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理想を演じる

 皆が憧れるような理想の存在でありなさい。

 幼いころから言い続けられた、親の言葉。僕はその教えに背くことなく努力を重ねてきた。


 両親がそう言うのは、家柄によるものが大きかった。母は財閥のトップであり、総帥という最高位に位置する重要なポスト。父はその婚約者であり、副総帥。家は裕福で、僕は所謂御令息。


 それに、この世界では男である僕の立場は少し特殊だ。

 僕には前世の記憶がある。そうは言っても、前世では幼いころから病弱で寝たきりだった。あまり学校にも行けなかったし、その所為もあって病気で高校生くらいで早くに亡くなってしまったから、余り思い入れもない。


 この世界では、女性の方が恋愛でも仕事でも主導権を持ちやすい社会構造になっている。告白もリードも、自然と女性が行うものとされる風潮があった。


 もちろん、近年では「男女平等」が強く唱えられるようになり、形式的にはバランスが取れている。だが、文化や空気感としてはまだ女性が前に出ることが当たり前に見られている節があった。


 まあ簡単に言えば、僕の前世の価値観とは逆転した世界だった。


 そんな世界で生まれた僕の家は財閥の家系。

 だからこそ、両親の教育はとても厳しかった。勉学は勿論、スポーツ、音楽、美術、礼儀作法。専属の講師が熟練の域に達するまで僕に付きっ切り。


 そんなことをしていれば勿論遊んでいる暇などない。学校が終われば即帰宅。そして面白くもないピアノを弾かされ、絵を描かされ、説法のような作法の予備知識を聞かされる。

 完璧を追い求める両親は自身だけでなく、子にもそれを強いた。


 それが苦かと聞かれても、正直僕は答えられなかった。この家に生まれたからにはそういうものなんだ。そう自分の中で結論付けてしまったから、辞めたいとか嫌悪する気持ちはなかった。

 

 まあでも、敢えて言うとしたら、面白くない。

 退屈という感情だけは僕の心の中にはっきりと存在していた。




響希(ひびき)さんのことが好きです!私と交際していただけないですか!」

「申し訳ありません。今は勉学の方に集中したいので」


 時刻は日の落ち始める夕方。放課後に校舎裏の中庭に呼び出され、正に青春の一ページといえるような告白の場面を僕は無情にも切り捨てる。

 勇気を出して告白してきただろう相手の女学生は、僕の言葉を聞き、唇を噛み締めながらも表情を崩さなかった。


「そ、そっか。ごめんなさい。……………そ、それじゃあ、また明日っ!」


 断られたことによる羞恥心か、はたまた悔しさからか僕の返答も待たず、女学生は走ってこの場から去る。夕日に照らされた草木の中にポツンと僕一人。

 もう告白は何度目だっただろうか。二桁台になってからは数えるのをやめたから、もう思い出せない。


「…………何回経験しても、この虚しさは変わんないな」


 告白を断る側の方が大変だ。なんて告白された側の身分でありながら烏滸がましいことを言うつもりはないが、毎度毎度相手の悲しそうな表情を見ていればそれは心も痛む。だから気苦労がないとは言えない。

 でも、断るのは仕方がないのだ。好きでもない相手と付き合って結局振れば、それは更に相手を傷つけるだろうし、だからといって本気になれる相手もいない。

 というか、両親に何を言われるのやら。付き合った相手にも何か言うだろうし、可哀そうになる。


「響希様、お帰りの車の用意が出来ております」

「っと、驚かせないでよ」


 音もなしにどこからともなく現れたのは、幼いころから従者として側にいる雪平伊織(ゆきひらいおり)だった。

 短く纏められた亜麻色のショートヘアー。一見ボーイッシュでかっこいい雰囲気を纏っているが、れっきとした女性。大人びたクールな人物なように見えて、実はただ悪ふざけが好きな生意気な従者。同い年なのもあって、一番気の置けない仲だったりする。


「申し訳ありません。何やら響希様が感傷に浸っておられたようでしたので、驚かせてみようかと」

「心臓に悪いからやめてよ…………。僕は主人で貴女従者ね?わかってる?というか見てたなら何か労いの言葉でもないわけ?」

「響希様が性欲に塗れた獣の毒牙にかからなかったこと、喜ばしく思います」

「いや言い方!別に相手の人からそんなの感じなかったんだからさ」


 さらっと真顔で変なことを言うんだから、正直調子が狂ってしまう。こんな姿を誰かに見られたら僕のイメージが一瞬で崩れてしまうでしょうが。

 そう一度思考を回したことで、僕は高まる気持ちを落ち着かせて冷静になる。


「ほら、行くよ。車を待たせてるんでしょう?待たせすぎるのも申し訳ないから」

「畏まりました。鞄お持ちします」

「ありがとう」


 両手を塞いでいた手提げ鞄を伊織に持たせ、校門の方へと向かい始める。

 伊織も先ほどのおふざけモードとは打って変わって、歩幅を僕に合わせてついてきていた。

その姿は凛々しく、正に瀟洒な従者の様であるが故に、思わず溜息を吐いてしまった。


「伊織、黙ってれば完璧美人だよね」

「……それはプロポーズですか?」

「なわけないでしょ!皮肉のつもりで言ったんだけど!」

「私などより響希様こそ完璧な美男子ですよ。端正な顔、絹のような髪、美しい体躯、慈愛に満ちた性格。身長はあまり高くないですが」

「一言余計!………べ、別に低くは無いし?平均でしょ平均」

 

 僕の身長は165。確かに一般的な男子よりかは低い。唯一の身体的なコンプレックスであった。


「まあでも、そこが良いのですが。こうして響希様を見下ろせますし」

「数センチ高いだけで調子に乗らないでくれるかな?というか、見下ろせるほど身長差ないでしょうが!」


 まるで小動物が怒っているかの様な扱いで、伊織は僕の頭を撫で始める。僕はその手を数秒経った後に払い、歩くスピードを早めた。

 

 本当に伊織の僕に対する接し方は従者なのかと度々疑問に思う。まあでも、腹ただしい思いも募るが、こういう悪ふざけが出来る友達の様な関係も悪くはなかった。

 学校では、こんな風に軽口やじゃれ合いもすることがないから。


「響希様は、大変魅力的なお方です」


 先程の悪ふざけの声のトーンとは違って、真っ直ぐな言葉が突如後方から放たれる。

 その温度差に少し驚きながらも、僕は瞬時に振り返った。


「だからこそ、ああいった風に女性から告白されることは非常に多いでしょう」

「ま、まあ、そうだね。だからこそ困ってるのもあるんだけど」


 なんとも贅沢な困り事だと思いつつ、僕は伊織の言葉にそう返答する。


「気にする事はないと思います。例え告白を断ろうと、響希様は何も悪いことはしていません。寧ろ、告白を受けいれ、好きでもない相手と付き合い続ける方が相手を傷つけるでしょうから」


 伊織は僕が考えていたことと同じ事を言葉にする。自分と同じ考えの人がいる。そんな仲間を見つけた様な感覚に、僕の考えは少なくとも間違いではなかったと思い、少し安心する。


「ですので、響希様が心を痛めることはありませんよ」

「…………もしかして、慰めてくれてる?」

「響希様が最初に労いの言葉が欲しいと仰いましたので」


 そう、いつもクールで感情を表に出さない伊織は、柔らかく微笑んだ。


 雪平伊織。生意気で、従者として疑問を覚えるような言動を何度もするけど、一番信頼できる存在。

 悪ふざけが好きで、何度腹ただしく思ったかは分からないが、一度も嫌ったことは無い。


「ありがと!伊織!」


 きっと、満面の笑みを浮かべて喋ることが出来るのは、君だから。


「響希様、無闇にそういう顔はしないでください。襲いたくなります」

「は!?な、なんか顔怖いんだけど…………って、早歩きで近づいてこないでってば!ちょ、やばっ」


 そして、素を出せるのも君だからだと思う。

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