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死に損ないたちの岸辺  作者: ぜろ
第1章
4/15

軽蔑と憐憫

 俺は自分の名前が大嫌いだ。


 名乗るたび一拍置かれ、必ず眉を顰められる。


 志島哀流聖ーーしじま・あいるしょう。


 見ても、聞いても、誰も正しく受け取れない名。


 昔から、自己紹介が予想される日はいつも学校を休んだ。まずは相手の顔が曇り、やがて薄笑いを浮かべられ、周りがざわつく。その空気が耐えられなかった。


 許されるならば一生封印しておきたい、俺の汚点だ。


 源氏名で生きられるホストという職業は、俺には都合が良かった。


  俺は自分の本名に触れるたび、哀れな自分に陶酔したように語る母を思い出す。確かあれは俺が10歳の時だ。聞いてもいないのに、勝手に名前の由来を語りだした。


「あなたができたとわかった時、希望の光だと思ったの。クリスマスイブの夜に生まれたあなたが、私の哀しみを流してくれるって」


 涙を浮かべながら言った母を、どこまでも身勝手で愚かな女だとしか思えなかった。


 極めつけはこれだ。


「英語でもI'll showって文になるじゃない?世界でも通用する子になってほしくて」


 恐ろしく幼稚だ。この破滅的なセンスの女を、誰か全力で止めてくれなかったのか。


 偶然できた “I’ll show” に意味を見出し、誇らしげに「世界でも通用する子に」と語る。


 中卒の母に英語の意味なんて、わかるはずもない。


 “見せてやる・証明してやる”ーー必死に虚勢を張るような言葉。偶然の英文が、皮肉にも母らしい。

 自分の見栄と願望を、息子の名前にまで刻むなんて、やはりあの人は狂っている。


 何故あの人の哀しみを俺が流さなきゃいけない?

 それはもう哀れの“哀”でしかない。


 母は父と長年の不倫の末、未婚で俺を産んだ。


 19歳の時、母が住み込みで働いていた旅館に、当時30歳で中堅企業の役員だった父が宿泊した。

 父の会社の宴会を担当していた母が見初められたーーその話は何度も聞かされた。


 父はそのまま母を都内に連れ帰り、仕事用だと言って所持していたマンションの一部屋に住まわせた。

 土地勘も知り合いもない場所で、母は父に会うことだけを生き甲斐にした。


 30歳の既婚男が19歳の女を囲うーー父が碌でもない男なのはその時点で明らかだ。


 俺を妊娠したとわかった時、母は神様からのプレゼントだと思ったそうだーー


ーー父を繋ぎ止めるための。


 どこまでも愚かだ。父の子を産めばすべてが手に入ると信じて、無責任に俺をこの世に産み落とした。


 わかりきった事だが、父にとって母は愛人の一人にすぎなかった。堕胎費用だけ渡され、マンションを追い出された。


「私たちを捨てて、元モデルの美しい奥さんと、あなたの一つ上の息子と幸せに暮らしてる。許せない」


 これが彼女の口癖で、俺はしばらくの間その言葉に洗脳されていた。母と俺は捨てられた可哀想な人間で、父は極悪人だと。


 それでも次第に、母の主体性のなさと依存の強さに気づき、会ったこともない父より母に嫌悪感を抱くようになった。


 だが、洗脳とは怖い。俺の中から母が可哀想な人だと思う気持ちは拭いきれなかった。吐き気を覚えながらも、俺はあの人の望む理想の息子を演じ続けた。


 あんな事をされても。

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