見えない星
稼ぐ時はいつも、身体の感覚を遠ざけるように意図的に視界を閉ざした。
どんなに気持ち悪くても、太客になるかもしれない。笑顔を貼り付けることは絶対に忘れなかった。
そんな夜を積み重ねることで、私は生き延びていた。
たまにやり逃げされるし、殴られることだってあった。
けれど、存在ごと消される苦しみに比べたら、全部どうってことなかった。
溜まり場と呼ばれる広場には、年齢も境遇も似た子たちがいつもたむろしていた。その子たちに、そこでの暗黙のルールや生きていく術を教わった。
客がつかまらない日でも、広場にいる数人で朝を待てる。永遠のような闇に耐えるための大きな救いになった。
ある夜、いつものように溜まり場にいた。
私服警官の巡回の気配が近づき、誰かが「移動」とだけ呟いた。
私たちは急いで近くの安いビジネスホテルへ移動した。偽名を使ってひとりがチェックインし、こっそり全員で部屋に滑り込む。セミダブルのベッドに四人。身体を寄せて眠ると、他人の呼吸が耳元で混ざった。
深夜、ふと目が覚めた。
窓辺に腰を下ろすと、眠らない街の煌めきに目が眩む。見上げた空に、星は見えない。
街の眩しさの奥で、遠い昔を思い出した。
「あなたが死んだらみんな悲しむよ。生きていたらいつか必ず素敵なことがあるから」
三年前、中ニの頃だ。私の手首の傷に気づいて、そう励ましてきた先生がいた。私は、それからずっと考えている。
みんなって誰だろう。素敵なことって何だろう。
あれから手首の傷は絶えず増えている。
小さくついたため息で、窓が曇った。
答えの影すら掴めないまま、いくつかの夜を超えた。
その日も、いつもの場所で客待ちをしていた。
20時頃だったと思う。スマホを持っていない私は、道行く人の靴だけを眺めて時間を潰していた。
ふと、一足分の気配が近づき、顔を上げる。
スーツ姿、40代くらいの男。
焦点の合わない目に、薄笑いを浮かべている。酔っ払いだ。
私の中で、3秒もかからず「無し」が決まった。
男は私の前で立ち止まり、こちらを見下ろした。
「気持ち悪いな、こっち見んなよ」
客ではない。また冷やかしだ。私は心の中でため息をついた。
――最初に見てきたのは、あんたでしょ。
「お前らって生きてる意味あんの? なんで生きてんの?」
そんなの、こっちが聞きたい。
17年間、素敵なことなんて一つもなかった。どれだけ考えたって、私が消えて悲しむ人なんて、一人も思いつかない。
男の罵声を背中で切り捨て、私は溜まり場へ戻った。
広場にいるみんなの空気に、僅かな違和感を覚えながらも、荷物番をしてくれていた一人に声をかけた。
「ただいま。やる気なくなったから交代でいいよ。案件取ってきて」
言葉は返ってこなかった。
顔を覗くと、彼女は視線を落としたまま、小さく呟いた。
「……え?」
彼女の言葉に、意味が追いつかなかった。
耳の奥で、昨日一緒にいた子の名前と、死という言葉がこだまするように響いた。
「今朝、ホテルで首吊ってるのが見つかったらしい。遺書もあったって」
いつもおちゃらけている愉快な子だった。
昨日、一緒にたこ焼きを分け合って食べた。一つ多く、私にくれた。
「稼いでくるわ」
そう言って笑い、夜の街に消えた彼女。
――ねえ先生、教えてよ。素敵なことってなに? 私はどうして生まれたの? どうして生きてるの? どうして死んではいけないの?
答えを探すように見上げた空に、やっぱり星は見つからなかった。




