俺は誰でしょうか?
初日は二話同時に投稿します。
今後の更新は不定期です。
「グェー、ゲホッ、ゴホッ、ゲホッ!」
見事に腹を踏まれ、悶絶する。
「痛いなー、もー!何でこんな所で寝てんのよ!」
それは、こっちが聞きたいんだが…。
彼女は、床に打ち付けた肘やら膝やらを擦っている。
「人を責める前に、謝罪の言葉はないのか?」
どんな躾けをされてきたんだ、コイツは!
「元はと言えば、アンタがいけないんでしょ!」
それは、ごもっともですが…。
「ところで…、いくつか質問があるのですが…、よろしいでしょうか?」
ひとしきり悶絶した後、ようやく起き上がり、いくつかの疑問点を確認する作業を始める。
自分自身の混乱を収めるには、目の前の人物の記憶に頼るしかない。
「回りくどい言い方してないで、さっさと言いなさいよ!だから、モテないのよ!」
「大きなお世話だ!」
という言葉はグッと飲み込む。
「お前、県立A高等学校卒の、石崎香織だよな?」
「そうだよ。」
やっぱり、昨日、俺は石崎に再会した。
高校卒業以来だから、10年ぶりだろうか。
「俺は誰でしょうか?」
「誰って、タクちゃんでしょ?県立A高等学校卒で、彼女いない歴が年齢と一緒のカワグチタク。」
コラコラ、勝手に大袈裟な呼称を付け足すな。
それに、『タク』ではなく、『スグル』である。
コイツも、俺のことをちゃんと知っている。
「ここはお前の家だよな?」
「そうだけど…、何なの、さっきから!記憶喪失の振りでもしてるの?そんなことしても、昨日、アンタが犯した過ちは許さないよ!」
過ちとは一体…。
「俺、昨日…、何かした?」
「はぁー?覚えてないの?アンタって最低!それ相応の責任はとってもらうからね!」
俺はやはり…。
何ということでしょう。
肝心な部分を何も覚えていません。
「俺の方が責任とって…ブツブツ…。」
「ブツブツ言ってないで、言いたいことがあるなら、はっきり言え!言い訳ぐらいは聞いてやるよ!許すかどうかは別問題だけど。」
断片的ではあるが、記憶が繋がると、冷静になってきた。
そして、目の前に広がる絶景…、もとい、光景に目を奪われる。
目の前には、寝巻き用と思われるTシャツとホットパンツを着た若い女性。
Tシャツの上からでも、二つの大きめな膨らみが確認出来る。
ちょっと刺激が強すぎる。
そして、そのまま視線を下に動かしていくと、現わになった細く白い太ももが…
「ぐわっ!」
「なに見てんのよ!」
口より先に、彼女のそばにあったクッションが飛んで来た。
口より先に手が出るのは、悪い癖だと思うよ…。
取り敢えず、これから俺がとるべき行動を整理する為に、洗面所に逃げ込む。
だがしかし、整理しようにも、二日酔いで頭がガンガンして、全く整理出来ない。
浮かんで来るのは、先程の寝巻き姿の石崎ばかり…。
この時、俺が冷静ならば、あるいは、恋愛経験が豊富ならば、洗面所にあった、使い古された赤色と真新しい青色の二つの歯ブラシの違和感に、気付いていただろう。
しかし、俺が気付いたのは、独り暮らしの女性にしては、石崎はいい所に住んでいるということだけだった。
俺が洗面所から出て来ると。
「コーヒーと紅茶どっち?」
「じゃあ、コーヒーで。それから、冷たい水を一杯。」
「かしこまりました。お会計は一万円でございます。」
さすがに、ぼったくり過ぎである。
ここは、座っただけで、福沢諭吉が一枚なくなるぼったくりバーですか?
「ここって、最寄り駅はどこ?」
「T駅。ここから歩いて十分ぐらい。」
オイオイ、都会じゃないか。
しかも、駅前。
俺の最寄り駅とは二駅しか離れていないが、駅の規模は雲泥の差だ。
独り暮らしの女性が、そんないい所に住めるものなのか?
俺だって、男一人で生きていけるぐらい稼いではいる。
しかし、学生時代のボロアパートこそ抜け出しはしたものの、とてもじゃないがこんな場所には住めない。
見たところ、部屋の広さは、俺の部屋の倍はあるぞ。
しかも、窓からの見える景色は、明らかに高層地帯から見えるものだ。
「お前、結構、稼いでいるんだな…。」
「まあね…。結構、割りがいい仕事だからね…。」
「仕事、何やってるの?」
「…、キャバクラ…。」
「はぁー?」
「私が何してようが、タクちゃんには関係ないでしょ!」
「別に咎めてないよ。ただ、ちょっと意外だっただけで…。」
だから、酒が強いのか?
だから、こんなにいい所に住めるのか?
「別に体を売ってるわけじゃないし…、こう見えても人気あるんだから…。」
別に、俺に言い訳する必要はないのだが…。
コイツは昔から、コミュニケーション能力というものが高かったから、天職とは言えるかも知れないが…。
それに、彼女の容姿は、世間一般の評価では、美人と言えるだろうが…。
「お前の両親は知ってるのか?」
「知らないと思うよ。こっちから言うわけはないし、聞かれもしないし…。っていうか、ほとんど連絡とってないし…。」
「お前、やっぱりまだ…。」
俺が石崎と話すようになったのは、高一の頃。
その時、コイツは父親と二人暮らしだった。
そのあとすぐ、石崎の父親は再婚した。
新しい継母とは、上手くいっていないらしい。
嫌われてるとか、嫌がらせをされているとかではなく、むしろ優しいらしい。
だが、お互いどう接していいかわからず、上手くいかないのだろう。
家族間の意志疎通は、コミュニケーション能力云々では、どうにも出来ないこともある。
親の再婚がもっと小さい頃なら、それなりに上手くいくと思われるが、人間、年をとると適応力というのが低くなるのだろう。
俺の家も似たようなものだ。
俺の実母が、『新しいお父さんだよ』と男の人を連れてきた時の違和感は、大人になった今でも、鮮明に覚えている。
その時、俺はまだ小学生だったから、それなりに上手く適応出来た。
しかし、本当の父親だと今では思ってるが、心の奥底にある違和感を、完全に拭い去ったとは言い難い。
石崎は、高校を卒業すると、進学の為に上京した。
まるで、複雑な家庭環境から逃げるように…。
俺も同じく上京したが、その後、お互い連絡をとっていない。
俺達は、高校時代、仲が良かったと言えば良かったのだが、所詮、その程度の関係なのだろう。
俺達の関係が、石崎が言うところの『親友』とやらだったら、10年も音信不通なわけはない。
単なる同級生やクラスメイトではなかったことは確かだが、言わば、似たような境遇を持つ同士みたいな関係だったのだろう。
「タクちゃん、次の休みいつ?」
帰り際、石崎に聞かれる。
「来週は土、日は休みだと思うけど。」
予定外の出来事がなければ…だが。
「じゃあ、土曜日は空けておきなさいよ!」
「命令するな!」
「そういう態度をとれる立場じゃないでしょ!今回の借りは、きっちり返してもらうからね!覚悟しておきなさいよ!」
「出来れば、お手柔らかに…。」
俺は自分の犯した罪を、どう償えば良いのでしょう?




