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1.妖精さんのお客さん

ばたん!大きな音を立てて椅子が倒れた。


「ひどいよ、ジェルバちゃん。

 このメニューはなに?

 オレへの嫌がらせ?」


目に涙を浮かべて献立に文句を言っているのは、絶世の美少年。

いや、年だけなら美少年という年じゃないんだけど。

フェアリー族というものは見た目けっこう若く見えるし、ついでに言うと、言動も多少子どもっぽいものだから、それはもうすっかり、駄々をこねる美少年にしか見えない。


「毎日毎日、オレの嫌いなものばっかり!

 この、オニ!アクマ!」


ご飯作ってあげてんのに、鬼悪魔呼ばわりとはいただけない。


「こんな生活、もう耐えらんない。

 オレは、ママンのところに帰る!」


リクオルはそう叫ぶなり小屋を飛び出していった。


出遅れたわたしは、あーあ、とため息を吐いてリクオルが開け放していった扉を眺めた。


ママンのところに帰るって、それ、わたしの母親でわたしの家、ですよね?

今いるこここそがリクオルの家で、リクオルの帰る家はここしかないはずなんだけど。


・・・まあ、いいっか。


外はもう暗くなり始めていたし、せっかく作った晩御飯をここに放り出してリクオルを追いかける気にもならない。

行き先も分かってるんだし、危ないこともないだろう。

わたしは静かに扉を閉めて椅子を直すと、テーブルに戻った。


テーブルに並んだ料理を眺めて、リクオルの怒るのも仕方なかったかな、とちょっと思う。

今夜のメニューは、ナスのひき肉炒めに、ナスのピクルス。

メインはナスの丸焼きで、スープの実もくたくたによく煮込んだナスビ。

流石にここまで徹底すれば、ナス嫌いのリクオルが嫌な顔するだろうな、くらいは想像してた。

でも、最近は、リクオルの好き嫌いも前ほどには激しくなくなってきてたし。

刻んだりかたちの分からなくなるくらい煮込んだものなら、知らない顔して食べてたんだけどな。


・・・やっぱ、丸焼きはまずかったか?


美味しいんだけどね。


ひとり取り残されたテーブルで、わたしはナスの料理をつつきはじめる。


仕方ないよね。

あの大量のミッドナイトシェードが、そろそろしなびかけてきてたからさ。

そもそもこんなことになる原因を作ったのはリクオルにだって責任があるのに。


しかし、たくさん食べさせたら慣れるかと、わざとここんとこ毎日毎食ナス料理ばっかり食べさせてたのも事実だ。

まあ、その魂胆がバレた、ってとこかな。


わたし自身はナスビは好物なんだけど、なんだろう、今日のご飯はあんまり美味しくなかった。

いつもうるさいくらいにやまないリクオルのおしゃべりも。

ふと、顔を上げたときに見える、ほけほけとした呑気な笑顔も。

ないとこんなに淋しいものなんだ、って、なんだか、今さらながらに思った。


・・・いつの間にか、すっかりいるのが当たり前になってたんだな。


夏の始めに帰ってきたリクオルを、最初、わたしはとっとと王都に返そうと必死になっていた。

だけど、リクオルはもう王都に帰るつもりはなかった。

普通は四年で卒業する学校も、二年で卒業してきたらしい。

このままもうずっとこの村にいて、わたしと一緒に香水店を作るんだって、いきなりそんなことを言い出した。

どうせ口だけだろうと高を括っていたら、リクオルの住んでいた小屋をお店に改装し始めた。


最初はリクオルとなんか一緒にやらないって思ったのに。

いいようにこき使われて、迷惑にすら感じていたのに。

香水瓶のデザインとか、お店の改装の相談とか、いろいろと話を聞いているうちに、いつの間にか、一緒にお店をやるのがもう規定路線になっていた。


テーブルの上のナス料理は、ひとり分には多すぎて、だんだん冷めてくる。

いつもなら、あっけないくらいあっという間にお皿は空になるのに。


ふと、目を上げて、ぽっかりと誰もいない向かいの席に、またため息が零れた。


そのとき。


とんとんとん、と控えめに扉を叩く音に気がついた。


はじめは、風かな?と思った。

もしリクオルが帰ってきたのなら、ノックなんかしないで、遠慮なく中に入ってくるはずだ。

リクオルの一人暮らしのこの小屋に、誰か人が訪ねてきたことなど、わたしの知る限り一度もない。

ましてやこんな夜に、わざわざ森の中のこんなところまで、人が来ることなんかあり得ない。


けれど、ノックはその後も二回、三回と続いた。


お客さん?


首を傾げながらも、わたしは入り口の扉を開く。

そこには、リクオルに負けず劣らずな美少年がひとり立っていた。

身形もきちんとしていて、仕立てのいいスーツを着て紳士のようなステッキも手に持っている。



「夜分に恐れ入ります。

 ここは、リクオル・オドーラートゥス 先生のご自宅ですよね?」


静かな落ち着いたその声に、思わず、ぱっくりと口が開く。

美少年というのは無遠慮で騒々しい、というのは、リクオルしか知らないわたしの勝手な思い込みだったらしい。


「あ。はい。そうですけど・・・」


答えてから気づいた。

今、この人、先生、とか言ったか?

え?いつの間にリクオル、そんなに偉くなったんだ?!


「よかった。

 それで、先生は御在宅ですか?」


いや、御在宅もなにも、扉のところから中は全部見渡せる狭い小屋だ。

いないことなんか、見れば分かる。

それでも、こうやって丁寧に尋ねる、というのは、なんだろう、お育ちのいい人、な匂いがする。


「今、ちょっと出かけてます。」


どこに、とか、なんで、とかは説明しにくくて、とりあえず、そう言っておく。

よもやまさか、晩ご飯のメニューで喧嘩して、わたしの実家に帰った、とは言いにくい。


「いつごろ、お帰りでしょう?」


お客人は、余計なことは問わずにそう尋ねる。有難い。

リクオルは多分、お腹いっぱいにさえなれば機嫌を直して帰ってくるだろう。

うちにはご飯を食べにくることはあっても、泊まっていったことはない。


「夜遅くなる前には帰ってくると思うんですけど・・・」


「それでは、ここで待たせていただくわけには・・・」


遠慮がちにそう尋ねられて、はっとした。

お客人の足元には長旅らしいトランクが置かれている。

何の用かは分からないけれど、このお方はわざわざ遠方から旅してこられたのだ。

ご近所さんなら、また後で来てね、と軽く言ってもいいんだろうけど、遠いところから来た旅人を追い返すのも申し訳ない。

夜の森じゃ休むところもないし、村のお店なんかはもう全部閉まっている。


「あ、どうも、これは失礼しました・・・

 よかったら、中へどうぞ・・・」


わたしは扉を大きく開けると、お客人を中に招き入れた。


「おや?お食事中でしたか。

 これは失礼いたしました。」


お客人はナス料理の乗ったテーブルを見て軽く頭を下げる。

いや、テーブルなんて、戸のところからだって見えてたはずですけど。

なんてことをうっかり言ってしまわないよう、お口にチャック。

お育ちのいい紳士は、そういうことは言わないに違いない。


「あの、よかったら、召し上がりますか?

 ちょっと冷めてますけど・・・今、あたため直しますから。」


「いえいえ。それにはおよびません。

 わたし、猫舌なので。

 いやしかし、これはまた、見事なミッドナイトシェードづくし。」


笑いを含んだ台詞にピンときた。


「・・・もしかして、リクオルにあの伝説の薬草の紙を渡した友だちって・・・?」


「ああ、御覧になりましたか?

 なかなかの力作だったでしょう?」


そっか。このお方がリクオルをからかった方か。

しかし、あのリクオルの友だち、とは到底思えないほどの、なんというか立派そうな人だ。

本当に友だちなんだろうか、とちょっと疑いたくなる。

もしかして、森の狐か狸が化けて来た、ってわけじゃなかろうな?


「まあ、ちょっとよく観察すればニセモノだってことは分かると思ったんですけどね。

 ほくほく喜んでそそくさと故郷に帰ってしまって。

 うっかり謝りそこねてしまいました。」


それほど悪いとは思っていないようにお客人は肩を竦めた。


「開校以来の天才と名高い先生ですけど、なかなかどうして素直で可愛らしいところもおありになる。

 ご自身では自分のことをそうは思っておられないようですけど。」


「勉強だけはできるけど、根は単純でおバカなんです。

 褒めるとすぐ調子に乗るし、痛い目にあって泣いても、すぐにけろっと忘れるし。」


「切り替えが早いのも、自己肯定感が高いのも、よいことですよ。」


ものは言いようだなあ・・・

このお客人と話しているとつくづくそんなことを感じた。


お客人はいつもリクオルが座っている椅子に座ると、リクオルが手つかずで残していった料理を食べ始めた。


「ほう。これはなかなか美味。

 これはすべて、お嬢さんがおつくりになったんですか?」


お嬢さん、なんて聞き慣れないことを言われて、一瞬自分のことだとは思わなかった。


「え?あ、ああ・・・はい。

 この小屋はリクオルの家なので、まあ、場所使わせてもらってるついでにご飯くらいは作ろうかな、と。」


「ひょっとして、料理の上手い幼馴染、というのはあなたのことかな?」


「あ。料理が上手いかどうかはともかくとして、リクオルが幼馴染って言うのはわたしのことだと思います。小さいころからずーーーっとリクオルに振り回されてますから。」


村の教場に通っていたころ、リクオルは結構人気者だった。

リクオルの友だちになりたがる子は大勢いたし、いつも人に囲まれていた。

なのに何故か誰とも特別に親しくなろうとはしなかった。

どの人とも当たり障りのない距離感で、当たり障りのない付き合いをこなしていたけれど、決してそれ以上に踏み込もうともしなかったし、踏み込ませることもしなかった。


わたしとは教場に通うようになる前からの知り合いだった。

多分、お互いに物心ついたときにはもうお互いがいたくらいの長い付き合いだ。

なにをどうしてそんなことになったのか、今となってはとんと分からないんだけど。

出会ったときの記憶もないし、友だちになろうと言い合った記憶もない。

気が付いたら当たり前のようにそこにいたというだけだ。


小さいころ、リクオルはこの小屋でおじいさんとふたり暮らしをしていた。

無口で偏屈で、村の人たちともほとんど交流しないようなおじいさんだったけど、リクオルとわたしには優しかった。

わたしはリクオルの真似をしてその人のことはじっちゃんと呼んでいた。

じっちゃんは調香師をしていて、わたしに調香のことを教えてくれたのもじっちゃんだ。

この小屋に残された調香の道具も、長年、じっちゃんが使い込んだ道具だった。


じっちゃんはもう亡くなってしまって、それ以来、リクオルはこの小屋に一人暮らしだ。

けど、この小屋はじっちゃんのいた頃のまま、そのまま、居心地がよくて、リクオルが留守の間も、わたしはよくひとりでここに来ていた。

森に守られているようなこの小屋にいると、不思議にほっとして安心できる。

そこここにじっちゃんの気配が残っている気がして、いつもじっちゃんに見守られているような気持ちになるんだ。


「先生はよくあなたのことをお話になっておられました。

 どんな方なのか、一度お会いしたい、と思っていたのですよ。」


「・・・どうせ悪口ばっかり言ってたんでしょう?

 あんなドジをしたとか、こんなバカをしたとか。

 あることないこと、面白おかしく話してたんじゃないですか?」


リクオルならやりかねないと思ってそう言ったんだけど、お客人は、とんでもない、と否定した。


「優しくて強くてとても頼りになるのだと。

 ずっと前から憧れていて、その憧れに近付くために、今自分は頑張っているのだと。

 あの先生にそんなふうに思われる方は、いったいどんな方だろうと、みな申しておりました。」


誉め言葉を並べられて、あんまり誉められ慣れてないわたしは、顔がぼっと熱くなった。


「えーーーっ、あのリクオルが?

 わたしのことなんて、お茶の席の笑い話のタネくらいだと思ってましたけど。」


「とんでもない。

 こう、いつも切なそうにため息を吐いてね?

 ジェルバちゃん、どうしてるのかな、早く会いたいなあ、って・・・」


「げ。」


嘘だ。嘘だろう、それは。絶対に嘘だ。


「ちょっと、ミールム!あることないこと言うのはやめて、って何度言えば!」


ちょうどそこへ、そう叫びながらリクオルが飛び込んできた。

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