アイ&カーター〜ふたりは相方!〜(好事百景【川淵】出張版 第五i景【カップ焼きそば】)
カップ焼きそば好きです。
「よく言うじゃないの?
腹にはいっちゃえばいっしょだって。
だったら悔やむだけ、損じゃんか?
だから、あたいは気にしないって」
極力、表情を変えずに麺をすするあたいに。
「いや、おまえね……」
毎度のことながら、つっこみをいれてくるのがこいつだ。
「たとえばだぜ?
腹にはいっちまえば、っていうけど。
栄養の吸収効率がいい食べあわせとか。太りにくい、食べる順番なんてものもあるだろうに。
そんな乱暴なもの言いすんのは。タバコとコーヒーとスポーツ新聞のみっつを、デッキにセットしっぱなしの、おっさんどもだけだぞ」
ほら、また。
こうやって、いちいちつっこみをいれてくる。
もちろん、つっこみによって、救われるような場の空気はある。
だけどさ、触れてほしくないときや、さらっと流してほしいときだってあるし。
つっこむにしても。そうくどくどやらず、ぽんっと軽く肩を叩くノリで済ますこともできるはずなのに。
つっこみではなく、なぐさめやいたわりがほしいときでも、こいつはつっこみ一辺倒。
目玉焼きでも、コロッケでも、なんでもお醤油をかけるタイプか? この場にソースの瓶が置いていないのは、こいつのせいか?
だから顔は悪くないのに、モテないんだ。
「もっと、下世話な話をしようか?
おれがいいオンナと寝たとする。
そいつを好きになってから、寝たのと。
寝てから、好きになっちまったのと。
どっちが、その夜は最高の夜になるんだと思う?」
知るか、あんたと寝るオンナのことなんて。
ことを愉しめたかどうかには、興味はないけど。ピロートークでまで、こんな調子でやってたら、二回目の夜は無いであろうことは想像に難くない。
終わったあとは、時間がゆるすならひと眠りしたいのだ——シャワーはそのあとでいい。
「っていうか、そもそも。
いっしょに、腹にはいってないだろ、それ。
腹にいれるまえに、湯ごと流しちまったじゃないか」
もはや、意地になって麺をすすりつづけるあたしに、つっこみの手をゆるめる気のない相方。
不穏なように見えて、ありふれた日常。
「ていうか、先週もやってたよな?
何回めだと思ってんだ?
だから、湯切りのない、ラーメンかそばにしとけって言っただろう。
あれなら、後入れのやつ先に入れちまっても、麺のノビが悪くなるだけで済む」
そう言いながらも。自分は一度、湯切りしてから、また湯をそそぎなおしてスープをつくる、高級なタイプのラーメンを選んでいるところが、本気でうっとおしい。
魚介系醤油スープの香りが。うっすらとしかソースの色と香り、それに味のついていない焼きそばを、すすりつづけるあたいには、たまらなかった。
「ごちそうさま」
相方の首を締めて殺害したあと、あたいの焼きそばとこいつのラーメンをとりかえっこしてやりたかったけど。なんとかその衝動を抑えて、あたいは完食を果たした。
ソース不足の焼きそばとはいえ、食べ物は食べ物。粗末にしたくはない。
だとしたら。ラーメンと、とりかえっこした焼きそばをこいつに食べさせてから、首を絞めるべきだったか?
そんなことを考えて、席を立って歩き出すあたいに。
命拾いした相方は、しつこくつっこみを入れてくる。
「なあ!
どこ行くんだよ?
昼飯の時間、もうおわりだぜ?」
「うるさい。
ちょっと買い物してくるだけだよ」
ソースだ。置きソースさえあれば、こんな悲劇は起きなかった。
あたいの愚かさは、次なる悲劇を繰り返しかねないが、置きソースさえあれば、いくらでもリカバリが効く。
「いいけど、ちゃんとシンク、きれいにしとけよ。
ソース臭くなっちまう」
ソース。ソース。ソース。
あたいの焼きそばに、絡むはずだったソース。
麺を黒く染めて、香りと味を楽しませてくれるはずだったソース。
ソース。ソース。ソース。ソース。
あたいのお昼ごはんに買ってきた、カップ焼きそば。
湯切りのあとに入れるべきソースを。あたいは先入れの具 (キャベツなど) といっしょに、湯をそそぐまえに麺にかけてしまった。
人類という種が、愚かにも繰り返してしまう、この過ち。
あたいは、きょうもそれに手を染めてしまったのだ。
手は罪に染まったのに。
その罰は、ソースに染まりきることのない、うす味の麺だという皮肉。
あたいは、なんとかそれを完食した。
だが、お世辞にも楽しい食事とは呼べなかったのは、まちがいない。
それは、食事に同席した相方が発するつっこみの、その不愉快さのせいだけではないだろう。
二度とこんな悲劇を繰り返さないためにも。
あたいは、ソースを買いに行く。
それも、保存・携帯の効く粉末ソース(小分け)だ。
これさえ持ち歩けば、湯切りで添付のソースを流してしまっても。ポーチからとりだした小袋をふりかけることで、こんなみじめな食事を回避できる。
たしか、この近くに業務用スーパーがあったはず。
そこになければ、通販で取り寄せるのもいい。
あたいには、愚かな過ちを咎めるでもなく、やさしく麺のうえにふりかかってくれる、粉末ソースが必要なのだ。
なおもふりかかる、相方からの執拗なつっこみではなく。
「おぉい、聞いてるか?
カップ麺、買うなら。もう、焼きそばはやめとけよ。
焼きそばだけじゃなく、汁なし系、全般だからな!」
振り向こうともしないあたしにも、こいつは声が届く範囲にいるかぎりはこんな感じだ。
ほんと、うるさい。
だから顔は悪くないのに、モテないんだ。