足元に散る服
駅のロータリー前。歩道脇のガードレールに腰を下ろし、タバコに火をつけた。火の先が小さく赤く光り、煙を吐き出すたびに、街の光が少しだけ霞んだ。
通りの向こうから、笑い声と音楽が混ざり合って届く。背後の車道ではタクシーが列をつくり、巨大ビジョンの映像が切り替わるたび、俺の横顔にチカチカした色を投げてきた。
この日は時間に余裕があった。同伴出勤の日は、開店準備をすっ飛ばしてオープンに合わせればいい。この一本を吸い終えたら、店と同じビルのサロンで軽くヘアセットしてから合流するつもりだった。
ポケットのスマホが震え、俺は即座に画面を開いた。
同伴前の連絡は神経がささくれる。ドタキャンになれば遅刻扱いで、俺がペナルティを食う。
メッセージの差出人を見て胸がひやりとしたが、単なる挨拶のスタンプだった。
安堵の息をひとつ落として、適当にスタンプを返す。
――ドサッ。
視線を落としていた足元に衝撃がきた。
「ぎゃー!」
歩道側に投げ出していた俺の足に、誰かがつまずいた。その拍子に抱えていた紙袋が裂け、服が散らばった。
「ごめん! 荷物で前見えてなくて!」
顔を上げたその人物は、慌てて謝りながらも、俺の目をまっすぐ見ていた。
「こっちこそ、ボーッとしててーー大丈夫すか?」
差し出した俺の手を掴む指には、ターコイズを埋め込んだ太いシルバーリングが光っていた。
散らばった服を拾い集め、手渡した。
「ありがと!」
弾けるように笑った表情が印象的だった。左サイドのコーンロウ、金髪のポニーテールが妙に様になっていて、独特の存在感があった。
「服、すげえ量だな」
大きい紙袋5つを抱え直すその人を見て、俺は言った。
「ちょっと仕事でね!……ってか、ここ禁煙じゃん。売り物に煙草の匂いついちゃうんですけどー」
「あー、悪い」
携帯灰皿にタバコの火を押しつける。
「どこに運ぶんだ?」
「あそこのビル。トランクルームがあんの」
「じゃ、運ぶわ。足引っ掛けちゃったし」
「マジ? 超助かるー! ありがとー」
俺は紙袋を持つと、その人の後ろをついて行った。ビルはすぐそこだった。
ビルの一階フロアの奥まで、同型のトランクルームが整然と並んでいる。天井は低すぎず、白い蛍光灯が等間隔に取り付けられ、影の少ない均一な明るさで床と壁を照らしていた。
各トランクルームは箱のように区切られ、扉には簡素な取っ手と施錠用の金具があった。
開錠し扉を開けると、視界にたくさんの物が写り込んできた。ハンガーラックに掛かった服、照明、カメラ、梱包材。生活の気配というより仕事場だ。
「あたし、輸入物のアメリカンビンテージのオンラインショップやってんの。ここで在庫管理したり撮影したりしてる。あ、荷物ここ置いてくれる?」
格好を見れば納得だった。ワイドジーンズにブラウンのフライトジャケット。羽を模したシルバーアクセサリーが、統一された輝きを放っていた。ど素人の俺でも“本物”とわかる組み合わせだ。
「住んでるアパートはもっと離れてるけど。条件合うトランクルームここしか空いてなくてね」
俺と同じくらいの背丈で、ハスキーな声。細身だが骨格がしっかりしている。濃いメイクがその端正な顔立ちを更に引き締めていた。性別は察したが、俺にとってはどうでもいい情報だった。
「トランクルームの中って初めて見た。物置っていうより、部屋みたいな感じなんだな」
「うん。色々なタイプがあるんだけど、ここは3畳でエアコンもついてるの。もっとすごいと、窓とかあって普通の家みたいになってたり」
「へー、そこまでいくと住めるな」
「トランクルームは基本寝泊まりはダメなんだけど、作業で滞在するくらいならオッケーなの。私は店舗構えずオンライン限定でやってるから、家とここ行き来して作業してて」
「ほー」
視線を移すと、机の上に開いたままのノートPCがあった。
ここで一日中作業している姿が、自然に浮かんだ。
「梱包したりメール返信したり、こうやって買い付けしたり、地味にやること多くて」
「ふーん、忙しいんだな」
「まーね! 結構人気出てきてさ、人手あればもう少し身軽に動けるんだけどね。誰か住み込みで働いてくんないかなーって、最近超思うんだよねー。あ、ごめん喋りすぎた。運んでくれてありがと!」
「ちょうど同伴客と合流する時間だ。行くわ」
ヘアセットの時間は潰れたが、今日は久しぶりに脳が動いた。
同伴客と合流した瞬間、予想通りの文句が飛ぶ。
「えー、アルトノーセットじゃーん。せっかくのデートなのに気合いたんなくなーい?」
「俺とお前の仲だからこそじゃん」
「調子いいなー」
言葉とは裏腹に、女は満足そうだった。
「今日はお前にセットしてもらうから、ワックス買いに行こ」
腰に手を回す。
「お前好みにして」
俺の言葉に甘い視線を向けてくるこの女は、今日俺に何百万も落とす客。
そして、今夜俺の眠りを維持するための歯車だ。




