1. 思い出せ、俺を
これから語られる物語は、太陽を奪われた暗い時代のことだ。かつては明るく広がっていた空は、厚く黒い雲に覆われ、どんな光もそこを突き抜けることはなかった。
その暗闇の世界では、「カラミティ」と呼ばれる恐るべき存在たちが支配していた。希望の光は吹き飛ばされたかのようで、生きて目を覚ますこと自体が奇跡に思える。となり人、友、人、兄弟―誰もが、知らぬ間にカラミティとして潜んでいるかもしれないのだ。
森の中の丘に、世界から孤立した一軒の家が炎に包まれていた。炎はあらゆるものを貪り、夜を赤く不吉に染め上げている。その炎の手前で、男が上半身裸で地面に横たわっていた。身体は血にまみれ、目は閉じられ、呼吸は乱れている。半意識の中で、彼の精神に声がこだました。
「僕を覚えていて。」
彼は激しく跳び起きた。いきなり目を見開き、荒い息を吐き、視界はぼやけている。よろめきながら起き上がると、灼けた地面の熱を肌に感じた。背後で炎が饑えた獣のようにうなりを上げている。
――何だ…? 何が起きてる…? 俺は誰だ?
彼は周囲を慌てて見渡した。焼け落ちた木々、炎に包まれた家、そして孤独だけ。返答はない。何も、誰もいない。
彼は全力で叫んだ。
――誰かいるか!?
だが応えたのは炎のはぜる音だけだった。風でさえ彼を無視しているかのようだ。彼は荒廃した世界のただの見知らぬ者に過ぎなかった。
自分の肌を覆う血を見つめる。手は震えている。目立った傷は見当たらない。彼は自分に言い聞かせた。
「この血……俺のじゃない……じゃあ、誰の?」
一瞬、黒い稲妻のような考えが頭をよぎる。
「もしかして……俺がこの家に火をつけたのか? でもなんで? 目的は?」
問いは山ほどある。答えはひとつもない。 本能で視線を左に移すと、草むらに武器があった。単純な武器だが、意味は重い。彼は苦労して立ち上がった。胸に走る痛みは骨が砕けたようだった。右手に武器を取り、左手で折れた肋骨を押さえた。 裸足で、視界はぼやけたまま森へと歩を進める。一歩一歩が痛い。地面は冷たく湿っている。周囲からは不気味な音が聞こえる:揺れる葉音、羽ばたきの音…… 頭上では、奇妙な飛ぶ獣たちが暗い空で争い、むさぼり合っていた。
――たぶん……でかいチキンだ、と思った。混乱した考えだ。
息を切らしながら進むと、やがて死体の山が見えた。判別不能なほど積み重なった屍。腐り、切り刻まれている。
――動物の仕業だろう、吐きそうになりながらそう呟いた。
さらに進むと、誰かの姿が見えた。屈んで何かを食べている人間が、木の陰に半分隠れている。彼はゆっくり近づいた。
――いただきます、礼儀として言った。
返事は低いうなり声だった。男は眉をひそめる。
――よほど腹が減っているらしい……
邪魔をしたくなくて、彼はただ尋ねた。
――他の人はどこにいるか知ってますか?
男は一言も発さず、方向を指した。町の方角だ。
ぐったりしながらも再び歩き出す。視界はさらにぼやけていく。森の縁にさしかかると、強い光が見えた。まるで大きなかがり火のようだ。そこに一つの立ち姿があった。 武器を持った男は足を震わせながら近づいた。顔はよく見えなかったが、その人物は落ち着いた声で尋ねた。
――大丈夫ですか、おじさん?
その言葉に、武器を持った男は涙を流し始めた。大きく、筋肉質で武器を携えたはずの彼が、子供のように泣き崩れた。知らない人物のただの仕草と穏やかな声が、彼の感情の最後の砦を壊したのだ。
その人物は黒いジャケットにズボン、地味な靴を履いていた。できる限り慰めようとする。
――大丈夫か? と、その立ち姿の男が尋ねる。
武器を持つ男は言った。
――誰だか分からない……ここに何をしているのかも……
――落ち着いて。泣かないで。きっと思い出すよ、立ち姿の男は優しく言った。
――あなたが唯一まともに見える人だ、と武器の男は言う。
――まず落ち着いて。君の言ってることがほとんど理解できないよ、立ち姿の男は微笑んで答えた。
武器の男は深く息を吸い、気を取り直して言った。
――誰か助けてくれる人を知りませんか? 丘の上に家があるんです……燃えていて……
立ち姿の男は笑い出した。
――まだショック状態なんだろうね。丘には火事なんてないよ。
一呼吸おいて、
――でも大丈夫さ。ちょっとした冗談だ、気分転換になるだろう、と続けた。
それでも二人は笑った。
立ち姿の男は言った。
――町の祭りに行ってみるといい。町の新しい長の選挙の式典だ。そこなら答えや助けが見つかるかもしれない。
そう言って彼を置いて去り、武器の男はその助言に従った。 町に着く頃には視界はますますぼやけていた。彼はベビーカーを押す老婆を見かけ、挨拶したが返事はなかった。彼女は祭り帰りのように見えた。ベビーカーの中を覗くと……中は空っぽだった。
――幻覚を見てるんだ、と思った。
進めば進むほど、光は不穏さを増していく。それは祭りではなかった。火事だ。
そこで彼は悟った:町全体が炎に包まれている。悲鳴。子供たちの泣き声。彼は泣き声のする家へ駆け寄った。
――あれは……あの老婆の子供に違いない!
閉ざされた戸の前で、力がなくても窓ガラスを石で割り、鍵をこじ開けて中に入った。泣き声は弱まっていた。彼は階上へ上った。そこで彼は見た。
老婆が四つん這いになって……赤ん坊を喰らっていた。 彼は吐き気を催し、恐怖で動けなくなった。炎はさらに上がる。ゆっくりと武器を構える。老婆の化け物は彼の血の匂いを感じて振り向いた。彼は引き金を引いた。化け物は煙の中に消えた。
だが突然、老婆は彼めがけて突進してきた。その瞬間、別の女性の怪物が出現し、二体は衝突して床を突き破った。 まだ二階にいる彼は焼けた人間の死体を見て、森で見た山のような屍や、木の陰で食べていた男を思い出し、また吐いた。女性の怪物とカラミティは牙と爪で激しくぶつかり合う。
女性の怪物はテーブルを持ち上げて投げたが、カラミティは歯で粉砕した。壁を這うように登り、跳躍して二体は家の外へ飛び出した。
彼は炎の中で赤ん坊を抱え、裏手へ逃げ出した。全力で走りながら、
――心配しないで……医者のところへ連れていく、そう言った。
彼は赤ん坊を見ることを避け、振り返らずに走り続けた。
そしてまた、その声が聞こえた。
「僕を覚えていて。」
女性の怪物とカラミティは凄まじい戦いを繰り広げていた。二つの力が激しく激突する。カラミティはある一撃で女性を街の中央にある大きな噴水の方へ放り投げた。衝撃で噴水の端の石が吹き飛び、構造が壊れた。
女性は躊躇せず、巨大な破片を掴んで投げつけた。カラミティは悲鳴を上げて回避したが、それは陽動に過ぎなかった。女性はそのすきに別の石塊を正確に投げ、カラミティの脚を直撃した。いやな亀裂音がした:骨が折れたのだ。
カラミティは怒号を上げたが、野蛮に自身の長い爪で切り裂き、傷ついた脚を斬り落とした。恐るべき再生で、既にその欠損を再生し始めている。二体は叫び声を上げて再びぶつかり合い、その轟音は廃墟となった街中に響いた。
カラミティは四つん這いで女性に飛びかかり、噴水に激突させた。噴水は爆発し、水が広場に溢れ出すが、女性はよろめきながらも再び立ち上がった。
だが、何かが濁った水の下で光っていた。剣だ。長年そこに埋もれていた。彼女はそれを掴んだ。その古い刃は、かつてカラミティを斬るために鍛えられた鍛冶の一族に属するものだった。憎悪と闇に取り憑かれた者たちが作った武具――それは闇の刀、その名の通り黒く、圧迫するようなオーラを放っていた。
彼女は刀を掲げる。血で顔を汚しながらも、その視線は鋭く、目の前の怪物に挑みかかる。カラミティが猛然と突進する。刃が一閃し……カラミティの首はきっぱりと切り落とされた。怪物は一声も上げずに倒れた。
だが、終わりではなかった。 その戦いを見て、ほかのカラミティが既に駆けつけている。女性は剣を握りしめ、疲れ果てながらも立ち向かう。
一方で、武器を持っていた男――僕はまだ走っていた。赤ん坊を抱えて。鼓動が早く、息を切らし、前方にカラミティが立ちはだかった。正確な一撃でその頭を弾けさせた。止まるわけにはいかない。生き延びねばならない。この子を守らねば。道を阻む怪物は、一体残らず倒した。
ついに追手の気配が消え、僕は息を切らして立ち止まった。
そして、彼女を見た。
女性が立っていた。僕と向かい合って。疲れ切り、傷とカラミティの血にまみれている。震え、苦しんでいる――それでも僕の目を真っ直ぐに見ていた。 僕は武器を掲げ、弾を込めた。引き金を引こうとした瞬間、彼女は辛そうに唇を開いた。
――「エデン……」
バン。弾はもう発射されていた。
――――
すると、別の場所で不思議な声が笑いながら響いた。
――ここが俺の転生先か? 異世界とか関係ない、あいつらは何が待っているか分かっちゃいないな。
(※原文の語り口や視点の移り変わり、文の断片的な一人称と三人称の切り替えはそのまま保持して訳出しています。)