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3話



「降水確率何パーセントから傘持ってくる?」


椅子に座り器用に脚を前後させながら紗季はそう言った。


「少なくとも俺は30パーセントだと持たないね」


「私と一緒だね」


「そりゃそうだろ」


ふうと小さく溜息をついてから俺は窓の外を見ながら言葉を続ける。


「そのせいで放課後も教室に残ってるんだから」


「あはは、そうだよね」


「私の折り畳み傘が大きかったらよかったんだけど…」


「いや篠原さん、それは無理がある」


「三人も入れるくらい大きかったら歩道塞いじゃうもんね」


「いやそういう問題でもない。忘れてきた俺らが悪いんだから篠原さん先に帰っても大丈夫だよ?」


「ううん、二人と帰るの密かな楽しみだし雨が止むまで一緒に待つよ」


「春ちゃん…!」


感動して篠原さんに抱きつく紗季、それを見て眼福と心の中で合掌する俺。


「密かな楽しみって言葉に出したら密かじゃなくなるよね」


「確かに…!」


「いや春ちゃん、普通に楽しみになるだけだから何も変わらないよ?」


「…本当だ」


「篠原さんって表情わかりやすくていいよね」


「…よく言われる」


今の表情を確かめるように両手で頬を触る篠原さんを見て紗季がでもでもと口を開く。


「そこが可愛いよね!健二もそう思うでしょ?」


「うん」


「春ちゃん聞いた?可愛いって!」


「あ、ありがと。…もしかして椿君って女の子慣れしてる?」


「女の子慣れというか昔から紗季に褒めてって言われてるからかな」


「あと遼君の影響が大きいよね」


「リョウ君ってことは池君の影響なの?」


「いや遼ってのは俺の兄貴のこと。誰とでも話せるし、それこそ異性だろうと関係なく褒めまくる人なんだよ」


「お兄さんいるんだ」


「うん。二つ年上で今高三なんだけど、その内会えると思うよ」


「もしかしてここに通ってるの?」


「そうそう。今日なんて彼女と一緒に相合い傘でもして帰ってるんじゃないかな」


「お兄さんモテるんだ」


「顔がカッコいいっていうのもあるけど、一番は性格だね。まじで裏表ないしめっちゃ優しい」


「妬み以外が理由で嫌いっていう人いないと思う」


「紗季ちゃんもそう言うってことは本当に良いお兄さんなんだね」


「うっかり惚れちゃダメだよ。兄貴には彼女いるんだから」


「惚れないよ!」


「春ちゃんは妹が一人いるんだっけ?」


「うん。今年5歳になって幼稚園年中さんだよ」


「5歳か〜、絶対可愛いよね!」


「うん。すっごく」


そう言うと篠原さんはスマホを取り出し、もっと映りがいいのがあったはずなどと独り言を漏らしながら画面を弄ること数十秒、こちらに画面を差し出してきた。


「わあ!可愛い!」


「ロリコンと言われるかもしれないけど恐れずに言う。めっちゃ可愛い」


「でしょ?でしょ!?」


得意気に言う篠原さんは自分が褒められたときよりも嬉しそうに笑う。


「いいな〜、私一人っ子だから羨ましい」


「でも物心ついたときには椿君いたんだよね?」


「そうだけどさ〜。…あーあ!私も妹欲しい!」


「じゃあ今度家に遊びに来る?」


「本当!?絶対行く!」


「椿君も来るよね?」


「レベル足りてるかな」


「ふふっ、大丈夫だよ」


ボケを朗らかに返されてしまったので少し照れくさくなり頬をなぞる。


「紗季ちゃんの家にも行ってみたいなぁ」


「私の家はいつでも大丈夫だよ!健二の家でもいいし!」


「椿君の家は…緊張しちゃうかも」


「俺も篠原さんの家だと緊張しちゃうからおあいこってことで」


「私の家は?」


「紗季の家は今更緊張も何もないよ」


「そっか」


窓の外を見ると小降りにはなってきているがまだ雨が降っている。多少濡れるのを覚悟して帰ろうかと考えていると急に真面目な顔になった篠原さんが口を開く。


「椿君は入試のときのこと覚えてる?」


「入試のとき?」


「うん」


「数学の証明が面倒くさかったなってことくらいかな」


「ほ、他には?」


「他に?うーん…特に何も」


「あの、筆記用具を忘れた女の子に鉛筆とか一式貸してなかった?」


「あーそんなこともあったな。もしかして近くで見てた?」


入試のことで頭がいっぱいで言われるまで忘れていた。


「あの、実は、その筆記用具を忘れたの私なの」


「へっ篠原さんなの?本当に?髪が長い女の子だったと思うけど…」


「高校に合格したあとに髪切ったの」


「そうなんだ」


「うん。…あのときはありがとう。椿君が鉛筆とか貸してくれなかったら入試を受けることさえ出来なかったら…、だから本当に感謝してるの」


「お、おう。改めてお礼言われると照れるな」


「だから入学式の日に椿君見つけたとき本当に嬉しかったんだ。良い人だから絶対受かってほしいって思ってて、そんな人が隣の席にいたからビックリしちゃって」


照れくさくなり篠原さんから目を逸らすと紗季と目が合って。紗季の目は先日お昼をこれからも一緒に食べてほしいと篠原さんが誘ってきたときと同じ幼い子を見るような温かさがあった。

きっと事前に話を聞いていたんだろうなと思った。


「――だから、つまり、ええと…これからもよろしくお願いします」


「こちらこそよろしく」


「えっとそれで、椿君さえよければ名字じゃなくて名前で呼んでほしいなって」


「名前で?」


「うん、駄目…かな?」


上目遣いの彼女の願いを断れるだろうか。いや、ない。


「えーと…春香?春ちゃん?どっちがいいの?」


「ど、どっちでも。呼びやすい方で」


「うーん…春ちゃんのほうが呼びやすい、かな?」


「じゃあそれでお願いします…」


「了解。俺のことも名前で呼んでいいよ」


「そ、それは、私のレベルがまだ足りてないから」


「いや俺別にRPGのボスじゃないからね?」


篠原さん――いや、春ちゃんにとって俺は推奨レベルに満たないと挑戦できないタイプのボスなのかもしれない。


「春ちゃんようやく言えたね」


「うん。ありがと、紗季ちゃん」


「私は何もしてないよ〜」


そう言うと紗季は春ちゃんの頭をヨシヨシと撫で始めて。嬉しそうに目を細める彼女越しに見る空はいつの間にか晴れていて。

今度こそ帰ろうと思い、鞄を肩にかけると二人も雨が止んだことに気がついたのか仲睦まじく後に続いた。

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