特別編
この章は、全編に渡って石崎香織の書き置き手紙の内容です。
タクちゃんへ
突然、居なくなってごめんなさい。
でも、こうするしか方法が思いつかなかったの。
始めに断っておくけど、私が出て行くのは、タクちゃんの所為じゃない。
タクちゃんのことが、嫌いだからじゃない。
タクちゃんのことは、好き、大好き!
でも、昨日のタクちゃんの告白は、高校生の時に聞きたかったなぁ。
それなら、何の迷いもなく、タクちゃんの大きな胸に飛び込んで行けたのに。
まさか、10年も経ってからタクちゃんに再会出来るなんて思ってなかった。
しかも、都会の真ん中で、お互い恋人もいない状態で。
フリーなのは、タクちゃんは年齢と一緒だけど、私は数時間しか経っていなかったけどね!
結構、運命的だと思わない?
でも、無条件にそれを受け入れるには、私達は歳をとり過ぎちゃったのかな?(ちょっとババくさいけど)
タクちゃんの気持ちは、すごく嬉しい。
何の迷いもなく、それを受け入れることが出来たらと思う。
でも、私の全てをタクちゃんに受け入れてもらうのは、図々し過ぎる気がするの。
私って、男運が悪いっていうか、男を見る目がないんだよね。
そんな私の遍歴を、タクちゃんに引かれるのを承知で、書いてみるね。
まず最初は高校生の時…。
その人のことは、三年間、ずっと好きだったけど、鈍感な奴で、全然、振り向いてもらえなかった。
好きになってもらおうと、色々、努力したのに!
誰のことだか分かる?
お前だよ、お前!
この手紙を読んでるタクちゃん!
二人目は、大学生の時の先輩。
色々、アプローチされてるうちに、何か好きになっちゃった…気がしてた。
初めてもその人。
でも、酷い男で、私のことは遊びで、他に本命の彼女がいた。
上京したての世間知らずの女を騙すのなんて、わけないことだったんだろうね。
でも、頭にきたから、その本命の彼女との中をめちゃくちゃにしてやったけどね。
その所為で、『私はヤバイ女』っていう噂が広まって、他の男が寄り付かなくなっちゃったけど、後悔はしていない。
三人目は、数に入れていいのか分からないんだけど…。
ナンパしてきた男。
飲みに行った後、そいつにのこのこ付いて行ったら、セックスしておしまい。
やることやった後、連絡先も聞かれず、サヨウナラ。
名前も覚えてない、ていうか、聞いた記憶もない。
四人目は、最も酷い奴だった。
社会人になってから、友達に紹介された奴。
何か、軽そうな男だったから、付き合う気はなかったんだけど。
気が付いたら、付き合うことになってた。
気が付いたら、私の家に転がり込んで来てた。
気が付いたら、その男は仕事もせず、遊び歩いてた。
気が付いたら、借金の保証人にされ、そいつは私の前から姿を消した。
そして、私には借金だけが残った。
何やってんのお前って呆れるでしょ?
私自身でも呆れるもん。
とりあえず、借金は返さないといけないから、仕事を辞め、キャバクラで働き始めた。
五人目は、そこで知り合った。
結構、大きな会社の御曹司で、私のことを気に入って、指名してくれるようになった人。
ポロっと借金のことを話したら、ポンと肩代わりしてくれた。
お金って、あるところにはあるんだね。
ただ、肩代わりには条件があって、無利子で構わないけど、彼に返すこと。
彼が指定した所に住むこと。
たまには、彼に抱かれること。
いわゆる、愛人契約みたいなものだね。
それでもいいと思った。
とりあえず、借金に追われる日々は終わるし、いい所に住めるし、彼は優しかったし。
『借金が終わったら、結婚しよう』って言われた時は、単純に嬉しかった。
酔った勢いだったけどね。
彼のことが、好きになったのかも、と思った。
でも、借金が終わっても、関係は今までと変わらないままだった。
更に、あろうことか、他の人とお見合いして、そのまま、結婚するかもとか言い出した。
まあ、私は所詮、水商売だし、本気で結婚出来るとも思ってなかったけどね。
今思うと、『彼のことが好き』と思ったのは、勘違いだったんだろうね。
それであの日、タクちゃんと再会する数時間前、彼に呼び出された。
『関係を精算しよう』と言われると思ってた。
手切れ金を渡されたら、突っ返そうとも思ってた。
でも、あの男は笑顔を交えながら、『俺が他の人と結婚しても、キミとの関係は今まで通りだよ』とかほざくわけだよ。
もう、呆れたね、胡散臭い笑顔に寒気がした。
『ふざけんな!』って言って、水をぶっかけてきた。
まさか、ドラマみたいなことを、自分でもするとは思わなかったよ…。
自分自身が情けなくて涙が出てきた。
それで、駅のベンチで泣いてたら、私をチラチラ見てる男に出会ったってわけ。
再会した時は、タクちゃんの家に、転がり込むつもりはなかった。
色々、めんどくさくなったから、仕事は辞めて実家に帰るつもりだった。
でもね、タクちゃんといると安心するのよ、高校の時からずっと。
変に、肩肘張らなくてもいいっていうか、素の自分を出せるっていうか。
ちょっとだけ、タクちゃんとの結婚生活の擬似体験でもしてみようかなって思った。
ほんの出来心で始めたことで、反省はしている。
それが、二ヶ月も続くとは思っていなかったけど。
タクちゃんが、私に手を出してきたら終わりにすればいいや、一回だけならいい思い出に出来る、そんな都合のいいことを考えてた。
タクちゃんは、いい思い出に出来るようなことじゃないのにね、本当にごめん。
最初は、持って一週間だと思ってたから、仕事なんか探していなかった。
でも、二週間近くなってくると、暇だからちょっと働こうかなって思った。
すぐ辞められるような仕事を探そうと思ってたら、上手い具合に見つかった。
コンビニの店長には、悪いことしちゃったから、タクちゃんからも謝っておいて。
期間が長くなってくると、色々な情もわいてくるよね。
タクちゃんのことは、また、好きになっていくし、タクちゃんも『早く出てけ』って言わなくなるし。
私達は、一度、その『情』を断ち切らなきゃいけないと思う。
一週間前のあの日、私が声を出さなかったら、私達はどうしてただろうね。
最初に、手を触られている時から気付いていたけど、気付かないふりをしてた。
だって、本当に愛しそうに触ってるんだもん。
あそこで、声を掛けたのは、タクちゃんの気持ちを確かめたかったから。
体だけが目当てなのか、私のことが本当に好きなのか。
その後のタクちゃんの行動を見てれば、後者なのは分かったけどね。
何か知らないけど、タクちゃん、自分のことを責めてるんだもん。
ちょっと可笑しかった。
ただ、結婚生活の擬似体験は、終わりにしないといけないと思った。
昨日も、別に、手を出して来ても良かったのに。
私は、タクちゃんの気持ちごと受けとめる準備はしてたのに…。
もう、最後の夜だと分かってたから…。
今日から私達は、かくれんぼをしようと思います。
タクちゃんの参加は自由です。
最初から参加しなくてもいいし、途中で止めても構いません。
ルールは簡単です。
タクちゃんに行き先を告げずに、私は出て行きます。
タクちゃんは、私を探して下さい。
ヒントは、私には住む場所が今はない、ということです。
住み込みの仕事でも探そうかなぁ。
二人の接点が、一度切れた時、二人の運命はどう動くと思う?
『偶然も、二回続けば必然だ』って、誰かが言ってたけど、それでも私達が再会した時は、それは運命以外の何者でもないよね?
その時は、私も無条件で運命を受け入れます。
別の土地で再会するなんて、どれくらいの確率なんだろうね。
その時、お互い独り身の可能性なんて、もっと低いよね。
私は独り身の可能性は高いけど、タクちゃんは、絶対、結婚してると思う。
もう、会うことがないかも知れないから、先に言っておくね。
私はタクちゃんが好きです。
今までありがとう。
さようなら。
P・S・
もし…、万が一…、タクちゃんが私を見つけたら…、その時は、有無を言わさず、私と結婚してもらうからね!
覚悟しておきなさいよ!
香織