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上方パラパラ  作者: mitsuo
2/5

承1 -syouichi-

1週間後、美香と理沙は先週と同じく、午後2時にメイドクロスに出没し、交差点の北東の角に陣取った。

 この1週間で2人は以前覚えた4曲に加え、さらに3曲、振り付けのレパートリーを増やしたのであるが、先週踊った曲の振りの完成度をもっと高めようという意図で、先週踊った曲を3曲と、今週覚えた曲は1曲だけ踊ることにした。

 先週と同様、1曲目にキャッチーなネズミ系遊園地のテーマソングが流れると同時に2人は左右左右・・・とステップを踏む。

 先週と何が違うのかと言えば、この1週間、2人は自分たちが勤務しているメイド喫茶とぱーずで、日曜日の午後、メイドクロスで踊るので、良かったら見に来てくださいという宣伝を来店したご主人様にしていたため、とぱーず常連のご主人様達が既に12人ほど2人の前に陣取り、応援してくれている。

 1番のサビが終わり、間奏に入り、2人がステップを踏みながら、左手を斜め上、右手を斜め下に伸縮させている頃にはすでに多数の通行人が立ち止まり、メイドクロスはごったがえしていた。観客、というより、とぱーずの常連のご主人様たちが率先して手拍子をしながら要所要所で、

「ハイ、ハイ、ハイ、ハイ!」

 と、掛け声をかけてくれて、それが通行人の人達にも飛び火してその場は大いに盛り上がった。


 1曲目の終了間際、低いベース音が鳴り響き、その音に合わせて2人がフィニッシュのポーズを取った際、

「美香ーーー!」

「理沙ーーー!」

 と、奇声と言えば言いすぎだが、それくらい熱狂な歓声が飛び交った。


 美香は不思議でならなかった。普段、メイド喫茶で店員をしている2人がメイドのコスチュームを身にまとってメイドクロスで踊り出すと、その時だけは日本橋の希望の光のごとく、観客に勇気と元気を与えるアイドルなのだ。私はパンピーなのかアイドルなのか、否、でもパラパラを踊る直前まではパンピーだったわけで、パラパラを踊り終わった直後に、またパンピーに戻ってしまう。2人の踊りが特別複雑でエキセントリックなわけではない。2人にカリスマ的なオーラがあるわけではない。もし2人にカリスマ的なオーラがあったとしたら、それこそ本物のアイドルや女優なんかにもなれただろう。2人は日本橋のメイド喫茶で働く一般人だ。この、真実のようなバブルのような違和感は今後も感じ続けるのだろう。しかも、より大きな規模で。この感覚は決して不快なものではない、かと言って、爽快なものでもない。この感覚の実態を自力で解明できるようになっている頃には大阪は盛り上がっているのだろうか?疲弊し、衰退しきっているのだろうか?

 

「みなさーん、メイド喫茶とぱーずの理沙と」

「美香でーす。今日も皆さんスタンディングオベーションありがとー。」

「なんでやねん。交差点の地べたに座ってるわけないやろ。」


 2曲目は、例の超絶可愛い曲であり、今週は2人の頭に猫耳カチューシャをつけて踊る予定なのであったが、理沙がしっかりと家にカチューシャを忘れてきてしまったので、今週も猫耳無しで踊ることにした。

 先週に比べると、少しは踊りが上達しているのだろうか。後列で踊る理沙は、前列の美香がかなり大胆で積極的なパフォーマンスをするため、それに調和させるのが一苦労だったのであるが、美香に、KYなりにもほんのちょっとだけ、後列を思いやってくれと懇願したことと、理沙自身も全体を見ながら余裕を持って踊れるようになってきた結果として、ミリ単位の調和には到底及ばないが、インターネットの動画で見るパラパラの内のかなり雑なパフォーマンスをする人達よりは、上手くシンクロして踊れている気がする。

 相変わらず、間奏の際の萌猫動作を行うと、観客のカメラや携帯から大量のシャッターが切られて、2人は本物のアイドルになったごとく、とても良い気分だ。この曲を踊る際は、観客に目線を飛ばしても、あまり目が合わない。むしろ、目が合いかけた瞬間にそらされているように2人は感じていたが、きっと観客は萌死したり発狂したりしないように、全力で自分自身と戦っているのだろう。2人はメイド喫茶で働いているため、このような部類のご主人様を今までに数多く観て来た。もちろん、これらの人たちが、2人嫌っているわけでは決してない。秋葉原と同様、日本橋でもこのような観客の挙動はアイドルやメイドさんに対する賛辞なのである。

 

「盛り上がってますかー?」

 からの、うぃーーー。

「今日はあと2曲だけです。」

 からの、えーーーー。

           

 3曲目。先週、ヒゲダンスのような振りでメイドクロス全体が大盛り上がりした、『みんなで踊ろう!』だ。

「この曲は前奏と間奏の時に、両手をペンギンみたいにして、それを上下しながら、前後にステップを踏むんです。こんな感じです。」

 美香が実際にやってみると、観客が大いに笑い出した。

「ちょっとはずかしいけど、皆さんも一緒にやってくださいねー。」


『せいや、そいや、せいやっそいやっHIRE WE GO!』

という掛け声と共に、前奏が始まり、埋め尽くされたメイドクロスの観客全員が、ペンギンみたいな仕草で、前後にステップを踏みながら、両手を上下させる。

 私はアイドルなのかパンピーなのか?そんなことは今はどうでもいいと感じ、というよりは、観客のおかげで体感し、メイドクロス全体で全力で楽しむことだけに美香は集中した。

 事前に曲目を教えていた、とぱーず常連のご主人様方々は、サプライズで、Aメロ、Bメロ、サビの部分も一緒に踊ってくれた。その部分の振りをしらない観客達は、全力で手拍子と掛け声を送ってくれた。


 大阪ミナミを活動拠点としている女性の多くは土地柄か、タフでクールな人が多かった。美香と理沙も実はかなりクールな部分があり、決して冷酷では無いが、たとえ気の置けない仲間であっても、全面的にノーガードっで接するということはあまり多くはない。優しすぎることも、ある種の罪に分類されると考えているからだ。共産的な行動は積極的にとるが、絶対に依存はしない。2人とも、泥臭くたくましい女である。


 しかし、メイドクロスが自分たちがテコを入れた結果として、ご主人様方々や通行人の観客に支えられ、これだけ盛り上がっている現状を目の当たりにして、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ2人は泣いてしまった。嬉し涙を流す人種なんて、ぶりっこアイドルだけだと思っていたが、自分たちも泣いてしまっていた。

 1番が終わり、間奏に入ると、再びメイドクロスを埋め尽くした観客全員でのヒゲダンスが始まる。

『ぱっぱっぱーぱぱっぱぱっぱーぱーみんなーおどーれっ♪』

 

 最高という言葉以上の言葉があれば今それを言いたい。メイド喫茶で働く一般人が、交差点でパラパラを踊るだけでこのようなことになるとは、まるで想定外だった。美香は不安だった。たまたまの思いつきで起こすアクションが上手くいくはずなんてないだろう。そんな簡単に上手くいくのであれば誰だって幸せになれているわけで、自分が世の中を変えることのできる人間だなんて、思い上がりもいいととろなのではないだろうか。世の中そんなに甘くない。失敗したら痛い子だ。失敗したとしても、その時に負う傷は最小限に抑えたい。でも、今、私たちは失敗していない。ただの思いつきで起こしたアクションで日本橋が盛り上がっている。

 

 間奏が終わり、2番のAメロに入る。ご主人様方々が一緒に踊る。振りを知らない観客は手拍子と声援で盛り上げる。美香、理沙ご主人様方々、一見の観客、全員幸せの絶好調だ。

 その時、観客の1人が手拍子を止め、美香と理沙のパフォーマンスは全く見ずに、北側の方面をじっと見つめている。その途端、

「逃げろ!」

 と叫んで、全速力で西側へと走り出した。

 残された観客たちが不思議そうな面持ちで北側を凝視した。

「逃げろ!」

「はよ行け!」

「やばいって!」 

 北側を見た観客たちが西、南、東へと全速で逃げ出す。

 とぱーず常連のご主人様方々も全力で東へと逃げ出した。

 東方面へ全力で逃げるご主人様方々のうち、日頃、最も熱心にとぱーずに通ってくれているご主人様が、2人の方を振り返り、

「理沙ちゃん、美香ちゃん、速く逃げて!」 

 と、絶叫する。

 まさか、テロ?

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