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『覚悟』ってなに?

「あー、暑い!ねぇ、クーラーつけていい?」


「ダメだ。まだ、扇風機で充分だ。」


「ブー!タクちゃんだって、滝のような汗を流してるくせに!余計に暑苦しんだけど!」


「うるさい!暑い暑い言ってる奴の方が、暑苦しいんだよ!」


学生達が夏休みに入った頃の夜、くだらない言い争いをしている俺達。


クーラーぐらいつけてもいいんだけど、貧乏性の俺はクーラーというものが苦手だ。


無くても問題ないのに、あるから使ってしまう。


一度、使ってしまうと手放せなくなる。


クーラーには、麻薬のような中毒性がある。





俺達の奇妙な同居生活は、既に、二ヶ月になろうとしていた。


『お弁当事件』以来、俺が同棲しているという話は、会社に広まってしまった。


あれ以来、毎日のように弁当持参で来るのだから当たり前だが。


俺は、特に否定も肯定もしていない。


それは、一々説明するのがめんどくさいのもあるが、石崎との同居に、俺が居心地の良さを感じ始めているから…かも知れない。


居心地が良いと感じ始めた理由も、何となく分かっているが、その理由については、出来るだけ考えないようにしていた。


それにしても石崎の奴、そんな格好でうろつくんじゃないよ!


色々な問題が起こるだろうが!


汗で光った胸元や、太ももはあまりに刺激が強すぎる。





その日、結局、誘惑に負け、クーラーという名の麻薬に手を出してしまう。


石崎は、ビール片手に寝転がりながら、テレビを見ている。


いい身分だな、オイ!


俺は、休日出勤から帰宅し、持ち帰った仕事を片付けている。


俺は、仕事が片付くまでは、ビールではなく、麦茶で我慢。


「ねぇ、タクちゃんってホモなの?」


「ブッ!そんなわけないだろ!どうしてそうなるんだよ!」


突然、何を言いだすかと思えば、コイツは!


彼女の唐突な問いかけに、麦茶をこぼしそうになった。


「そうだよね…、やっぱり違うよね…。エロ本だって、ちゃんとあったし…。」


「お前に、勝手に捨てられたけどな!一言、断ってくれても…ブツブツ…。」


思い出したら、腹が立ってきた!


「でもさぁ…。自分で言うのもなんだけど、私って器量良しじゃん。スタイルだって悪くないじゃん。女性としての魅力に溢れてるじゃん。それなのにタクちゃんは、少しも手を出して来ないじゃん。だから、女性に興味ないのかなぁと思って…。」


こっちは、鉄のように硬い理性で、色々、抑えてるんだよ!


「お前は、外見はいざ知らず、性格が…。」


「ん?何か言った?」


危ねぇ…、聞こえてなくて良かった。


「俺は、女性にはおおいに興味はある。お前に対しての『スイッチ』だけが壊れてるんだろ。」


嘘だけど、そう答えるしかない。


「何よ、それ…。私さぁ…、一応、覚悟はしてたんだよね…。」


「『覚悟』って何を?」


その時、携帯電話がなった。


『もしもし、タク?』


『何だよ、電話なんかしてきて!』


声の主は母親だった。


『今年のお盆休みは、絶対に帰って来なさいよ、彼女と二人で!』


『何だよそれ!イヤミか?』


『だって彼女いるんでしょ?京ちゃんが言ってたよ。高校時代の同級生なら地元は一緒なんでしょ?』


なんで、俺の妹がそんなこと言うんだよ!


正月以来、会ってもいないないのに。


『京子が何を言ったか知らないけど、彼女はいません。お盆は帰れるかどうか分かりません。以上!』


どうにも噛み合わない、母親との会話だった。


「タクちゃんの妹って、来年、大学生なんだよね?」


電話を切ったあと、彼女は話を続ける。


俺の質問は、当然のようにスルーである。


「そうだよ。大学に受かればだけどな。」


俺とは10歳違いだから、今年、高校三年生である。


「あんまり、似てないよね。」


「会ったことあったか?」


石崎が俺の妹に、会ってるはずはないんだが…。


「お父さんは違うんだよね?」


俺の質問が、時々、スルーされるのは何ででしょう?


「母親は一緒だけどな。」


うちの母親が再婚してから、妹は生まれた。


この話は、高校時代にしたかも知れない。


「タクちゃんって、妹のことが好きだったりするの?男と女的な意味で。」


「はぁー?そんなわけないだろ、気持ち悪い!」


「プッ、同じこと言ってる!」


「『同じこと』ってどういう意味?」


「今日、タクちゃんの妹さんが来たんだけど、その時、彼女にも同じ質問をしたから。」


「はぁ?来たってどこに?」


「この家に。大学の下見に来たついでに寄ったみたい。タクちゃんのお母さんに言われて来たみたい。」


「何故、それを早く言わないんだよ!」


「だって、言おうとしたら、電話が掛かってきたみたいだったかから。」


コイツは、天然なのか、計算高いのか、よく分からなくなってきた。


ようやく話が繋がったが、コイツの所為で、また、誤解した奴が増えた。





それ以降、彼女は黙り、おとなしくテレビを見ていた。


俺も話し掛けることもなく、仕事を片付ける。


色々、確認したいことはあったが、終わってからでいいだろうと思っていた。


そして、仕事を片付け、ビールを取りに行こうとした時、彼女が寝ていることに気付いた。


彼女の格好は、キャミソールみたいなやつに、例によってホットパンツ。


胸元からは、両胸の谷間がはっきり見える。


慌てて視線を反らすも、細いウエストが目に入ってくる。


お腹の辺りは、はだけており、おへそが見える。


またもや視線を反らすが、今度は細くて白い太ももが視界に入ってきた。


これは試練なんだ、俺は試されているんだ!


そう自分自身に言い聞かせ、その場から逃げるように冷蔵庫に向かい、缶ビールを取り出して、その場で一気に飲む。


体が熱くなり、鉄の理性は溶けて無くなりそうだった。


手に持った缶ビールをテーブルに置くと、彼女が使っているタオルケットを取り出し、彼女に掛ける。


その時、俺の手が彼女の体に、一瞬、触れた…。


触れたと言うより、かすっただけだが、俺の理性は溶けて無くなった。


彼女の様子を伺いながら、そっと、彼女の指先に触れてみる。


細くてしなやかな、女性らしい指だ。


そっと、腕にも触れてみる。


スベスベしていて柔らかく、少し熱を持っていた。


ここから先はダメだ…、ということは頭では分かっている。


しかし、俺の手は、自分の意思とは関係なく伸びていった。


彼女の胸元の膨らみに、今にもその手が届きそうだった。


「そこから先は…。」


「…!」


彼女の胸に触れる直前、声がして、慌てて手を引っ込める。


「触りたければ触ってもいいけど、触るだけで終わる?」


俺の衝動的な欲望は、彼女に気付かれてしまった。


「なっ、何を、いっ、言ってるんだお前!タオルケットを掛けようとしてただけだよ!」


俺は、この期に及んで、見苦しい言い訳をするしかない。


「別に、タクちゃんのしたいようにしていいけど、それには、それ相応の覚悟が必要だよ…。」


「『覚悟』って何だよ!ば、バカじゃね!」


俺は、テーブルの上にあった缶ビールを慌てて掴み、ゴクリと飲む。


その手は、自分でも分かるぐらい震えていた。


「もう、仕事は終わったの?」


「あ、ああ…。」


その日、彼女はこの件について触れることは無かった。









次の日からも、彼女に変わった様子は無く、あの件にも触れてこない。


しかし、何かを警戒しているように感じる。


それは、やましい気持ちが俺にあるから、そう感じただけだろうか?


俺は、衝動的で軽率な行動を、後悔するしかなかった。






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