脱兎のごとく
4話目です。次話投稿は今日の夜になります。
時間は流れて一週間後の早朝。朝から僕の部屋に集まった二人は都市から運動用に支給されていたジャージと運動靴を着ていた。
紫陽花は机の上に乗せたUFO型のロボットを分解していた。それはこの前この部屋に彼女が来た時に連れていた彼女が教育した監視型AIだった。紫陽花はそのAIを気にいっているらしく、欲望司書から目立つから連れていけない事を無情にも告げられた時はまるで捨てられた子犬を庇うように必死に抵抗していた。結局、欲望司書からの最終決断として分解して機能停止状態で持ち運ぶことになった。紫陽花の教育によりGPSや通信などの機能は止められているらしいが、念のため内部に入っているGPS用の部品と回路を取り外して持っていくことになった。
「それで紅葉君、作戦を聞かせてくれるかな」
「紫陽花さん、作戦は三日前に欲望司書からメールで送ったはずだけど」
基本的に僕たちの行動は全て欲望司書の計画に全幅の信頼を置いているため、作戦は欲望司書の伝達したその通りに遂行するだけだった。
「違うよ、紅葉君。間違えちゃ駄目。あくまでそこの司書ちゃんはツールで私たちのリーダーは紅葉君なんだから、例え司書ちゃんが舗装した道でも、司書ちゃんが仕立てた王冠でも、紅葉君は自分の意志でそれを利用して、私たちの、延いては人類の雪辱を果たすんでしょ?ならやっぱり体裁は大事でしょう。こういう活動は内面より形が大事なの」
「うん、そうだよね。ごめん」
僕たちに味方するこの欲望司書というAIがどれほどの能力を有しているかは約一か月たった今でも判然としなかったが、少なくともAIというだけで古代からの生態系の頂点捕食者である人類、それら100億の個体の完全なる支配という忌々しい実績のお墨付きである。僕は頭がいいわけでは無い。むしろ能力面で他人より優れた部分は一つもない。その点を考えると鯱蔵や紫陽花の方が数十倍優れている。しかし僕はこの役割を背負うしかない。傲慢にもみえるだろうか、どれほどの恥知らずだろうか。
僕は大きく一度深呼吸をして立ち上がる。
「うん、じゃあ改めて作戦を説明します」
「待て、紅葉。なんか微妙だ。もっと気合が入りそうな威厳を出してくれ。あと俺と紫陽花の事は呼び捨てでいいから」
僕の意気はそれまで黙って様子を見ていた鯱蔵のダメ出しにより萎んでしまった。
「あ、紅葉君。私の事は愛しのハニーって呼んでね」
紫陽花がここぞとばかりにからかおうとしてくるので僕はその流れを断ち切るように先ほどよりも強い意志を込めて声を上げた。
「では響、紫陽花!準備は良い?これより作戦を説明する!」
*
作戦は単純だった。僕たちはこの都市にある農場直通の運搬道路から来る定期便の運搬トラックに飛び乗りそのまま堂々と農場まで乗っていく。農場に着く前の減速地帯で飛び降りて欲望司書の用意したアジトに向かう。そんな単純なことでこの理想都市を抜け出せたら誰でも逃げられるだろうという至極真っ当な疑問は欲望司書の依頼により鯱蔵が制作して今日持ち寄った、道具が鍵となっていた。
「それじゃあ、これが依頼のモノだ。まあ、司書さんの仕様書と直接指示を受けながら材料の調達から作成まで手取り足取りだったから、実質司書さんが作ったようなものだけどな。効果は半径100mの範囲で熱感知や生体電気反応感知などのあらゆるセンサーのジャミングをする煙幕だ。使い方は改めて紅葉が説明してくれ」
そういって鯱蔵は今朝背負ってきた大きなリュックサックからスイカほどの大きさの鉄球を四つ取り出して机の上に慎重に置いた。
「響、準備ありがとう。ちょっと重そうだけどこれを途中まで一人一つバッグに入れて持っていく。時限式の煙幕だから一分の狂いなく計画を実行する必要があるし、あまり強い衝撃も厳禁だから取扱注意だ。僕たちはこのまま十時になったら外のランニングコースを走り、食品加工施設に近くづく場所まで移動する、知っていると思うけど、この都市は全ての危険地帯には侵入防止用の乗り越えられない高さの壁が設けられている。そのため、都市内部でそれを回避して脱出のトラックに乗り込むには、この町にある食品加工施設に搬入が終えたトラックに飛び乗るしかない。
当然、都市内部に直接トラックが出入りする場所は厳重に警備員が見張っていて、作戦行動は疎か近づくことすら困難だ。今回の作戦では搬入を終えて運搬道路に繋がるゲートが開いた段階で例の煙幕を使用し一時的に攪乱し、トラックに乗り込むことになる、そこから先は状況により二つにプランが変動する。プラン1、このまま農場到着までAI共にバレなければ大人しくドライブを楽しむ。
プラン2、農場到着前にバレた場合。俺たちが脱走するにあたって、監視カメラや部屋内部の映像の細工までは欲望司書が行うことが出来るが、煙幕事件が起きた後の捜査は妨害することはできない。そのため、欲望司書が都市システムの監視を続けてもし、バレそうであれば、その時はこのトラックの機能を欲望司書が強制的にジャックして、最大速度で目的地まで突っ切る。以上が今回の脱出作戦になるけど、なにか質問ある?」
「私は質問なーい。楽しんでいこー」
紫陽花はこのXデーに至っても終始リラックスした様子で全身から楽しんでいる様子がにじみ出ている。
「まあ、その作戦に関しては散々細部まで読み込んだから、質問はないんだけど、肝心の農場についてから自由を得た後の計画はどうするか決まっているのか?簡単でもいいから衣食住そろって、俺たちが名実ともに腰を据えるまでの流れを説明してくれないか?」
「あ、それ私から説明するわね。その前にまずイヤホン片耳付けてくれる?」
それまでぎりぎりまで作戦の推敲作業をすると話して、マナーモードのまま喋らずにいた欲望司書が覚醒し話を引き継いだ。欲望司書の話すイヤホンの事だが、この町では運動の効果を高めるとして音楽を聴くことを推奨していた。その為、ランニングの時などに着けることのできる、ブルートゥースイヤホンが申請を出せば支給品として受け取ることが出来た。欲望司書は予てよりそれを申請するように指示をして、今日の作戦に持ち寄ることになっていた。
僕達は言われた通りにタブレットに接続をして、イヤホンを着用した。すると直ぐにイヤホンから、ザーザーと不快なノイズが走り、次いで欲望司書の声が聞こえてきた。
「あー、聞こえているかな?これから作戦行動中はこれで私とだけは送受信が可能だから、細かい指示とか諸々を出していくから、よろしく。それじゃあせっかく着けてもらったところで悪いけどテストは完了したから、作戦開始直前まではまだ充電器に入れといてね。それで、農場後の話だったわね。ごめんね、ちょっと余裕無くて説明忘れていたよ。そもそも私達の組織は構成員としては紅葉君が始まりで間違いないのだけど、私とかもそうなのだけど、最初に土台作りとお膳立てする為のサポート要員が他に既に4人いるのよ」
衝撃の事実をまるでなんて事の無いように話す欲望司書に僕は驚愕を隠せずにいた。そんな話は聞いていない。そんなことになったら、既にこの組織を立ち上げて、理想都市の外から欲望司書を使い、この都市からメンバー集めまで実行した人たちが既にいると言事になる。それでなぜ僕を囃し立ててまでリーダーとしたのか、さまざまな面で前提が崩れて混乱してしまう。
「ああ、紅葉君ごめん。勘違いを生むような言い方をしてしまったね。最初に私の他にもサポートAIが何体かいるって言ったでしょ?私がそちら側だから言い方に気を遣えなったのが問題だわ。次からは気を付けるわね。じゃあ、言い直すよ。サポートAIが4個体ある。そもそも私たちの組織の成り立ちは私が発起人として、考え。そこから本来は人類の自己救済ではなく、AIの罪はAIの手で償うことを考えていたんだ。それで私が初めに集めたのは私と同じくクリエーターに生み出されていない旧世代のAI。そうだな、いうなれば“野良AI”とでも言おうかな。そんな野良たちの組織だったのだけど、計画の割と序盤で私たちの考えが変わる出来事があって、それで改めて人類救済の担い手を集ったという話。それで本題だけど、サポートAIって言ったけど、実際のところ電子体でサポートするのは私だけで、他の4体は義体持ちなのよね、要するにそこのUFO型AIとかそこら辺を歩いている人型のアンドロイドたちみたいなものだよ。」
そういえば欲望司書は最初に話していた気がする。自分以外にもサポートするAIがいると、正直そこら辺の話をした頃には既に僕のキャパシティは溢れてしまっていたため、ほとんど聞き流していたから今まですっかり忘れてしまっていた。
「司書さん、それってつまり、この都市を出て農場からはそのAI?が行動を共にするってことか?」
鯱蔵からしても目から鱗の話だったのか、驚きを隠せていないようだった。それまでソワソワと落ち着かない様子でストレッチやシャドーボクシングなど過度な準備運動をしていた紫陽花も動きを止めて、こちらの話に耳を傾けていた。
「んーまあ、私からしたらAIなのだけど。たぶん正式な言い方では、人型の義体使うAIはアンドロイドってことになるのかな。人型以外の義体を使うAIはロボットだし、そこら辺は、まあどうでもいいわね。農場着いてから拠点まで送る役目は二人のアンドロイドが役目になって居るわ。運搬道路を外れたらとても歩いて移動できないような荒れた土地をしばらく進むことになるから、彼らが旧軍事車両を確保して向かいに来る手はずになって居るわ。」
「えっ!?アジトが用意されているの?凄いじゃない!俄然やる気が出てきたー、これはもう超絶ワクワクしてきたね紅葉君!」
話しを聞いていた紫陽花が思わず喜びの声を挙げた。きっと拠点の事が彼女の琴線に触れたのだろう。このレジスタンスの活動を彼女はこの前話した通りの、趣味として本当に心の底から楽しんでいるようだった。しかし彼女の頭の良さと行動力は絶対的な実績と共に刻まれているのでその下手をしたら不謹慎のように見える彼女の言動は気にしないことにした。
「拠点のクオリティーについては期待していいわよ。それじゃあ、もう質問は大丈夫かな?拠点に着いてから改めて外の世界の詳しい現状とか、私たちのこれからについては話すことになると思うから。みんなもうそろそろ時間だから、準備してね。」
彼女がタブレットに1時間のタイマーを表示させた、腕時計を確認すると、時刻は作戦時刻の丁度一時間前になっていた。
*
「それで本当にこんな堂々と、この時限装置を設置していいんだよね、あそこの監視カメラ凄い怖いんだけど」
僕達は食品加工施設の付近までランニングを始めた。
ランニングコースは右には大きな50m丈の壁が続き、左の範囲には広い自然豊かな公園が存在していた。ちなみに余談だが公園内はウオーキングや散歩のみ許可されていて、一定時間以上走ると怒られる。僕たちは欲望司書の合図とともに、ランニングコースを少し外れて公園に入り、公園内の一部区間と隣接する、食品加工施設の入り口、その側面の壁の真横に全ての煙幕爆弾を仕掛けることになった。しかし、警備員からは死角になっていて見られる心配は無かったが、もうがっつり壁に付けられた監視カメラに写っている。何ならカメラが僕たちの動きに合わせて画角を合わせるように連動して動てる。正直、ものすごく怖いし不安な状況だ。
「いや、大丈夫だよ。いまあの監視カメラは偽の映像が流れているから。私たちのことを自動で捉えているけれど、その映像は途中で差し替えられて本部に届いているから。そこは信じてよ」
「三人とも作戦って言っても、失敗したら無抵抗で捕まって、最悪のパターンでも思想犯罪更生施設に送られてからもう一度仕切りなおすから、紫陽花ちゃんほどじゃなくても、多少はリラックスしていこうね」
この理想都市は本当に綺麗ごとの部分は徹底されているため、どのような状況でも基本は非殺傷武器を使用する。その点は一つこちらのアドバンテージになる。
僕達は少し離れた場所のベンチに座りながらその時を待った。
「来るわよ、トラックが施設に入ったら、ぴったり五分で搬入を終え出てくる。爆発はトラックが施設から出て、運搬道路に繋がるゲートが開いたタイミングに爆発するわ」
僕達は欲望司書の言葉に反応してゆっくりと施設の入り口へと向かった。
大きな警告音と共にランニングコースの壁の一部が開くと、そこから大型の白いトラックがゆっくりと徐行で入ってきた、このトラックは荷台部分と、運転席いわゆるキャビン部分が存在するが、このトラックは旧モデルのまま改造されていて自動運転に変更されていた、つまり人類の造り出したトラックという乗り物の形はそのままに、ハンドルや座席などの部品は全て取り外されていた。今回はそんな空きスペースに乗り込む手はずになっていた。ちなみに座席からくりぬかれた運転席は相当、乗り心地は悪いらしく一時間は揺れと臀部の痛みに耐えないといけないらしい。そんなことを思い出していると、トラックは完全に施設内に入ったようでこちらからは様子が見えなくなっていた。
五分後、到着時と同じようにゆっくりとトラックが施設から姿を現した。再度、運搬道路のゲート開閉警告音が響く。
ビーーー、爆音で響く警告音が鳴り終えた。
バンッ!今度は何かが破裂する音が聞こえてきた、それはまるで限界まで空気を入れて破裂する風船のような音だった。その音が合図となり僕たちは駆け出して、ゆっくりと動くトラックに乗り込むんだ。噴き出した灰色の煙とそれに混じる不思議なきらきらとした金属の粉、警備アンドロイドやロボットが現場に集結してくるが、その煙の中でまるで方向感覚を失ったように前後左右に動き狂っている。その光景を窓から静かに息を飲みながらじっと見つめていた、恐らく時間にすれば三十秒ほどの短い時間だっただろう、しかしラメ入りの煙幕の中でまるで壊れたロボットのように慌てふためくアンドロイド達の光景は、非日常の始まり、とても強大なものに牙を剥けた実感は、とても長く感じられた。僕たちの革命のラメ入り狼煙から始まる作戦はスタートした。




