7.妖精さんと森の香り
お昼ご飯の後、わたしたちはさらにアニマの木を巡って歩いた。
けど、残念ながら光る木には一度も出会えなかった。
「残念です。」
ミールムはそう言ってため息を吐く。
まあ、遺跡なんてやっぱり、そう簡単に見つかるものじゃないんだろう。
しかし、あれだけさんざん森の中を歩き回ったのに、ミールムもリクオルもそれほど疲れてはいなさそうだった。
リクオルはちょっと疲れると、いつも、疲れた、しんどい、と言ってわたしの背中におぶさってくるんだけど、今日はまだ一度もそれをやっていない。
まあ、単に、ミールムがいるから、流石に遠慮してるだけかもしれないけど。
それにしては疲れた顔もしていないな、とちょっと不思議だった。
最後の木を回って光らないことを確かめて、さて、そろそろ帰るか、と思った。
とりあえず、森を歩いてお弁当食べたから、遺跡探検はこんなもんでおしまいだろう。
「そろそろ、戻りましょうか。」
そう言ったわたしを、ミールムは名残惜し気に見詰めた。
「もう少し、この先にアニマの木はないんですか?」
「・・・うーん、それは、正直分かりません。
ここから先はわたしも行ったこと、ないんです。」
わたしは目の前にあるアニマの木を指さした。
「この木は村のみんなから果ての木って呼ばれていて、目印なんですよ。
この木より向こうには行くな、って村では言われてるんです。」
「禁足地、というわけですか?」
「うーん、そこまで厳密なわけじゃないんですけど・・・
ただ、あんまり奥に行くと迷う危険もありますし・・・
だいたい、この辺りまでの森を歩けば、必要なものは全部手に入るし・・・」
なるほど、とミールムは頷いた。
と思ったら、いきなりすたすたと果ての木の向こう側へと歩き出した。
「え、ちょっ、ミールム?」
「ならば、ここからが今日の調査の本番でしょう。」
「え?けど、そろそろ引き返さないと、日が暮れて・・・」
「夜の森は危険だということですか?」
「そりゃあ、昼間よりは。
恐ろしい猛獣がうじゃうじゃ、とは言いませんけど、それなりに危険な虫とか蛇とかもいますから・・・」
「ひぇっ、蛇?」
蛇嫌いのリクオルが叫ぶ。
「大丈夫ですよ。」
え?ミールム?
それはさっきまでのミールムとはちょっと違った表情だった。
自信ありげに微笑む、なんというか、歴戦の勇者、みたいだ。
「わたしも多少なら腕に覚えはありますし。
ジェルバさんは、スゴ腕ハンターなのでしょう?」
「スゴ腕って・・・リクオルから何聞かされてるのか知りませんけど・・・
取り立ててすごくはないです。ごく一般的な腕だと思います。」
リクオルは自分のできないことに対しては、すっごく大袈裟に褒める癖がある。
なまじ、リクオルとわたしとは、得意分野の重なりが小さくて、だからこそ、リクオルはわたしに関しては過大評価をし過ぎだと思う部分も多い。
「リクオルの言うことなんて、あてになりませんよ?
そんなこと、友だちならよくご存知でしょう?」
「リクオル先生があてにならないなんて、そんなことはありませんとも。
むしろわたしたちの期待の星だと言っても過言じゃない。
フェアリーのいるパーティは、幸運に導かれるものです。
だからこそ、わたしたちは、きっと大丈夫です。」
きらりん、と音でもしそうにミールムは笑った。
え?なに?その無敵の自信?
ちょっとリクオルみを感じる。
「・・・オレ、蛇はちょっと、嫌だなあ・・・」
当のリクオル先生がこうおっしゃってるんですが・・・
これは、本当にあてにしてもいいの?
「蛇避けと、あと、ヘイストの魔法はかけてあります。
先生、もうちょっと頑張りましょう。」
ミールムはそう言ってリクオルを励ましている。
へえ~、そんな魔法、いつの間にかけてたんだろう。
そこは流石に魔法学校の学生さんだけはあるんだな、と妙なところ感心した。
「えー、蛇来ないんなら、あとちょっとくらい、いいけど・・・」
しかし、リクオルはあんまり乗り気じゃないらしい。
まあ、そらそうか。
いつもならもっと早く、疲れた、って言い出しているはずだ。
「リクオル、もう疲れた?」
ここでリクオルが、疲れた、って言えば、帰ろうと強く言える。
そんなことを思って尋ねたんだけど、リクオルはちょっと首を捻ってから、ううん、とにっこり笑った。
「大丈夫。疲れてない。」
いやいやいや。それじゃ、帰ろうって言えないじゃないか。
「疲れてはいないでしょう。
適宜、アニマの木で補給してきてますから。
ことにフェアリー族である先生なら、効果はてきめんなはずですよ。」
ええっ?!
あのアニマの木巡りには、そんな意味もあったのか?!
不敵ににやりと笑うミールムが、いつものリクオルに見えてきた。
「もう少し。あと少しだけ。
お願いです、ジェルバさん。」
ミールムは手を合わせて懇願する。
うーん、なんかわたしは、この手のタイプにさんざん振り回されるのが運命らしい。
「疲れたならヒール魔法、かけてあげます。
目的の木を見つけたら、帰りはワープ魔法も使えますよ。
だから、ね?あと少しだけ。
せめて、日が落ちるまで。」
うーん・・・
まあ、ワープ使えるなら、帰りの心配はしなくていいわけだし。
仕方ない。行けるところまで行くか。
「分かりました。
でも、日が落ちるまでですよ?」
そこは念押しさせてもらう。
この先にはどんな生き物がいるか、よく分からないところもある。
もしかしたら慣れた森にはいない危険なものもいるかもしれない。
「了解です。
有難うございます。」
いや、お礼を言われることでもないんですけど。
それにしても、ちゃんとした魔法が使える人がいると便利なもんですね。
・・・って、うちにも魔法を習ってきた人、いるにはいるんですけどね。
果ての木の向こう側を、しばらく歩いたときだった。
突然、リクオルの持っていた鍵が光り出したのは。
その光に導かれるように、わたしたちは自然と足が速くなった。
そして、とうとう見つけた。
煌煌と輝く一本のアニマの木を。
見間違えようはずもない。
だって、それは明らかに輝いていたから。
こんな森のなかで、こんなに明るく光る木があったりしたら、目立ってしょうがないんじゃないかなんて、妙なことを心のなかで考えている。
いや、これって、いつも光りっぱなしじゃ、ないんだっけ?
木の光は、鍵の光と呼応するように明滅する。
リクオルは何かに導かれるように鍵を差し出して、木に近付いていく。
扉も鍵穴も、わたしには見えないけれど、リクオルには見えているらしい。
躊躇いもなく鍵を差し込んで、くるっと手首を返した。
途端に周囲に溢れた芳香に、わたしは思わず息を呑んだ。
これは、そうだ、あれだ!
ずっと探していた、じっちゃんの香水の匂い。
忘れもしない。忘れたことなんかない。けど、一度として再現できたことのない。
わたしがずっと目指してきた香りだ。
目に見えない扉が開いて、アニマの木から溢れ出してきたのは、とても懐かしくて優しいあの香りだった。
香りに包まれていると、幸せな気持ちが溢れてくる。
なにもかも不安なんかない、ただ安心だけに包まれて。
それは、泣きたいくらいに懐かしくて、幸せな匂い。
だけど、これはつい最近にも感じたことのある感覚だった。
じっちゃんの香水を嗅いだときじゃない。
そんなに前じゃなくて、もっと、ついこの間。
ぼんやりした視界にリクオルが映る。
リクオルはただじっと、目の前のアニマの木を見詰めている。
突然溢れ出した芳香に、リクオルだって驚いたのかもしれない。
それとも、もしかしたら。
鍵を手に持ったリクオルには、わたしには見えない何かが見えていたのかもしれない。
ぽたり、というかすかな音と共に、視界がわずかに晴れて、わたしは自分が涙を零したことに気づいた。そっか、目が霞むと思ったら、涙が溢れてきてたんだ。
一瞬晴れた視界に、リクオルの姿を見る。
リクオルはゆっくりとこっちを振り返る。
その目はどこか不安げで、けど、わたしを見つけた瞬間、からりと明るく晴れ渡る。
そして、唐突にそれを思い出した。
ああ、そうだ、この感じはあれだ。フェアリーの奇跡。
わたしに怪我をさせたことを悲しんで、リクオルが起こした奇跡。
すべてのものを癒し慰め、心に平穏と安寧を齎す魔法。
リクオルはあれは魔法じゃないって言ってたっけ。
だけど、わたしからすれば、あれも立派な魔法だと思う。
リクオルの起こす奇跡も。じっちゃんの作る香水も。
みんなみんな、わたしには手の届かない不思議な魔法。
だけど、だからこそ、いつかきっと叶えたい希望だった。