6話
週明けの月曜日、休日にあんなことがあったから何となくハルと会うのに気恥ずかしさを感じつつ家を出る。
茶道室の準備だか掃除があるとかで紗季は先に学校に行ってしまったので、いつもより遅い時間の登校となった。
朝のチャイムが鳴る5分前には教室に着くといつものメンバーは既に席について話していた。
「おはよー」
「おはよう健二、ちゃんと来たね」
「不良じゃないからちゃんと来るよ」
「3人で遅刻するか賭けてたんだよ」
「それで結果は?」
「遅刻しないに3票入ってるよ」
「それ賭けの意味ないよね?」
たしかにと言いながら紗季は明るく笑う。
少し経ってチャイムが鳴り、それと同時に担任の先生が教室に入ってくる。
不意にハルの様子はどうだろうかと思ったので左隣を見ると彼女と目が合った。そんなことになると考えていなかったらしい彼女は明らかに目に動揺が現れた。
その様子が可笑しくて、少し笑いながらおはようと小声で言うと何故か敬語でおはようございますと返ってきた。
俺が笑いを堪えるために咳き込んでいると、恥ずかしさを感じた彼女は顔を赤くしながら乱れていない前髪を整えながら姿勢を正し、このやり取りを終わらせようとした。
あんまりからかうのもよくないなと思ったので、それに倣って俺も前を向き直り、既に終わりかけているHRに耳を傾けた。
――
「昼休みバスケ行くよね?」
1時間目の授業が終わってすぐに池が確認してきたので俺は二つ返事で答えた。
昼休みには体育館でバスケなどをすることが出来るため、ある程度運動ができたり上級生と繋がりがある男子は足を運ぶようになってきていて、俺と池もご多分に漏れず参加している。
「早弁して昼一行こうぜ」
「もちろん」
「てことはお昼は私とハルちゃんの二人かぁ」
「そっかぁ…」
露骨にしゅんとなったハルを見て、池は慌てて口を開く。
「もしよかったらさ、二人も体育館来たら?混ざってやるのは難しいかもだけど横で見てる人も結構いるしさ」
「本当?邪魔にならない?」
「ならないよ!ボール飛んでくるかもしれないけどそれ以外は大丈夫だから」
「ねえ紗季ちゃん、お昼食べたら行こうよ!」
「もちろんいいよ」
「ありがとう!大好き!」
ハルは満面の笑みで紗季にそう言い、その様子を見ていた周囲の男子達は『おぉ…』と感嘆の声を漏らしていた。
池はそんな彼女から目が離せないようで、じっと見ていた。
*
午前の授業が終わると同時に池と体育館に向かう。
「健にさ、相談あるんだけど」
「俺に?何?」
「いや帰るときに話すよ」
「何で今言った?気になっちゃうだろ」
「今言っとかないと紗季ちゃんとかと帰って話せなくなっちゃうかと思って」
「…一理ある」
「一理どころか十理あるよ」
一理=一割ってわけではないだろうに。言い分に関しては百パーセント正しかったので池の言うように十理ある。
「わかったよ、後で紗季に伝えとく」
「悪いな」
「自販機で一本で手を打とう」
「もちろん」
相談とはなんだろうかと考えながら歩いているとすぐに体育館に着いた。
「健二ー!遅いぞー!」
「いや遼が早いだけだろ」
入り口に入ると兄貴ら三年生が俺たちを手招きしているので待たせるわけにいかないと思い、池と小走りで駆け寄る。
「じゃあ3on3だから、早く始めよう」
190センチと一番背が高くバスケ部に所属している木村先輩、通称キム先輩がそう言うと、俺を含め6人全員が握りこぶしを前に出して声を出す。
「「「グッとっパー」」」
一回で決まった。俺のチームは兄貴と木村先輩、池とは別れてしまったが仕方ない。
「よし椿弟よ。イケメンの池にはバスケくらい勝つぞ」
「まるで俺が池にバスケ以外全部負けてるみたいじゃないですか。小テストとかの成績は俺のほうがいいですよ」
「いや俺の成績が良くないんだ」
「健二知らんと思うけどキムはめっちゃ馬鹿だぞ。バスケで推薦取らないと大学行けるか怪しいくらい」
「そういうことだ」
「キム先輩…」
「だからバスケではけちょんけちょんにするぞ」
「俺は彩奈に良いところ見せたいから頑張る」
二人の頑張る方向性は別ベクトルだが負けたくないというのは共通していた。高校生男子は馬鹿で単純で負けず嫌いなので勝負事には人一倍敏感なのだ。もちろん俺も。
コートの半分を使って試合を開始する。先攻で始まりキム先輩を主軸にこちらは攻めていく。
――
我が高校の昼休みの時間は45分しかない。そのため攻守が変わるたびに皆体育館の壁に付けられている時計をチラリと見るのだがそれをしなくなるタイミングがある。
それが――、
「お〜やってるね〜」
兄貴の彼女らが体育館に来たときだ。そのとき俺と池を除いた4人全員が何らかの反応を示す。手を振る者もいれば、あえて試合に集中してますよ感を出す者もいる。その反応を見るのが楽しみになりつつあり、自分でも中々いい性格しているなと思う。
「今日は遼と健二君同じチームなんだ、兄弟タッグだね」
「ニコイチってところ見せないとな、健二」
そう言いながら肩を組んでくる兄貴。動いて汗をかいているので正直やめてほしい、柑橘系の良い匂いがするけど。
「え〜ニコイチは私じゃないの?」
「言葉の綾ってやつだよ」
「そっかぁ」
話しているところを見る度に雰囲気がふわふわしている人だなと思う。
時間がもったいないため試合を再開する。横で見ている女性陣は頑張れーなど声をかけてくるのでより一層気合が入る。本当に男とは悲しい生き物だ。
こちらの攻撃でいいタイミングで兄貴からパスがあったのでドリブルで切り込みそのままレイアップを決める。黄色い声と拍手をもらい、照れくささを隠すために鼻を触る。
攻守が変わってボールを相手に渡そうとした瞬間に入り口に紗季とハルが見えたので手を振る。すると全員がそっちに注目してしまったので少し申し訳なく感じた。
「あっ紗季ちゃんだ、やっほ〜」
彩奈さんがふわふわと手を振ると二人は若干の居心地の悪さを感じつつもこちらと合流する。
「椿弟、あの可愛い女子二人組は知り合いか?」
「知り合いというかクラスが一緒で、背の高いほうが幼馴染です」
「へぇ〜可愛い幼馴染とか都市伝説かと思ってた」
この先輩は何を言ってるのかと思ったが俺が恵まれているだけで世の中は存外そんなものなのかもしれない。
「健二、カッコイイところ見せないとな」
「…わかってるよ」
別段兄貴には隠していないので俺の紗季への想いは知っている。そのやり取りを見たキム先輩は「なるほどね」と呟いていた。
今はディフェンスなのでわかりやすいカッコイイところはあるだろうかと思ったがとりあえず手を抜かないことにした。
相手の素早いパス回しから池にボールが渡ると同時にミドルシュートを打とうとしたので本気でジャンプしてブロックする。
ここでシュートフェイントからのドリブルだったら池に軍配が上がったがそうはならなかった。俺の右手が池の放ったシュートを弾いたからだ。
「たっかぁ…」
女子のほうからそんな声が聞こえてきたが誰が言ったかはわからなかった。
相手の手から離れたボールを素早く拾ったキム先輩は俺にパスをしてきて「決めろ!」と言った。いや絶対兄貴のほうがフリーだよね、明らかに俺にゴール決めさせようとしてるね。
俺の知りうる限り一番カッコイイと思われるダンクを決められればよかったのだが、そんなことは出来ないので相手のブロックをかわして無難にレイアップを決める。
またも黄色い声をもらったわけだが、さっきよりも嬉しかったのは好きな人の存在があったからだ。
それからは時間が許す限り試合を続けて、予鈴がなる5分前に終わった。いつもは時間ギリギリまでやっているけど今日はいつもと違って紗季とハルがいたから上級生4人がきっと気を遣ってくれたんだろう。
「健二お疲れ、相変わらずスポーツ万能だね」
「数少ない俺の長所だからな」
「そんな少なくないでしょ、長所」
「ありがと」
これ以上は照れが勝ってしまうので早々にお礼を言って会話を切り上げる。
「ねえねえ、篠原さんってどっちの?」
「どっちのってどういうことですか?」
「弟君か池君と付き合ってるのかなって」
「いえ二人とも付き合ってないですよ」
「じゃあ持って帰ってもいいかな?」
「いや駄目じゃないですかね」
彩奈さんは目をキラキラさせながらハルを後ろから抱きしめていて、可愛がられている彼女はというと苦笑いしながらも拒絶はしていなかったので満更でもないのだろう。
「彩奈は本当に可愛いの好きだよな」
「うん、好き」
「か、可愛いなんてそんな」
「あ〜照れてるのも可愛いな〜」
彩奈さんと話す中で息をするようにハルを褒める兄貴を見て、このスケコマシめと心で毒づく。
「椿君も池君もバスケ上手いんだね、びっくりした」
「それって下手って思ってたってこと?」
「ち、違うよ!予想以上に上手くてびっくりしたってこと!」
「よかったじゃん、池」
「いや健も褒められてたからね」
「俺と池どっちが上手かった?」
「え、えーと…!」
「こら健二、春ちゃん困らせないの」
紗季に頭にチョップをもらいつつ注意を受ける。その軽い衝撃のおかげで言おうとしてたことを思い出した。
「あっ今日の帰りなんだけど池と寄り道するから一緒に帰れないわ」
「私も春ちゃんと寄り道しようと思ってたからちょうどよかったかも」
「そっか。帰るとき気をつけてな」
「ありがと。健二もね」
「幼馴染っていいね〜、何か通じ合ってる感じして」
「「そうかな」」
返答がかぶったのを受けて大喜びの彩奈さんを見て、俺と紗季は困ったように苦笑するしかなかった。
*
「それで相談って?」
放課後学校の食堂で俺と池は向かい合わせに座っていた。学校外の適当な場所でいいかなと思っていたが池がバス通学であることを忘れていた。
「まあ、まずはコーラでも飲んでさ」
「それで相談って?」
「めっちゃ急かしてくるじゃん」
「それで相談って?」
「それで相談って?.mp3でも再生してる?」
「あはは、冗談。池のペースでいいよ」
.mp3で俺のボケに反応してくるとはやるじゃないか、botと言ってこない点が高評価だ。などと考えつつ買ってもらったコーラを開栓する。
「俺さ、篠原さんのこと好きなんだよね」
「あーうん、知ってた」
「えっまじ?見ててわかるレベルってこと?」
「それはないと思うけど。俺はたまたま池がハルに好意を持ってると言える場面を何回か見たってだけだし」
「そっか、少し安心した」
「それで相談ってのは何?協力してほしいとか?」
「その気持ちはなくはないけど、そうじゃなくて…」
池は少し考える素振りを見せて再度口を開いた。
「健が篠原さんのこと好きだとしたら言っておくのが筋だと思ったというか、恋敵だとしても仲良くしたいっていうのが俺の気持ちだから…。上手く言えないんだけどそんな感じ」
「…あはは!」
「な、なんだよ。結構勇気出して言ったんだけど」
「いや馬鹿にしたんじゃなくてさ。池って良いやつだなって思って」
嘘偽りなく、素直にそう思った。
「池が心配してることは大丈夫だよ。ハルのことは好きだけど恋愛的な意味じゃないし」
「そうなのか。安心したというかなんというか」
「俺が好きなのは紗季だよ、昔からずっと」
「お、お〜」
「内緒な」
照れくさく笑いながら人指し指を唇に当ててジェスチャーでも意思表示をする。
「紗季ちゃんか、お似合いだと思う。ずっと一緒だもんな」
「一緒すぎて距離感バグってるからな、幼馴染も中々難しいのよ」
「友達や恋人関係を飛ばして家族くらいの近さになってるのも大変なんだな」
「贅沢な悩みって言われそうだけどね。まあ協力とかは俺もしなくていいよ、色々頑張るから」
具体的に何を頑張るのかは不明瞭だけども。
「紗季もハルもモテるし、お互い焦らないとな」
「いやホントそれ」
それから池はハルのどこが可愛いとか、プリントを両手で渡してくるのに萌えるとか色々と話してくれた。
それを聞きながら俺は自分が何で紗季のことを好きなのかを考えていたが答えは出なかった。
紗季の声が聴きたい、側にいたいという俺のこの願いだけが彼女に対しての想いを物語っていた。