渡された箱
アルトに初めて会ったのは、12個目のピアスを開けた時だった。その頃私は、人生で1番どん底にいた。
――まあ、生まれた時から底辺に生息しているのだけれど。
アルトは私が知っているどの大人とも明らかに違っていたし、なんか変だった。
気づけば、歩道橋から行き交う車を見ていた。ライトの光が蠢いている。この一つ一つに人がいて、それぞれが思考しているのかと思うと、気持ちが悪かった。
身近な死に触れたあの日から、やめていた悪い癖がまた再発した。
久々に切った手首がジンジン痛む。あの感触をまたはっきりと思い出してしまった。
初めて切ったのは11歳の時。いつも、うっすらと死に憧れていた私は、風呂場にあったカミソリで手首を軽く切った。
溢れ出る鮮やかな赤が、生を実感させてくれた。心がスッと凪いでいくのを感じた。その日からは、何度も何度も切った。
ここに来てからは、家にいた時ほど切りたいという発作も起きず、落ち着いていたのだけれど――久しぶりに切ってみて、あの頃のように満足できないことにがっかりした。
ああ、あの子は楽になれたんだ。そう思うと、彼女にひどく嫉妬した。ここから飛び降りたい。どんどん湧き上がる念慮――。
ふと、声をかけられた。
振り向くと声の主が立っていた。アッシュグレーの髪色で、高そうなスーツを着ている。どこか浮世離れした中性的な男性。それがアルトだった。
彼は、初めて死にたい私を否定せず、胡散臭い励ましの言葉をかけることもなく、普通の会話のトーンで軽く聞いてくれた大人だった。私がここにいることをすんなり受け入れているようだった。
ただ人生を俯瞰して、期待も疑念も抱かず、淡々と生をこなしているように見えた。だからこんなに適当そうに生きられるのかもしれない。そう思うと羨ましかった。
去っていく彼の背をしばらくぼんやり眺めていた。手元に残った箱へ視線を落とす。
「……やっぱり、変なやつ」
コンドームの箱を見つめながら、私はポツリと呟いた。
その後常連さんに声をかけられたので、そのコンドームを使ってうっかり3万円も稼いでしまった。
だからその日は、諦めて生きることにした。
こうして私はまだ、ダラダラと存在し続けている。




