5.妖精さんと大きな木
リクオルの小屋に寄ってベットを組み立ててたら、いつの間にやらお昼前だった。
しかし、この美少年二人は、力仕事にはまったく役に立たない。
リクオルはともかく、ミールムもねじ回しひとつ扱えなくて、ちょっと驚いた。
「お役に立てなくて、本当に申し訳ありません。」
そう言って恐縮してるから、リクオルに対するみたいには腹は立たないけど。
いいお天気の森の中、三人分のお弁当の入ったバスケットを持っててくてく歩く。
隣をミールムがついてくる。
リクオルは、わーいわーい、とわけの分からない歓声を上げ続けながら、ミールムとわたしの周りをぱたぱたと飛び回る。
しかし、この構図はなんだろ。
遠足の子どもと引率の先生?
こうしているとあまりに呑気過ぎて、何しに来たのか忘れてしまいそうだ。
「ところで、さっきから適当に歩いてるけどさ。
遺跡の場所に、心当たりとかあるの?」
思わずリクオルにそう尋ねてしまう。
しかし、やっぱりというか、がっかりというか、リクオルは元気よく、ううん!と首を横に振った。
「ちょ!適当に歩いてた、って言うの?」
「適当は人聞きが悪いなあ。
まずは、この鍵が手掛かりでしょう?
だから、とりあえずは、この鍵を見つけた場所に行ってみようって思って。」
なるほど。
まあ、逆に言えば、それくらいしか手掛かりらしきものはない、とも言える。
しかし、いきなり最初から前途多難な気配。
これはやっぱり、どこかでお弁当食べて遺跡探検はおしまい、ってところか?
「ん?鍵を見つけた場所って・・・あの、クロウベアに遭ったところ?」
「そうそう。」
わたしはすぐさま百八十度Uターンした。
「そりゃ、反対方向だ。」
「わーい、それは、大変だ。」
あんたが言うと、ちっとも大変そうに聞こえないのよ。
おまけに、その、わーい、てのは何なのよ?
「そういや、先生は方向音痴さんでしたねえ?」
のんびりとミールムが言う。
堂々と方向を間違えていたことに関しては、文句は言わないらしい。
ミールムの話だとリクオルってばなかなか優秀な先生だったみたいだから、全部丸投げしても大丈夫かと勝手に思い込んでたけど。
やっぱり、所詮、リクオルはリクオルだ。任せておくとろくなことはない。
「この森は、ナツの森っていうんですよね?」
ただ黙って歩いているのも暇だったのか、ミールムがわたしを見上げて話しかけてきた。
「ああ、そうなんですよ。
もっとも地元の人たちは、普段はただ森って呼んでますけどね。
春も秋も冬も森はあるのに、ナツの森なんて、なんか変でしょ?
なんでここをナツの森って言うのかは、誰も知らない、かな。」
わたしはちょっとした地元の話を披露した。
ミールムは、ふむ、と首を捻る。
「それは、春夏のナツ、ではないのかもしれません。」
「へえ~、そんなふうに考えてみたことはなかったな。」
やっぱり学者さんってのは目の付け所が違うもんだね。
「村の名は、確か、レナート村、でしたっけ?」
「ああ、そうです。そっちの意味は知ってますよ?再生の村っていう意味です。
昔、一度滅びかけて、そこから再生したから、そういう名前にしたんだ、って。
そう聞いてます。」
こっちは村の教場でみんな一度は習う村の歴史だ。
「ジェルバさんはこの土地のお生まれなんですか?」
「そうです。さっきのあの家で生まれたんですよ。」
「リクオル先生は?やはりこの土地のお生まれで?」
「・・・だと思いますけど・・・あれ?そういや、リクオルってどこで生まれたんだっけ?」
村の人たちはみんなこの村の生まれで、よそから来て住み着いている人というのは聞いたことがない。
ここは田舎だけどそれなりに暮らしやすい村だから、よそへ出ていく人もあんまりいない。
リクオルみたいに王都の学校に入ることも滅多になくて、それだから、リクオルが王都へ行くときには村じゅうをあげてお祝いをしたくらいだ。
だからリクオルだってここの生まれだとどうしてか思い込んでいた。
森の小屋にじっちゃんとふたり暮らしだったのは覚えている。
でも、リクオルの両親とかきょうだいとかは見たことがない。
その話をしても、リクオルにはいつも適当にはぐらかされていた気がする。
それで、子ども心にも、なんとなく、聞いちゃいけないように思っていた。
だけど、今思い出して気づいたことがある。
リクオルはフェアリーだけど、リクオルと暮らしていたじっちゃんは、フェアリーじゃない。人間だった。
もしかして、リクオルは人間の血の入ったフェアリーなんだろうか。
「リクオル、じっちゃんってリクオルの血の繋がったお祖父さんだよね?」
「違うよ。じっちゃんはオレを拾って育ててくれた人だ。」
こともなげにリクオルから返ってきた返答に、わたしは今初めてびっくりした。
「そうだったんだ!」
「まあ、ジェルバちゃんは覚えてないからね。」
リクオルはつまらなさそうに呟いた。
「ジェルバちゃんとオレは森で出会って、ジェルバちゃんがオレを連れて行った。
それからいろいろあって、オレはじっちゃん家の居候になった。」
そんなことは初耳だ。
「いろいろ?いろいろって、なに?
それだとわたし、自分の家に連れて行くと思うんだけど。
どうしてじっちゃんの家に行ったの?」
「・・・いろいろはいろいろだよ。
それについてはあんまり話したくない。」
リクオルはぷっつりと話しを打ち切ってしまう。
「え?なんで?リクオルは全部知ってるの?
なら、教えてくれても・・・」
「そのうち、気がむいたら、ね。」
それだけ言って、ぷーんと飛んで行ってしまった。
憮然とするわたしを、ミールムが、まあまあ、となだめる。
「先生にもいろいろと事情はおありなのでしょう。
それより、なるほど、そういう事情で、おふたりは幼馴染だった、というわけですね?」
「わたしも、今初めて知りました。
ずっと、物心ついたときからリクオルは傍にいたもんだと思ってたから。」
出会ったときのことはまったく覚えていない。
多分、かなり小さかったんだろうと思う。
だけど、リクオルはちゃんと覚えているみたいだ。
それをなんで話したくないのか、その理由はとんと思い当たらないけど。
そのうち、機嫌のいいときにでも、また聞くしかないか。
話しをしているうちに、この間クロウベアと遭遇した場所まで辿り着いた。
ベアの寄りかかっていた木に見覚えがある。
根元の草が踏み荒らされているのは、ベアの暴れた跡だ。
その木を見た途端、ミールムの顔色が変わった。
「これは・・・アニマの木?」
「ああ、そうです。この森にはわりとたくさん生えているんですよ。
すっごく長生きで、おっきくなるんですよね。
長く生きたアニマの木には、精霊が宿る、とか村では言うんです。」
「宿りますよ、本当に。」
ミールムは真面目な顔をしてそう返した。
「この木は精霊の世界とこの世界とを繋ぐ木なんです。
精霊はときどき自分たちの子どもをこの世界に送り込む。
その子どもはこの木に宿るんですよ。」
「木に精霊の子どもが宿る?」
そんなことは初めて聞いた。
ミールムは、はい、と嬉しそうにうなずいた。
「精霊の子どもなら、ジェルバさんだってよくご存知でしょう?
フェアリーというのは、この世界に送り込まれた精霊の子どものことですから。」
「え?」
それはまた驚いた。
「じゃ、リクオルが?」
ぷーんと羽音がしてリクオルが近づいてくる。
見慣れたはずのその顔を、わたしはまじまじと見詰めた。
「リクオルって、なんか、すごいものだったんだね?」
「は?
なに?そんなこと今さら気づいたんだ?」
「・・・・・・。」
いやしかし、なんというか、精霊、というもののイメージと目の前のリクオルとは、やっぱりあまりにかけ離れているんだけども。
精霊がこんなに俗っぽくていいもんだろうか。
「さっき、この森にはアニマの木がたくさんあるとおっしゃいましたか?」
ミールムは目を爛々とさせながらそう尋ねた。
「ある、と思います。
わたしの知ってるだけでも、あと十か所はあるかな・・・」
「それ全部、このような大木なのですか?」
「だいたい、そうかな。
アニマは調香の素材には使わないから、あんまりよく見てないんですけど・・・」
調香の素材には木の皮や樹液なんかもよく使う。
ただ、アニマの木はそういうことに使ったことはなかった。
「なんか皮剝いだりしたら罰当たりそうで・・・見てもあんまり触ったりはしない、かな・・・」
「罰が当たる、というのは、村の言い伝えか何かですか?」
「あ。ああ、そう言えば、そうですね。
よく小さいころ、アニマの木を触ったら精霊に祟られる、って、親に言い聞かせられました。」
そうだ。だからアニマはよく見かけるけれど、遠巻きにするだけで、近付いたり、ましてや触ったりはしたことがなかった。
「でも、だとすると、そっか。
リクオルってば、この木になってたんだ。」
「ひとを果物かなにかみたいに言わないでくれる?」
わたしの台詞を聞き咎めたリクオルが、ぷう、と頬を膨らます。
そのリクオルが、木に果物のようにぶら下がっているところを想像して、思わず笑ってしまった。
「リクオルって、どこの木になってたの?」
「知らない。覚えてない。」
リクオルは素っ気なく答える。
「気がついたらこの森にいて、ずいぶん長いこと漂ってた。
それから、ある日、ジェルバちゃんと出会った。」
「その前は?どうやって暮らしてたの?」
「知らない。
ジェルバちゃんと出会う前のことは、なんにも覚えてない。
というか、出会ってからが、今のオレなんだ。
ジェルバちゃんと出会って、オレはオレになった。」
「???」
なんのこと?と首を傾げるわたしに、ミールムが補足説明してくれた。
「この世界に送り込まれた精霊の落とし子は、長い間ただ漂っているんです。
その姿は、ほとんどのこの世界の人間には認識できません。
ただ、ごくごくたまに、その落とし子の波長と感受性の波長の合う人間がいる。
具体的に言えば、ぼんやり姿が見えた、とか、どこからともなく声が聞こえた、とか。
そういう人間に認識されて初めて、フェアリーはこの世界に存在するものになれるんです。」
「???」
「オレはずっとこの森で空気みたいに漂ってた。
けど、あるときジェルバちゃんがオレを見つけた。
それ以来、オレはオレになった。」
「因みに、波長の合うフェアリーと人間との組み合わせは、唯一無二のもの。
つまり、ジェルバさんに見つけられなければ、リクオル先生は永遠にリクオル先生にはならなかった、ということです。」
「・・・それって、なんか、わたしもすごい?」
まじまじとリクオルの顔を見たら、リクオルはとびっきりの笑顔を返してくれた。
「やっと分かった?
そうだよ、ジェルバちゃん。ジェルバちゃんって、すごいんだ!」