鯱蔵 響(しゃちくら ひびき)
三話目。次話は明日投稿です。
ピーンポーン
「はーい。今開けます」
朝早くに部屋の呼び鈴が鳴り玄関を開ける。そこには身長が僕よりも頭一つ分高く黒縁眼鏡を掛けていた。肩甲骨まで伸びたボサボサの長髪は明らかに不精が招いた物だと推測でき、全体的にどこか縁起の悪そうな雰囲気を醸している痩身の男がいた。
「おはようございます!あの、赤月さんのお部屋で間違いないですか?俺、鯱蔵 響って言います。朝早くにごめんなさい。先日ご連絡頂いた件でお話を伺いに参りました」
しかしその見た目に反し彼の言動は明朗で彼自身の得体の知れなさが緩和されている。
「鯱蔵さん、おはようございます。今日は来てくれてありがとうございます。どうぞ上がってください」
僕が手で部屋の奥を指すと彼は一礼し靴を脱ぎ部屋に上がってきた。僕は彼にクッションを渡してカーペットに座って貰い、彼の好みに合わせて用意していたほうじ茶を淹れる。
「どうぞ、粗茶ですが」
鯱蔵の前に湯呑に入ったほうじ茶を置き彼の対面のベッド側に腰を下ろす。彼は一言お礼をして、お茶を一口啜り、本題に入った。
「率直に聞かせてください。赤月さん、どこで俺の秘密を知ったんですか?それから頼みごとがあるとの話ですが、これは脅迫の意図を含んでいますか?」
彼はほんの少しの敵意を顔に浮べていた。僕は事前に彼女がお膳立てしたこの状況について教えられていたが、今回鯱蔵をここに呼ぶ上で欲望司書はかなり強引なやり方を選んでいて正直勘弁してほしかった。
「鯱蔵さん、別に脅迫しているわけではないです。こちら側の頼み事とはその秘密が関係しているので呼ぶ理由として書いただけです。特に含みなどはないのであまり気構えないでください」
僕がそう言うと鯱蔵は少し怪訝そうに顔を歪ませた。彼を見ていると不思議な気分になった。まるで立場が逆転してしまっている。数日前の僕はおそらく欲望司書を前にこのような表情で座っていただろう。そんな少し居心地の悪い中、僕は話を進めた。
「僕はCaward・balloonIという反AI組織のリーダーです。鯱蔵さん、一緒に世界を元の姿に戻しませんか?」
彼は目を剥いて驚いていた。さてここで予定では欲望司書が登場して本格的な勧誘が始まる。本来はリーダー兼創設者は欲望司書なのだがそれを言うと結局AIに支配されている事にきづかれてしまうので言わないことにした。既に机の上にタブレットは置かれている。
「おお!凄い!紅葉君はやっぱり天才だよ!昨日Caward・balloonI英語の発音があまりにも壊滅的だったから練習させたのに結局一回も正しく発音できなかったあの紅葉君が、本番で初めて成功するなんて、私産まれて初めて感動したよ!」
「ちょっと、やめて。いや確かに流れ的には今から紹介しようと思っていたけど。そんな感じで出てこられると難しいじゃん。あと褒めてくれて嬉しいけどこの場でバラしちゃうと練習した意味なくなるからやめて」
出会ってまだ一週間足らずだがこの欲望司書は完璧な存在ではないことが分かっていた。端的に言うと鬱陶しい時がある。
「初めまして。紅葉君のサポートAIの欲望司書です。組織の運営をサポートするAIでもあるのでこれからよろしくお願いしますね」
欲望司書が自己紹介する。鯱蔵は驚きが一周回ったのか落ち着きを取り戻し話し出した。
「ご丁寧にどうもクソAIさん。紅葉さん、あなたも仲間か分かりませんが、この都市で登場するAIは漏れなくクズだ。どうせそのAIも社会実験だか思想犯罪者の思考を未然に研究するためだとか、そんな目的で作られたんだろ」
彼は少し強張った表情になって恨みの籠った表情になっていた。少し突拍子の無いような話だが、可能性だけでいうと確かにそのリスクはあった。しかし僕は彼女の無茶苦茶なやり方や酷く人間らしい部分を知っている。そのような企みの為に作られたとは考えられなかった。
「いえ、その心配はないと思いますよ。確かに可能性として考えられますが、彼女は既に僕にこの都市で行われている非道な行いを暴露していますし」
僕の誘われた時の事を誘われたという事実を抜きにして説明したが、鯱蔵の険しい表情は変わらなかった。
「それが事実だったとしても信用が出来ると思うか?そもそも紅葉君、君は本当に人間なのか?この部屋でそんな話をされて信じろと言われても理解に苦しむ」
鯱蔵は部屋の中を見渡して少し潜めた声で話した。彼の話し方は既に最初の時のような丁寧な言葉遣いは無くなり語気は荒くなっていた。
「何の話ですか?この部屋で話すことに問題ありますか?」
僕も少し部屋の中が気になりだして周りを見回す。しかし特におかしな部分は見当たらなかった。
「盗聴されているし監視もされている。気づいてなかったのか?この部屋に入ってきたときに確認したがウオーターサーバー、エアコン、呼び鈴のモニターにも付いていた。そんな環境でこのような話をしてバレないと思ったか。人間はお前らが思っているより愚かではない。覚えておけ」
鯱蔵はそう一方的に告げると立ち上がりお茶のお礼をして去ろうとした。
「まって。鯱蔵さんこの部屋の監視映像と盗聴機能は君が行っている方法と同じで全て偽物の映像と音声をループさせている。全部取り外すのが面倒だからそのままにしているだけ。信用できないのは分かるけどもう少し話聞いてくれない?」
欲望司書が彼を引き止める。ちなみに僕はこの部屋にそんな仕掛けがあったこと自体初耳で驚いていた。しかし彼女は今まで紫陽花の管理番号を入手して婚姻届けを用意したり、AIがおそらく隠しているあの工場の映像を見せてきたりと、彼の言う茶番にしては少々過激なことをしているし、もうここまで来て疑いたくはなかった。
ピンポーン。鯱蔵がこちらの説得に聞く耳を持たずに玄関に向かったところだった。玄関の呼び鈴が鳴る。この部屋に予定外の訪問者などあり得ないことだった。僕は嫌な予感がして慌てて呼び鈴のモニターを確認するとそこには見たことのない銀色の円盤型のUFOの様な見た目の飛行物体が映っていた。それを確認すると同時に欲望司書が大きな声を上げる。同時に勝手に扉が開いた。
「紅葉君、都市システム確認したけどそのAIの反応がない!おそらく特殊実行委員だ!」
欲望司書が訳の分からないことを言っているが緊急事態なのは理解できた。玄関前まで進んでいた鯱蔵も場の緊張感を感じ取ったのかこちらに戻ってくる、都営のマンション四階に位置する僕の部屋はどこを通っても逃げ道はない。
ガチャリ。部屋の扉がゆっくりと開いた。
「よっと、お待たせー、ダーリン待った?」
そんな声が聞こえると。少し怠るそうな雰囲気で円盤型の飛行物の後ろから特殊更生施設に入っていたはずの冷厳 紫陽花が顔を覗かせた。
*
「それで、紅葉君今は何しているの?その人は仲間?ということは今作戦会議中とか?なら幸運にもタイミングは絶妙ってところかな」
僕たちが部屋の隅で警戒した態勢のまま突然の訪問者に固まっている内に紫陽花は靴を脱ぎ部屋に入ってきた。彼女がカーペットに腰を降ろすと後ろを着いてきていた円盤型の飛行物体も机の上に着地した。
「まあ、とりあえず座りなよ。というかいくらなんでも驚きすぎでしょ。すぐにでも出るって言ったじゃない」
手で座るように促されて僕は何とも言えずに従った。鯱蔵は僕たちが座る位置から距離を取って様子をうかがっていた。
「詳しく聞かせて欲しいんだけど、まず私をレジスタンスに勧誘したいんだよね?私にはあの面会の時にそう聞こえたんだ」
目の前に座る僕をその薄紫色の瞳が見つめてくる。ただ綺麗な瞳だった。僕は少し喋りづらさを感じながら答えた。
「その通りですが、まずこちらから先にいくつか確認しないといけない部分があるので質問させてください。まずはその円盤型の飛行物は何ですか?」
彼女は「あっ」と声を出して円盤の銀色のボディーを撫でる。
「そっか、驚くよね。この子は特殊更生施設専用の監視委員だよ。本当のところもっと使えそうな子を教育しようと思っていたんだけど数年いたのに結局できたのはこの子だけだったよ」
とんでもないことだ教育という文言から察せられるに彼女の過去の偉業を再び行ったということだろう。僕が円盤型のロボットを観察していると今まで固まっていた欲望司書が口をはさんできた。
「紫陽花ちゃん、出所していたのは知っていたけど、まさか招待する前に自分から来てくれるなんて、驚いたのはAI生活で初めてよ」
欲望司書が話しかけると紫陽花は驚いた顔でこちらを見てきた。
「うぇ?もしかして紅葉君、人的汎用AIを手なずけたの?凄いね。しかも私が失敗してから修正パッチ入ったから難しくなかった?私も特殊施設で教官を堕とそうと試してたけどっ指令の抜け道も思想の穴もなかったよ。まるで私よりも上位の教育が行われたみたい」
どうやら勘違いしているようだ。彼女は先ほどよりも好意的な雰囲気で話しかけてきた。
「いや、紫陽花さん。ちょっと待ってください。彼女は欲望司書、AIに反乱の意思を見せているAIです。手名付けたというよりは、元からそうできていました。」
*
僕は鯱蔵に説明したことをそのまま彼女に話した。この組織の成り立ちについては多分に嘘が混ぜ込まれているが、実際騙していることに対して僕の心は痛まなかった。確かにこの組織の設立者も計画立案も彼女と実際には会ってないが他の特化型AIが行っている。しかし極論僕がバツと言えば彼女らは動くことは出来ないし、暴走した場合リセットする方法もある。しかしそれを誤解という名の糸を解きながら一人一人に説明するほど僕に甲斐性はないし、先ほど見た通り話を切り出す前に決定的に鯱蔵に拒絶される可能性があった。
「そっか、思ったより勝算低そうだね。まあいいよ、私はこの都市にいて同じ趣味の人に会ったのが初めてだったから、君と一緒に居たいんだ」
「趣味って?」
僕がそう聞くと彼女はとても嬉しそうにはにかみ言った。
「それはもちろん反乱だよ。趣味っていうのはね私にはもちろん反乱における大義名分や正義は存在するんだけど、そのことは別にこの世に存在する理不尽という存在を虐めてひれ伏して許しを請うまで泣かせたいんだ」
そう話す彼女は少し声音が高くなってこちらに同意を求めるように見てきた。
「そういわれると、僕も理不尽を壊したいっていう思いはあるんだけど、そんな風に楽しんでやってないからちょっと困る。」
紫陽花は「えー?違うの?」と大げさにショックを受けているが、一度そちらは置いておいて、僕は後ろの方で立ったままこちらを伺っている鯱蔵に向き直って、改めて言った。
「鯱蔵さん、ごめんなさい。さっき少し大げさな誘い方をしたんですけど、実はこんな感じでまだこれから始動していくような感じなんです」
鯱蔵はため息を吐いてその場に座った。
「突拍子の無いことが起こった。君たちをAIの手先のように感じていたがあまりにも非合理的な場面が多くて、今一度考えを改めよう。話を聞かせてくれ」
それから僕たちは聞く姿勢となった二人を交えて、それぞれが自分の目的と今後の行動、それから自分の簡単な自己紹介のような事をした。そうして日が落ちるまでにはそれぞれが明確に組織としての意識が出来ていた。
「それじゃあ、またねー!みんなちゃんと決めてきなよー?か、く、ごっ!」
紫陽花が大きく手を振って玄関口から出て行った。
「覚悟か、本当におかしな女だな。それじゃあ決行までにいくつか司書さんに発注された道具作っておく。ただ思っていたよりも時間がない。多少間に合わせ的な部分が出てくるかと思うがその点は容赦してくれ」
僕達は欲望司書のプランに従い、一週間後にこの都市から脱出作戦
二人が帰ってから人の香りの残る部屋に多少の寂しさを感じながらも、来客用の飲み物などを片付け始めた、消灯時刻まであと三時間といったところだった、二人が帰ってから机の上で険しい顔の欲望司書が凄いスピードで分厚い本を捲っている。
「無事に二人が仲間になってくれそうなのに、そんな険しい顔してどうしたの?何か問題が起きたの?」
僕はつい気になって必死に本を捲って何か調べ物をしている彼女に声を掛けた。彼女はとても喋りづらそうな雰囲気とそこに不満そうな表情を浮かべていた。
「うまくいってよかった、けどちょっとね。なんか不安になってきて…、計画には恐らく支障はないよ。むしろこの違和感の正体を上手く利用できればもっといい方向に向かうはず。そう感じるんだ」
あまり彼女の事を気にしないようにしよう。そう考えていた。最初に彼女と出会った時から僕は半ば思考を放棄していた。僕が道を違えないと決めたら横に居るのが悪魔でも全知全能の化け物でも問題はなかったからだ。




