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9.妖精さんは学校の先生

お腹がいっぱいになるとリクオルはすぐに眠ってしまった。

というか、ご飯を食べている最中から、大人しいと思ったら、もうテーブルでこっくりこっくりし始めていた。

アニマの木に癒してもらってはいても、やっぱり今日は疲れたんだろう。

元々体力のない虚弱な妖精さんだ。


リクオルをベットに寝かせて家路につく。

べつにいいって言ったんだけど、ミールムは送ると言ってついてきた。

明日の朝は早く出るから、今のうちに母さんに一言お礼を言っておきたい。

そう言われると強く断ることもできなかった。


空っぽになったバスケットを、ごくごく自然にミールムは持ってくれる。

からだはリクオルと変わらないくらい小柄なんだけど、こういうところ、ミールムはなんか違う。

けど、ちょうどいい機会だから、わたしは少し気になったことをミールムに尋ねることにした。


「ミールムって、フェアリーなんですか?」


ミールムはほんの一瞬目を丸くして、ごくりと息を飲んでから、こっちを見てにっこりした。


「おや。気づかれましたか。」


「サモン魔法、使ってましたよね?」


「ああ、あれね?

 呪文省略してたのに、よく分かりましたね?」


ミールムもどこで気づかれたのか分かったらしい。

少しばかり気まずそうに、ははは、と笑った。


「サモン魔法はフェアリーの秘奥義だからフェアリーじゃないと使えない。

 確かリクオルはそう言ってました。

 だから、フェアリーなのかな、って。」


実は、最初見たときから、違和感を感じていた。

ミールムは見た目、リクオルとそっくりな雰囲気を持っていたから。

けど、フェアリーだと思えなかったのには、訳がある。

ミールムには羽がなかったからだ。


「わたしは、羽切、なんです。」


「はねきり?」


「そう。」


ミールムはそう言うと懐から一本の短剣を取り出して見せた。


「この剣で自らの羽を切りました。

 そのときから、フェアリーであってフェアリーでない。

 そういうものになりました。」


さばさばとそう言うミールムは、でもどこか淋しそうにも見えた。


「もちろん、自らの意志でしたことです。後悔はありません。

 ただ、今日みたいにアニマの木を見てしまうと、ほんの少しだけ、郷愁、そう故郷を懐かしむような、そんな感覚を思い出すんです。」


ミールムはそう言って薄く笑った。


「わたしはもう、向こう側へ還ることはできません。

 もっとも、還りたいわけじゃないんです。

 還らないと決意したからこそ、羽を切ったんです。

 ただ、やらないと決めたことも、できないと思うと、ほんのちょっぴり淋しくなる。

 まあ、それだけのことです。」


あのとき、鍵を開けたリクオルは、そこになにか見えるようにじっと見詰めていた。

あのときリクオルが何を見ていたのかは分からない。

聞かないほうがいいんじゃないかとも思うし、聞いちゃいけないような気もする。

いや、もしかしたら、わたしはそれを、聞きたくないのかもしれない。


「心配しなくても、リクオル先生も、向こう側へ還ろうとは思わないと思いますよ。」


わたしの考えを読んだようにミールムは言った。


「この世界に送り込まれた落とし子たちは、最初からこの世界が好きなわけじゃありません。

 だからいつでも還れるように道を残してあるんです。

 実際、落とし子のほとんどは、すぐに還ってしまいます。

 けどね、誰かに見つけられたとき、それが嬉しくて、それだけで、その人のいるこの世界のすべてを好きになってしまう。フェアリー族というのはそういう種族なんですよ。」


なんかそれはちょっと、リクオルを見ていると分かる気がする。


「わたしもね、羽を切って、フェアリーだかなんなんだか分からないものになってしまいましたけど。

 有難いことに、習得済だったフェアリー魔法は、そのまま使えましたし。

 フェアリーに課されている戒律は軽くなって、おかげで別系統の魔法も習得できるようになって。

 まあ、そう、悪いことばっかりじゃないかな、と思ってるんです。」


ミールムはほけほけと笑って言う。

そんなふうに明るく考えられるところが、なによりフェアリーらしいなって思う。


「あともうひとつ。」


こっちはあんまり確信はなかったんだけど、今のミールムを見ていて確信したことがあった。


「リクオルがお世話になった教授って、あなたのことなんじゃ?」


「あ、あれ?」


こっちを見ていたミールムの笑顔が凍り付いて引きつった。


「なかなか鋭いですね?ジェルバさん。

 それって、野生の勘ですか?」


リクオルは一体この人にわたしのことをどういうふうに話しているんだろう?


「誰にも気づかれたことはなかったんですけどね?」


そう言うミールムの姿がゆらゆらと揺れて、初老の紳士がそこに現れた。


「そっちが本当の姿なんですか?」


「ああ、いえいえ。さっきまでのほうが本当の姿です。

 こっちは目くらまし。でも、このほうが教授らしいともっぱらウケがいいので。」


ミールムは肩を竦めてから、ゆらゆらとまた元の姿に戻った。


「あっちだと目くらましをかけ続けていないといけなくて、それはそれでなかなか消耗するんです。

 だからときどき元の姿に戻って、学生に混ざっているんですよ。

 そのほうが楽しいことも多くてね。」


片目をつぶってみせる。なんだかこういうところもリクオルに似ている。


「見た目がいつまで経っても幼いというのも、フェアリーの宿命でして。

 妻にもそこは嫌がられましたね。

 あなたのお母さんに間違えられるのは、もう真っ平、って。」


ミールムは肩を竦めて笑った。


「奥さんがいらっしゃるんですか?」


「はい。

 妻も子も。その孫の孫も。

 えっと、今何代目だったかな?」


「ええっ?!」


わたしが驚くとミールムは悪戯が成功したような顔をして笑った。


「それって、ものすごい長生きしてるってことですか?いったい今、いくつ?」


「はて?五百から以降は数えるのも面倒になってしまって。

 正確な年は自分でも分かりません。」


あっけらかんと答える。こういうところがフェアリーらしい。


「奥さんもフェアリーなんですか?」


「いえいえ。妻は人間です。」


「え?・・・じゃあ・・・」


五百年生きる人間は、あまりいない。

顔を曇らせたわたしが何故黙ったのかミールムには分かっただろう。

けど、けろっとして笑ってみせた。


「うちの奥さんに会ってくださいますか?」


「え?」


言葉の真意を読み取りかねて黙るわたしの前で、ミールムはいきなり複雑な魔法を唱えた。


「サモン、マ、シェリ!」


その言葉と共に現れたのは、神官姿に身を包んだ物腰穏やかな美少女だった。


「なあに、あなた。いきなり呼び出すなんて、なにか急用でも?」


ミールムを見てそう言いかけた美少女は、ふとわたしに気づいて、慌てて丁寧にお辞儀した。


「まあ、これはこれは。

 お客様とは気づきませず。

 お茶をお出しすることもできなくて申し訳ありません。」


「あ、いえいえ。」


とりあえず、ここ、道端ですし。


夜で人通りがなくてよかった。

でなければ、ものすごく怪しい集団だ。


見慣れない美少女と美少年に囲まれたわたし。

村の誰かに見られたら、格好の噂のネタにされそうだと思う。


「え、っとお。」


困ったように頬に指をあてて微笑んでいらっしゃる美少女に、ミールムが紹介してくれた。


「ジェルバさん、これが妻のマリエです。

 マリエ、こちらがジェルバさんだよ。」


「まあ、あなたがあの噂のジェルバちゃん?

 一度お会いしたいと思っておりましたわ!!」


え?いきなりちゃん呼びですか?

驚いた瞬間に、いきなり抱き着かれてぎょっとする。


というか、マリエさんは実体がなくて、ただひんやりしたものが通り抜けて背筋がぞくっとした。


「こらこらマリエ。ジェルバさんが驚いていらっしゃるだろう?

 ジェルバさん、妻が申し訳ありません。

 これでも元聖女。凛としていれば別人なんですが・・・

 普段はただの、人懐っこいおばさんで・・・」


「まあ、おばさんとは失礼な。

 あなただっておじいさんでしょ?」


五百歳を超えていらっしゃる夫婦の口喧嘩には、口を挟む余地がない。


「いつまでも仲がよろしいようで、結構ですねえ・・・」


思わず自分のほうがお年寄りになったみたいなコメントをしてしまった。

途端に黙って真っ赤になった老夫婦は、すぐににこっと笑い返した。


「いずれ、あなたもそうなりましてよ?」


「まあ、明日は我が身と覚悟なさったほうがよろしいかと。」


違う口で違うことを言ってるようだけど、言ってることは、ほぼ一緒、ですよね?


「フェアリーのダンナさまはしつこいことはこの上ありませんから。」


「一度この人と決めたからには、諦めるフェアリーはいないんですよ。」


これもまた同じこと、言ってますよね?


なんか、年季と根性の入りまくったお二人に、しっかり説得された気分です。


「まあ、それも人それぞれ、ですよね?」


へらへらと返したら、まさかまさか、と二人異口同音にのたまった。


「まあ、お覚悟なさいまし。」


「覚悟だけはしておいたほうがいいでしょうね。」


これまた同じことをおっしゃる。


いやあ、五百年経ってても気が合うようでなによりです。


とりあえず、その後の家路は、左右両方からたっぷりお説教を伺うことになった。

それは、フェアリーがどれだけ誠実でいいダンナさまになるかという説得と、フェアリーの諦めの悪さはどの種族より際立っているから、いっそこちらからさっさと諦めて成すがままに流された方が結局は幸せという説得と、豪華二本立てのフルコンボだった。

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