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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

逆ハー肯定世界は、やばかった。

作者: 冬蛍

「僕には君が必要なんだ。愛している。僕と結婚してくれ」


 イケメンの王子様が正面からわたしの手を握って、懇願するような表情を向けたまま求婚の言葉を口にする。


 でもね、わたしには貴方の嘘の部分がバレバレなのですけれど?


 客観的に見れば、演技がお上手ですこと。


 わたしの聖女としての能力は散々調べられたので、いろいろとよくご存じなのでしょうね。


 けれど、わたしが生来の魔耳持ちでもあることまでは、貴方でも知らないでしょう?


 出自が高位の貴族家である美人女性ばかりを、既に沢山娶っているイケメンの王子様。


 貴方の甘い言葉に加えて、容姿と地位も相まって、靡く女性はさぞかし多いことでしょう。


 でも、わたしにそれらは通用しませんよ。


 貴方の言葉の嘘の部分は、何故か半音高く聞こえる特別な耳をわたしは持っているのですから。


 有名な魔眼の能力は発動時の瞳の光彩が独特に変化するので、外部から魔眼持ちであることが簡単に知られてしまうけれど。


 幸いにもわたしの持つ魔耳はマイナーな能力なのか、そもそも存在自体が世の中に知られていない。


 自己申告しなければ他人にはわからない能力なので、ひっそりと魔耳を持っている人が他にもいるかもしれないし、わたしだけしかいないかもしれない。


 けれども、そんなことは今の状況には何ら関係がないだろう。


 今、重要なのは何か?


 わたしには、王子様が言った『愛している』の部分だけ、半音高く聞こえてきたことだろう。


 わたしが必要?


 ええ、そうでしょうとも。


 救国の聖女そのものを、他国に掻っ攫われるわけにはいきませんものね?


 聖女の能力の遺伝の問題も絡むのでしょうし。


 わたしが娘を授かれば、聖女の力は引き継がれる可能性があるのだ。


 仮にそこで引き継がれなくても、孫や曾孫、それ以降の子孫で能力が発現するケースだってある。


 本来、聖女の能力は王家の血筋の人間にのみ、稀に発現する特殊能力だ。


 だからこそ、王家の血が入っていないはずのわたしは、血の拡散を阻止するために王家へ取り込まれる対象とされたのだろう。


 ただし、実際のところは。


 わたし自身がこの国の王家の血を薄っすらと引いているからこそ、聖女の力が発現したのだれどね。


 ま、その事実を知っているのは、わたし以外に誰もいないのだけれど。


 そのあたりの事情を詳らかに述べておこう。


 顔も知らない、ずいぶん昔に亡くなったわたしの高祖母。


 いわゆるひいひいおばあちゃんは、城務めの下女をしていた時期がある。


 その高祖母は、王族の寝所のシーツに付着していた子種を、自身が妊娠するためにこっそりとちょろまかし続けたらしいのだ。


 そんなやり方では、妊娠できる可能性はほぼなかったように思うのだけれど。


 結果的に分の悪い賭けに勝った高祖母が、何故王家男子の子種を求め、妊娠を目指したのか?


 その理由は、わたしにはわからないけどね。


 家の屋根裏からたまたま見つけた、『当時の日記』とは呼べないレベルの走り書き。


 断片の情報の寄せ集めから得られたものなんて、その程度でしかないのだ。


 もちろん、全部読み終えてから即刻焼却処分しましたけれど。


 アブナイ証拠の隠滅は大事ですよね!




 高祖母が産んだのは、結局娘一人だけ。


 曾祖母も、祖母も、わたしの母も、何故か娘一人だけしか授かっていない。


 なので、わたし以外に我が家の血統関係で王家の血が他所へ拡散されている心配はないようだ。


 今後のことを考えると、国にとってそれは救いなのだろうか?


 ちなみに、我が家はわたし以外の全員が既に鬼籍に入っている。


 つまり、わたしが産むであろう子以外に、わたしの高祖母からの流れをくむ血縁者が増える可能性はないのだ。




「殿下、恐れながら言わせていただきます。先々代の御世に爵位を失って、今の我が家は平民。そのような『貴族でもない平民のわたし』を、『殿下の奥様たちは受け入れるはずがない』と、考えます」


 ひいひいおばあちゃんは、借金まみれの子爵家を女当主として継いだ。


 入り婿を探すこともできず、それでも、父親不明の娘を一人出産して次代へと血を繋いだ。


 まぁ、なんとか家の存続を願う場合にはないでもない話なので、そこは問題にならない。


 ともかく、そんな流れから次代を継いだひいおばあちゃんは、先々代の国王陛下のとりなしがあって。


 爵位を返上する代わりに、家の借金の全てを国が肩代わり。


 その際に、当時居住中だった自宅だけは自己所有のまま手放さないことと、平民が二年ほど生活できる現金を一時金として受け取ることを付帯条件として、平民になる道を選んでしまったらしい。


 ちなみに、くだんの自宅は、平民の中流階層が所有するレベルのモノ。


 ひいひいおばあちゃんは、先祖伝来の貴族街の家を借金返済のためにとっくに手放していた。


 まぁ、そうでなければ。


 ひいおばあちゃんに、今はわたしに受け継がれている家、つまりはその当時の自宅を所持することの継続が認められたはずもないんだけれどね。


 貴族街に平民が家を持つことなど許されないのだから。

 

 それはともかくとして。


 ひいおばあちゃんが平民落ちする選択をするにあたって、国、あるいはどこかからの圧力や強制があったかどうか?


 今となっては、真実は藪の中だ。


 けれども、喜んでその話に乗った可能性は極めて低いだろう。


 成り上がりの豪商の類が名誉と地位を求めて、お金で爵位を買うような行為は昔からある。


 そのため、借金苦を理由に爵位を返上なんて、しないほうが普通。


 と言うか、当時の段階で過去百年以内に同様のケースで爵位を返上した例はない。


 ちなみに、それ以降も現在に至るまで、そうした例は存在しないのだけれど。




「つまり、君の答えは『拒否』か。残念だよ」


 求婚の言葉から、まだたいして時は過ぎていない。


 けれども、わたしの手を取っていた王子は、その手を放した。


 そして、後ずさるようにしてわたしから少し離れたと同時に、まるで何かの合図をするかのように、彼は高々と左手を挙げる。


 直後、わたしの足元の床が消失した。


 落とし穴。


 わたしは罠にはめられたのだ。


 自動で発動する聖女の守りは、外部からの攻撃を防ぐし、毒だって無効化してくれる。


 それでも、この場合だと落下すること自体は避けられない。


 聖女の守りがあるので、落下しても穴の底に叩きつけられた時に生じる衝撃によって死ぬ心配だけはないのだけれどね。


 王家の人間は聖女の能力の弱点を熟知していたが故に、こうした方法を選択したのだろう。


 わたしには、深い穴の底から這い上がるすべなどないのだから。


 浄化、癒し、防御に特化しているので、穴を破壊することもできない。


 わたしの身に「餓死」という最悪の結末が訪れるのは、時間の問題なのだろう。


 事実、そうなってしまった。




「浄化と癒しで国の危機を救ったわたしなのに。最後はこんな結末ですか?」


 真っ白い空間で、わたしは自称神様と対面していた。


 わたしの生前の行いへの、ご褒美的な特典を付けた転生。


 自称神様はそれをさせてくれるらしい。


 それでも、文句の一つも言いたくはなるよね?


「君がいた国のやったことへの責任がこちらにあるはずはない。それは理解できるだろう?」


「まぁ、そうですね」


「君の溜飲が下がるかどうかはわからないが。君を殺した者たちの未来を教えておこう。君の、闇落ちした聖女による最後の怨嗟の念は、彼らに甚大な影響を及ぼした。王家の血筋から、向こう千年は聖女が出現しない。よって、あの国に滅ぶ以外の未来はない」


「そうですか。ざまぁみろ。そんな風に思わなくもないですが。今となってはどうでも良いかも」


 死ぬ間際まで、わたしがあいつらに向けた呪詛の言葉を吐きまくったのは確かなんだけどね。

 それが将来の話とは言え、あいつらが酷い目に遭うのを知れたら、それだけでもうどうでも良いよね。

 ここから先のわたしに、あいつらは関係ないはずなんだから。


「それはそれとして、だ。君に起きたことを、『気の毒だ』とは思っている。だからこその提案をしただけだ。なので、こちらからの提案を拒否するならするで構わない」


「もらえるモノはもらいますよ。でも、転生でわたしがいた国やその周辺国に戻されてもね。どんな特典をくれるのか知りませんけど、男の奪い合いはもう嫌なんですが!」


 性別は魂の根源なので弄れないらしい。


 ついでに言うと、「魔耳の能力の所持と容姿のレベルも生前同様で不変」なのだそうだ。


 となると、わたしが聖女の役目をやらされた、男一人に対して女が四人もいるような世の中では、悲しいことが起きる。


 希少価値的な意味で、男性優位になるのは当たり前なのだ。


 わたしの顔は、お世辞にも『美人』とは言い難かった。


 自己評価では、『極端な不細工』ってほどでもなかったとは思うが、それでも『並みかややその下くらい』と評するのが妥当なところ。


 身長は平均付近から逸脱してはいないけれど、体重はやや多め。


 いわゆる、デブまで行かないぽっちゃりさんである。


 これでは、女が余っている状態だとモテようがないのがお分かりいただけると思う。


 しかも、自称神様から知らされた情報がまたきつい。


 容姿レベルは、魂の根源に刻み込まれていて不変。


 つまり、何度転生しようがわたしは美人に生まれることはないし、痩せようと努力しても体質的に非常に痩せにくいらしい。


 もう詰んでない?


 そんなことをつらつらと考えていると、時間だけが過ぎて行く。


 すると、自称神様からは『新たな提案』とかが出てくるわけであり。


「ならば、管理下にある別の世界への転生ならどうだろうか? 文明レベルが似ていて、男女比がちょうど逆くらいの世界があるぞ」


「女の子の夢、逆ハーとかできたりします?」


「それは、一人で何人の男性を囲ったら逆ハーなのか? とりあえずは、そこの部分の定義が問題になる話だな。ま、女性は二十五歳までに最低三人以上の男性と結婚しなくてはならん。例外として、女児を二人以上出産すれば、最低三人の条件が外れて自由になる。上限の十人までしか結婚できない部分も撤廃される」


「要は、男を選り取り見取りで、わたしが選ぶ側なんですよね?」


「まぁ、女性側が義務分だけに結婚する人数を絞ると、男性は余る。二十歳までにどの女性からも選ばれなかった男性は、強制労働送りとされる法律がある。そのため、男性側は結婚しようと必死になっているのは確かだ。これは、結婚そのものを諦めて努力しなくなったり、男色に走ったりするのを防ぐために作られた法なのだ。人はなかなか面白いことをルール化するものだな」


 なにそれ?


 最高じゃない?


 その世界、ステキ過ぎるでしょ。


 決まりだね!


「じゃ、わたしをその世界に転生させて」


「あー、君の固有能力、魔耳はそのまま残る。けれど、聖女の力は失う。別の世界への転生でご褒美的な特典の大部分を消費してしまうから、衣食住には困らない程度の平民の娘に生まれて、他には治癒魔法の才能くらいしか付けられん。本当にそれで良いか?」


「それで良いから。早くして」


 わたしは、そんな流れで男性が女性の約四倍いる世界へと転生した。




「思ってたのと違う。これ、話が違うんじゃない?」


 男性が結婚するために必死になる世界。


 うん、そうだね。


 婚活を頑張ってる男の子ばかりだよ。


 だけど問題は、『見目麗しい女性にばかり人気が集中する』ってこと。


 わたしは、二十五歳までに三人以上の男性と結婚をしなくちゃならない。


 それが、この世界のルールだ。


 でもさ、容姿が良い女子は、上澄みの良い男を根こそぎ掻っ攫っていくんだよね。


 結婚できる上限の人数が規定されてるのは、なるほど、このためだったのか。


 でも、上限十人の規定はだめだろ。


 上限を五人に半減させる法案が成立しそうではあるんだけれどね。


 それとさぁ、転生前は考えもしなかったけど、この世界はやばい。


 だって、女性が少ないってことは、人口を維持するために何が必要になると思う?


 一人の女性が、一生で最低五人の子を出産しないといけないんだよ!


 しかも、女児を一人以上産まないと肩身が狭い状況になる。


 と言うか、あの自称神様め!


 出産数の義務については、わざとわたしに伝えなかったんじゃないだろうか?


 一応、出産数は強制の義務じゃないから、「騙された」と断言できないところがまた腹立たしい。


 ただし、義務でも強制でもないけど、産んだ子供の数で税負担や将来もらえる年金に影響が出る。


 国の人口維持と発展に貢献したとみなされなければ、税負担が重くなって生活が苦しくなる仕組み。


 こんなの、実質強制と変わらないじゃん。


 まぁそのあたりは、孤児を養子にすることで回避する手段もあるにはあるけれどね。


 それはそれとして、だ。


 男性側は、『なんとか自分の種で子が欲しい』とか、『自分の遺伝子を残したい』とか考えているのかどうか?


 そのあたりは定かじゃないが、いわゆる夜の生活に全力投球するのが原因で、そもそも寿命は短めになっているし、世の中的に数が多い男への扱いが雑なせいで、事故やら病気やらなんやらで、結婚しても若くして亡くなる人間がわりといる。


 女性側だって、妊娠と出産は自身の生命へのリスクがないわけじゃない。


 それが原因で、亡くなるケースがすごく多いわけではなくとも、わりと普通にあるのだ。


 孤児がそこそこ多くなる理由はそのあたりにあるのが、前世の記憶を持つわたし的に「どーしてそーなった?」としか思えないんだけどね。


 ともかく、冷静に考えると、だ。


 男女の数の差の問題は、わたしの前世の世界のように男性側が少なくても、一人の男性が毎日女性をとっかえひっかえすれば一年で何人も、下手をすれば百人単位でも妊娠させることが理論上は可能だ。


 翻って、女性が少ないこの世界の場合はどうか?


 一人の女性はどう頑張っても、概ね年一回しか妊娠・出産ができない。


 まぁ、厳密には妊娠してから出産するまでの期間は一年より少し短いので、一年でギリギリ二回出産するケースもあるかもしれないけれど。


 でも、そんなのはレアケースとして無視して良いレベルでしかないだろう。


 しかも、女性側は肉体的に、排卵が始まる年齢から閉経に至るまでの期間限定という縛りもある。


 これはきつい。


 それでも、ね。


 異なる世界から転生してきたわたしにとって、逆ハーが女子の夢なのは動かない。


 それを、わたしは否定なんかしないし、させないし、できないぞ!


 でも、男女の数がそれを成立させやすくなるような、不均衡状態を保つ世の中はやばすぎるのだけは理解できた。




 わたしは、なんとかノルマである三人の男子を捕まえることに成功した。


 ただし、わたしのお相手はイケメンとはほど遠いし、年収はなんとか子供の大学卒業まで生活を支えられる四百万の半分の二百万程度。


 もちろん、『実家が太い』とかもない。


 収入が低い時点でお察しレベルだけど、学歴が低い。


 ハッキリ言ってしまうと、「頭脳や身体能力などなど、能力全般が低い」のだ。


 ついでに言えば、「性格もあんまりよろしくない」のである。


 まぁ性格はね。


 仕方がないよ。


 こんな世界の状況で、限界まで努力しても平均より下のところにいる男性たちが歪まないわけがないよね。


 しかも、『努力してどうにかなる部分じゃないところ』って結構あるわけだし。


 ちやほやされるっちゃされるんだけど、なんかコレジャナイ感があって悲しいものがあるのも事実だったりなんかして。


 わたしが贅沢なんだろうか?


 少なくとも、これだけは声を大にして言いたい。


「前世であんな目に遭って、お付き合いする男性の選り取り見取りを期待して転生したからには、贅沢ではない」


 そんな風に思うのだ。


 それでは、なんでそんなのとばかり結婚したのか?


 そう問われることもあるかもしれない。


 でもね、わたしが結婚できそうな相手の中から、これでもマシなほうのを選んだ結果なの!


 逆ハーが肯定的に受け入れられている世界とは、今のわたしがいる世界のように、そうなるだけの理由が存在するのだろう。


 わたしは、わたしを転生させてくれた存在に思いを馳せる。


 もう一度、わたしの境遇を哀れんでくれて、転生させてはくれないだろうか?


 次は、逆ハーを夢のまま胸に抱いて、実現は諦めますから。


 その代わり、わたし好みの、わたしだけを愛して、結婚してくれる超絶イケメンのスーパーハイスペック男子が一人いる世界への転生をお願いします。


 そんなことを夢想しながら、わたしは現実に向き合って生きて行くのだった。

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