6.妖精さんと不思議の扉
ミールムに請われて、他のアニマの木も回ることになった。
目的さえ見つかれば、森のなかの案内は簡単だ。
幼いころからさんざん歩き回った森のなかは、自分の家の庭みたいなもんだ。
「ジェルバさんはハンターの資格をお持ちなんですよね?」
ミールムに尋ねられてわたしはうなずいた。
「調香の材料とか探しに森に入ることも多いんで。
一応、身を守るために最低限の護身術くらいは身に着けておこうかと。
うち、父親が薬師をしてるんですけど、やっぱり、素材探しは森に行くことが多くて。
父は野生のモンスターを狩って、薬の素材にしたりもするんです。
そんなこんなで、薬草のことと狩のことは、父親から仕込まれまして。」
「どうして薬師ではなく、調香師に?」
「そこは、リクオルのじっちゃんの影響かな。
じっちゃんの作る香水は、本当に魔法みたいで。
ちっちゃなビンに入ってて、雫のひとつひとつがきらきらしてて。
ビンの蓋を開けた瞬間に、あ、幸せだ、って気分になれるんです。
あの感じを再現したくて、頑張ってる、というか・・・」
頑張ってる。そう頑張ってる。けど、なかなかそれは実現できない目標でも、ある。
じっちゃんの作っていた香りはとてもよく覚えているのに、一度として再現できた試しがない。
なんとかあれに近づけようと毎日試行錯誤してるけど、もう本当に、暗闇の中で黒い石を見つける気分。
じっちゃんはレシピとかはまったく残してくれなかった。
ただ、調香はよく手伝わせてくれたから、じっちゃんの使っていたものや作り方はよく覚えている。
素材はすべて森で手に入るものだし、道具だってじっちゃんの使っていたものがそのままある。
なのに、どうしてか、いまだに一度も、じっちゃんの香りは再現できない。
「ねえねえ、オレたちの香水の名前、パラアマンの雫、とかはどう?」
横からリクオルが口をはさんできた。
「パラアマン遺跡見物のお土産にはパラアマンの雫をどうぞ。
うん。儲かりそうな気配じゃない?」
「・・・・・・わたしの香水と遺跡がどう関係するのかさっぱり分からない。」
「そこはそれ、百パーセント、現地の森で取れた素材ってことでさ?」
「わたしが作りたいものは、遺跡とは何の関係もないんだけど。」
そうなんでもかんでもいっしょくたにしないでほしい。
だいたい、遺跡なんて本当に見つかるかどうかも分からないのに。
皮算用もいいところだ。
アニマの木を三つほど回ったところで、お昼休憩にした。
大きなアニマの木の下で持ってきたバスケットを開く。
今までアニマの木にはあまり近付かないようにしてきた。
精霊の罰が当たるとか、なんかちょっと怖い木だと思っていたから。
けど、ミールムは絶対に大丈夫だからここで食べようと言い張った。
とうとう根負けして、言うとおりにした。
今のところ、罰らしきものは当たってない。
これからくるとしたら、それはそれで怖いけど。
ミールムは何故か自信たっぷりに大丈夫ですと断言する。
五人分はあったバスケットの中身は、みるみる小柄な少年たちのお腹のなかへと吸い込まれていく。このふたり、本当にどこに入るんだろ。
真夏の陽射しは森の木々に遮られて、ここはそんなに暑くない。
木々の間からちらちらと光る木漏れ日が綺麗だ。
森のなかはどこにいても落ち着くけど、なんだかアニマの木の下にいると、その感じがよりいっそう増す気がする。
そう言ってみたら、ミールムは嬉しそうに頷いた。
「アニマの木は精霊界とこの世界とを繋ぐ木ですから。
精霊の加護の欠片が降ってくるんですよ。
それは、この世界の生き物にとって、心地よいものではあっても、害を為すものでは決してありません。」
なるほどなあ・・・
学者さんってのは、物知りなもんだ。
しかし、うちの学者さんは、このミールムから先生呼ばわりされるくらいすごい人らしいのに。
あんまり有難みを感じたこと、ないんだよね・・・
「鍵ってのは、鍵穴がないと使えないよねえ。」
人心地ついたところで、手にした鍵をくるくると回しながら、リクオルはすごく当たり前のことを呟いた。
「この鍵、どこの鍵なんだろう?」
「この森には鍵のついてそうなところなんて、物置小屋くらいしかないからねえ・・・」
遺跡と言えば、不思議な洞窟とか、なんか古い建物とか、そういうものを連想する。
しかし、わたしの知る限り、この森に洞窟はないし、古い物置小屋ならたくさんあるけど、流石にあれは遺跡じゃないだろう。
「どこかに宝箱でも落ちてないかな?」
「そんなの落ちてたら、とっくに回収されてるって。」
村の人たちはこの森で仕事をしている人も多い。
だからこそ、遺跡だの宝箱だの、あればとっくに見つかっているはずだ。
「それは、フェアリーの扉の鍵なんじゃないかと思うんですが。」
突然そんなことを言い出したのはミールムだった。
「フェアリーの扉?」
リクオルとわたしは同じ顔をしてミールムを見る。
ミールムは、はい、と頷いて話してくれる。
「アニマの木には、精霊の落とし子の通ってきた扉があることがあるんです。
その扉と鍵穴は、鍵を持つ者にしか見えません。」
「え?フェアリーって、木についた扉を通ってくるんですか?」
木になる、わけではないらしい。
「そうです。その扉は、落とし子の通る一瞬の間だけ、精霊界とこちらとを繋ぐんです。」
へえ。
じゃあ、リクオルもそんな扉を通ってこっちに来たのか。
まあ、本人もその辺は覚えてないみたいだけど。
「あ。じゃあ、もしかして、さっき回ってきた木で見落としたかも。
戻って確かめてみます?」
焦って立ち上ろうとしたら、ミールムに穏やかに引き留められた。
「いえいえ、それには及びません。
鍵を持つ者が近付けば、木は喜んで光り輝きますからね。
でも、ここまでは光った木はなかったでしょう?」
「確かに。」
ミールムはちゃんと観察していたらしい。
なんだか、知識といい行動といい、ミールムのほうがよっぽど先生みたいだと思う。
「じゃあ、この鍵の合う木を探してるってことなんですね?」
「・・・おそらく、見つかるはずですよ。フェアリーの導きがありますから。」
ミールムはにこにことリクオルを見た。
「しかし、古代の遺跡とフェアリーって、いったい何の関係があるんだろう?」
素朴な疑問だった。
鍵には古代の王様の紋章があって、で、それが、フェアリーの扉の鍵?
その疑問に答えるようにミールムは言った。
「古代パラアマン文明は、精霊と人とが共存して栄えていた、という説があります。
ほとんどの研究者は、その説はただの伝説かおとぎ話だと考えているんですが。
たしかに、精霊の加護があれば、大陸全土を治めるほどの超巨大国家も存在し得るかもしれません。
パラアマンの王家は、精霊王の加護を受けていて、精霊王はパラアマンの王に自らの紋章を使うことを許した。
伝説にはそうあるんです。」
「へえ~」
それはまた壮大な話だ。
けど、今実際にその紋章のついた鍵はここにあるわけだし。
アニマの木だって、そこから生まれた、らしい?フェアリーだって存在する。
案外、パラアマンの遺跡ってのは、本当にあるのかもしれない。
「てか、そうなると、この鍵って、精霊王さんの木の鍵、ってこと?」
リクオルはしげしげと鍵を眺めて呟いた。
「へえ~~~」
わたしは、もう、へえ、しか出てこない。
けど、なんだかわけもなくわくわくしてきた。
それはリクオルも同じだったらしい。
こっち向いて嬉しそうに叫ぶ。
「てことは、この鍵の扉から出てきたのって、もしかして、精霊王さんの子ども?」
「すごいね、そんな大物がいるとしたら。フェアリーの王子さまだね?」
「ほんとだね。この鍵って、そんなすごい人の落とし物だったんだ。
届けたらきっと、いっぱいお礼もらえるぞ!」
鍵を両手で持って、うちのフェアリーは、わーいわーいと踊り出した。
と思うと、ぴたり、と止まって首を傾げる。
「ところで、どこにいるんだろ、その王子さま?」
「あんた、同じ種族なんだし、心当たりとかないの?」
「さあ?
王都では何人かフェアリーにも会ったけど、もしかしてあのなかにいたのかな?」
「王子さまってくらいだから、見た目で分かんないの?」
「うん。分かんなかった。」
けろりと笑って頷く。やっぱりうちのフェアリーはさっぱりあてにならない。