうでもしないとこの子は分かってくれないだろう。
「面倒見る……?」
「困った事があったらいつでも頼っていいって事だよ! ほら、とりあえず金貸してやるから、今日の所は家帰って風呂入って飯食って寝直せ!」
急に照れくさくなって、邪険に扱う。ネコヤマは硬貨を受け取り、首を傾げながら学校から去った。
「さて」
チャイムは既に鳴っていた。クラスからの「煩いぞお前」という視線を感じる。どうしようこれ。
***
その日の夜の事だった、俺は皆に謝ったりやら先生に罰を受けたりやらで疲れていたのだが、不意に電話がかかってきたのだ。
見てみると、ネコヤマの自宅からだった。
『ど、ども! 兄ちゃんですかっ!』
「なんで緊張してるんだよ」
キンと高い声が耳を突く。布団に寝転びながら、ちょっとは和やかな気持ちで返した。顔が見えない方がやりやすいのだ、ほら女の子の顔とか見てると恥ずかしいですし。
『電話なんてあまり使わないからな。ところで兄ちゃんは新垣さんなんだな、どっちにしてもニイちゃんなんだな』
「あー、うん。そうだな」
適当でゆるい会話と共に、そういえばお互い名前も知らなかった関係だと思いだす。なんというか、奇妙な縁もあるものだ。
『……あのな、兄ちゃん。今日は家族に相談したらやっぱりその人は良い人だって言われたんだ』
「へぇ、そいつは照れるな」
『結婚相手に』
「待て」
おい、まだその話引きずるのか。やめろよ、おい。彼氏彼女の関係ならまだしも結婚とか一足とびにも程があるんだよ。
『だからな、兄ちゃん。やっぱり私は兄ちゃんを惚れさせてみせるぜ。この私のチャームポイントたる八重歯でな!』
「えらく微妙な部位だな」
あとそれは万人受けする可愛い要素ではない。もっと別の所を押せ。
『まぁそんな訳で、明日は兄ちゃんも休みだろ? 恋の宣戦布告がてら金を返しに行くぞ』
「金を返す方をメインにしろよ」
一方的に言い放ち、俺の最後の言葉も聞かず、通話は切られた。
ほんと、もう。なんなんだろなー、あいつ。
見た目は人間から離れてるから、ちょっとそういう風に見るのは難しい。動物としては可愛いんじゃないかなと思わなくもないが、あれはまた動物の可愛さともずれてるし。
中身はなんというかもう、放っておけないに尽きる。俺がいなくちゃどこまでも失敗してしまいそうなあんなのじゃ、傍に居てやりたくもなる。
「これ、恋……なのか?」
違うような、当たってるような。微妙。
***
次の日、自宅の庭で花に水をやっている所にネコヤマが来た。
「兄ちゃん!」
ゆるふわ可愛いボブカットに、耳の根元にそれぞれ淡い桃色リボンで女の子らしさアピール。
口元の色合いも昨日とは違う、薄くだけど化粧をしている。
そして首元には「NEKOYAMA」と鉄のプレートが付いた赤いキュートな首輪。
キャミソールの上に薄手のジャケット、それにホットパンツというなんだか活動的な姿は猫のような姿をした彼女に似合っているように想えた。
足元は、これだけは高そうなブーツだ。俺にはよく分からないが、あのもふっとした温かそうなの。昨日のサンダルだけの格好とは大違いで、なんだかギャップがある。
「どうだ!」
「言葉もねぇよ」
「にしし! 精一杯のお洒落をした私の美しさに声も出ないか!」
「お前のコーディネートの中に一つ不自然なものがあるっつってんだよ!」
ほっそりとした首筋にだぶついている首輪を指さす。対し、ネコヤマはドヤ顔を絶やさない。
「……なぁ、兄ちゃん。私らの種族はな、男のリーダーを頂点とした群れに女が数人集まるのが常なんだぜ?」
「おう、嫌な予感してきた」
「兄ちゃん、私の面倒見てくれるって言ってたよな! 面倒見るって事は群れに入れてくれるって事だよな! つまり、これでいいんだろ!?」
「的中してるよどこの知識だお前それ!」
これはもう、どうしよう。とりあえずとっとと首輪を外させて――ッ!
今、隣の家の扉が開いた。
「あ、そだ兄ちゃん。はい、お金!」
果たして、たった今家から出た友人には俺の姿がどのように見えただろうか。
俺は、『女の子に首輪をつけてなけなしのお金を捲き上げる奴』にしか見えていないと思う。
「……うおおおおおおぉおおぉおん!」
俺は泣いた。泣いて逃げ出した。現実から目を背けた。
もう友達の顔も見たくない! 親の顔も見たくない! どこか遠い所に生きたい! やっぱり異世界人なんて俺の手に負える訳なかったんだ、畜生ッ!
「あ、待てよ兄ちゃん! これ読めー!」
後ろから迫ってくるネコヤマの足は速い。流石獣、流石ドラゴンとかいる世界の住人。でも、でも今は追わないでほしい……!
***
1・彼及び彼女の恋愛関係者となる地球人は、地球及び居住する国家の法を遵守させる事
2・彼及び彼女の世界における文化を尊重し、また婚姻においてはその世界の了承を得られる形とする事
3・双方には幸福になる権利がある。互いの繁栄と安寧と、何より幸福の為に生きよ。良い人生を
***
恋愛誓約書――そう呼ばれる紙を見て溜息を吐く。
異世界人との恋愛における誓約書である。法的な拘束力は全くないのだが、これを役所に提出すれば色々と公認らしい。訳が分からないが。
そんな事をアスファルトの上、ネコヤマの下敷きになりながら考える。
「とりあえずお前、1だけは絶対に満たさせるからな」
「それさえ守れば結婚してくれるのか?」
「考えとく」
三年越しに再開した、獣の耳を持つ娘。彼女が俺にとって不幸の運び手なのか幸運の女神さまなのか、それはまだ分からない。
ただ、嬉しそうな高い声は耳に心地よかった。今はそれだけで十分である。
十分である、と思おう……うん。
割と半端な終わりですけど、まぁはじめという事でこんな感じで。
世界観は用意したのでこの流れでまた続くかもしれません。