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8.妖精さんの晩ご飯

はっとして我に返った。

いつの間にか目の前の木はもう光ってはいなかった。


どのくらいこうしていたんだろう。

ずっと、意識は鮮明にあった。

けど、一歩も動けなくて、ただここに立ち尽くしていた。


あの芳香のなか、ミールムがなにか呪文を唱えていた。

俄かに風が吹きわたり、辺りを濃厚に包み込んでいた木の芳香は、ほんの一瞬だけ途切れた。

そのすきにリクオルはもう一度、木に鍵をかけた。

鍵をかけられた木からは、もう芳香は放たれなくなった。

それでもまだしばらくの間、わたしたちは香りに酔ったようにぼんやりしていた。


「さあてと。帰りましょうか。」


最初にそう言ったのはミールムだった。


「今日の探検は、大大大成功だね。」


リクオルも満足そうにそう笑った。


いつの間にか、辺りは日が暮れかけていた。


「ああっ!

 オレ、ママンに、夕方、ご飯もらいに行くって、約束してたのに!」


焦ったようにリクオルが叫ぶ。


「ああ、じゃあ、急がないとね。」


ミールムはそう言うと、とんっ、とかかとを踏み鳴らした。


「扉よ開け!」


呪文なのかなんなのか、ミールムがそう言うと、地面に丸く光の輪が走る。

それはみるみる紋章を描き、ぐるりと丸い扉になった。


「あ、よっこいしょ、っと。」


扉についた引き金をミールムが引っ張ると、それはぱたりと軽く開いた。

あとの地面には、真っ暗な穴がぽっかりと開いている。


「さて、みなさん、通路が開きましたから。

 気をつけてくぐってください。」


「へ~い。」


リクオルは慣れているのか躊躇いもなくひょいと穴へと飛び込んでいく。

え?ちょっと、待って?

この穴、底が見えないよ?

というか、真っ暗で、中がどうなっているのかも分からないよ?

百歩譲って、リクオルは羽があるから、大丈夫かもしれない。でも。


「ほら、ジェルバさんも。

 心配しなくても、痛くも熱くもありませんから。」


びびっているのを見抜かれたように笑われて、わたしはもう仕方なく、思い切って穴に飛び込んだ。


扉をくぐりぬけるのは、ほんの一瞬だった。

気が付くと家の前に立っていて、宙に浮かんだ扉からミールムが降り立つと、用を終えた扉はふいっとそのまま搔き消えた。


さっき森のなかで暮れかけていた日は、今ここでもまだ暮れかけたままだった。

あれからまったく時間は経っていないらしい。

ワープの魔法がなかったら、あの場所から帰り付くにはずいぶん夜遅い時間になっていただろう。

つくづく、魔法って便利だと、このとき初めて実感した。


***


母さんは約束どおりバスケットにご馳走をいっぱいにつめておいてくれた。

わたしたちはそれを持ってリクオルの森の小屋に帰った。


「しっかし、まさか、アニマの木そのものが、古代の遺跡だったなんて。」


びっくりだ。


「アニマの木とパラアマン文明とを結びつけて証明するには、まだちょっと危うい感じもしますけど。

 アニマの木がこんなにたくさん残っている森というだけでも、魔法遺跡の大発見です。

 いえ、ナツの森全体が、現在進行形で今も生きている遺跡のようなものです。」


ミールムはしみじみとそう言った。


「昔、この国にはアニマの木は多くあったそうです。

 けど、今はそのほとんどは失われてしまって、あれほど多く木が残っているのは、おそらくもうあの森だけでしょう。」


「フェアリー族の数が少なくなったのも、アニマの木が減っているから?」


昔昔大昔、この国には今よりもっとたくさんのフェアリーがいたらしい。

そういうことはちょっとだけ歴史でも習っている。

もっとも、数が減ったのはアニマの木が減ったからだってのは、ずっと知らなかった。


「アニマの木って、植えたり殖やしたりできないのかな?」


「あれは、精霊王の涙が落ちた場所に生えた木だと言われていますからね。

 精霊王をひっぱり出さない限り、木を殖やすのは無理でしょうね。」


ミールムが冗談とも本気ともつかないことを言った。


「昔、隠り世へと移った精霊王は、あとに残すこの世界のことを心配して、涙を流したと言います。その涙の落ちた場所に生えたのがあのアニマの木なんだと。

 アニマの木はだから精霊王の力を宿していて、精霊界とこの世界を繋ぐ役割を持っているんです。

 精霊王は、精霊界にいる今も、この世界のことを気にかけている。

 だから、精霊たちの落とし子を、この世界に送り込んでいる。

 けれど、アニマの木には、物質界であるこの世界の法則に則ったものは生み出せない。

 だからこそ、フェアリーは二度、生まれないといけない。」


「一度は、この世界に送り込まれたとき。

 そしてもう一度は、この世界の誰かに見つけ出されたとき。」


呟くリクオルの声は、いつものリクオルとはちょっと違って、どこか神秘的だった。


「オレを見つけてくれて、有難う、ジェルバちゃん。」


そう言って見詰めるリクオルの瞳は、ちょっと不思議ででもとても綺麗だ。

思わず胸がどきりとして、あわててそれをごまかすように言った。


「でも、あの木の香りには驚きました。

 あれ、多分、じっちゃんの香水の香りだ。」


「あれは、アニマの木の香りです。

 フェアリーの扉が開くとき、精霊界はここと繋がってしまう。

 あの香りは精霊界の香りがこちらに漏れ出してくるのか・・・

 それとも、もしかすると、精霊界をこちらの世界から守るために、あんな香りを出すのかもしれません。」


「あの匂い嗅ぐと、ぼんやりしちゃって、動けなくなったね。」


「使いようによっては、危険な香りですよ。」


なるほどなあ。

確かにあのときわたしたちは身動きができなくなっていた。

それって、木が、こっちの世界から精霊の世界を守ろうとして出している匂いだと言われれば、それはそれで納得してしまう。

もっとも、あれはそういうんじゃなくて、もっとなにか、いいもののような気もするんだけど。

精霊の世界の匂いがこっちに流れてきた、そう思っていたいわたしは、甘いんだろうか。


だけど、じっちゃんの香水の匂いを嗅ぐと、わたしはいっつも幸せになった。

あの幸せな感じはむしろ、リクオルのフェアリーの奇跡にそっくりな気がする。

あの幸せを忘れたくなくて、わたしはそれをもう一度作りたいって思う。

あんなふうに幸せな気持ちになれるものを、もっとみんなにわけてあげたいって思う。


「ジェルバちゃんの思う通りにすればいいよ。」


ふいにリクオルにそう声をかけられて、びっくりして我に返った。

リクオルはわたしの考えていたことを見抜いたような目をして言った。


「オレはどこまでもジェルバちゃんの味方だし。

 ジェルバちゃんの作りたいものを一緒に作る。」


「・・・そっか。」


なんか、今そんなことを言われたのが、どうしてかとても嬉しかった。


「じっちゃんは、アニマの木の香りを知っていたんだと思う。

 けど、じっちゃんの調香の材料に、アニマの木から取ったものはなかった。」


それは間違いない。

だっていつもわたしはじっちゃんの調香を手伝っていたんだから。


「今日、あの匂いを嗅いでさ。

 いろいろとアイデアを思いついちゃったんだ。

 明日からまた忙しくなるぞ。」


わたしは自分に気合を入れるように言い聞かせた。


アニマの木を傷つけてはいけない。

それは村では当たり前のように言われてきたこと。

アニマの木を使わずに、あの香りを作り出す。

じっちゃんにはきっとそれができていた。


「あなたの努力はいつかきっと実を結ぶでしょうよ。」


ミールムも励ますように笑ってくれる。


「さてと、とりあえず、わたしは明日王都に帰ります。」


考えてみれば当然と言えば当然なんだろうけど、あまりに急な気がして、わたしはミールムの顔をじっと見た。


「明日?そんなに早く?」


「なんだ、もう帰っちゃうの?」


リクオルもちょっと淋しそうだ。


「なるべく早く手をつけないと、来月の学会に間に合いませんから。」


確かにそれが当初の一番の目的だったのだけれど。


「せっかくジェルバちゃんがベット組み立ててくれたのに。」


「あれがあるとお店の改装の邪魔でしょう?」


にっこり笑って返されて、リクオルはぐぐっと言葉を呑んだ。


「またすぐに来ますよ。

 ええ、多分、来ないといけなくなると思います。」


ミールムは笑いを引っ込めてそう呟いた。

まるで、来ないといけなくなる、のがどこか不本意なように。


「そうなの?

 じゃあ、ベット、そのままにしておくよ。」


ミールムはミールムの表情の変化には気づかなかったのか嬉しそうに返した。


お店、はいいのかな?

まあ、わたしとしてはお店の改装より香水の精製のほうに集中したいから、ちょうどいいと言えばちょうどいいけど。

明日からもまた当分忙しい日々は続きそうだった。



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