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死に損ないたちの岸辺  作者: ぜろ
第2章
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見えない星

 稼ぐ時はいつも、身体の感覚を遠ざけるように意図的に視界を閉ざした。

 どんなに気持ち悪くても、太客になるかもしれない。笑顔を貼り付けることは絶対に忘れなかった。


 そんな夜を積み重ねることで、私は生き延びていた。


 たまにやり逃げされるし、殴られることだってあった。

 けれど、存在ごと消される苦しみに比べたら、全部どうってことなかった。


 溜まり場と呼ばれる広場には、年齢も境遇も似た子たちがいつもたむろしていた。その子たちに、そこでの暗黙のルールや生きていく術を教わった。


 客がつかまらない日でも、広場にいる数人で朝を待てる。永遠のような闇に耐えるための大きな救いになった。


 ある夜、いつものように溜まり場にいた。

 私服警官の巡回の気配が近づき、誰かが「移動」とだけ呟いた。


 私たちは急いで近くの安いビジネスホテルへ移動した。偽名を使ってひとりがチェックインし、こっそり全員で部屋に滑り込む。セミダブルのベッドに四人。身体を寄せて眠ると、他人の呼吸が耳元で混ざった。


 深夜、ふと目が覚めた。

 窓辺に腰を下ろすと、眠らない街の煌めきに目が眩む。見上げた空に、星は見えない。

 街の眩しさの奥で、遠い昔を思い出した。


「あなたが死んだらみんな悲しむよ。生きていたらいつか必ず素敵なことがあるから」


 三年前、中ニの頃だ。私の手首の傷に気づいて、そう励ましてきた先生がいた。私は、それからずっと考えている。


 みんなって誰だろう。素敵なことって何だろう。


 あれから手首の傷は絶えず増えている。

 

 小さくついたため息で、窓が曇った。


 答えの影すら掴めないまま、いくつかの夜を超えた。


 その日も、いつもの場所で客待ちをしていた。

 20時頃だったと思う。スマホを持っていない私は、道行く人の靴だけを眺めて時間を潰していた。


 ふと、一足分の気配が近づき、顔を上げる。


 スーツ姿、40代くらいの男。

 焦点の合わない目に、薄笑いを浮かべている。酔っ払いだ。

 私の中で、3秒もかからず「無し」が決まった。


 男は私の前で立ち止まり、こちらを見下ろした。


「気持ち悪いな、こっち見んなよ」


 客ではない。また冷やかしだ。私は心の中でため息をついた。


――最初に見てきたのは、あんたでしょ。


「お前らって生きてる意味あんの? なんで生きてんの?」


 そんなの、こっちが聞きたい。


 17年間、素敵なことなんて一つもなかった。どれだけ考えたって、私が消えて悲しむ人なんて、一人も思いつかない。


 男の罵声を背中で切り捨て、私は溜まり場へ戻った。


 広場にいるみんなの空気に、僅かな違和感を覚えながらも、荷物番をしてくれていた一人に声をかけた。


「ただいま。やる気なくなったから交代でいいよ。案件取ってきて」


 言葉は返ってこなかった。

 顔を覗くと、彼女は視線を落としたまま、小さく呟いた。


「……え?」


 彼女の言葉に、意味が追いつかなかった。

 耳の奥で、昨日一緒にいた子の名前と、死という言葉がこだまするように響いた。


「今朝、ホテルで首吊ってるのが見つかったらしい。遺書もあったって」


 いつもおちゃらけている愉快な子だった。

 昨日、一緒にたこ焼きを分け合って食べた。一つ多く、私にくれた。


「稼いでくるわ」


 そう言って笑い、夜の街に消えた彼女。


――ねえ先生、教えてよ。素敵なことってなに? 私はどうして生まれたの? どうして生きてるの? どうして死んではいけないの?


 答えを探すように見上げた空に、やっぱり星は見つからなかった。

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