正義のヒーロー メリーさん
「もしもし、俺だけど……」
「私、メリーさん」
「……メリーちゃん、こんにちは。お嬢ちゃんはハーフなのかな。お父さんかお母さんに代わってくれるかい?」
とある事務所でガラの悪い男が詐欺の電話を無作為に掛けている際中、幼い女の子の声が電話口から聞こえてきた。慣れた様子で大人に電話を代わるよう催促する男だったが……。
「私、メリーさん。今、近くの駅にいるの」
「……お嬢ちゃん。いたずらは駄目だよ。おじさん、お父さんとお母さんに大切な用事があるんだ」
「私、メリーさん。今、ビルの前に来たわ」
「……おい、クソガキ! いつまでもふざけてんじゃねえぞ!」
声を荒げる男に、事務所内で同じように電話を掛けていた同業者達も不審がる。だが、電話の向こうの女の子は一向に怯える様子もなく、変わらぬ調子で話し続ける。
「私、メリーさん。今、事務所の前にいるの」
「……ははっ、そうかい! じゃあ、中に招待してたっぷり可愛がってやるよ!」
受話器を放りだし、事務所のドアまでずかずかと進む男。扉を開けて誰もいないことを確認する。分かりきっていたことだが、内心ホッとするとともに恥ずかしさがこみ上げ、電話口の生意気な子供を号泣して失禁するまで怒鳴りあげることを決意していた。
机の上に置かれた受話器から漏れ出る声は、頭に血が上った男には聴こえていなかった。
「私、メリーさん。今、あなたの後ろにいるの」
「おい、佐藤。なんだその人形は?」
「えっ? ……うぐああああっ!!」
事務所の入り口に立ち尽くす男の背後には、いつの間に現れたのか、小さな可愛らしい人形がピタリとくっついていた。その手に握られた不似合いな出刃包丁は、深々と男の背中に突き刺さっている。本来、彼らにとって荒事など日常茶飯事だったが、あまりにも常軌を逸した異常事態に一人も動けずにいた。
誰の耳にも届いていなかったが、受話器からは相変わらず女の子の声が聴こえていた。それまでの抑揚のない声とは違い、彼女の言葉には恋する乙女のような熱と狂気が込められていた。
「私、メリーさん。今、悪い人をやっつけたわ。はると君はヒーローが大好きなんだって。私はヒーローっぽくないから捨てられちゃったの。だから、たくさん、たっくさん悪い人をやっつけて立派なヒーローになってから、はると君に会いに行くの」
受話器から切断音が響く頃、事務所の床は隅々まで真っ赤に染まり、身動き一つしなくなった男達が人形のように転がっていた。