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死に損ないたちの岸辺  作者: ぜろ
第1章
3/15

歩道橋の少女

 この日は店のイベントで、同系列の他店舗との合同営業の日だった。二部制になっており、俺は一部の時間帯での営業だったので、いつもより早く終わった。


 アフターはなかったが、営業終わりに女と合流する約束をしていたので、コンビニで買い物をしてから待ち合わせ場所へ向かうことにした。


 コンビニを出ると、これから渡る歩道橋の上で、虚ろな目をして道路を眺めている少女が目に止まった。


「なあ、ライター持ってる?」


 俺が声をかけると、少女はこちらに目を向けず、前を見たまま言った。


「ナンパ?」


「俺、ガキに興味ない」


 俺が答えると、少女はやっとこちらを見た。


「ふーん」


 まだあどけなさの残る顔立ちにそぐわず、両耳にピアスが大量についている。

オレンジのティントを塗った、ぽってりとした唇にも一つ、ピアスが光っている。ピンクの髪に、白い肌。猫耳の形をした、白と黒のボーダーのニット帽が、彼女の雰囲気にとてもよく合っていた。


「はい、ライター」


 少女は近くのラブホテルの名前が書かれたライターをポケットから取り出し、手渡してきた。


「さんきゅー」


 俺はタバコに火をつけると、欄干に背を預け、手すりに両肘をかけた。

 ライターを返そうとすると、少女はそれを手で軽く押し返した。


「いい。あげる」


 俺は煙草の箱を振って一本飛び出させると、箱ごと少女へ差し出した。


「吸う?」


「いらない」


「あそ」


 俺はポケットに煙草をしまった。


「てか、"ガキ"にタバコ勧めるんだ」


 少女は淡々と言った。


「はは。そっか」


「"未成年はタバコ吸っちゃダメ"って言うよ、普通の大人は」


「ミセイネンガタバコスッチャダメダヨー」


 心にもないことを、俺はあからさまな棒読みで言った。


「あんたって、変なやつだね」


「そう。俺は変なやつ」

 

 ふいに風が2人の間を通り抜ける。


「こっからさあ、落ちたら」


 少女は身を乗り出し、車の行き交う橋の下を覗いて言った。


「うん」


「死ぬと思う?」


 そう問われた俺は、下を眺め、数秒考える。


「……確実ではねえな。運良きゃ死ねるだろうけど」


 俺はそう答えると、煙を上に向かって吐いた。少女はきょとんと俺を見つめた後、ふっと笑った。


「変なの。普通、運が良いのは、助かる方なんじゃないの?」


 その笑顔は、幼くて、無垢で、俺は思わず視線を外した。


「せっかく飛び降りたのに助かるなんて最悪な罰ゲームだろ。怪我した挙句に、下の車に迷惑かけて、その辺にいたやつに動画拡散されて炎上するおまけ付き」


 俺が言うと、少女はクスクス笑う。


「確かにそれは罰ゲーム」


「死に方と死に場所は慎重に選ばんとなー」


 俺が煙を吐きながらそう言うと、少女は再び歩道橋の下に視線を移した。


「……お兄さん、ホスト?」


「そー」


「人気あるでしょ」


「まーね。万年2番手だけどな」


「へえ。1番になれないんだ」


「不動のNo. 1がいるわけよ」


 俺はそう言って、ジャケットの内ポケットからブルガリの黒いカードケースを取り出した。


「ほい。ご指名お待ちしておりまーす」


 名刺を渡すと、少女はそれをじっと見つめた。


「"ガキ"は門前払いされるだけだよ。もし私が成人してもNo.2してたら、行ってあげる」


 どうやら、ガキと言ったことを根に持っているようだ。


「ほー。そりゃありがてえな」


 煙を吐き出し、携帯灰皿に煙草を押し付ける。


「ライター、どーも」


 俺はそう言って、コンビニの袋から箱を取り出し、少女に渡した。


「じゃ」


 多分、あの子は俺と同じだろう。

 捨てたいものと、捨てきれないものがせめぎ合って、今日もまた、死に切れない。

 死を迎えるまでの人生なんて惰性でしかないのに、絶望の中でそれでも何かを渇望しては、また絶望する。


 少女と別れたあと、俺は女と合流した。


 高層ホテルの最上階、静まり返った室内にシャワーの音が響く。


 カーテンの隙間から滲む街の光を、俺はぼんやりと眺めていた。


 ガラス越しに広がる夜景は、まるで無数の命を装った残骸のようだった。煌めくネオン、車の尾灯ーー街は光に溢れているのに、どこにも温度がない。鉄の塔が夜空に突き刺さり、窓のひとつひとつが誰かの生を模した幻のように瞬いている。


 この街の明かりは、ただ、闇を忘れさせるために必死で灯っている。


 ワインを口に含んだ時、後方からガサガサと音がした。窓に、バスローブ姿の女が映っている。


「あ、私の好きなチョコあんじゃーん」


先程のコンビニの袋を覗き、その女は言った。


――え?


 俺は振り向く。


「アルト気が効くぅ」


 女が嬉しそうに袋からチョコレートの箱を取り出したのを見て、俺は苦笑した。


 さっき少女に渡したはずのチョコレートが残っているということは――。


「やべ、俺酔ってるわ」


「えー酔って勃たないから出来ないってことー?」


「いや。それは余裕」


 俺はそう言うと、女を抱き寄せ、キスをした。


「お前ゴムある?」


「あたしいつもアフターピル飲んでるから、付けなくても大丈夫だよ?」


「ダメ。ないならしない」


 そんな言葉を信用できるわけがない。


「もー。コンビニ行ったんなら買ってきてよね。待って、多分財布の中にあるから」


 ないならしないなんて嘘だ。面倒くさいのはごめんだから、あるならしておきたいだけだ。俺はどんな事があっても、毎夜必ず誰かを抱く。ないくらいで、やめたりなんかしない。


 性欲を満たすとか、抜きたいとか、そんなことはどうでもいい。


 亡霊を塗り潰す儀式。


 俺はただ、心静かに眠りたいだけだ。

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