日和さんと記念日日和 Ⅲ
こんにちは、初めまして。
5年以上前に書いたものの続きをリハビリがてら書きました。
お手柔らかにお願いします。
鈴木邦生、彼女なし、これといった趣味なし。「平々凡々」「中流家庭」がお似合いの男子高校生だ。
間日和、鈴木と同学年・同クラス。彼との共通点はこのくらいである。「容姿端麗」「才色兼備」「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」などの言葉の数々をほしいままにする。今まで告白された回数は鈴木と雲泥の差。そもそも鈴木が告白されたことがないことを間は知っている。
家が隣同士、幼馴染、腐れ縁の二人のクリスマスの話。
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「鈴木! クリスマスの予定がないか間さんにきいてきてくれないか!」
「やれやれ……高校生になってもまだ『クリスマス』だなんてものに浮かれているのか? そろそろ現実を見るんだな……」
鈴木に話しかけにきたのは隣のクラスの男子だった。
今日は十二月二十日。
学生のみならず、街全体が緑と赤に彩られていく季節。
「高校生だからこそだろ!」
鈴木は女子からの人気がないが、男子とはよく話す方だ。
級友のみならず、隣のクラスの男子生徒とも頻繁に話す。
ちなみに女子とは隣の席になったとしてもほとんど話しかけられることはない。
「間ならどうせ暇だと思うぜ。だって」
「――あーらあらあら、これはこれは彼女なし、友達なし、特技なし、趣味なし華の十七歳、鈴木邦生さん。こんなところで何を?」
暖房のついた教室とは違って冬の廊下は冷たく、歯がガチガチと震えそうな日もある。
気温がひゅっと下がった気持ちがした。
「間!」
鈴木には寒さで鳥肌が立っているのか、はたまた恐怖によるものなのかはわからなかった。
「間さん……!」
鈴木に相談していた男子生徒の顔は一気に赤くなる。
「お前、顔が赤いぞ、熱でもあるんじゃないか」という鈴木の言葉を無視して、
「お昼休みにうつつを抜かすのも大概にしたらどうかしら。次の授業は英語、そう小テストがあるわね。あら……? 前回クラスで一人だけ再テストがいた気がするのだけど誰だったかしら……イヤね……勉強のしすぎかしら、誰だったか思い出せないわ……」
細い指を顔に近づけて、困ったポーズ。
「嫌な言い方をするなよ! 再テストは俺だ!」
「あ~らあら、ごめんなさいね、私の記憶力が乏しいばかりに……鈴木くんに惨めな思いをさせてしまったわね。でも今回は自信があるのよね、期待しているわ。廊下で隣のクラスの男子とおしゃべりする余裕があるのだものね、羨ましいわ」
と言い、長い髪を揺らして去っていく。
その後ろ姿を見た鈴木は「うぅ……」と呻き、側にいた男子生徒も「うっ」と短い声を発する。
前者は苦しみによるもの、後者は羨みからくるものだった。
「さて、」
隣にいる間が丁寧に前置きする。
鈴木の口から思わず「ギクッ」という音が漏れた。
学校を出て一つ目の赤信号に制止された時のことだ。
「『ギクッ』と『ドギィ!』で喋る鈴木くん、今回の小テストはどうだったのかしら。そろそろ期末テストも始まることだし、さぞかしお勉強なさっていることだとは思うのだけど……随分とぶしつけな質問をしていることは分かっているのよ。鈴木くんのことを信じてあげられない、心の狭い私で申し訳ないわ。どうかしら、今回の小テストを合格できたのなら『ギクッ』、合格できなかったのなら『ドギィ!』で答えてもらえるかしら」
間は寒気で既にほんのりと赤い頬をぽぽぽっとさらに染め、マフラーに顔を埋めて恥ずかしそうにする。
「間×マフラー」の方程式の前には、ほぼすべての男が無力だがこの男は違った。
鈴木邦夫、そういう意味では強かった。
鈴木は「この二択で答えるならば『ドギィ!』に当てはまるのだ。しかし、俺は『ドギィ!』と言った経験がない……どういうテンションでこの音を発音すればいいんだ? 間が言っていたのを注意深く聞いておくべきだった。俺としたことが……! 間違った言い方をすればまたからかわれてしまうに違いない。というか、なぜこんなにも俺の小テストの結果が気になるんだ? クソッ……」と言うことしか考えていない。
「ドギぃー……?」
「ひっ。しゃ、しゃべった……」
「俺を化け物扱いするな!」
「私から言わせてもらえば、あんな小テストで合格点に達しない鈴木くんは十分化け物ね」
後ろから人々に追い抜かされて始めて信号が既に青になっていることに気がついた。
その通行人たちの中に、学校で間の予定を聞き出そうとしていた男子生徒もいたのかもしれない。
営業先から帰るサラリーマン、散歩帰りのご婦人、ベビーカーに乗車する幼子――ほぼ全ての人が「学年一の美女×鈴木」の方程式を見て困惑している。
周りからの視線に気が付かないまま鈴木が反撃を試みる。
「じゃあ、俺から言わせてもらおう! お前はお前で、いつも完璧すぎて怖いな!」
「あら、面と向かって褒められると不覚にも照れてしまうわね。恥ずかしいわ。顔から火が出るよう。穴があったら入りたい。会稽の恥。命長ければ恥多し」
「後半、意味が変わってきている気がするのは気のせいか?」
「鈴木くんの野生の勘には恐れ入るわね」
顔色一つ変えずにため息をつく間。
間は再び青信号の点滅を見送った。
「冗談はさておき、そろそろ勉強頑張ってみたらどう? 高校二年生なんだから」
「間が教えてくれれば早いんじゃないか?」
ぴーんと来たような表情をしている鈴木を見て、あからさまに嫌そうにする。
彼女は今にも口から緑色の液体を吐いて倒れそうな雰囲気を醸し出す。
「いやよ、こんな手に負えない男子高校生は野垂れ死ねばいいのよ。絶対に嫌」
「俺と間との仲だろ……そんなに嫌がらなくても……顔を見たら本心からそう思っているってわかるから余計つらいな……」
赤になったり青になったりする歩行者信号の前で、二人の高校生が言い争っている様子は滑稽としか言いようがなかった。
下校中の小学生が「カップルが喧嘩してるぞ!」と遠慮なく騒いでも、二人には全く聞こえていない。
「いつ暇なんだ? お前は部活も習い事もしてないから毎日暇か。じゃあ、次の土曜日とかどうだ」
「鈴木くん主導で何が始まっているの? 私、間日和は人間主催のイベントにしか参加しません。ご了承ください、お引き取りください」
間はこの場から逃げようと横断歩道を渡ろうと思ったが、タイミングが悪く赤信号で足止めを食らう。
ようやく、自分たちが横断歩道の側で長い時間言い争っていたことに気づく。
容姿が整っているからか、彼女の舌打ちは鳥のさえずりだと周囲の人に勘違いされる。
「教えてくれよ。数学だけでいいんだよ……何かお菓子持っていくからさ」
「待って」
鈴木の目前にそびえ立つ間の手のひら。
後ろで信号待ちをしていた子連れの主婦の呼吸が一瞬止まったくらい、間の手の動きは速かった。
「『持っていくからさ』とおっしゃったかしら? ええ、私は確かにこの耳でそう聞いたわ。私の家で勉強することに決定したのはいつ? 私はその時この世に存在していた? 地球にはその時人類は存在していた?」
珍しく動揺を隠せない間の様子を確認し、鈴木は少し余裕を見せた。
「決まったのは、『今』だ。俺が決めた! じゃあ朝十時に行くからな!」
久しぶりに彼女の前で心から笑えたと思った。
間を言い負かした達成感は何にも代えがたく、鈴木はこみ上げるものを我慢する。
彼の頭の中では拍手喝采、スタンディングオベーション、金銀の紙吹雪が舞い、綺麗なお姉さんと髭を生やしたお偉いさんがにこにこしている。
「――覚悟」
更に風が冷たくなったのか? と鈴木は思った。
「覚悟しなさい。この私の貴重な休日を使ってあなたのために勉強を教えるのよ、私は甘くはないわ。朝十時? 駄目ね、それじゃあ鈴木くんの学力は上げられないわ。朝八時に来ること、いいわね」
鈴木の体温が下がった。
彼を見た間はニコッと笑って、
「この間日和様に教えてもらえるのよ。楽しみね」
と言う。
彼女の弾んだ語調とマフラーから漏れ出る白い息が薄紫になった空に溶けていく。
この状況で体温が上がることも鼓動が早まることもないのは、鈴木邦生くらいなものだった。
□■
「間さんと鈴木がイブを一緒に過ごしたって知ってたか」
「どうして間はあんなやつと一緒にいるんだ……」
「鈴木となら何もないから安心ではあるが」
クラスメイトのみならず、学校中の老若男女が疑問に思っているのを他所に、鈴木は定期テストを無事終えた。
数学しか教えてもらわなかったため、英語が悲惨だったのは間さんにはまだ秘密。
十二月二十四日は「鈴木勉強合宿記念日」――
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