前世で皇太子に婚約破棄された記憶がありますが、ここ日本の高校ですよね?
自転車を降りて、横に立ち校舎を見上げる。
「うわー……金持ち学校だとは聞いていたけれど、聞きしに勝る……」
今日から通う高校の校舎を見上げてため息が漏れる。
ベルサイユ宮殿を切り取ったかのような立派な校舎。
素敵ってため息じゃないよ。
こんな学校でやっていくのかって憂鬱なため息。
「引っ越すことになった!高校は特待生で学費免除、そのうえ支援金付きで自転車で通えるところがあるけど、そこでどう?」
両親が唐突にそう告げたのは、3月の頭。
もう地元の公立高校入試の3日前だよ。なんでも会社の転勤の辞令が出るのがその時期なのだからどうにもならないとか……。受験生いるところには配慮して欲しい話じゃない?知らんけど。
「……いいよ、そこで」
残って一人暮らしして高校に通うほど行きたい高校だったわけじゃない。
友達とは通話アプリで連絡とればいい。今までも年に数回遊びに行くくらいだったし。高校別々になる予定だったから問題ない。
……と、どんな高校かもわからず決め、弟が小学校を卒業するのを待って引っ越し準備を始め、昨日の入学式には間に合わず……何とか翌日に初めて高校に来てみれば……。
「やだ、ご覧になって、あれはもしや自転車というものではないかしら?」
「自転車で通う生徒がいるの?」
「恥ずかしいわ。この齊興高校の光り輝く白百合のごときと言われる制服を着て自転車に乗るなんて、制服が泣きますわ」
「本当ですわ。風にふかれて髪の毛も乱れているみたい。みっともない」
「よくご覧になって、あの髪の毛はもともとじゃありませんこと?よく庶民がろくに櫛で髪も解かずに結んでいる、それではなくて?」
おいおい。
庶民って。
ここは21世紀の日本だよ。オール庶民。君たちも庶民。どこのお貴族様よ!
……とは思うものの。
どこの世界に、高校生が運転手付きの車で通学してくるわけ?
車で通学っつっても、普通は親が運転する車だよね!
さっきから、校門横の車の通用口からひっきりなしに高級車が通っている。ロータリーになっている場所に留まっては、運転席から降りたかっちりした服装の運転手が後部座席のドアを開けている。
行ってらっしゃいませお嬢様、お気をつけておぼっちゃまなどと言いながら……。
いや、どこのお貴族様よ!
金持ち学校って、私が思い描いていた金持ち学校の10倍は金持ちだわ!
というか……。
「自転車置き場がない……なんてことはないよね?」
ちょっと不安になってきた。私以外、自転車に乗っている姿を見ない。
何、この学校!
きょろきょろしながら自転車を引いて歩きだすと、ひときわ大きな車が門をくぐった。
「まぁ、西園寺様ですわ!」
ロータリーには何人もの生徒がずらりと並ぶ。男性は5人くらい。それから女生徒はその後ろに数十人。なんだかアイドルの出待ち見たいだ。
なんて思っていたら、大きな車……正面から見ても立派だったけど、横から見たら……。
「長っ!ダックスフンドか!」
思わず感想がもれ、それが聞こえた男子生徒に笑われた。
「ダックスフンドって。リムジンも知らないのか」
あー、あの長い車がリムジンか。車3台分くらいの長さはあるよね?
……何人乗れるの?と思ったら、一人しかおりてこない。
無駄じゃね?
エスディージーズ的に、環境に悪いんじゃない?
馬鹿なのかな?見栄を張るにも他になんかあるだろう!車でマウントとか……恥ずかしい。
とりあえず、近づかないようにしよう。
西園寺とか言ったよね。どんな顔してるのかな?
と、降りてくる人の顔を確認しようと見たら。
「ミラーゼ、お前との婚約を破棄する!」
どーんと、前世の記憶が頭の中を駆け巡った。
は?
私、前世で悪役令嬢だったの?
どうやら車から降りてきた男は悪役令嬢だったミラーゼの婚約者だった皇太子殿下の生まれ変わりのようだ。顔は、西洋風から日本風に変わってるけど、間違いない。
寒気がする。
婚約破棄されてからの恐ろしい破滅コースまで思い出した。
っていうか、この前世の記憶……。
現代日本人の私が持っていたとして、何の役に立つのか?
やり直すわけでもないし、破滅フラグを回避するわけでもないし……。
っていうか、そもそも、前世が小説か漫画かゲームか、なんかのキャラクターだったって、どういうことなんだろうね?
生まれ変わったらゲームのキャラクターだったということがあるなら、その逆もあるってことかな?
まぁ、しょせんは貴族社会、王族あっての物語だもんね。不敬罪なんてない。代わりにオール庶民だから侮辱罪は誰にでも適用される。よかった。ここが現代日本で。
……っていうか、まぁ、前世の記憶なんてどうでもいいや。
今の問題は、ですね……。
自転車置き場、どこだろう?
いくら何でも、流石に私一人だけってことはないよね?
困ったな。
「あのー」
誰かに尋ねようと思って、近くにいた生徒に声をかける。
薄茶色のふわふわとした髪の小柄な女子生徒だ。
ちらりと視線がこちらに向いたと思ったんだけど、そのまますたすたと歩いて行った。
聞こえなかったのかな?
「すいません」
今度はもう少し大きな声で、男子生徒に声をかけた。
「悪いけど、玉の輿狙いで俺に声をかけても無駄だから」
はいぃー?
男子生徒は去って行った。
クソ学校だな!
自転車で通学しただけでそういう扱いかよ!
「やだー、あれ、私たちが払っている学費で養われてる人でしょう?」
「玉の輿狙い見え見えで男子生徒に声かけるとか恥ずかしぃ」
「貧乏人は必死だな」
言っちゃなんだけどねぇ、私が特待生で入れたのは、成績がそれなりによかったからだよ。
学校の偏差値や大学進学率を上げる要因。学校が必要とした生徒なの。
それに、学費はあなたたちじゃなくて、あなたたちの親が払ってるの!
あと、うち、貧乏じゃないから!この学校に通えるお金はないけどね、普通に高校通うお金はあるから!うちの親に謝れ!
ぷんすかっ。
……あー。もう少し時間に余裕があれば、せめて2か月前に分かっていればもう少しこっちの学校も調べられたのに……。知ってたら、いくら受験なし学費全面免除で学業に必要な品の購入費などの支援もあるからって……絶対選んでない。
「お、仲間発見!」
唐突に後ろから声が聞こえた。
振り返ると、自転車にまたがった日に焼けた男子生徒の姿がある。
「きゃー、右近様よ!」
「素敵ぃ」
どうやら、自転車にまたがった男に向けられた言葉らしい。
下せぬ。
いくらイケメンでも、私と同じようにママチャリ乗ってるだろうがよ!
私は庶民が恥ずかしいで、あっちは右近様素敵っての、おかしくない?
「見ない顔だな?高等部からの新入生か?」
「はい」
そうだった。ここは中学部どころか小学部、幼稚舎まである。高校の生徒の8割が中等部からの持ち上がりで、すでにみんな顔見知りなんだよね。
「俺は1年の右近竜二だ。その自転車は何年物だ?ずいぶんピカピカだな?」
「数日前に買ったばかりです」
「なんと!俺のはもう5年になる。大事な相棒だ!」
「はぁ……」
前世の記憶が不意によぎる。
愛馬ならぬ騎乗用の竜を大事にしていたキャラクターがいたなぁ。確かあのキャラクターも悪役令嬢の断罪に絡んで……。
「前に乗っていた自転車は気に入らなかったのか?それとも壊れたのか?」
「いえ。中学の入学の時に買ってもらって、気に入っていたのですが。引っ越しの時に、持ってくることができなくて」
自転車って運ぶより買った方が安いとまでは言わないけど、結構な金額する。それなら新しいのを買いましょうということになった。
「なんと!そうか、引っ越しで……愛車を手放さなくてはならなかったのか……それは辛かったな……」
右近さんが、顔をゆがめた。
いやいや。まるでかわいがっていた犬とお別れしてきたみたいなテンションで言われても……。
「あの、新しい自転車も気に入っているんです。これ、パンクしないタイヤなんですよ?空気入れもしなくていいんです!ちょっと重たくなったけれど。それにずっと真っ白な自転車に憧れていたので」
にこりと笑うと、右近さんがつられて笑った。
「パンクしないタイヤ!それは、自転車にとっても傷つかないと言うことだな。痛い思いをさせたくないという心遣い」
……右近さんの言動についていけない。逃げ出したい。
「まぁ!右近様に近づくなんて、きぃーっ!」
いや、逃げ出したい。
「まさか、あれを狙って自転車で?その手がありましたわね!」
だから、知らないって。
「大手自転車メーカーの御曹司……右近様狙い……」
そうなんだ。右近さんって、自転車の会社の息子なのか。だから、自転車に並々ならぬ愛を。
スポーツができそうで、体格もいい右近さんにはママチャリが似合わないなぁと思ったけど。自社の自転車ってことなのかな?
右近さんが、自転車から降りて私の横に立った。
うわ、背が高いなぁ。見上げたら、白い歯がきらりと光った。
短く切られたつんつんヘア。日に焼けた肌に、しっかりした眉。イケメンって白い歯が本当に光って見えるんだな。エフェクトじゃないのか。いったい、どんな科学的作用があるのだ……。
「俺は、1年の右近竜二だ」
さっき、聞きましたけど。
「あ、えっと、1年A組の佐藤美蘭です」
名乗り返してないから、もう一度行ったことに気が付いて慌てて名乗る。
右手が差し出された。
え?握手?
したくないんだけど。だいたい中学校の時だって、男子と手を握ることなんて皆無だったんだよ?いいくら握手とはいえ、ハードル高いな!
って、思って躊躇してたら、自転車のハンドルを持つ私の手をがっしり握って、、ぶんぶんとふった。
この強引さ……。
「きゃー、右近様が庶民の手を!」
「右近様を誘惑するなんて……」
「許せませんわ」
って視線が痛い。
私は無実。
何もしてない。誘惑のゆの字もしてない。
悪役令嬢の記憶がフラッシュバック。冤罪じゃー!現代日本でもこんなに簡単に冤罪で断罪される案件が持ち上がるとか、
しかも、さらに記憶が。
この右近竜二……マジで私を断罪した一人、竜騎士のコンザージの生まれ変わりみたいだ。
「で、誰かと待ち合わせか?ずっとここで立ってたけど」
なんとか右近さんの手からのがれるも、話かけられ続けている。
「いえ、自転車置き場がどこか分からなくて」
「ああ、そうか。こっちだ」
白い歯を見せてニカッと笑って自転車を引いて右近さんが歩き出した。
……これ以上一緒にいたくないとは思うも、流石に自転車置き場まで案内してくれるのを断ることもできずに、後ろをのろのろと自転車を引いてついていく。
できるだけ距離を取らないと。冤罪怖い。
って思ってたら、右近さんが振り返って立ち止まった。
「ごめん、早かったか?」
くっ。親切かよ!いいやつじゃないか!
「ご、ごめんなさいっ」
謝っておとなしく並んで歩くしかないよね。
まぁいい。今だけ。自転車置き場さえ教えてもらえば、これから先は関わらない。
うん。
自転車置き場は、校舎の裏の片隅にひっそりとあった。
なんだろう。門から見えない位置。
学校ぐるみで自転車を恥ずかしいとでも思っているのか!って思わせる位置。
そして、止まっている自転車はゼロだった。
うそでしょ。何なの、この学校。
「ここが自転車置き場だ。あっちに厩舎がある」
厩舎?
は?
まさか、自転車で通うのが恥ずかしい人は、馬にのって通学でもしてるってこと?
運転手付きの車で通えないなら、馬に乗って通えばいいじゃない!って発想なの?
「あそこが馬場だな。乗馬部とはここですれ違うこともあるだろう。自転車置き場はあとはほとんど人は通らない」
乗馬部……。
あ、そうですね。部活用の厩舎でしたか。
流石に、馬にのって通う人なんているわけないですよね……。
私の発想の方がお馬鹿さんでした。
「ありがとうございました」
自転車を止め、お礼を言って教室に向かおうとしたのに、右近さんはまだいる。
「じゃ、教室に行こうか」
「え?」
そりゃ確かにどこに教室があるのかもわからないけど、校舎にはいれば、教室にプレートとかあるよね?それで探せば大丈夫だし……。これ以上関わりたくないし……。
「同じクラスだよね」
はいぃー?
ま、まって、一緒に教室まで移動するだと?
一緒に教室に入るだと?
いやいや、それ、クラスメイトに初日からめっちゃ恨まれるイベントじゃん。
外部生の庶民が右近様に初日から迫ったとか言われる案件!
もう突っ込みどころ満載でしかないけど、無駄な冤罪は勘弁してほしい。
「あー、大丈夫です。あの、私……」
職員室に……案内するって言われそうだな。
体育館に……何しに。
忘れ物を取りに……間に合うのか心配される。
そうだ!
「トイレに!行きたいので!」
「あっ、ああ」
右近さんが顔を赤らめた。
「悪かった。えーっと、教室は、その……南校舎3階にある……から。あと、他に困ったことがあれば聞いてくれ」
と、どこまでも親切に教えてくれてから立ち去った。
いいやつだなぁ。右近さん。まぁ、前世のコンザージも悪いやつじゃなかったんだけど。
ヒロインと出会ってからおかしくなったんだよね。
私が断罪されて死んだあと、国はどうなったのかな。私は死んだ後に前世の世界がどうなったかは分からないんだよね。
右近さんが立ち去るのを見送ってから、昇降口へと向かって歩き出す。
本当に誰もいない。自転車通学者って他にいるのかな?
とぼんやり考えながら歩いていたら、走ってきた男子生徒とぶつかった。
「あ、すまない。大丈夫か」
よろけた私が転ばないように腕をつかんだ人物の顔を見て息をのむ。
やっべーやつだ。絶対にかかわりたくない西園寺。
「大丈夫ですっ。ちゃんと前見て走ってくださいね。私だからよかったものの、他の女性となら責任を取って結婚してくださいって言いだしますよ?」
「は?」
つかまれた腕を乱暴に振り払ってにらみつける。
は?じゃないわ!対して痛くもないのに痛いふりしたり傷一つないのに傷が残ったとかいいながら、責任を取ってとかいう女が世の中にはいる。って、なんで私、そんな忠告してるの?
別に責任取らされるなら取らせレればいいし。私には関係ない話だし。
背を向けて走り去る私の耳には「変な女」という西園寺のつぶやきは耳に届かなかった。
教室に入ると、一番後ろの隅っこが私の席だった。何故分かったかというと、椅子が違った。
なんでも、腰を痛めないようにとかいろんな理由で自分のお気に入りの椅子やクッションを持ち込んでいいそうで……。ぽつーんと、学校でよく見る木と金属でできてる初期設定のままの椅子は一つだけだったのだ。
1時間目はクラスの親睦を深めるためのオリエンテーション。
学級担任が入ってきた。
入学式の後にある程度連絡されていたのか、日直が号令をかける。
「起立、礼」
金持ち学校と言えども、この辺は一緒なのねと思って頭を下げてから顔を上げると、誰も礼はしていなかった。
はぁ?
女子はカーテシー。
男子はボウアンドスクレープ。
なんじゃこりゃ。
ここ、21世紀の日本ですよ?何してるの、みんな!先生も注意しようよ。ちゃんとおじぎをしなさいって!
と思って見たら、まだ若い男性教師が残念そうな顔をして私を見た。
人気俳優にいそうなイケメンっぷりだ。塩顔系の。私のどこが残念なのか!
「そうでした。佐藤さんは外部生でしたね……。できないのも無理はありません」
教室からくすくす笑いが聞こえる。嘲笑っている。
「このままでは困るでしょう須田さん、教えてあげなさい」
サラサラつやつやストレートの髪の美人が立ち上がった。すらりとした体形で背筋がピンと伸びている。
教室の一番後ろ、私のところまで須田さんが来た。
近くで見るとますます美人。
「佐藤さん、練習すればすぐにできるようになるわ。手をこうして……」と、須田さんは見本を見せてくれる。
なるほどね。まぁ、悪くはない。
だけど、まだまだよね。
って、前世、前世の記憶の私が言っている。
そりゃそうでしょう。前世の私、厳しい王妃教育を何年受けたと思っているのか。世界一とは言わないけど、世界で数本の指に入るくらい優雅に完璧にカーテシーはできるわよっ。
でも……。
「先生、カーテシーができないと困るのはなぜでしょうか?」
現代日本に生きてて困ることなんかなくない?
「なんだ?須田みたいにうまくできなくても恥じることはないんだぞ?」
「やだぁ、カーテシーもできないからって、何を言い出してるのか」
「もうすでにこうして困ってるじゃないのね」
「本当下賤な者は」
何それ。下賤?カーテシーができれば高貴だとでもいうのか。
「お辞儀は社会に出てから役に立ちますでしょう?15度腰を曲げる会釈 はする機会も多いでしょう」
といって、会釈して見せる。
「30度の敬礼は、そして、45度曲げる最敬礼 」
すべてして見せる。
「これらの日常に使う動作が美しい人が少ないのですけれど、せっかく毎日学校で訓練ができるならしたらいいと思うのですけれど」
私の言葉に、先生が苦笑いする。
「お辞儀くらいは訓練などしなくても誰でもできるだろう?」
「そうですか?私が通っていた中学ではできていなかったですけど……。斎興高校では違うんですね」
すごいなぁ。金持ちは家でも教育されてるというやつかな。それとも幼稚舎とか初等部で徹底的に叩き込まれてる?
「失礼いたしました。お辞儀は頭だけを下げたり、背中を曲げたり角度が違ったり、頭を上げる速さがおかしかったりとおかしなこともなく、完璧に皆様できるのですわね?そうですよね。ろくにお辞儀もできないまま成人を迎えるなんて恥ずかしい生徒がいるわけないですわよね……」
生徒たちが視線を合わせる。
「生意気よ。なんなのよあの子」
「カーテシーができないから言いがかりをつけてるのよっ」
「庶民が必至だな」
パンパンと先生がざわめく生徒たちを制止する。
「授業が始められないから、佐藤さん見よう見まねで構わないから簡単に礼をして」
礼はしたけど、おじぎじゃないカーテシーをしろってこと?
「分かりました」
見よ!
長年王妃教育で鞭を撃たれながら訓練したカーテシーを!
……膝を曲げてご挨拶。
あ、よかった。記憶通りに体が動いた。
シーンと静まる教室。
「あ……もしかして、最敬礼の方ですか?」
みんなが礼のとき、簡易的な方してたからそっちでいいかと思ったけれど、初日のあいさつの時……つまり昨日は休んでみてないからわからないんだよね。自己紹介も兼ねて最敬礼っていうのはあり得る。
「やり直します」
見よ!
長年王妃教育でできるまで食事を抜きで訓練されたカーテシーを!
……膝を皿に曲げてご挨拶。
あうっ。記憶通りに体は動いたけど普段使ってない筋肉が辛い。
やばい、脚がぷるぷるしそう。
鞭打たれる映像が浮かんで背中が冷たくなる。
なんとかぐっとぷるぷるを耐えて姿勢を戻すと、クラスメイトの視線が私に向いている。
無言だ。
「す……」
目の前にいる須田さんが声を上げた。
「すばらしいわ、佐藤さん……いえ、美蘭様、ぜひ、ご指導願えるかしら?」
はい?
美人が私の手を取った。
な、なにを?
っていうか、美蘭様?
「えーっと、須田……さん?」
「美蘭様、桜子とお呼びくださいませ」
「桜子……さ」
さんじゃなくて、様で呼ぶべき?
……そうよね、これが社会に出てからの訓練を兼ねているならば、お役様の名前は様よね。
「桜子様」
桜子様が頬を紅潮させ、若干潤んだような眼で私を見た。
うわー、美人ってすごい。思わず後ずさりになるくらい、すごい破壊力がある。これ、男だったらいちころな奴だ。ドキドキする。
「おい、桜子。お前だけ自己紹介して抜け駆けか?」
中央ほどに座っていた男子生徒が立ち上がった。
あれは……!
西園寺ぃぃ!
桜子様の名前を呼び捨てって、親しい間柄?
「お兄様、邪魔しないでくれますか?」
はい?
同学年でお兄様?そして苗字が違う?どゆこと?って、そんな疑問はいい。
「美蘭、クラスメイトとしてよろしく」
ひぃー!関わりたくない、前世の元婚約者の生まれ変わり。西園寺!
同じクラスとか助けて!
よろしくなんてする気ないよ!
女性との目が怖い。ああ、そういえば男子生徒の目も怖い。
つかつかと歩いてきて、私の前に立ち、西園寺がボウアンドスクレープをして見せる。
カーテシーの男性版ね。
「醜い」
しまったぁ!
「西園寺様に向かってなんてことを!」
「あの美麗なお顔のどこが醜いのよ!」
「庶民の美醜の基準はわたくしたちとは違うのでは?」
思わず、口に出てしまった言葉に冷や汗を流す。
だってぇ、食事抜きになるほどのひどいボウアンドスクレープなんだよ?
驚いた顔のまま西園寺が私に尋ねた。
「俺のどこが醜いと?」
クラスメイトの視線が痛い。
「い、いえ、あ、あの……指先はこのようにそろえてまっすぐと向けるべきです。体の隅々まで気を遣う、それが相手に対する敬意の気持ちを表すことにもなります。横に出す手は、体の横です。後ろにも前にもなってはいけませんし、脚のつま先も……」
目についたポイントを早口でまくし立てた。
ごめんなさい、もう許して。近づきたくない。
西園寺様を罵った冤罪が増える。っていうか、醜いって思わず口に出してしまった私が悪い。
ぶおおおおっ。
「こうか?」
西園寺が、すぐに私の指摘したところを直して改めてボウアンドスクレープそして見せる。
クラスメイトからはため息が漏れた。
「すげー。全然違う。これを知ってれば、さっきのは確かに醜いよな。俺はどうだ?見てくれるか?」
右近さんが立ち上がった。
ああ、醜い発言これでチャラよね?冤罪コースはなし。言質取った。仕方がない、仕方がない。よし。
「ふぅーん。今までカーテシーなんてしたことないみたいな顔してるのに……おもしろい女だな」
西園寺がにやりと笑う。
「美蘭様、私にもアドバイスをお願いしますわ!」
桜子さんがにやりと笑った西園寺を押しのけて私の前に出る。
いやいや、まてまてまて!
右近さんもこっちに向かってこようとしてるし、他の生徒の何人かはうずうずとした顔をしている。
だからさぁ、カーテシーやボウアンドスクレープを身に着けたとして、何の役にたつのかと!
パンパンと再び担任が手を打った。
「では、1時間目は予定を変更してあいさつの練習の時間にするか。佐藤、頼めるか?」
いーやーだーっ!
「先生、カーテシーができなくても困らないと思うのですが……むしろ、美しいお辞儀さえできれば……一目置かれると……」
就職してからのみならず、入社試験でも「よろしくお願いします」というときに綺麗なお辞儀すれば有利よね?
「いや、クラス対抗社交競技会で困るが」
……なに、それ……。
「じゃ、みんなでボウアンドスクレープとカーテシーの特訓だ!佐藤、頼んだぞ!」
だから、いやだー!!
「このあとは、エスコートの訓練もするのかな……美蘭、俺の相手になってくれるか?」
はぁ?
「いやいや、西園寺、お前の相手は桜子だろ?佐藤は自転車仲間の俺がする」
はぁ?
「女生徒は一人あまるだろうから、教師である私が組もう」
……。
助けてぇ……!
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