表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/36

起床

(起きた)


 目を開けると、まだ家の中は暗かった。首だけを動かして家の中を見渡すと、玄関と勝手口辺りが隙間から差し込んだ光でぼんやりと明るくなっている。光の玉がまだ灯されていないという事は、彼女はまだ起きてないのだろう。


(今日は僕の方が先に起きちゃったか)


 部屋の中を照らしていた光の玉、やはりあれは魔法使いの彼女が魔法で出したものだった。しかも誰でも使える「意思を伝える魔法」と違って、魔法使いである彼女だけが使える魔法なのだという。というか、魔法使い以外の人々は「意思を伝える魔法」以外の魔法は使わないそうだ。確かに誰でもそういった魔法が使えるのならば、彼女がわざわざ魔法使いという職業に就いている意味は無い。

 この村の魔法使いの仕事は、一言で言えばライフラインだ。電気代わりの光の玉。水道代わりの水を生み出す魔法。ガス代わりの火を出す魔法と、生活に必要なそれらを村中に配っていくのが魔法使いの主な仕事なのだそうだ。他にも仕事はあるようだけど、今の所教えて貰ったのはそのくらいになる。


(…とりあえずは)


 僕はベッドのそばに置かれたチェストに手を伸ばし、その上に置かれた腕時計を手に取った。それだけの動作で背中や腰にまだ痛みが走る。数日間このベッドを使わせて貰っているけど、慣れるまでにはまだまだかかりそうだ。


(10時か…)


 毎朝のルーティーンとしてネジを巻き、ついでに現在の時刻を確認してみる。起きる時間としてはかなり遅い方だ。さっき見た差し込んでくる光も日中のそれであり、普通ならば僕も彼女も大寝坊じゃ済まない所だろう。しかし、それはあくまで地球の日本の話。ここは魔法なんてものが存在する異世界であり、僕の居た世界の常識が通じない所が多々あったりする。


 魔法の有無を除いて僕の居た世界とこの世界を比べると、一番大きな違いは昼夜の時間だ。手元の時計は確かに10時を指しているけれど、実は午前ではなく午後の10時を指している。アナログ時計なのでAMPMの表示は無いけれど、僕がこの世界に来てからの経過時間やムーンフェイスの動きから分かった事だ。

 いまさら地球の時間を気にする必要は無いけれど、おかげで昼夜の違いにも気付く事が出来た。もしかしたら他にも役に立つ可能性もあるかもしれないし、今後も「向こうの日時」を考えておくのは無駄では無いと思う。


 僕が召喚されたまさにその時、庭で見た風景は昼のそれだった。そこから僕はほとんど外に出ない生活を送っていた訳だけど。用を足すのに外に出たり、彼女の出入りの時に見える外の景色がずっと昼間なのは明らかにおかしい。不審に思った僕は時計とにらめっこをしながら、こっそりと太陽の位置を観察し続けた。結果この世界の太陽の動きは、地球のそれよりも遥かに遅いという考えに至ったのだ。もう数日もすれば夕方を経て日没になるだろう。その時は、今度はずっと夜が続くという事になるのかもしれない。


「あー…」


 突然聞こえた女の子の声にビクっとする。思わずその声が聞こえた方を見ると、この家にあるもう一つのベッド…魔法使いの彼女のベッドが暗闇の中でモゾモゾと動いていた。

 彼女が寝ていたりする時に聞こえるその声は、「意思を伝える魔法」を使わない彼女自身の声だ。この世界の人達は「意思を伝える魔法」が使える事から、声帯が未発達のまま大人になってしまうみたいで。実際彼女に魔法を使わないで喋って貰ったら、「あー」や「うー」等の赤ちゃんのような言葉しか喋る事が出来なかった。

 この世界の人にとって声とは「意思を伝える魔法」を乗せる媒体のような物で、どうせ脳内に聞こえる声で上書きされるのなら、赤ちゃんのような言葉しか喋れなくても大丈夫という訳だ。彼女が最初僕の言葉を聞いて驚いていたのも、人間の口からあんな様々な「音」が出た事が不思議だったかららしい。


『…起きました』


 頭の中に女性の機械音声が響く。彼女のベッドでも人影がむくりと起き上がってるし、どうやらお目覚めの様だ。


『起きたね』


 それに返事をするように、僕は初めて「意思を伝える魔法」を使って彼女に朝の挨拶をした。「おはよう」と言いたいところだけど、こんな極端な昼夜の世界ではなんともしっくりこない。「意思を伝える魔法」で彼女から伝わってくるのも「起きた」という事実報告だったので、僕の方もそれに合わせる事にしたのだ。


『うん、大丈夫。ちゃんと伝わってる』


 暗くてなんとなくしか見えないけど、多分彼女は微笑みながら返事をしてくれてると思う。


『また、ちゃんと使えたみたいで良かったよ』


 昨日は本当に肝が冷えた。実際に「意思を伝える魔法」を試して成功したのは昨日の事だ。彼女が仕事から帰ってきて、食事の後の寝る前の時間でそろそろ使えるんじゃないかと試してみたのだ。成功した事は成功したのだけど、勢い余って彼女に質問を投げかけたりしていたら急に使えなくなってしまった。慌てる僕に彼女は『「魔力」が無くなったから使えなくなっただけ』と教えてくれて、僕は少々不安になりながらも今日を迎えた事になる。

 ありきたりな話ではあるけど、この世界でも魔法を使うのには「魔力」が必要となる。村長さんとの会話から約一周間、僕が「意思を伝える魔法」を使うために頑張ってきた事は、この魔力を体に多く蓄えるための訓練だった。


『ちょっと待っててね』


 彼女はそう言うと、ベッドから降りてカラコロとサンダルの音を立てながら家の中心に向かう。


『光』


 彼女がそう言うと、家の中がパッと明るくなる。光の玉を彼女が魔法で作ってくれたのだろう。僕はそれを見届けると、ベッドに寝転がって壁の方を向く。


「………」


 背後からはチェストを開ける音、そして布の擦れる音が聞こえてくる。あまり深くは考えたく無いけど、彼女が寝間着から普段着へと着替える音だ。部屋分けされていない家なので仕方ないけど、僕には刺激が強すぎる環境と言わざるを得ない。


(一回…うっかり見ちゃったのもなぁ…)


 2、3日前の事だ。起きたタイミングが悪くて、本当にうっかり着替え中の彼女の方を見てしまった。心臓が飛び出しそうな衝撃を受けながらも、すぐさま目を閉じて息を殺したので彼女にはバレてはいないと思う。ただ…忘れようにも忘れられない彼女の体と、見てしまった罪悪感は今も僕の頭の中でぐるぐると混ざり合うようにうごめいていた。


『いいよ、水の準備をするから貴方もその間に着替えちゃって』


 彼女の合図で起き上がる。着替えた終わった彼女は、サンダルを鳴らしながら炊事場に向かい背中を見せてくれている。


(もう一人の住民とは…どう暮らしてたのかな?)


 チェストから出した服に着替えながら、僕はそんな事を考える。

 家の家具や食器の数から、この家の住民は二人だと想像がつく。そして最初に貸してもらったサンダルが女性物だった事から、恐らく彼女は母親と二人で暮らして居たんじゃないかと僕は思っている。

 なし崩し的に一緒に住むようになったけど…母親と思わしきもう一人の住民はどこに行ったのだろうか?本当はすぐにでも聞いておきたい事の一つではあるけれど、もしかしたらという考えが頭をよぎり…昨日の時点では聞く事が出来なかった。


(やっぱり…固いなぁ)


 着替えが終わったところで、どうしても日本で着ていた服と比べてしまう。

 この着替えは村長さんと会話した次の日に、村長さんからの差し入れと彼女が持ってきてくれたものだ。数着の服と下着、あと木と皮で作られたサンダルと靴。化学繊維で出来た服と違って固くて肌触りも悪い物だけど、突然現れた僕の為にすぐさま用意してくれたのだから贅沢は言っていられない。


『終わったよ』

『うん』


 僕の合図に、彼女はくるりと振り向いて嬉しそうな顔を見せてくれた。きっと僕も同じように嬉しそうな顔をしていると思う。こうして、しっかりと言葉を交わせるという事が本当に嬉しい。彼女もまた、昨日初めて会話出来た事を自分のように喜んでくれていた。僕の異世界での生活は、「意思を伝える魔法」を習得してようやくスタートを迎えられたのだろう。


カンカンカン


 ちょうど良く仕事の始まりを告げる鐘が鳴った。


(さぁ、今日も一日を始めよう)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ