どこへ行ったのだろうか?
あんなことまでしておいて、今さらごまかしても意味はない。
『俺は、石崎香織が好き』
これは、俺がずっと否定してきた気持ちだ。
偶然、彼女に再会し、高校時代のように、またふざけ合うようになってからずっと…。
もしかしたら、高校時代も好きだったのかも知れない。
俺の中にどんどん踏み込んで来て、俺を掻き回す。
そんな石崎のことは、苦手だと思っていた。
しかし、苦手なはずなのに、一緒にいるのが苦ではない。
むしろ、居心地が良いと感じる。
それは、彼女のことが好きだということに、繋がるのではないだろうか?
俺は、奇妙な同居生活を解消したい。
彼女とセックスしたいわけじゃない。
ただ、彼女に触れていたい。
しかし、彼女には警戒されている。
それなら、触れられなくてもいい。
ただ、そばに居てくれるだけで…。
「お前さぁ、俺と再会した時、泣いてなかったか?」
今まで、得体の知れない何かに止められていた言葉を、ついに吐き出してしまった。
酒の力を借りてではあるが、ついに言葉に出してしまった。
「やっぱり、気付かれてたか…。そんな私を、チラチラ見ているアホがいることに気付かなかったのは、一生の不覚だよ…。」
「見てねぇし…。」
「絶対、嘘だね!バッチリ、目が合ったし。私は、泣いてる姿も絵になるから困っちゃう!」
「あの日、何かあったのか?」
「ちょっとー!私のボケはスルー?」
ビールを飲みながらの二人の会話に、以前と変わったところはない。
終電が無くなるまで飲み明かした日と、何ら変わらない。
彼女が、缶ビール片手に、妙に、テンションが高いことを除けば…。
「言いたくなければ、無理には聞かないけど…。」
俺の態度を見て、彼女も少し真剣な表情に変わった。
「あの日、男にふられたの…。ふられたというより、関係を終わらせたというか…。」
「そうなのか…。」
彼女が少し言い淀んだので、それ以上、深くは聞かなかった。
「私って、結婚に向いてないんだよね、きっと…。料理だって、家事だって、ちゃんと出来るのに、何でだろうね…。いつも、その遥か前の段階でつまづいちゃう…。」
「お前も結婚願望はあるんだな。」
「そりゃあ、あるよ!でも、このままだと、一生一人ものだけどね…。仕方ないので、タクちゃんに永久就職しようかな?」
そう言って、いつものように、俺をからかうような視線を向けてくる。
「お前がそれでいいなら、俺は構わないよ。」
これは、少しズルい言い方だった。
「えっ…、ちょ、ちょっと、真面目にとらないでよ!」
そう言った彼女は、ここ最近していたように、警戒のアンテナを張ったようだ。
ここを逃したら、チャンスは二度とないかも知れない。
彼女がいなくなってからでは遅いのだ。
「俺さぁ…、そろそろ、この同居生活を止めにしたいんだけど…。」
「それって…、私に出てけって言ってるの?」
彼女は、いつになく真剣な表情で、俺の真意を図ろうとしている。
「違う、出て行く必要はない。」
「言ってる意味が分からないん…だけど…?」
「『同居』を『同棲』に変えないかってこと。」
「えっ…。」
彼女は絶句したまま、考え込んでしまった。
彼女は、断る理由を探しているのだろうか…。
「タクちゃんて、私のこと好き…なの?」
しばらく考え込んでいた彼女が、おもむろに、口を開く。
「ああ、好きだよ。」
俺の心に迷いはない。
「いつ…から…?」
「高校の時からだよ。」
「嘘…。タクちゃん、本当は、私とセックスがしたいだけでしょ!体が目当てなら、他を当たって!」
彼女は、俺を責めるような目つきになる。
「そうじゃない!」
何とか、俺の気持ちを、コイツに分からせないといけない。
「迷惑を掛けられたお詫びに、体で払えって言うなら…、一回ぐらいやってもいいけど…。」
「だから、そういうことじゃないって言ってるだろ!」
彼女は、言葉の内容とは裏腹に、少し怯えている。
俺が、声を荒げたことが、更に拍車をかける。
「遅すぎるよ…。」
彼女は、一言だけ呟いた。
「『遅い』って何が?」
俺の気持ちが、中々、彼女に伝わらず、苛立ちがつのる。
「全てが…。もう、この話はおしまい!さぁ、飲もう!」
話は強引に打ち切られ、答えは聞けなかった。
しかし、俺がふられたことは理解した。
明日から、どうなるんだろう?
はからずも、この奇妙な同居生活は、終わりが近いことを感じた。
翌朝、彼女に何ら変わったところはなかった。
いつものように、弁当を渡され、仕事に行く俺を、いつものように見送る。
警戒はされていないように感じた。
しかし、俺は、胸騒ぎがして仕方なかった。
その日、仕事を終え、帰宅すると、案の定、彼女は姿を消していた…。
郵便受けに、彼女に渡した合鍵が入っていた時、血の気が引く思いがした。
慌てて部屋に入ると、書き置きと思われる茶色い封筒に入った手紙が、テーブルの上に置かれていた…。
部屋は綺麗に片付けられており、クーラーを消してからそれほど時間が経っていないと思われ、真夏だというのに部屋は少し涼しい。
それは、ついさっきまで、彼女がここにいたことを知らせている。
着替えもせず、俺は家を飛び出す。
駅で彼女の姿を必死で探す。
見つかるわけがない。
彼女に電話を掛けてみる。
『お客様の都合により繋がりません』と言われる。
当然のように、メールも送信出来ない。
彼女が働いていたコンビニにも行ってみる。
店長らしき人に、昨日で彼女が辞めていたことを知らされた。
一週間ほど前に、急に辞めさせて欲しいと言われたらしい。
丁度、あの事件があった時だ。
何か事情がありそうだから、引き留めなかったけど、勿体ないと嘆いていた。
愛想がよくて、勘のいい娘だったのに、と言っていた。
何でちゃんと捕まえておかなかったの!と怒られてしまった。
俺は、謝ることしか出来なかった。
何か手掛かりがあるかも知れないと思い、書き置きを何度も読んだが、それらしきものは見当たらなかった。
翌日、会社を休み、彼女が、前に住んでいたマンションにも行ってみたが、人が住んでいる気配はなかった。
ここで、俺と彼女の接点は途絶え、彼女のことを何も知らない自分に気付かされた。
彼女のことを何も知らないのに…、知ろうとしなかったのに…。
彼女は、どこへ行ったのだろうか?
俺に、知るすべは残されていない。