17歳の決別
17歳の誕生日、目が覚めると病院にいた――。
あの時の病室の無機質な蛍光灯と、母の冷酷な視線が、まだ脳裏に焼き付いている。
誕生日なんて祝ってもらったことはない。花鈴が気まぐれで不要なガラクタを押し付けてきて、嘲笑うくらいだ。
それでも私は毎年、期待することをやめられず、まだ捨てきれない希望が胸の奥で燻っていた。
花鈴のように、大きなプレゼントの箱や、好物だけが並べられた食卓に、豪華なバースデーケーキ。忙しく留守がちな父が、この日だけは半休をとって急いで帰ってくる――。
そんな贅沢は言わない。ただ、おめでとうと、母に微笑んで欲しかった。一度でいい。その記憶だけで生きていける気がした。
毎年、その淡い期待は儚く散る。
いつも決まって、時計の針を見つめ、静かに誕生日が終わっていくのを見守る。
17歳になったこの日も、私は馬鹿みたいにこっそりと母を視線で追っていた。
花鈴の席には、朝からサラダにスープ、ウィンナーにスクランブルエッグが並んでいる。「ご飯にする? パンにする?」なんて聞かれて、花鈴は当たり前のように「パンにしようかなー」とだけ答えていた。
誕生日の私は、自分で焼いたトースト一枚。それ以上食べると母に睨まれるので、毎朝これだけ。
その日は日曜日。普段は食卓にいない父も、席についていた。無口な父は、花鈴と同じ朝食を黙って口に運んでいる。一方、母は花鈴に話しかけ続け、二人はいつも通り楽しそうに笑い合っていた。
朝食を終えると、両親と花鈴は何やらバタバタしていた。
「荷物は持った? 忘れ物は?」
「持った! 大丈夫」
「じゃあ、車出してくる」
私は、血の気が引いたように体が冷えていくのを感じた。
「どこ……行くの」
何年ぶりかに、母に話しかけた。声は、ひどくかすれていた。
返事はなかった。視線すら向けられない。
その代わり、花鈴がこちらを振り向く。勝ち誇った笑みを浮かべ、鼻歌で答える。
有名なテーマパークのCMソングだった。
ぐにゃりと世界が裏返り、花鈴の鼻歌が反響する。奈落の底に、私だけ取り残された。
家族が家を出たあと、どれくらい経ったのか、時間の感覚は失われていた。私は家にあった市販薬を全部流し込んだ。
そこから記憶は途切れ――気づけば病室にいた。
酷い吐き気と頭痛。酸素マスクをつけられているが、それでも呼吸は苦しかった。
母の輪郭だけが、ぼんやりと映る。きっと気を失って、運ばれたんだ。
「お母さん……」
私は無意識に母を呼んだ。輪郭が少し揺れた。
少しずつ視界がハッキリしてきた。母は、どんな顔をして私を見ているだろうか。心配をかけてしまったかもしれない。
「なんだ、死なないの」
その言葉は、私の心と体をバラバラに切り裂いた。呼吸がつかえ、脈が跳ね上がる。涙と胃液が一緒に込み上げ、私は嘔吐した。
「やだ、汚い」
母のナースコールで看護師が駆けつけた。
私を介抱する看護師に母は「連絡してきます」とだけ言って、病室を出た。
その日、母が戻ることはなかった。
それでも世間体を過剰に気にする母は、三日間の入院中は毎日形式的に現れ、先生とだけ会話し、必要なものを置いて帰った。一度も私の目を見なかった。
退院したその日に、私は家を出た。
正月に祖父母がくれるお年玉をコツコツ貯めていた。そのうち10万円は花鈴に盗られたけど、また貯め直す気力なんて残っていなかった。
あの病室での一言で、目が覚めた。あれは母の皮を被った化け物――私を喰らう山姥だ。今すぐ出よう。
ここに、私の期待するものは何もない。




