昼下がりのファミレス
正午を過ぎた頃、やっと梱包作業の区切りがついた。古着屋がノートパソコンから手を離し、黙って梱包していた俺たちに作業終了を告げた。
約束通り、近くのファミレスで俺の話を聞くことに同意してくれた。
入店してすぐ、窓際の席へ案内された。店内にはほどよく客が入っていて、あちこちのテーブルから、食器の触れ合う音や話し声が重なって届いた。
オーダーを済ませると、古着屋は大きく伸びをして言った。
「はー! マジ助かったー! 他にもやらなきゃいけない仕事があったから、もしかしたら梱包作業は今日中に終わらないかもって思ってたんだー。ありがと! ここはあたしが奢らせてもらうわ」
伝票を軽く摘み上げ、ひらひらと振って見せた。
「いや、俺が払う」
俺はそれを古着屋の手から取ると、テーブルの上にある手帳型のスマホカバーに、伝票を挟んだ。
「で、本題。手短に話す。この前、あんたが人手が足りねえって言ってたのを思い出して来たんだ。住み込みで働けるやつを探してるって言ってただろ。こいつ今、住む場所にも金にも困ってて。あんたのところで雇ってくんねえ?」
「え? 私?」
瀬奈はぽかんと俺を見た。
いきなり連れて来られた場所で説明なしで作業までさせられた挙句、『働け』だ。戸惑って当然だ。
「はー?」
古着屋は、釈然としない面持ちで口を開いた。
「でもさあ」
瀬奈を一度見てから、上から下まで視線を流した。
俺はその先の言葉が『未成年』へと続くのを察した。
瀬奈も同じなのか、俯いていた。
「あんたやる気あんの?」
伏せられていた彼女の視線が、一瞬で持ち上がった。
「根性なさそうっつーか、すぐ折れそうっつーか?ルールもマナーも守れなさそうだし」
古着屋はそう言うと、グラスに入っている水を一口、口に運んだ。
瀬奈の目つきに、妙な芯が宿っていた。
「あります! やる気」
さっきまで俺の言葉にあんぐりと口を開け、古着屋の視線に俯いていたやつが、突然声を張ってやる気満々宣言をしている。
今度は俺が、驚きの視線を送る。
家庭では存在を認められず、この街では物みたいに値踏みされてきた。
そんな瀬奈が、自分自身に向けられた問いを、逃げずに受け止めようとしているように見えた。
「働かせてください!」
「ぎゃは! それアニメのセリフじゃんか! じゃ、あたし妖怪ババア?」
古着屋は吹き出し、手を叩いて笑った。
「こいつ、あんま社会と関わらずに育ったから世間知らずだけど、悪いやつじゃねえから……多分」
俺が言うと、瀬奈はわずかに微笑みを滲ませて俺を見た。
「関係ないね。世の中良いやつで食っていけるわけじゃない」
古着屋はピシャリと言った。
「わかってる」
俺は頷いた。
「……まあ、でも。さっき一緒に作業してて、仕事の仕方はなんとなくわかった。あんたより、よっぽどちゃんとしてる」
「なら、改めて頼む。こいつを使ってやってくれ」
俺の言葉を受け、古着屋は瀬奈に視線を戻した。
「あんた、名前は?」
「瀬奈。吉野瀬奈」
「じゃあ、瀬奈。もう一回聞くけどあんたちゃんとやれんの? うちは、アメリカンビンテージファッションのオンラインショップ。お客様はこだわりが強かったり、信念のある方が多い。あたしも誇り持ってやってる仕事なわけ。もちろん、知識も含めて一からしっかり教えるけど、もし少しでもいい加減な働き方したら即クビ。住み込みって言ってもルームシェアじゃないんだから、あたしのやり方に従えなくても追い出すからね?All right?」
古着屋は恐ろしく発音のいい英語で、瀬奈に同意を求めた。
「おーらいだよ! がんばる!」
瀬奈の表情にグッと力がこもるのを見た。
「あたし神羅。よろしく」
神羅と名乗った古着屋はそう言うと、手を差し出した。
「よろしくね、カミラ」
瀬奈はその手を、両手でぎゅっと握った。
「カ・ム・ラ」
神羅ははっきりとした口調で言い、手に力を込めた。
「いたたた!」
瀬奈は慌てて手を離した。
「つーか、よろしくお願いしますだろ」
俺が諭すと、瀬奈は慌てたように言い直した。
「あっ……そっか。神羅さん、よろしくお願いします」
瀬奈は、深々と頭を下げた。
「あー、いい、いい。あたし、かしこまったの苦手。そんなん別に気にしないから、とにかく真面目に仕事してくれたらいい」
「うん!」
注文した料理を載せた配膳ロボットが、テーブル脇まで走行してきた。定位置で停止すると、俺たちはそれぞれ料理を受け取った。
配膳完了のボタンを押すと、愉快な音楽を鳴らしながらロボットは去っていった。
瀬奈はその一部始終に目を輝かせ、「かわいい」「すごい」とはしゃいでいた。
「それで条件なんだけど。どうしよっか」
神羅は俺を見た。
「神羅に従うよ」
俺の言葉に、神羅は顎に手を添え、視線を斜め上へ泳がせていたが、程なくして口を開いた。
「あたしの仕事手伝ってもらう代わりに、2LDKのうちの1室を提供する。光熱費込みの3食付き。初めは様子見る段階だから小遣い程度の給料だけど、能力見て徐々に給料あげてく感じでどうよ?」
「それでいい!」
俺が答える前に、瀬奈が言った。
「じゃ、決まり。あとでちゃんと条件書いてまとめた書類作って渡す。あ。あんた、名前は?」
神羅は俺を見た。
「アルト」
「この子の――彼氏?」
「いや。野良猫に一回餌あげたら懐かれたっつーか」
「んじゃ保護者のようなもんか」
ここまで関わった以上、丸投げするつもりはなかった。神羅のその言葉に、俺はもう退けないと自分に言い聞かせた。
「それでいい。尻拭いはする。何かあれば俺に連絡くれ」
スマホをポケットから取り出し、連絡先IDのQRコードを表示させ、神羅に差し出した。
神羅は自分のスマホを、コードにかざした。
「オーケー、登録完了。で、あんた。瀬奈。宿無しなら今日すぐ来んの? それか荷物まとめて出直す的な?」
神羅は、話しながらも手を止めずに包み焼きハンバーグを淡々と口に運んでいた。味わうというより処理している、そんな早さだった。
ナイフとフォークを置く頃には、皿はすっかり空になっていた。
「荷物はひとつもない! すぐがいい!」
「あっそー。了解ー」
神羅は軽くそう返事すると、グラスの水を一息に飲み干した。
「じゃ、あたし、トイレ」
と席を立つ。
神羅の背中を見送りながら、瀬奈は声をひそめて言った。
「ねえねえ」
「ん」
「神羅って、男と女どっち?」
「さあな」
俺はミックスグリルを食べながら答えた。
「知り合いなんでしょ?」
「この前偶然会っただけ。今日で2回目」
「性別知らないの?」
「セックスしたいわけでもねえ相手の性別って、そんな重要か?」
「はあ?」
「ただ穴があるか竿があるかの違――」
そこで、瀬奈に口を塞がれた。
「わかったわかった、アルトにはもう聞かない。本人に聞く」
「最初からそうしろよ面倒くせえな」
「あ。でも、失礼かなあ」
「お前が誰かに『あなた女ですか?男ですか?』って急に聞かれても、何とも思わねえなら聞けば」
「……やめとく」
一言そう言うと、瀬奈はやっとチキンドリアを食べ始めた。
スプーンを口に運んだ途端、ぱっと目が見開かれ、次いで頬がゆるむ。驚いたような、嬉しいような、その境目みたいな表情がゆっくり浮かんでいく。
「ドリアって何かなって思って頼んだけど、すっごくおいしい」
「そりゃよかったな」
神羅が席に戻ってきた。
「てか思ったんだけどさー。家出少女、あたし未成年誘拐とかで逮捕されんのは勘弁よ? 親はどんな感じなの」
「私、物心ついた頃から放置されてるから、別に探されてないよ」
「あ、そ。ならいっか」
そう言った神羅のあまりの切り替えの早さに、俺は思わず口にした。
「……軽いな」
やっぱりな、と思った。
神羅の偏見や固定観念なんて、おそらく最初からぶっ壊れている――
初めて会ったあの日の俺の直感は、外れていなかった。
「ちょっとー。突然見知らぬガキ連れて来て、『雇え』なんて言うやつの方がふざけてると思うけど?」
「無茶苦茶なのは十分わかってる。でも……なんとなく、あんたならいけそうな気がして」
「はー? いけそうとか人をなんだと思ってるわけー? まあ実際いけちゃってるけど!」
「ふっ……あはは!」
俺たちのやり取りを黙って見ていた瀬奈は、ふいに笑い出した。
「あらら。あんた、笑うとめっちゃ可愛いじゃん?」
神羅はテーブルに身を乗り出し、向かいの瀬奈の顔をまじまじと見た。
それでも瀬奈は笑い続け、神羅はそんな彼女をどう扱っていいか分からないように一度まばたきをしてから、「助けて」と言いたげに俺を見た。
「こいつ、ゲラなんだよ。ツボにハマったら長い」
「なんか、2人とも息ぴったり。似てないけど、似てる」
「やめて」
「やめろ」
2つの声が重なる。
瀬奈はまた笑い出した。
昼下がりのファミレスには、やわらかな光が斜めに差し込んでいた。
本来交わるはずのない三人が、あの日、同じテーブルにいた。




