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7話



「今度学年レクで山登りあるじゃん?」


「ないよ」


「いやあるから。楽しみだねって今日話したばっかりでしょ」


夕食を終えて俺の部屋の一人用ソファに座っている紗季から鋭いツッコミが入る。

紗季の両親は共働きでたまに帰りが遅くなるときがあり、そういう日は必ず俺の家で夕食を食べている。


「それで春ちゃんが運動靴買いに行きたいらしくて」


「ほーん」


「健二って野球やってたし靴に詳しいって聞いたから一緒に買いに行かない?」


「俺が詳しいのは野球のスパイクとか道具であって、運動靴に自信があるわけではない」


「でも健二のお母さんが靴を買いに行くときに色々とうるさいから今度からお金だけ渡すようにしようかなって言ってたよ」


「なんですと」


前に靴を買いに行ったときのことを思い出す。

そのときの俺はランニングタイプの軽いスニーカーを欲していたわけなのだが、デザイン重視でハイカットやアウトドアタイプの重いものを薦めてきた母さんに細かく違いを説明した。心底興味なさそうにしていたけど。


「とにかく私とかよりは詳しいと思うから行こうよ」


「ん、了解。それでいつ?」


「次の土曜日か日曜日かな、どっちか都合のいい日で」


「両方空いてるしどっちでもいいよ。紗季とハルで決めて」


「悲しいね、華の男子高校生が休日に予定ないなんて」


「紗季が暇だ〜って言って家に来るし空けておいてるんだよ」


「いえ本当にありがとうございます、ブーメランでした」


「買い物に池も誘うか、一人だけ行かないってのもあれだし」


「そうだね、よろしく」


「あっお風呂どっちから入る?もうそろそろ遼が上がると思うけど」


「健二からでいいよ、私長いし」


「うーい」


間の抜けた返事をすると無言の時間が流れる。

俺はこのお互いに何も話さない沈黙も好きだった。気まずさを感じさせない彼女の様子に心が許されているような、そんな気がするから。


「風呂上がったぜ〜」


濡れた髪を携えて部屋にやってきた兄貴が沈黙を破る。俺と紗季はハーイと返事をして、それを聞いた相変わらず仲いいね君達はと自室に戻っていった。





買い物に行く約束をした土曜日になり、待ちあわせの時間である13時まであと2時間はあるなと思いながら全身グレーのスウェットで過ごしていると玄関のチャイムが鳴る。


「健二〜、紗季ちゃん来たよ〜」


早くね?と思いながら玄関のドアを開けると、これから出かけるために俺が知る限り一番のお洒落をしている紗季が立っていた。


「おはよう、今日の服も可愛いな」


「もうこんにちはの時間だと思うけど…、健二の服装を見るにおはようでよさそうだね」


「来るの早くない?まだ時間あるよね?」


「いや適当な服装で来ないようにチェックしておこうと思って」


なんだそりゃと思ったが、身だしなみをチェックしてくれるのであればありがたい。


「それと…褒めてくれてありがと」


「おう」


照れているのか指で髪をくるくると触っているのを見て、褒めた甲斐があったなとしたり顔になる。


「休日の家にいるときは絶対にグレーのスウェットだよね」


「まあね」


「何か理由でもあるの?」


「社会人はスーツを着るし、学生は制服を着るでしょ?家でスウェットはいわば正装なんだよね」


「言いたいことがわかっちゃうのがなんか悔しい」


「てか単純に楽だからね。近所のコンビニくらいだったらこのまま行っちゃうし」


「えっそれで外出るの?」


「たぶんその辺の感覚はわかり合えないし泥沼になるから議論するのはやめよう」


紗季は苦笑いしながら俺の言葉を肯定した。俺は話をしながらクローゼットの中から今日着ていく予定の服を出して彼女に見せる。


「とりあえずこれで行こうと思ってたんだけど、どう?」


「うん、悪くない。合格」


「何点くらい?」


「85点」


「あとの15点は何?」


「私は別のタイプの服装の方が好き」


「ちなみにどれ?ちょっと選んでみて」


「えーと…たしかこの辺に…」


「俺の持っている服全部把握してるの?」


「大体はね」


「怖っ」


「いや健二も似たようなものでしょ。流石に私は健二にクローゼットを漁らせてはいないから場所までは把握されてないと思うけど」


「たしかにそうかも」


風呂に入っているときに着替えを忘れたときに紗季に持ってきてもらったことが結構あったのでそれで覚えたのだろう。さすがにパンツを持ってこさせたことはないけど。


「じゃん!これが私の中での100点です!」


「へぇ、綺麗めなのが好きなの?」


「健二って結構制服とかボタン開けたりして着崩すじゃん?だから綺麗めなカジュアルの服装してるのギャップあって好きなんだよね」


「じゃあ今日これ着てくよ。こっちのほうが俺が選んだやつより洒落て見えるし」


「ふふん、そうでしょそうでしょ」


嬉しそうに笑う彼女とは対照的に俺は敵わないなと自嘲するように笑った。



――



約束の時間の15分前、俺と紗季はハルの家の前に着いていた。天気は快晴でまさにお出かけ日和だった。


「思ったより春ちゃんの家まで近かったね」


「俺たち二中の校区ギリギリだからな、もう少しで一中でハルと同じだったかもしれないし」


「それもそっか。じゃあ健二、インターホン押して」


「そこは同性の家なんだから紗季が押せよ」


「健二が押したほうが絶対面白いから」


「なんだよ面白いって、まあ俺が押すか」


不承不承ながらインターホンを押すと若い女の人の声が返ってきたので挨拶をする。


「ハルさんの同級生の椿原です、本日約束があって参りました」


俺がそう言うとハーイと間延びした返事がして、通話が途切れる。そう思ったのも束の間ですぐに玄関のドアが開いた。


「こんにちは、あなたが噂の椿君で隣の子が紗季ちゃんね」


「はじめまして、椿原健二です」


「一ノ瀬紗季です、はじめまして」


俺と挨拶の順番が逆だなとどうでもいいことを考えていると暫定ハルのお姉さんが嬉しそうに言葉を続ける。


「礼儀正しくていいわね〜、あの子内弁慶だから二人みたいにこう上手く挨拶できないのよ。あっ外で話すのもなんだから家に上がって!春香ったらまだ準備できてないのよ」


「「はぁ」」


お姉さんに気圧されて曖昧な返事を二人ともしてしまったが、肯定の意思表示は出来た。リビングに通されてソファに座らせてもらうと小さい女の子がこちらに近付いてきて話しかけてきた。


「おにぃちゃんとおねぇちゃんはだぁれ?」


「ハルの友達だよ」


「おねぇちゃんの?」


「うん、学校の友達」


「おなまえは?」


「椿原健二と申します、以後お見知りおきを」


「何で外向きの挨拶してるのよ。私は一ノ瀬紗季っていいます、紗季って呼んでね?」


「けんじとさっちゃん…おぼえた!」


「「可愛い」」


「しのはらあいかです、なかよくしてください」


「するする!もう可愛がっちゃう!」


メロメロになっている紗季とは対象的に俺はハルと違って人見知りじゃないんだなと変なところに感心していた。すると俺の膝の上に座ってきたので変な声が出た。


「あら愛華、もうお姉ちゃんの友達と仲良くなったの?」


「うん!」


「そう、ちゃんと自己紹介出来て偉いね」


「えへへ」


「えっとハルのお姉さんのことはお姉さんって呼べばいいですかね?」


「ふふっ、私はお姉さんじゃなくてお母さんよ」


「えっ」


見た目若すぎない?20代前半くらいだと思ってたから完全にハルのお姉さんだと思ってたんだけど。


「春ちゃんが妹はいるとは言ってたけど、姉がいるとは言ってなかったじゃん?」


「でも…えぇ?」


「正直私も最初に見たときはお姉さんが出てきたと思ったけど、二人姉妹って言ってたし何とか気が付けたんだよね」


「ふふっ嬉しい勘違いをありがとう」


「あっいえ、なんかすみません」


「お、遅くなっちゃってごめんね!」


談笑していると準備を終えたハルが慌てて出てきた。


「まだ13時前だし大丈夫だよ」


「待たせちゃったし、本当にごめんね」


「私的には愛華ちゃんと仲良くなれたしよかったよ、ねー?」


「ねー!」


「春ちゃん、愛華ちゃんもらってもいい?」


「だ、だめだよ!」


「ちぇー残念」


「紗季ちゃんでもあげないから!」


「あいか、おねぇちゃんがいちばんすきだよ」


その一言がクリティカルヒットしたらしく、ハルは俺の膝の上に座っている愛華ちゃんを撫でて甘やかし始めた。そろそろ脚が痺れてきそうだから持っていってほしい。


「さて、ハルの準備も出来たし買い物行くか」


「けんじ、もういっちゃうの?」


「うん、愛華ちゃんのお姉ちゃんと外で遊ぶ約束してるからね」


「あいかもついていったらだめ?」


「愛華はこの後幼稚園に行く用事があるでしょ?」


「きょうじゃなきゃだめ?」


「リコ先生困っちゃうからねぇ、今日じゃなきゃ駄目かな」


ハルの母さんがそう言うと、落ち込んだオノマトペが聞こえそうなくらい露骨に暗い顔になった。


「愛華ちゃんが今日ちゃんと幼稚園に行ったら、今度家に遊びに来るよ」


「ほんと?けんじウソつかない?」


「うん。健二、嘘つかない」


「じゃあようちえんいく」


「愛華ちゃん偉いね、本当にいい子!」


紗季が愛華ちゃんに抱きつきハルが頭を撫でているわけだけど、全て俺の膝の上で行われていることなので色々と雑念がチラつく。とりあえず良い匂いしてドキドキするのでやめてもらっていいですか?





名残惜しそうに手を振って見送ってくれた愛華ちゃんを思い出すと、自分が小さいときはあんなに可愛くなかった気がする。気がするというか間違いなくそう思う。


「ねえねえ、椿君的にはどの靴がオススメとかあるの?」


「今回の山登り以外にも使うんだったら、生地が厚すぎないやつを選んだほうがいいよ」


ハルはうーんと悩みながら展示されている靴を選んでいる。紗季は買う予定はないらしく、手に取ったりしてこのデザイン可愛いなどと口にしていた。


「池君来れなくて残念だね」


「タイミング悪かったね」


池を誘ったところ、家の用事で土日両方空いていないとめっちゃ残念そうにしていた。出来たらハルの私服姿撮ってきてくれと言われたので頑張ろうと思う。


「これなんてどうかな?」


「いいと思うよ、実際に履いてみたら?」


「うん。――どう?似合ってる?」


「素材がいいから何でも似合うと思うよ」


「も、もう真面目に!」


「いいと思うよ、その色合いだったらどの服にも合いそうだし」


「じゃあこれにしようかな?」


「健二〜私も靴欲しいな〜」


「買う予定ないって言ってなかった?入学前に新調したとかなんとか」


「そうなんだけどねぇ、春ちゃんの見てたら私も欲しくなっちゃうよ」


「気持ちはわからなくない。それだったら靴紐変えたら?結構靴の印象変わるしオススメだよ」


「靴紐は盲点だったなぁ、さすが健二」


「せっかくだしお揃いの色にしようよ」


「やった!紗季ちゃんとお揃い!」


女子ってお揃い好きだよなぁと考えながら俺はハルに一番似合いそうだと思った靴を手に取る。

持論だけど服などの身に付けるものは似合うではなく、好きで選ぶのがいいと思っているのであのとき俺はこっちのほうがいいんじゃない?とは言わなかった。

だけどちょっとした欲みたいなものが出てきて、好きな人には自分が似合うと思ったものを身に着けてほしいと思って、俺は靴を置いて二人のもとに向かった。

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