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対話

「………」


 衝撃の事実を聞かされてからどれくらい経ったのだろう。その間、僕はただただ左手首に巻かれている時計の「チッチッチッ…」という音をだけを聞いていた気がする。

 この時計は高校入学の記念にと、父さんからプレゼントされた物だ。手巻きの機械式時計で、月の満ち欠けが分かるムーンフェイズという機能が付いている。僕はこの時計をとても気に入っていて、風呂と寝る時以外はほぼ常に身に付けて居る程だ。


 文字盤を見てみると時刻は6時を回った所、月は満月からほんの僅か進んだ所に位置していた。最後に確認したのは月見をする時で、その時は確か10時くらいだったはずだ。あの謎の痛みによる失神から7~8時間。こんな時でも僕の体は、いつもと同じくらいの睡眠で覚醒したみたいだ。


 毎朝の習慣から、ほぼ無意識のように時計のネジ巻をしていると頭にじんわりと血が通ってきたような感じがした。日々のルーティーンはこんな状況でも作用するのか、おかげで少し冷静になる事が出来たかもしれない。


『………』


 顔を上げて傍らに立っている彼女に目を向けると、やはり彼女は悲痛な面持ちで立ち尽くしていた。

 先ほどの話が嘘や冗談じゃないとすれば、彼女は彼女で予想外の事で戸惑っている。僕を連れてきてしまったのも意図した事では無く、むしろそうしてしまった事に責任を感じているように思えた。表情からは疲労の色がにじみ出ている様に見えるし、僕が起きるまでの長時間、ずっと気が気でない時間を過ごしていたのかもしれない。


 だからと言って、彼女がした事を許してあげる事は出来ない。彼女には僕を拉致同然で連れてきてしまった責任を取って貰わないと。そして、その為に必要なのは彼女との会話する手段だ。魔法…なんて物のおかげで彼女から話しかける事が出来ても、僕からの意思が彼女に伝わらなければ意味が無いのだから。


「………」


 僕はまず、片手を上げて彼女に注目してもらう事にする。いや、そんな事をしなくても彼女は僕の事をじっと見つめてはいたのだけれど。これから何かをするという事に気付いて貰いたかった。


『なに?』


 こちらに注目してもらったところで、僕は彼女にジェスチャーによる対話を試みる。


「僕、あなた、会話」


 単語を一つづつ区切るように喋りながら。「僕」で自分を指差し、「あなた」で彼女を指差し、「会話」で口をパクパクと動かしてみる。

 ジェスチャーというものは言葉を使わない万国共通のコミュニュケーションだ。言葉が通じない外国に行ったとしても、身振り手振りでなんとかなんという話は珍しくない。ただ…そんなジェスチャーの弱点は国の違いによる解釈の違いだ。一方の国では好意的な意味の動作も、また違う国では失礼だったり忌避される動作もあったりする。

 これは宇宙飛行士を目指すにあたって覚えた知識の一つで、様々な国の人と交流するだろうと思って基本的な事は押さえておいたのだ。まぁ…その時は外国人どころか別の世界の人との交流に使うとは思いもしなかったけど。願わくば、今から色々と試すであろうジェスチャーが彼女にとって無礼に当たらなければと願うばかりだ。というかこんな状況なんだし見逃して欲しい、勝手に連れてきたのは彼女なんだから。


『………』


 彼女は僕の言葉とジェスチャーを見て、困惑しているような表情で僕を見続けている。そこで僕は、もう一度同じ動作を彼女に見せる事にした。

 もし言葉が通じない場所に来てしまった場合「自分に話しかけてくれる人」と「自分の話を聞こうとしてくれる人」が居れば、後は本人の努力次第でなんとかなると聞いた事がある。とにかく、僕が彼女とコミュニュケーションを取りたいという事に気付いて貰わないと話が進まない。


(お願いだ、気付いてくれ)


『あなた…私…』


 同じ動作を繰り返しながら祈り続けていると、彼女は言葉を区切りながら「あなた」で僕を、「私」で自身を指差してくれた。


(おおっ?)


 僕は思わず前のめりになって彼女の反応の続きを待つ。


『………』


 しかし通じたのはそこまでなのか、彼女は口をパクパクと動かしたけれど何も喋る事は無かった。

 口を動かすだけじゃ「会話する」という事は伝わらなかったみたいだ。もっと他に、彼女が分かりやすい表現をしないと。かといって、彼女がしている会話は魔法なんて物を使った、頭に直接送り込んで来るような機械音声だ。そんな超常現象どうやって表せばいいんだろうか。


『あなたは…私をどうしたいの?』


 どういうジェスチャーをすれば分かりやすいのかと考えていたら、彼女の方から話しかけて来た。


『私が出来る事ならなんでもします。貴方を呼んでしまった責任は…ちゃんと取りたいと思っています。貴方が望む事はなんなんですか?』


 彼女はまるで覚悟を決めたような顔でそう言っている。

 そんな決意表明を突然されても困る。なんでもと言うのならば、まず僕を元の場所に戻して欲しい。けど、それ以前に僕は彼女とコミュニュケーションを取りたいんだ。そうじゃないとそっちも何をして貰いたいかなんてわかるはずが無いじゃないか。

 一応「自分」と「相手」という指差しは通じたみたいだからそこは良いとして、問題は「会話」の部分だ。口を動かすだけじゃ伝わらなくて、彼女は自分が何かされるのかと勘違いでもしてしまったんだろうか?そうこうしている間も彼女は僕の事をじっと見つめたままだし、本当に僕も魔法が使えたら…。


(そうだ!)


 相手との意思疎通で一番分かりやすい事は、「相手のマネ」をする事だ。そうすれば、相手も自分と同じ事を考えをしていると理解してくれるだろう。つまり僕が彼女としたい「会話」というものは…。


「僕、あなた、会話」


 僕は先ほどのように、言葉とジェスチャーを交えて彼女に意思を伝えた。

 だが今度の「会話」の部分は、魔法での会話であると分かるように変化を加えてみる。両手の人差し指を使って自分の口と彼女の口をそれぞれ差した後、その指先がお互いの頭…実際には額を指差すように動かしてみた。一応彼女が喋る時に口を開いていたのは確認出来ていたので、そこから頭に言葉が飛んで行くというのを表現してみたのだ。


『………』


 その僕のジェスチャーに、彼女は少し眉間に皺を寄せながら考え込んだ。そのポーズは片手で口を隠すような仕草で、どうやらここでの「考える」ジェスチャーは僕の知ってるものとそう変わりが無いようだ。


『あなたも…意思を伝える魔法を使いたい?』


(やった!)


 多少ニュアンスは違ったけど、彼女と話したいという意思は伝わってくれたようだ。けどここで終わりじゃない、彼女はまだ僕の伝えたい事がそれだと確信を持てていないだろう。多分今の僕はかなり嬉しそうな顔をしてると思うので、表情で察してくれる可能性もなくはない。けどこれはチャンスでもある、ここでしっかりと「はい、いいえ」を決めておけば後々の意思疎通が相当楽になるだろう。


「はい!」


 僕はそう返事をしながら、両手で大きな〇を作るポーズをした。


『………』


 僕が嬉しそうに取ったそのジェスチャーに、彼女はちょっと驚いた顔をした。

 嬉しかったあまり勢いよくやってしまった事が少し恥ずかしい。このポーズも、仕方ないとはいえ滑稽な格好だと思う。


『あなたは…私と話したかったんですね?そして先ほどの動きは、正しいという仕草で間違いは無いですか?』


 彼女は少し安心したような表情をして確認を取ってきてくれた。


「はい!」


 先ほどの反省はどこにいったのか、僕はまた勢いよく〇のポーズを取ってしまった。今回彼女が驚く事は無かったのだけど、少し冷静な顔をして僕の反応を確かめていたので僕が恥をかいただけだった


『では、違うという事を私に伝えたいときはどんな仕草をしてくれますか?』


 この提案に、僕は心の中で彼女に対してスタンディングオベーションの大喝采を送ってあげた。本当に、彼女が察しの良い人で助かったとしか言いようがない。


「いいえ!」


 僕はそう言いながら両手で×を作るポーズを取った。その姿を見て、彼女は冷静に納得したような表情をしている。そしてそんな彼女にこんなポーズを見せている事に、僕は顔が熱くなっていくのを感じた。

 僕が恥ずかしい思いをしたものの、これでようやく彼女とのコミュニュケーションの基礎が出来上がった。…出来たのはいいけれど、しばらくはこんなポーズで対話する事に少々気が滅入る。


(意思を伝える魔法、僕も覚える事が出来るのかな?)

設定資料


主人公の時計

機械式の手巻きの腕時計。高校入学の記念に父親から贈られたもの。ムーンフェイズという機能が付いていて月の満ち欠けが一目で分かる。月見里昇は基本的には常に身につけている。朝起きた時にネジを巻くのが日課。

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