誰が為の自動人形か
「ご苦労さん!」
新聞を届けてくれたロボットに感謝をする。
彼はお辞儀をして次の配達先へとちゃりを漕いで去っていった。
扉を締め、テーブルに新聞を置きに行った後、顔を洗いに洗面台へと向かう。鏡に写った自分の髪は寝癖だらけ。長い髪を何とか櫛とヘアゴムで束ねる。
椅子に腰掛け挽き立てのコーヒー豆にお湯を注ぎながら新聞を広げる。
「またかぁ…」
最近ではよく記事で見るようになったロボットの暴走化。幸いまだ死者は出ていないが先月も電車が危うく脱線するところだったらしい。
それについて王国軍にも調査を依頼されたんだっけ…車掌さんに聞いても事故になりそうになるまで特に変わったことはなかったって言うし、当時乗ってた人に聞き込みでもしにいこうかな。
あとは…なになに?「姫の失踪の捜査協力募集の願い」?報酬金は…金貨500枚!?じゅ…十年は働かなくたって生きていける額じゃねぇか!…って言っても手掛かりもないし…
「はぁ〜…金がねぇぇ…」
壁に蔦が這う雰囲気のあるアジト…というかただ古い事務所の鍵をかけレンガの並木道を通り大通りへと向かう。蒸気がいたる所から吹き出し熱気が身体を包む。街は賑わっており人々が右から左、左から右へと詰め合いながら進んでいる。巨大な二足歩行ロボットや配達ロボットの近くを通るとジワッと汗を掻く。彼らのおかげでこの国は急速な産業革命が起きたのだ。自動車などの完全自動運転化や肉体労働は全てロボットに置き換わり、世界は大きく変わりだした。
「しっかしここは混むな…」
私は人の流れに嫌気がさし裏通りを通って兄の仕事場に向かうことにした。
ギィ
「まだ店は開いてねぇ…また後で…社長の弟さん!?ただ今社長室に案内します!」
「ありがとう。いつも悪いねタド」
「いいんですよウイさん!あんたには世話になってますんで」
社長室
「社長!ウイさんを連れて来ました」
「通してくれ」
「久しぶりだね兄さん」
「どうした兄弟。もう金は貸せないぞ?」
「今日はその話じゃ」
「世間話なら間に合ってる…本題は?」
「なんでそんなに急いでる?兄さん」
「時間は有限なんだ」
「そうだね…駅に行きたい。ジェットを貸してくれないか?」
「俺があの子をどれだけ大切にしてるかわかるか…?」
「分かぁってるよ」
「…嫌だね」
「儲け話があるんだ。聞いてよお兄ちゃん」
皮でできた椅子に深く座る美少年。この歳で発明家としてだけでなく機械技師としての腕もある優しい俺の兄
タバコの煙を口の横からフーと吐きながら彼は言った
「…話だけは聞こう。ウイ」
「最近のロボット暴走化について軍から依頼が入ったんだよ報酬は金貨25枚。君の意見がもらいたいんだ。協力してくれるんならお金を返せるかも…?」ニヤリ
「…全額?」
「それは…事件が解決してから決めたい」
「ちっ…まぁ兄弟の頼みだ…俺だけではなく店のものにもなるべく協力させよう。付いて来い」
「偉く素直に聞いてくれるなんて珍しい!…で…どこへ?」
「お前に恋人の運転を任せて傷がついたらいやだからな…」
「悪かったな運転下手で」
「しばらく出掛ける…留守を頼むぞ」ニコ
彼は秘書にそう告げると
「は…はい」ドキドキ
彼女は体を震わせながら答えた。
「イケメンめ…」
新しい産業として発達した事業所だから今でこそ自動人形の店だが元々ルイの専門は自動ジャイロなどの乗り物で、職人として昔の作業場もある車庫には古いものから最新鋭のものまで幅広くコレクションしてある高価な乗り物達には丁寧な整備が施されている。
「こいつらは暴走化しないのか?」
「コイツらには精神の心臓がないから暴走はしないし彼らから愛してはくれない…だからこそうんと愛してやるのさ…どんな者にだって魂は宿る」
そう言って冷たい恋人にキスをする。
「ルイの作った自動人形の暴走化の発見事例って」
「ないに決まっているだろう!!!」
彼の顔や声には怒りとそしてそれよりも大きな職人としてのプライドのようなものを感じた。
「そ。そうだよな。とりあえず駅に行こう。話はまた後で」
エディンバラ駅
年中を通して人で溢れている大きな街の中枢機関で王国が運営している駅であり、他の駅よりも外装が美しいことも有名で数多くの歴史的価値のある展示品を保有した美術館やフードコートなどが内蔵されており、複合施設として観光客からの人気も高い。
「ここが事件当日自動人形三体の暴走化が起きたところ。目撃情報によれば、人形がバラバラに暴走化を始めたのではなく、一度に始めたことで現場は混乱状態に陥り、多くの人の怪我にも繋がった。現在人形達は情報収集のため保管されているが、後廃棄の検討がなされているっと」
現場は発生当時のままで、多くの血痕や部品の一部が残されている。ここで事態の鎮静化が行われたのだろう。場所は3階にある25番線ホーム。観光客や人通りの多い駅の中でも一際人が多い場所だった。今回は重症者だけでも50人と過去最大の事件となり、ついに王国軍も黙認していた暴走化に手を付けざるを得なくなったそうで、急ピッチで議会に法案の作成を進めさせているそうだ。反対派としては自動人形の全面禁止や大幅自粛などを謳って民間人の心を煽っているらしいが、急激に発達し生活に深く根付いてしまった自動人形を全廃棄というのも今更できないところまで来ている。大量生産する企業が増えた自動人形業界に身を置いている人の数も年々増加傾向だし、何より王国に仕える穏健派のほとんどは自動人形推進派だった。
「兄弟。自動人形の暴走化というのは近代でもたらされた負の遺産と言われている。俺達の職は人間の職を奪うものでもあるしな…職人が丹精作ったものもそいつらから見たらただの動くガラクタだろう」
「そんなこと…これを見てくれ」
「これは…大企業で作られる自動人形の部品に見られる傾向が強いギアだな。仕事がなってないし整備もイマイチ。職人もさぞ悔しかろう。」
「ソイツんとこにも王国軍が取り調べに行ったけど、我々は安全性は確認済みだ。と言ったらしい」
「全体を見ないとなんとも言えないな。私見を述べるとすればどんな機械でも作品でも平均的な成績の部品を使ってできるものが平均的な作品になるわけじゃない。職人の腕にもよるが大量生産すれば職人が入る隙もない。何より動けばいいじゃ愛がないだろ…」
「愛だけじゃ仕事はできないよ」
「だが愛がなけりゃ何もできねぇ」
後日、自動人形の不祥事に対し会社として責任を持ち辞任すると社長が発表し王国軍に身柄を拘束された。驚くことにその人はルイの先輩に当たる人で仲良くしていた人だった。
暴走化した自動人形を見たところ、経費削減のためか安い素材からできる摩耗が激しい部品が多く、それによって発生したエンジンの熱暴走に伴い部品が溶けたことが原因という事にして収めたが、兄弟の意見としては駆動に必要のない部品も多く何か他の意図もあるのではということだった。
報告書には
兄弟の意見は書かずに仕事を終え、俺たちは独自にこの事件を追うことに決めた。というのも、辞任に追い込まれた社長について、あんな仕事をする人じゃなかったとルイが納得できなかったからだった。兄弟は会社側に直談判したがその人は職場の人間には古い考えだと嫌われ、今回の事件をちょうどいい口実として会社から追い出してやろうというのが事の顛末だったらしい。
「それにしても裏がありそうな事件だね」
「また被害が出たら俺の仕事は廃業になるかも知れない・・・それにこっちだって従業員の生活を預かってんだ。さっさと終わらせて今までの金を回収させて貰うぞ兄弟」
「わかっているよ」
俺は情報を集める期間として一週間今まで起きた暴走化について調べた。
そして今日。集めた情報を共有するためにルイに探偵事務所まで来て貰うことにした。
今俺が住んでいる事務所は兄弟に融通してもらったもので彼の元の営業所だった。ここを買ったのと探偵稼業の赤字続きで首が回らなくなったのをルイが見兼ねて融資までしてくれたのだ。
ドン!
大きな音を立てて事務所の扉が開く。
「街の人が言ってましたよ!王国の姫を見つければ金貨500枚だって!うちらもやりましょうよ社長!」
「静かに、今仕事中だよシャオ」
この子は助手のシャオ。元々は孤児でウチの近くで蹲っていたのを助けてここで働くことになった女の子。
「そうは言ったって赤字続きのうちらにはまたとない、社長こ、こちらの方は?」
シャオは少し頬を染めながら私に尋ねる。
「自動人形開発の第一人者ルイ。私の兄に当たるね」
「あまり嬉しくはないがな…」
「ちょっと!」
そんなふざけた空気から一変し深刻そうな顔でルイが口を開く。
「それではウチの部下達が調べた第二次ラッダイト運動計画の阻止について考えようか」
焚き火に焚べられた小さな小枝に火の粉が降りかかろうとしていた。