表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/11

どこへ行ったのだろうか?

あんなことまでしておいて、今さらごまかしても意味はない。


『俺は、石崎香織が好き』


これは、俺がずっと否定してきた気持ちだ。


偶然、彼女に再会し、高校時代のように、またふざけ合うようになってからずっと…。


もしかしたら、高校時代も好きだったのかも知れない。


俺の中にどんどん踏み込んで来て、俺を掻き回す。


そんな石崎のことは、苦手だと思っていた。


しかし、苦手なはずなのに、一緒にいるのが苦ではない。


むしろ、居心地が良いと感じる。


それは、彼女のことが好きだということに、繋がるのではないだろうか?


俺は、奇妙な同居生活を解消したい。


彼女とセックスしたいわけじゃない。


ただ、彼女に触れていたい。


しかし、彼女には警戒されている。


それなら、触れられなくてもいい。


ただ、そばに居てくれるだけで…。









「お前さぁ、俺と再会した時、泣いてなかったか?」


今まで、得体の知れない何かに止められていた言葉を、ついに吐き出してしまった。


酒の力を借りてではあるが、ついに言葉に出してしまった。


「やっぱり、気付かれてたか…。そんな私を、チラチラ見ているアホがいることに気付かなかったのは、一生の不覚だよ…。」


「見てねぇし…。」


「絶対、嘘だね!バッチリ、目が合ったし。私は、泣いてる姿も絵になるから困っちゃう!」


「あの日、何かあったのか?」


「ちょっとー!私のボケはスルー?」


ビールを飲みながらの二人の会話に、以前と変わったところはない。


終電が無くなるまで飲み明かした日と、何ら変わらない。


彼女が、缶ビール片手に、妙に、テンションが高いことを除けば…。


「言いたくなければ、無理には聞かないけど…。」


俺の態度を見て、彼女も少し真剣な表情に変わった。


「あの日、男にふられたの…。ふられたというより、関係を終わらせたというか…。」


「そうなのか…。」


彼女が少し言い淀んだので、それ以上、深くは聞かなかった。


「私って、結婚に向いてないんだよね、きっと…。料理だって、家事だって、ちゃんと出来るのに、何でだろうね…。いつも、その遥か前の段階でつまづいちゃう…。」


「お前も結婚願望はあるんだな。」


「そりゃあ、あるよ!でも、このままだと、一生一人ものだけどね…。仕方ないので、タクちゃんに永久就職しようかな?」


そう言って、いつものように、俺をからかうような視線を向けてくる。


「お前がそれでいいなら、俺は構わないよ。」


これは、少しズルい言い方だった。


「えっ…、ちょ、ちょっと、真面目にとらないでよ!」


そう言った彼女は、ここ最近していたように、警戒のアンテナを張ったようだ。


ここを逃したら、チャンスは二度とないかも知れない。


彼女がいなくなってからでは遅いのだ。


「俺さぁ…、そろそろ、この同居生活を止めにしたいんだけど…。」


「それって…、私に出てけって言ってるの?」


彼女は、いつになく真剣な表情で、俺の真意を図ろうとしている。


「違う、出て行く必要はない。」


「言ってる意味が分からないん…だけど…?」


「『同居』を『同棲』に変えないかってこと。」


「えっ…。」


彼女は絶句したまま、考え込んでしまった。


彼女は、断る理由を探しているのだろうか…。





「タクちゃんて、私のこと好き…なの?」


しばらく考え込んでいた彼女が、おもむろに、口を開く。


「ああ、好きだよ。」


俺の心に迷いはない。


「いつ…から…?」


「高校の時からだよ。」


「嘘…。タクちゃん、本当は、私とセックスがしたいだけでしょ!体が目当てなら、他を当たって!」


彼女は、俺を責めるような目つきになる。


「そうじゃない!」


何とか、俺の気持ちを、コイツに分からせないといけない。


「迷惑を掛けられたお詫びに、体で払えって言うなら…、一回ぐらいやってもいいけど…。」


「だから、そういうことじゃないって言ってるだろ!」


彼女は、言葉の内容とは裏腹に、少し怯えている。


俺が、声を荒げたことが、更に拍車をかける。


「遅すぎるよ…。」


彼女は、一言だけ呟いた。


「『遅い』って何が?」


俺の気持ちが、中々、彼女に伝わらず、苛立ちがつのる。


「全てが…。もう、この話はおしまい!さぁ、飲もう!」


話は強引に打ち切られ、答えは聞けなかった。


しかし、俺がふられたことは理解した。


明日から、どうなるんだろう?


はからずも、この奇妙な同居生活は、終わりが近いことを感じた。









翌朝、彼女に何ら変わったところはなかった。


いつものように、弁当を渡され、仕事に行く俺を、いつものように見送る。


警戒はされていないように感じた。


しかし、俺は、胸騒ぎがして仕方なかった。


その日、仕事を終え、帰宅すると、案の定、彼女は姿を消していた…。


郵便受けに、彼女に渡した合鍵が入っていた時、血の気が引く思いがした。


慌てて部屋に入ると、書き置きと思われる茶色い封筒に入った手紙が、テーブルの上に置かれていた…。





部屋は綺麗に片付けられており、クーラーを消してからそれほど時間が経っていないと思われ、真夏だというのに部屋は少し涼しい。


それは、ついさっきまで、彼女がここにいたことを知らせている。


着替えもせず、俺は家を飛び出す。


駅で彼女の姿を必死で探す。


見つかるわけがない。


彼女に電話を掛けてみる。


『お客様の都合により繋がりません』と言われる。


当然のように、メールも送信出来ない。


彼女が働いていたコンビニにも行ってみる。


店長らしき人に、昨日で彼女が辞めていたことを知らされた。


一週間ほど前に、急に辞めさせて欲しいと言われたらしい。


丁度、あの事件があった時だ。


何か事情がありそうだから、引き留めなかったけど、勿体ないと嘆いていた。


愛想がよくて、勘のいい娘だったのに、と言っていた。


何でちゃんと捕まえておかなかったの!と怒られてしまった。


俺は、謝ることしか出来なかった。


何か手掛かりがあるかも知れないと思い、書き置きを何度も読んだが、それらしきものは見当たらなかった。


翌日、会社を休み、彼女が、前に住んでいたマンションにも行ってみたが、人が住んでいる気配はなかった。


ここで、俺と彼女の接点は途絶え、彼女のことを何も知らない自分に気付かされた。


彼女のことを何も知らないのに…、知ろうとしなかったのに…。


彼女は、どこへ行ったのだろうか?


俺に、知るすべは残されていない。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ