レッツキャラクターショー
私、キャラクターショーのスーツアクトレスとして子供たちに夢を与えて頑張ります!
Lesson1、 レッツアルバイト
私、猿田真理子は東京都八王子市内にある芸術専門学校の演劇科を、今日卒業しました。
クラスメイト達は大手の劇団に入団し、卒業式を終えるなり打ち上げもせず、学校の送迎バスに乗って駅の方角へと向かいました。
校内に残っていた私とクラスメイトの柿沼千鶴は晴れ着姿で卒業証書とアルバムの入った手提げ袋を持って、ベンチで話をしていました。
「真理子は4月からどうするの?」
「わからない。しばらくはバイトして生計を立てようと思っている。」
「マジ!?他の人はすでに大手の劇団と契約をしているよ。」
「千鶴は4月からどうするの?」
「私は劇団チューリップに入団することになった。」
「あそこって、かなり大手だよね?」
「そうだよ、お母さんの知り合いの紹介で。」
「そうなんだ、頑張ってよ。」
「真理子も4月から大変になると思うから、頑張ってね。」
「うん。」
私と千鶴は送迎バスに乗って八王子駅まで向かいました。
「このバスも乗り納だね。」
私は後ろの座席で窓の景色を見ながら、ため息交じりに呟きました。
「本当にそうだね。」
「千鶴は演劇を始めようとしたきっかけって何?」
「私ね、小さいころからよく親と一緒に演劇を見に行ってきたの。舞台の上でスポットライトを浴びて、演技をする姿に魅了されて、私もあんなふうに演技が出来たらいいなって思って、舞台女優を目指そうとしたからこの学校に入ったの。」
「そうなんだ。」
「真理子のきっかけって何?」
「私も似たようなものなんだけど、もともとアニメが大好きで、幼少期に父さんと見に行ったキャラクターショーが今でも強く印象に残っているの。私も将来大人になった時に、ああいうお仕事に就いて子供たちにたくさん夢を与えたいと思っていたの。」
「私も詳しいことはよく分からないけど、あれってお面を被って演技するんでしょ?だとすると声を出したらまずいんじゃない?」
「あれって、ショーの時に声が出ているじゃん。」
「違うよ、あれは事前に声優がしゃべった声に合わせて演技しているだけなの。ちょっとでもタイミングがずれると大恥をかくよ。」
「結構難しいんだね。」
「もし、キャラクターショーのお仕事をするんだったら、それなりの覚悟が必要だよ。」
「わかった。」
「あと劇団にもよるけど、お面や衣装の手入れは自分たちでするみたいだよ。」
「え、そうなの?」
「詳しいことはわからないけど、もしかしたらクリーニング業者に頼むかもしれないし。」
私は千鶴の話を聞いていくうちに、キャラクターショーのお仕事の大変さを知るようになってきました。
「まずは着ぐるみで風船配りのバイトするところから始めてみようかな。」
「その方がいいかもしれないね。」
バスは八王子駅に着いて、そこから二人でJRの改札口へ向かいました。
「私は中央線で日野へ向かうけど、真理子は?」
「私は横浜線で町田に出て、そこから小田急線に乗り換える。」
「じゃあ、気を付けてね。」
「千鶴も。」
「また連絡をするよ。」
「ありがとう。千鶴、劇団のお仕事頑張ってね。」
私は千鶴に手を振って見送ったあと、横浜線に乗って家に帰りました。
ここで、私の住む街と自己紹介を簡単にさせて頂きます。
先ほども話したように、私、猿田真理子は東京都八王子市内にある芸術専門学校の演劇科を卒業したばかりの二十歳ですが、就職先がまだ決まっていません。
今住んでいる場所は東京都町田市能ヶ谷にある小さなアパートで独り暮らしをしていて、近くには「平和台南」という小田急線の鶴川駅へ向かうバス停があります。
実家は岐阜県下呂市にある下呂温泉の宿泊施設を営んでいます。近くにはJR下呂駅があり、ゴールデンウイーク、お盆、年末年始には多くの観光客が訪れてきます。
4月からはフリーターになってしまうので、両親からは実家に戻ってくるように言われていますが、私としては演劇の仕事が捨てきれず、もう少し今のアパートで暮らしていようと思いました。
それではお話に戻らせて頂きます。
アパートに戻り、普段着になってからスマホでアルバイトの求人サイト開き、着ぐるみやキャラクターショーのお仕事を検索をしていたら、実家のお母さんから電話がかかってきました。
「もしもし?」
「もしもし真理子、お仕事は見つかったの?」
「今探している。」
「まだ見つからないの?」
「うん。」
「お父さんがね、『今月中に仕事が見つからなかった時には、実家に戻って旅館のお手伝いをしなさい』って言っていたわよ。」
「大丈夫、それまでにはきちんと見つけておくから。」
「あんたにはこれ以上の仕送りが出来ないから、生活費は自分で何とかするんだよ。」
「わかった。」
電話を切ったあと、私は求人サイトで着ぐるみやキャラクターショーなどの仕事を探していましたが、簡単には見つかりませんでした。
「あー、もー、見つからない!」
そう叫んでいたら着ぐるみで風船配りのアルバイトの求人を見つけました。
そこには<着ぐるみキャスト募集中。デパートの屋上でぬいぐるみになって風船配りをしませんか?>と書かれていましたので、私は早速電話で申し込んで、その翌日には履歴書を片手に町田駅の近くにある事務所まで向かいました。
向かった先はデパートとは逆方向にある小さな雑居ビルで、入り口には<中村着ぐるみ派遣事務所>と書かれていて、中へ入ってみると机の上に電話とパソコンが置いてあり、どこから見ても普通の事務所って感じの部屋でした。
「ごめんください、バイトの面接に来ました猿田と申します。」
「猿田さんですね、お待ちしていました。」
私は少し若い男性に、事務所の奥にあるソファーと小さなテーブルが置いてある応接室へ案内され、履歴書を渡しました。
「私、当事務所の所長を務めています、臼井と申します。」
臼井さんと名乗った男性は名刺を一枚取り出して、私に差し出しました。
履歴書に目を通すなり、臼井さんは私にいくつか質問してきました。
「今月演劇科の専門学校を卒業したばかりなんですね。」
「はい。」
「在学中には就職活動はされなかったのですか?」
「何社かまわりましたが、採用してもらえませんでした。」
「そうなんですね。ご実家は岐阜県と書かれていますが、ご両親は何をされているのですか?」
「温泉旅館を営んでいます。」
「わかりました。」
次に臼井さんはお仕事の説明を簡単にしました。
「うちは見てのとおり、ただの事務所なんですよ。猿田さんにはここから少し離れたデパートの屋上で動物の格好して風船配りや子供たちと記念撮影をしてもらおうと思っています。」
「着ぐるみの格好になるってことですか?」
「そうですね。現場には桃山郁子さんという女性の方がいるから、その人の指示に従って動いて頂きたいのです。」
「わかりました。」
「それと給料ですが、振り込みになりますので、通帳は持っていらっしゃいますか?」
「はい。」
私は通帳を取り出して臼井さんが用意した紙に銀行名と支店名、口座番号を記入しました。
「ありがとうございます。いつから働けますか?」
「明日からでも。」
「では、明日小田急デパートの1階にあるバックヤードへ向かってください。」
「バックヤードってトラックの搬入口ですか?」
「そうですね。」
「ありがとうございます。」
私はそのまま事務所をあとにして、デパートの裏側に行って待ち合わせ場所を確かめました。
実際に行ってみると昼間のせいか、トラックの行き来が少なく、比較的落ち着いていました。
搬入口のすぐ近くには従業員通用口と書かれた扉があったのを確認したので、そのまま帰宅をしました。
次の日、私は約束の場所で一緒に働いてくれる人を待ちました。
約束の時間は11時なのに、来る気配がありませんでしたが、その5分後に手提げかばんを持った女の子が走って私のところへとやってきました。
「猿田真理子さんですよね?」
女の子はハアハアと息を切らせながら、私に確認をしました。
「はい、そうですが。」
「遅れてごめんなさい。私、桃山郁子と申します。今日からよろしくお願いします。」
「こちらこそ。」
「じゃあ、中へ入りましょうか。」
私と桃山郁子さんは従業員通用口から入って、「キャスト控室」と書かれた部屋に入りました。
「貴重品は鍵のついたロッカーに入れておいてね。それと動きやすいように上はTシャツになって、下はロンパン、あと頭には手拭いを巻いた方がいいわよ。」
私は桃山郁子さんに言われた格好になりました。
「これでいいの?」
「じゃあ、次に着ぐるみを被ってもらうんだけど、猿田さんにはこのお猿さんになってもらおうかな。」
桃山郁子さんは私に猿の着ぐるみになるよう、言いました。
「桃山さんは何を被るのですか?」
「あ、私?このピンクの豚さんにする。あと、私のことは郁子でいいよ。私も猿田さんのことは真理子って呼ぶから。」
「わかりました、郁子さん。」
「あと呼び捨て、ため口でいいよ。」
初対面なのに、なぜか郁子さんは私に対して友達に接するときの態度でいました。
部屋の奥には大きな段ボールが4つほど並んでいて、郁子さんは慣れた感じの手つきで動物の着ぐるみを取り出していきました。
「えーっと、真理子の着ぐるみは・・・っと・・。」
郁子さんは段ボールから、茶色い着ぐるみスーツと靴、お面、手袋を差し出しました。
「じゃあ、これを着てちょうだい。」
私はモコモコした猿の着ぐるみの衣装に袖を通した瞬間、着心地の良さを覚えました。
「あのお、背中のファスナーを上げてほしいんですけど・・・。」
「あ、ちょっと待ってね。」
郁子は私の背中のファスナーを上げていきました。
「ありがとうございます。」
「真理子、敬語禁止ね。次敬語を使ったらジュースをおごってもらうから。じゃあ、悪いけど私のファスナーもお願い。」
「わかりま・・・じゃなくて、わかった。」
私はこのまま郁子さんのペースに振り回されていくのではないかと、少し不安を覚えていきました。
そもそも初対面の人間にため口を使うのは正直抵抗がありました。
そのあと、靴を履いて手袋をはめたまではいいのですが、お面だけは屋上に着いてから被るよう、郁子さんから言われました。
しかし、その言葉の意味が分からなかったので、私は試しに被ってみました。
その瞬間、暗闇に包まれた気分になり、何も見えない状態になってしまいました。
「郁子、このお面、被ったら何も見えないよ。」
「あ、これね、目の下の部分に小さな穴が開いているでしょ?そこから見るって感じだよ。」
私は言われるままに目の下の部分を覗き込むようにしました。
「郁子、視界に慣れるまで時間がかかりそう。」
「平気平気。何かあったら私がフォローするから。じゃあ、行こうか。」
私が部屋から出ようとした瞬間、郁子さんは私にいくつか注意を促しました。
「あ、ごめん。いい忘れたことがあった。」
「何?」
「これから、厳しいことを言うね。まずはお客さんの前ではお面を直すしぐさを見せないこと。声を出さないこと。お客さんが怖がっていたら、無理して近寄らないこと。」
「うん、わかった。」
「あと、お面は屋上に着いてから被った方がいいよ。」
「わかった。」
「じゃあ、行こうか。」
私と郁子さんは部屋を出て、従業員専用のエレベータに乗って屋上まで向かいました。
「そろそろ、被ってちょうだい。」
私は郁子さんに言われるまま、お面を被ってエレベータを降りました。
屋上へ出ると、風船とガスボンベを持ったスタッフさんがいて、私と郁子さんは軽くお辞儀をしました。
風船の束を渡された瞬間、子供たちが私と郁子さんのところに風船をもらいにやってきました。
子供たちは次々と風船をもらって握手をしたり、記念撮影をしていなくなっていきました。
数時間後には屋上には誰もいなくなってしまったので、一時的にお面を外しました。
「風が気持ちいい。」私はそう感じてベンチで休んでしまいました。
「疲れた?」
郁子さんはお面を外して私のところへやってきました。
「楽しいけど、慣れない視界だったから、ちょっと疲れちゃった。」
「そろそろ下に降りようか。風船もなくなったし。」
「でも、このあとも子供たちが来るんじゃ・・・。」
「もう来ないって。仮に来たとしても、私らの仕事はここまでだから。」
「そうだね。」
私と郁子さんはスタッフさんに軽くお辞儀をしてエレベータに乗りました。
控室に戻るなり、私と郁子さんは着ぐるみを脱いで着替えを始めました。
着ぐるみ衣装を段ボールに戻して、外に出ると太陽が少し傾き始めていました。
「そういえば真理子は家どこ?」
「岐阜県の下呂温泉。」
「えー!岐阜から来ているの!?」
「あ、岐阜は実家。」
「そうじゃなくて、今住んでいる所。」
「あ、今住んでいる所は鶴川。」
「鶴川なんだね。もうびっくりさせないでよ。岐阜なんて言うから驚いたよ。私は淵野辺で、実家は石川県金沢市でお土産物屋さんをやっているの。」
「そうなんだね。私、小田急線だからここで失礼するね。」
「うん、わかった。気を付けてね。」
「ありがとう、お疲れさま。」
「おつかれー。」
私は慣れない着ぐるみのバイトで疲れがたまってしまい、アパートに着くなり、そのまま寝てしまいました。
Lesson2、 レッツ入団
着ぐるみのバイトを始めてから3週間が経ち、お面の視界にも慣れて、子供たちと仲良くなれてきたころでした。
休憩時間、私がベンチで休んでいたら、郁子から思わぬ話を持ち掛けられました。
「実は私、劇団秘密の隠れ家に所属しているの。よかったら入ってみない?」
「急に言われても・・・。」
「迷惑だった?」
「そんなことないけど、何で急に私を誘ったの?」
「前に演劇科の学校を卒業したって聞いたから、ここでバイトするよりも絶対にいいと思ったんだよ。」
私は一瞬考えました。
「その劇団って場所どこなの?」
「場所は古淵だよ。」
「古淵と言ったら、隣の駅なんだね。」
「そうだよ。」
「このあと、覗いてみる?」
「うん。」
その日のアルバイトを終えたあと、私と郁子は横浜線に乗って古淵まで向かいました。
駅を降りて、静かな住宅街を10分ほど歩いていたら3階建ての少し大き目の建物があり、入口には<劇団秘密の隠れ家>と大きく書かれた看板がありました。
「私、ここに所属しているの。」
「でも、ここにいながら、なんでデパートで着ぐるみのバイトをやっているの?」
「ちょっと欲しいものがあってね。でも、もうじきあのバイトも辞めることにしたの。」
「そうなんだ。」
「ここって確かキャラクターショーの事務所だよね?」
「そうだよ。」
「私、入ってみようかな。」
「本当に!?」
「うん。私もあのバイトを辞めようと思っているから。ところで、オーディションってあるの?」
「ないよ。」
「そうなんだ。」
「じゃあ、中へ来てくれる?」
「入って大丈夫なの?」
「うん。」
私は郁子に言われるまま、中へ入っていきました。
中へ入ると、キャラクターショーのポスターが廊下の壁に何枚か貼られていました。
郁子は受付に入って入館許可証をもらってきました。
「これを分かる場所に着けてくれる?」
私は「Guest」と書かれたバッジを左の胸元に着けて歩くことにしました。
「これから中を見学をするわけなんだけど、一つだけ注意があって、写真だけは撮らないでね。」
「なんで?」
「一応、中は撮影禁止になっているから。」
「わかった。」
郁子は私を連れて部屋を一つ一つ案内していきました。
最初に案内されたのは大きな鏡が設置されたレッスン室、次に案内されたのは衣装やお面などが保管されている倉庫などを見ていきました。
中を見終えて戻ろうとした瞬間、スーツを着た女性が私たちの前にやってきました。
「社長、お疲れさまです。」
「お疲れ。こちらの方は?」
「入団希望の猿田真理子さんです。」
社長は私の方に目を向けました。
「こんにちは。」
「こんにちは。初めまして、猿田真理子です。」
「初めまして。あなた、うちの劇団に入ってみたいの?」
「はい。」
社長はショルダーバックから名刺を1枚取り出して、私に差し出しました。
「私、ここの社長をやっている、踊場弘美と申します。」
「ありがとうございます。」
「まあ、社長と言っても普段は社員の者たちと一緒に営業もやっているんですけどね。立ち話もなんですから、私の部屋に来てもらえますか?」
「はい。」
案内された場所の入口には「社長室」と書かれていますが、中へ入ってみるとこじんまりとしていて、社長室とは言い難い部屋でした。
「ここに座ってもらえる?」
「はい。」
私は社長に言われて少しくたびれた感じのソファーに座りました。
社長の踊場さんは机の引き出しから、1枚の紙とボールペンを取り出して私に持ってきました。
「今日履歴書とかないでしょ?この紙に住所と電話番号とメアド、書いてもらえる?」
「はい。」
小さなテーブルの上で、私は渡された1枚の紙に個人情報を記入していきました。
「記入が終わりました。」
「どれどれ?学校は八王子市内の芸術専門学校の演劇科を卒業されたのですね。あそこって大手の劇団からのスカウトが多いけど、猿田さんは行かれなかったのですか?」
「私の実力では、ちょっと・・・。」
「そうなんですね。」
社長は少し間をとって質問を続けました。
「ところで、なんでうちの劇団に入ろうと思ったの?」
「私、幼少期に両親と行ったキャラクターショーの思い出が忘れられなくて、今度は私が子供たちに夢や思い出をたくさん与えようと思ったのです。」
「そうなんだね。」
「うちの劇団は確かに子供たちに夢を与えるのもそうなんだけど、それだけじゃないの。」
「と、言いますと?」
「他にもあるんだけど、なんだかわかる?」
「そう言われても・・・。例えばショーのあとに握手したり抱き合ったり、記念撮影をすることですか?」
「正解なんけどぉ・・・もっと具体的に。」
「友達のように接することですか?」
「もっと言ってしまえば、小さい子どもたちと友達になって仲良くすることかな。それを専門的に言えば、グリーティングって言うんだけどね。」
「そうなんですね。」
私は社長の踊場さんと会話を続けていきました。
「もう一つ、子供たちを楽しませるためにはどうしたらいいと思う?」
「それは、さっきお話をしましたグリーティングですか?」
「そのグリーティングをするにあたって、重要なことがあるの。何だかわかる?」
「重要なことと言いますと?」
「じゃあ、それを桃山さんに答えてもらおうかな。」
「え!?私ですか?」
郁子は突然、社長に振られてびっくりしました。
「あなたは経験者なんだから、わかるでしょ?」
「えーっと、自分自身が楽しむことで、そのためにはお面を被っていても常に元気で笑顔でいることですか?」
「その通り。」
「私、てっきりお面を被っていたら、どんな表情していても許されるのかと思いました。」
「確かにお面を被ったら表情が分からなくなるから、どんな表情でも許されるけど、実際動作や気配で分かっちゃうんだよ。」
「そうなんですね。」
「例えば不機嫌だったり、疲れたりすると、動作が鈍くなるし、緊張していればぎこちない動作になるの。それともう一つ大事なのはキャラクターになりきること。ショーの時にはお面を被っていることは忘れてほしいの。」
「わかりました。」
「他にも、子供が怖がっていたり、緊張している時には無理して近寄らない。あと当たり前だけど声を出さない。本番中にはむやみにお面を直さないかな。」
「結構、厳しいんですね。」
「お客さんに夢を与えるお仕事だからね。」
横にいた郁子は退屈そうにあくびをしていました。
「桃山さん、悪いんだけど給湯室からお茶とお菓子を用意してくれる?」
「はーい。」
郁子は言われるままに給湯室で紅茶とチコレートを用意してきました。
社長の踊場さんも表情が和らいで、紅茶を飲み始めました。
「うちの着ぐるみのお面を被ってみたい?」
「はい。」
「やってみたい作品ってある?」
「実はプリティ西遊記をやってみたいと思っているのです。」
「あれね、うちで一番人気のある作品なの。好きなキャラはだれ?」
「プリティ孫悟空です。」
「実はね、ちょうどその役の欠員が出たの。少し前までプリティ孫悟空をやっていた子がいたんだけど、その子が引退したから、今次の人を決めようとしていたところなの。」
「そうなんですね。」
「このあと、よかったら練習風景を見てみる?」
「是非見せてください。」
私と郁子は社長の踊場さんと一緒にレッスンスタジオに向かいました。
軽くドアをノックして部屋に入ると、プリティ西遊記のエンディングの曲に合わせて、ダンスをしていました。
「今、プリティ西遊記のエンディングのダンスをしていましたよね。」
「そうよ。」
「私も踊ってみたいです。」
「じゃあ、来週から来てくれる?」
「是非、よろしくお願いします。」
「真理子、来週からよろしくね。ちなみに私はプリティ猪八戒をやっているから。」
「マジ!?郁子がやっていたの?」
「そうだよ。驚いた?」
「うん。」
「でも、このことは外では言わないでね。」
「わかった。」
私が劇団の事務所を出ようとした瞬間、何かを思い出したかのように、社長の踊場さんに郁子とアルバイトをやっていたことを告げました。
「バイトをやっていたんだね。それで、いつまで?」
「実は来週いっぱいなので、きちんと挨拶を済ませてから、こちらでやらせて頂きます。」
「そうなると、来週は厳しいから再来週からになるんだね。」
「はい、すみません。」
「それじゃあ、再来週の月曜日に待っているね。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
私は社長の踊場さんにお辞儀をしたあと、家に帰りました。
Lesson3 レッツ練習
私と郁子が風船配りのバイトを辞めて劇団に入り、その日から私たちはトレーニングウエアの姿でレッスンスタジオに入ってダンスの練習をすることになりました。
若い女性のトレーナーさんがジャージ姿で、タブレットとスピーカーの入った籠を持ってやってきました。
「それでは初めましての人もいると思うので、一応自己紹介をする。私の名前は蜂谷恵子だ。今日はショーの基本ともいえるダンスを始める。」
蜂谷さんはタブレットの音楽プレーヤーを起動し、それをスピーカーにつなげました。
しかし、かかってきた音楽がプリティ西遊記のエンディングではなく、聞いたことがない海外のダンスミュージックであったことに驚いて、私は一瞬の戸惑いを感じました。
蜂谷さんはかかってきた音楽に合わせて踊り始めました。
「みんなも私に続いて踊ってちょうだい。」
私としては正直納得がいきませんでした。しかし、今それを気にしていても始まらなかったので、そのまま踊り続けていきました。
「猿田さん、テンポが遅れているよ。」
「すみません。」
私は初めてみんなの前で注意を受けてしまい、そのうえ居残り練習をする始末となってしまいました。
帰宅前、私は蜂谷さんにCDのコピーをしてもらえないか頼んでみました。
「先生、この洋楽のCDをコピーしてもらえますか?」
「いいけど、猿田さんの家にはパソコンはないのか?」
「一応ありますが・・・。」
「じゃあ貸すから、こっちも忙しいから自分でコピーしてもらえないか?」
「わかりました。」
私は蜂谷さんからCDを借りて家でコピーを始めたのはいいのですが、めったにパソコンを使う機会がなかったので、コピーをするのに少し時間がかかりました。
空いているCDにコピーを済ませ、そのあとスマホに練習用のCDを※インポートさせて眠ることにしました。
※インポート・・・データを取り込むこと。
翌日から行きと帰りの電車の中でダンスの練習で使う音楽を聴くようになり、曲そのものを覚えていくようにしていきました。
1週間後にはついに蜂谷さんから褒めらるようになったので、ついにプリティ西遊記のエンディングでも始めるのかと思って期待してみたら、その日は演技担当の蟹村陽子さんのもとでパントマイムの練習になりました。
パントマイムは在学中にも習ったので、特に苦ではありませんでしたが、やっている内容が在学中に習った内容の延長線と言った感じでしたので、少し退屈な感じでレッスンを受けていました。
「それでは、次にお友達と二人でウインドウショッピングを楽しんでいるシーンを演じてほしいので、今度は二人一組でやってもらいましょうか。」
題材が急に難しくなってきた途端に、みんなは急に目をそらしました。蟹村さんは「なんだ、急に目をそらして。それじゃあ、仕方がないなあ。」と言いながら用意した名簿を広げて「誰にしようか」と、指でなぞり始めていきました。
「それでは、猿田さんと桃山さんにやってもらおうか。」
「え!?私たちですか?」
郁子は少し驚いた表情で返事をしました。
「嫌ですか?」
「そんなことはありません。」
私と郁子はブティックで目当ての洋服を探したり、可愛い洋服を見つけて勧めあう動作をしていきました。
しかし、郁子が思わず「真理子、これ可愛いよ。」と声を出してしまいました。
「はい、そこまで。」
「桃山さん、本番でこれをやったらNGだよ。」
「すみません。」
「桃山さん、あなたたちのお客さんはどんな人か分かるか?」
「はい、小さな子供たちです。」
「では、桃山さんに質問します。ここにいる皆さんはどんな演技をするのですか?」
「キャラクターのお面を被って演技をすることです。」
「では、もう一つ質問しますが、キャラクターのお面を被るってことはどんなことですか?」
「キャラクターになりきることです。」
「そうですよね。もしお面を被っている状態で声を出したら、子供たちの夢を壊すことになるのですよ。しかも、あなたはプリティ猪八戒の役を演じるのだから、その辺はきちんと自覚してください。」
「気をつけます。」
郁子は蟹村さんに叱られて、少し落ち込んでいました。
「ドンマイ!」
私は郁子に元気づけました。
「ありがとう。」
そのあとも、蟹村さんは他の人の演技も見て評価していきました。
「次、川田さんと寺田さん。」
二人の演技は見事に迫真でした。
実際にブティックで楽しそうに買い物している風景が目に浮かぶほどでした。
「もう結構だ。見事な演技だったよ。」
「ありがとうございます。」
川田さんは少し照れた感じでお礼を言いました。
「この二人に拍手。」
みんなは大きく拍手をしました。
その日のレッスンが終わり、ロッカーで着替えをしていたら、寺田さんと川田さんに会いました。
「二人ともお疲れ様です。」
「どうも。」
「寺田さんですよね。先ほどは見事な演技でした。」
「ありがとう。」
「私、この春に八王子市内の芸術専門学校の演劇科を卒業したばかりの猿田真理子です。」
「私、寺田冬子。プリティ西遊記で三蔵法師をやっているの。」
「すごいですね。」
そのあと横から川田さんが割って入るように可愛い声で自己紹介を始めました。
「私、川田直美。プリティ西遊記でプリティ沙悟浄をやっているの。ヨロシクネ。」
「こちらこそ。」
「そういえば、二人の家はどこなんですか?私は鶴川。」
「真理子ちゃんって鶴川なんだね。私、玉川学園から通っているの。」
「川田さんって玉川学園からなんですね。」
「私のことは直美でいいよ。」
「直美ちゃんの実家ってどこ?」
「実家は山形県寒河江市で、さくらんぼ農家をやっている。」
「そうなんだね。」
「私は矢部で、実家は長野県小諸市で、蕎麦屋をやっている。」
「寺田さんの実家はお蕎麦屋さんなんだね。」
「私のことは冬子でいいよ。」
「そういえば、真理子は実家で暮らしているの?」
冬子さんは私の実家の場所を聞いてきました。
「私の実家は岐阜県下呂市で温泉旅館を営んでいる。」
「すごいね。こんどお邪魔させてもらうよ。」
「うん、待っているから来てよ。」
着替え終えて事務所を出たころには外はすっかり暗くなっていたので、4人で古淵駅まで向かいました。
「私と直美は町田に出て小田急線の駅へ向かうから、横浜方面に乗るね。」
「わかった、気を付けて。私と冬子は八王子方面に乗って帰るね。」
電車が同時に到着し、手を振って別れたあと、直美は疲れ切った顔をしていました。
玉川学園前の駅で直美を見送ったあと、私は鶴川駅の近くにあるスーパーで買い物を済ませて、家に戻りました。
テーブルの上にペットボトルのお茶と、お弁当を広げて食べ終えたあと、プリティ西遊記のDVDを再生しました。
私が一番気になったのは戦闘シーンもそうですが、それよりもエンディングのダンスでした。
幸い私の部屋は1階奥の角でしたので、何度練習しても苦情が来ることがありませんでしたが、時計を見たら夜10時を回っていたので、次の日の練習に響くと思って、DVDを止めて寝ることにしました。
Lesson4 レッツ試着
私が基礎トレーニングやダンス、演技など習得してきたころ、踊場さんから思わぬ情報が入ってきました。
その情報とはゴールデンウイークにプリティ西遊記のショーをやると言うことなのです。
欠員でいなかったプリティ孫悟空の役を発表されると聞いて、みんなはソワソワし始めていました。
郁子と直美と冬子はすでに役が決まっていたので、壁にもたれながら無関心に聞いていました。
「では、今からプリティ孫悟空の役を誰にするか決める。」
みんなはかたずをのみながら聞く体制に入っていました。
「では、発表する。」
踊場さんは封筒から一枚の紙を取り出して、読み上げました。
「プリティ孫悟空の役を猿田真理子さんに決定する。」
そのとたん、私はうれしさのあまり、舞い上がりそうになりました。
しかし、その一方で悔しがっている人が何人かいました。
「これでメインキャストが決まったわけだ。しかし、このメインキャストがお休みの時は言うまでもなく代わりの者にやってもらう。今からその補欠を発表する。」
踊場さんは補欠のメンバーを発表し終えたあと、金角と銀角、牛魔女の役も発表しました。
「以上でおわりだ。何か質問のある人はいるか?」
みんなは「ありません」と返事したので、踊場さんは「それでは、失礼する」と言っていなくなりました。
そのあと入れ替わるかのように、蜂谷さんが籠に入ったタブレットとスピーカーを持ってやってきました。
「今からプリティ西遊記のエンディングのダンスをしてもらう。すでにDVDを見て覚えてきた人もいるかもしれないが、一度通しでやってみることにする。」
蜂谷さんはタブレットの音楽プレーヤを起動し、プリティ西遊記のエンディングの曲を再生しましたが、踊っている最中でも、蜂谷さんは容赦なしに注意してきました。
「川田さん、テンポがずれているわよ。猿田さん、少し早い。もう少しみんなに合わせてあげて。」
踊りのレッスンが終わり、私たちは本番に備えて居残りで練習をしました。
「直美、やっぱずれている。」
「本当に?」
「『未来を見つめる』って部分で体を左にターンするんだけど、直美は『見つめる』って終わった部分から左にターンしているじゃん。それをもう少し早めにした方がいいよ。」
直美は私から指摘を受けて、スマホの音楽を聴きながら何度もやり直しをしました。
「君たち、気持ちはわかるけど、そろそろおしまいにしようか。」
「あ、すみません。」
蜂谷さんに帰宅するよう言われたので、そのまま引き上げることにしました。
帰りの電車のホームでも教わったステップを忘れないよう、イヤホンしながら練習していたら、他の人たちに見られてしまい、少しだけ恥ずかしい思いをしました。
私と直美は一緒に大船行き乗ったのですが、さすがにその日だけはお互い疲れていたせいか、無口のままでいました。
帰宅後も苦情が来ないことをいいことに、1時間近く練習をして眠りました。
翌日、私たちは蟹村さんと一緒に衣装倉庫の中へ入りました。そこは今までショーやグリーティングで使ったお面や衣装などが保管してありました。
蟹村さんは私たちにお面を渡してレッスンスタジオへ向かうよう、言いました。
「今日はこれから、君たちにはお面を被ってもらうわけだが、その前に注意しておきたいことがある。まずは被ったら視界が非常に悪くなるわけだが、本番では小さいお子さんがたくさん見える。その時に接触してケガだけはさせないように。それともう一つだが、本番では間違っても声を出さないこと。最後にここで管理されているお面や衣装などは持ち帰り禁止となっている。くれぐれも持ち出さないように。見つけた時点で警察に通報する。以上だ。ここまでで質問のある人はいるか?」
しかし、誰も質問しなかったので、そのあとお面を被ってレッスンすることになったのだが、蟹村さんの言う通り視界が非常に悪く、見えづらかったので驚きました。私と郁子は一時期デパートの屋上で動物の着ぐるみを被って風船配りをやっていたので、ある程度の視界には慣れていましたが、他の人たちは「見えない」と言いながら苦戦していました。
「あなたたちの視界は瞳の上にある小さな穴だけだ。そこから覗き込むような感じで動いてほしい。」
蟹村さんはそう言っていますが、正直慣れるまでには時間がかかるのは事実でした。
「ではこの状態で自由に動いてみてくれ。」
実際に動いてみると、何人かの人はぶつかっていました。
「今ぶつかった人たち、自分たちならいいが、お客にぶつかって怪我でもさせたら、大変な騒ぎになるから気を付けるように。」
1時間くらい経つと、さすがに慣れてきたのか、みんなは自由に歩けるようになってきました。
「では、一度全員お面を外してくれ。このあとの説明に入る。今日はお客さんと直接触れ合うグリーティングの練習を行う。お客さんの大半は小さなお子さんばかりだ。そのためには目線を子供に合わせなくてはならない。握手も首脳会談や先進国のサミットじゃないんだから、片手でぎゅっとやらない。やるときは両手で優しく包み込んで下から少し見上げる感じで行う。握手が済んだら、手を振って見送る。誰かというより、やるのはメインの3人だから・・・、プリティ孫悟空、猪八戒、沙悟浄、お面を被ってやってみろ。」
「あの、その前に質問していいですか?」
「どうした、猿田。」
「練習の相手がみんな大人なんですけど・・・。」
「そうだな、ちょっと待っていろ。」
蟹村さんは倉庫に行って、5歳くらいの子供のマネキン人形を用意してきました。
「この人形は実際の5歳児の身長に合わせて作ったものだ。今、この子供が近寄ってきたことを想定してやってみろ。まずは猿田お前からだ。」
私はそのまま子供のマネキンに近寄って握手をしようとしたら、蟹村さんが雷を飛ばしてきました。
「誰がそのまんま握手をしろと言った。お面を被れ!」
「すみません。」
私はあわててお面を被って、改めて握手をして、そのあと頭も撫でました。
「猿田、頭を撫でるのはいいが、やりすぎるとかえって怖がることもあるから、ほどほどにしておけ。」
私は蟹村さんに手で「OK」のサインをしました。
そのあとも郁子と直美も同じようにしました。
「当日はお客さんが多数見える。1人に構ってばかりいると、他のお客さんから苦情が来る。1人当たり30秒~1分あたりをを目安にしてもらいたい。また記念撮影の依頼が入った場合はきちんと引き受けて、可愛くポーズを決める。それと3人にはサインを書く練習をしてもらう。」
「サインはいつ練習するのですか?」
「猿田、今は練習だからいいが、当日客の前では耳元でしゃべろよ。」
またしても蟹村さんに注意されました。
「このあと練習が終わったら3人には申し訳ないが、少し残ってもらう。」
「すみません、私と川田さんはすでに書けるのですけど、残った方がいいのですか?」
郁子は少し疑問に感じて蟹村さんに質問をしました。
「そうだな、帰るも残るも、お前たちの判断に任せるよ。」
その日の練習が終わって郁子と直美は私に付き合って、誰もいない会議室へ向かいました。
中へ入ると蟹村さんが、不要になったコピー用紙と太字の黒マジックを用意していました。
「猿田には申し訳ないが、これからサインを書く練習をしてもらう。最初はお面を外して書いても構わないが、最終的にはお面を被った状態で書いてもらう。サインの時だけお面を外すわけにはいかないだろ?」
「はい。」
「では、試しに書いてもらおうかな。」
私は早書きで適当に書いてみました。
「一応聞いておくが、これはなんて書いたんだ?」
よく見ると、これは串に刺さった2つの団子のようにしか見えませんでした。
「適当に書いただけです。」
郁子と直美もこのサインにはびっくりして何も言えない状態になっていました。
「あのさあ、子供にとってサインは一生の宝物だ。その時に串に刺さった2つの団子だと、かなりへこむぞ。自分だってこんなサインもらったってうれしくないだろ。」
「はい。」
「芸能人のようにとは言わないが、子供たちがプリティ孫悟空から受け取ったサインだと自慢できるようなものを書いてみろ。」
「わかりました。」
今度は普通に<プリティ孫悟空>と癖時で書いてみました。
「うーん、今度は平凡すぎるな。桃山と川田はどう思う?」
蟹村さんは少し気難しそうな顔をして郁子と直美に聞きました。
しかし、二人は苦笑いをしながら、何も言わず見ていただけでした。
そのあとも何度か書いて、やっとサインらしくなってきましたので、今度はお面を被った状態で書いてみようと思いました。
「猿田、気持ちはわかるが、そろそろ帰った方がいいんじゃないか?」
時計を見たら、夜の9時近くになっていましたので、帰ることにしました。
「蟹村さん、物は相談なんですが、家で練習をしたいのでお面を貸していただくことはできませんか?」
「気持ちはわかるが、原則的には個人的な理由でのお面や衣装の貸し出しは禁止になっているんだよ。悪く思わないでくれ。その代り明日の朝、早めに来てくれたら練習時間を与えるよ。」
「わかりました、ありがとうございます。」
翌日、いつもより早めにやってきて、お面を被ってサインを書く練習をしましたが、やはり視界が狭いため、なかなか思うようにいきませんでした。
まずは小さい穴から視界を確保して、昨日練習したサインを書き始めました。
実際お面を外して見てみると、なんとなくイマイチって感じに思えました。
「おはよー!お、プリティ孫悟空、朝から精が出ますね。」
「おはよう、郁子。」
後ろからテンションを上げて郁子がやってきました。
「プリティ孫悟空、サインの調子はいかがですか?」
郁子は私が書いたサインを取り上げて、眺めていました。
「どれどれ、ん?なかなかいいんじゃない?」
「本当に!?」
「これなら堂々とお客さんに渡せると思うよ。」
「私、お面を被った状態でサインを書いたの初めてだから正直、自信がなかったの。」
「もう少し自信を持ちなって。今日もグリーティングの練習があるから、その時にみんなの評価を
もらえばいいじゃん。」
「うん、そうする。」
そしてグリーティングの練習の時間がやってきて、私はお面を被ってみんなの前でサインを書きました。
お客役となった人からは「なかなかきれいに書けている。」とか「これならお客さんに渡しても問題ない。」という声が出てきました。
しかし、このあと新たな試練が私たちを待っていたとは、その時は考えてもいませんでした。
Lesson5 レッツ初舞台
私の初出演まで日が迫っている中、その日から声優さんの声に合わせて演技の練習が始まりました。しかも、お面を被った状態なので視界も悪く、やりづらさは半端ではありませんでした。
少しでもタイミングがずれれば蟹村さんの雷が飛んでくる始末なので、帰宅時間は毎日夜9時過ぎは当たり前でした。
「金角さん、声と動きがずれている!」
「すみません!」
金角担当の金田さんは蟹村さんに怒鳴られながら、練習をしていました。
「それと、お面を被っている時は声を出さない!用があるときは私のところまで来る!」
本番が近くなり、履いていた靴も練習シューズからキャラクター用の靴を履くようになってきました。
違和感大ありの中、蟹村さんと蜂谷さんの雷が毎日のように飛んできたので、体力面でも精神面でも限界を訴えかけてきましたが、これも子供たちに夢を与えるお仕事なので、本番まで耐えようと思いました。
本番前日の事です。
最後の練習が終わって、自分たちが使う衣装とお面や靴、そして舞台で使う小道具などをプラスティックの箱に収めて、社長の踊場さんと当日の打ち合わせに入りました。
「明日はいよいよ、本番です。各自体調管理には十分に気を付けてください。また本番中にミスをした場合はそのまま続けてください。ここまでで質問のある人はいますか?」
「はい、質問です。」
「猿田さん、どうぞ。」
「明日はショーのあとにグリーティングはありますか?」
「小さい子どもを対象とした握手会とサインのサービスを実施します。」
「その中に大人のお客さんが混ざってきた場合は、どう対応したらいいでしょうか?」
「その時は司会を通して、ご遠慮してもらうようにしてあります。」
「ありがとうございました。」
「他にはありますか?」
今度は郁子が質問に入ってきました。
「桃山さん、どうぞ。」
「先ほどと重複するかもしれませんが、大人のお客さんの中には私たちにセクハラをしたり、テントの中を覗き込んだり、盗撮してくる人がいるかもしれませんが、その場合の対処法はありますか?」
「その時は警備担当に対処してもらうように言ってあります。当日は警備が6人、スタッフが10人ほど手配してあります。」
「ありがとうございます。」
「他にはいますか?」
そのあとは誰も手を挙げませんでした。
「ないようなので、説明を終わりにします。それでは明日に備えてゆっくり休んでください。」
そして迎えた当日です。
事務所からマイクロバスに乗って、東京都と神奈川県の県境にある遊園地へと向かいました。
昨日の疲れが残っていたのか、移動中はずっと寝ていて目が覚めた時には大きな観覧車が見えていました。
私たちが着いたころにはスタッフたちが先にステージを準備し、テントの中に衣装や小道具を用意して待ってくれました。
私たちは会場に着くなり、スタッフたちに挨拶をし、テントの中に入って着替えを始めました。
その一方、会場にはすでに親子連れのお客さんがいっぱいいました。
ステージ開幕とともにプリティ西遊記のオープニングの主題歌が流れて、司会がマイクを持って挨拶を始めました。
「みなさーん、こーんにちはー!」
「こーんにちはー!」
司会に続いて子供たちも大きく返事をしました。
「お友達のみんなは、この日を楽しみにしていましたかー?」
「はーい!」
「よーく、見ていると、プリティ孫悟空やプリティ猪八戒などの衣装を着てきたお友達もいますねー。」
その瞬間、敵の登場のBGMが流れて、金角と銀角、牛魔女が登場してきました。
「フフフフ、今日は会場に元気なお友達がたくさんいるわね。誰か一人をさらってプリティ西遊記のお嬢ちゃんたちをおびきよせようかしら。」
「それは素晴らしい考えですわ、牛魔女さま。」
「では金角と銀角、会場にいる元気なお友達を1人さらってきなさい。」
「あら大変、金角と銀角が会場にいるお友達をさらおうとしているわ。」
司会がそう言うと、金角と銀角はスタッフと一緒に会場の客席に向かい、ランダムに親子連れの席に向かいしました。
「すみません、お子さんをステージまでご案内したいので、少しの間お借りしてもよろしいですか?」
スタッフは5歳くらいの子供を連れてきた親に一言お願いに当たりました。
「はいどうぞ。」
「ありがとうございます、あとで責任を持って席の方まで戻しますので。」
「よしえ、お姉さんと一緒にステージに行ってきなさい。」
よしえちゃんという女の子は金角と銀角、スタッフと一緒にステージに向かいました。
金角は、よしえちゃんの手を優しく引いて、ステージの中央に向かいました。
しかし、よしえちゃんが泣きそうな顔をしたとたんに、司会は「大丈夫よ、怖くないからね。」と笑顔で優しく声をかけ、安心させました。
「牛魔女さま、客席から元気なお友達を連れてきました。」
「なかなか、元気そうじゃないか。」
「おい、プリティ西遊記の一味が来るまで、向こうの椅子に座らせておけ。」
金角と銀角はよしえちゃんをステージ中央の奥にある椅子に座らせ、軽くロープで体を縛り、金角は耳元で「すぐにほどいてあげるから、ちょっとだけがまんしてね。」と優しく言いました。
「たいへーん、お友達が金角と銀角に捕まってしまった。みんなで『プリティ西遊記ー』と大きい声で呼びましょう。」
会場の子供たちは司会の「せーの」の掛け声とともに、「プリティ西遊記ー!」と大きい声で叫びました。
「みんなー、お待たせー!」
スモークマシンが「プシュー」と音を出した瞬間に、私たちはステージの中央に向かいました。
「如意棒の使い手、プリティ孫悟空!」
「どんな重たいものも軽々と持ち上げられる。プリティ猪八戒!」
「水の中なら、誰にも負けないわ。プリティ沙悟浄!」
私たちがポーズを決めたら三蔵法師が「プリティ西遊記、金角と銀角から、さらわれたお友達を救い出しなさい。」と言いました。
「みんな、お友達を救うわよ。」
「おまえたち、プリティ西遊記の連中を始末しな。」
私たちが攻撃を構えたとたん、激しいBGMのもとで戦闘が始まりました。
演技とはいえ、伝わってくる痛みは半端ではありませんでした。
「おーっと、プリティ西遊記のみんながピンチです。会場にいるお友達のみんな、大きい声で『プリティ西遊記、がんばれー!』と叫びましょう!」
司会の掛け声のあとに、子供たちが大声で叫びました。
「おのれー、何という耳障りな掛け声なんだ。」
牛魔女が動き出す前に私たちが立ち上がり、反撃に入りました。私たちが倒したあと、金角と銀角たちはそのままステージからいなくなってしまいました。
私たちはよしえちゃんのロープをほどいて、司会の人と一緒に客席まで戻しました。
「ご協力ありがとうございました。このあとエンディングのダンスがあります。よかったらご一緒に踊ってください。」
よしえちゃんの両親は軽くにこやかに挨拶をしました。
私はよしえちゃんの頭を軽く撫でたあと、手を振ってステージに戻りました。
「さて、このあとはエンディングのダンスです。お友達のみんなは上手に踊れるかなー。」
司会が子供たちに呼びかけると、みんなは「はーい!」と可愛く返事をしました。
エンディングの歌が流れて、私たちがステージの上で踊り始めた瞬間、客席の子供たちも一緒に可愛く踊り始めました。
ダンスが終わって、サインと握手会が始まり、子供たちは司会やスタッフから色紙を受け取って、プリティ猪八戒と沙悟浄に握手やハグをしてもらい、私がいるサインブースへ向かいました。
子どもたちは私たちと同じような格好していたので、可愛さのあまり、私は思わず抱きたい気分になってしまいました。
しかし、ここでアクシデントが発生しました。
プリティ孫悟空の女装をした1人の成人男性で、見た目は30歳代後半と言った感じの人が色紙を持って列に入ってきました
スタッフはあわてて、「あの今日の握手とサイン会は小さなお友達だけで、大きなお友達はご遠慮願いたいのです。」と断りましたが、ここでおとなしく引き下がるような人ではありませんでした。
「なんだよ。こうやってわざわざ金払って、朝早く千葉の我孫子からやってきたのに、この対応はなんだ?」
「本当に申し訳ございません。」
「謝って済むくらいなら、警察なんかいらないんだよ。」
女性スタッフはずうっと謝り通しでした。
「では、どのように対応すればいいのですか?」
「俺も客なんだし、子供たちと同じような対応をしろ。」
「ママー、このおじさん、プリティ孫悟空の格好をしているよ。」
「しっ、見ちゃだめ。」
その時、5歳くらいの女の子が指をさしながら見ていましたが、母さんに手を強く引かれていなくなりました。
そして、それと入れ替わるように踊場さんが警備の人と一緒にやってきました。
「ここは、私が引き受けるから、君は子供たちの対応をお願いしてくれないか。」
「はい、分かりました。」
「私は、ここの代表を務めている踊場です。うちのスタッフが何か失礼をしたみたいで、本当すみませんでした。早朝から遠路はるばるお越しいただいて、本当に感謝しています。」
「こうして謝罪をしてくれたと言うからには、あの列に混ざって握手やらハグをしてもらって、そのあとサインをしてくれるんだろうな。」
「申し訳ございません、先ほどスタッフからもご説明があったように大きなお友達の対応はご遠慮いただいているのです。」
「お友達ってなんだ?俺は客だぞ。現に遊園地の入場料も払っているし、この色紙だって買ったんだ。」
踊場さんは一瞬考えました。果たしてどうするべきか。
「それでは、お客様に一つ提案がございます。せっかく色紙をお買い上げになったので、サインだけ頂くのはどうでしょうか?」
「握手とハグはしないのかよ。」
「成人のお客様が混ざりますと、小さなお子様が大変びっくりされてしまいますので、ご遠慮いただきたいのです。いかがなさいますか?」
男性客は一瞬考えました。その時、たまたま通りかかった親子連れが横から踊場さんを助けるような感じで口をはさんできました。
「あなた大人なんでしょ?こんなコスプレまでして。小さな子供たちが集まるショーにやってきて恥ずかしくないの?」
「うるせー!関係のない人が出しゃばるな!」
「少しは遠慮しなさいって言っているの。私たちは子供の付き添いで来ているけど、あなたは一人で来ているじゃない。」
「1人で来て何が悪い。」
「悪いとかという問題じゃなくて、大人だったら少しは遠慮しなさいって言っているのよ。小さい子どもが集まっている中、大人1人で来て恥ずかしくないの?」
「うるせー、そんなの大きなお世話だ。俺は早朝から千葉から来たんだよ!」
「遠方から来たからと言って、偉いというわけじゃないでしょ。」
子どもたちの握手とサイン会が終わって、猪八戒と沙悟浄がテントへ戻ろうとした時、私はスタッフと司会に「待った」をかけて、社長と男性客のところへ向かいました。
司会はマイクで「本日最後のお客様は、なんとプリティ孫悟空のコスプレをされた、大きなお友達です。」と言いました。
私は男性客の手を引いて折りたたみテーブルまで案内し、色紙にサインをして握手をしました。
「さすが、プリティ孫悟空。大きなお友達にもサインだけでなく、握手までしました。さすが正義のヒロインです!」
司会はマイクで実況しました。
男性が「ありがとう」と言った直後、私はさすがに我慢が出来なくなって耳元で「小さい子どもがいるんだから、少しは遠慮しなさいよね。あなたがあまりにも子供の前で駄々をこねているから、仕方なしにやってあげたんだよ。サインと握手をしたんだから、これでいいでしょ?」とささやきました。
男性は私に言われたのが面白くなかったのか、睨み付けて去ろうとした瞬間、「お前の素顔を見てやる!」と言って私のお面を外そうとしたので、警備に取り押さえられ、会場の出口へと連れていかれました。
「お客様、おいたは困ります。お望みの物が入ったわけなんだし、こちらをお持ちになってお帰りになってください。」
「二度と来るかよ!」
男性は言葉を吐き捨てるように言って、いなくなってしまいました。
近くにいた親子連れも複雑な表情をして、そのまま会場からいなくなってしまいました。
テントに戻って、着替えを始めようとした瞬間、郁子が何かを思いついたようにカバンからスマホを取り出して「記念撮影をしよう」って言い出しました。
特に反対する理由もなかったので、お面を被った時と外した時の両方の写真をみんなで交代で撮影をしました。
撮影が終わって、改めて着替え始めようとした時、私はお面を外し、みんなの前で初ステージの感想を言いました。
「私、今日初めてステージに上がったけど、とても楽しかった。」
「お面を被ると、キャラクターになり切れちゃうのが着ぐるみの醍醐味なんだよね。そういえば真理子、さっきコスプレした男性客になんて言ったの?」
「踊場さんや親子連れの前で、駄々をこねていたから、軽く叱っておいたの。」
「気持ちはわかるけどさ、仮にもお客さんなんだし、下手に刺激を与えない方がいいよ。最近刃物で人を刺す事件もあるみたいだから、本当に気を付けた方がいいよ。」
「わかった、気を付けるよ。」
「それにしても、あのオッサン、マジでキモかったよね。」
郁子は笑いながら話している中、直美だけは黙々と着替えていました。
「直美は会話に参加しないの?」
郁子は少し疑問に感じたような顔をして尋ねました。
「うん、社長がテントの外で鬼のような顔になっているから。」
「それを先に言いなさいよ!」
私と郁子は猛スピードで着替えを済ませて、衣装とお面、手袋や肌タイツ、靴などを箱にしまい込んでいきました。
テントから出て、踊場さんに「お疲れさま」と言ったとたん、「おい、待て。」と引き留められました。
私は「何か?」と返事をしました。
「『何か?』じゃないでしょ。スタッフを待たせていたんだから、きちんと『おまたせしました』と言ったらどうだ?」
私は「お待たせしてすみません。撤去をお願いします。」と言った直後、スタッフたちは撤去にかかりました。
夕暮れになり、私たちはマイクロバスに乗って戻ることにしたのですが、踊場さんがみんなを自宅の最寄り駅で降ろしてくれると言ったので、私と直美は鶴川駅で降ろしてもらうことにしました。
バスの中で踊場さんは少し心配そうな表情で「さっき、男性客から何かされていたみたいだったけど、大丈夫だったか?」と言ってきました。
「私なら大丈夫です。」
「何か耳元でささやいていたみたいだが。」
「あまりにも子供じみていたので、少し注意をしました。」
「注意もいいけどさ、ほどほどにしておけよ。」
「ありがとうございます。それでしたら、先ほど桃山さんから同じことを言われましたので。」
「そっか。」
鶴川駅に着いて、私と直美はみんなに「お疲れさまでした。」と一言言って別れました。
「私、ここから電車で帰るから。」
「うん、お疲れ。気を付けてね。」
私は直美を見送ったあと、近所のスーパーで食事の買い物を済ませてバスに乗って帰りました。
家に着いて、私は今日の初舞台の出来事を一つ一つ思い出しながら、振り返っていきました。
果たして本当にこれでよかったのか。
男性客に言い過ぎたかもって、少し反省をしてしまいました。
疲れが出てしまい、眠気が襲ってきたので、私は布団を敷いて眠ってしまいました。
Lesson6 レッツグリーティング&トラブル
大型連休におこなったキャラクターショーのあとは特に予定がなかったので、近所の児童公園で基礎トレーニングやダンスの練習をやっていたり、よその劇団が主宰するキャラクターショーやグリーティングを見て研究もしていました。
私たちの仕事がオフでも事務所はやっているので、レッスンスタジオを借りることも、また外へ持ち出さないと言う条件であれば、衣装やお面を借りて練習することも可能でした。
その日も私と郁子、直美の3人でお面と衣装を着てエンディングのダンスを練習していました。
練習後、お面は内側にアルコール消毒し、衣装は事務所指定の衣装専用クリーニング工場へ持って行くことになっています。
翌日、社長の踊場さんから次のイベントを発表されました。
「みなさん、お疲れ様です。次のイベントですが、町田市内の住宅展示場でプリティ西遊記のショーを行うことになりました。今回も前半は演技とダンスを行うのですが、後半はグリーティングをやっていただきます。なお、今回はサイン会は行いません。ここまでで質問はありますか?」
「質問いいですか?」
「猿田さん、どうぞ。」
「グリーティングは子供限定ですか?」
「今回は握手とサイン会じゃないから、年齢制限はなしで行います。」
「警備はどれくらいなんですか?」
「どうして?」
「前回のショーのような展開になるのが怖いので。」
「むりやり、お面を外そうとした人のことですか?」
「それだけではありません。必要以上に抱き付いたり、体を触ってきた場合、どう対応したらいいか、分からなくて・・・・。」
「※アテンドが近くにいるので、その人に止めてもらうよう、言っておきます。」
※アテンド・・・キャストの付き添いのような人
「ありがとうございます。」
私の中では前回の恐怖が残っていたので、正直乗り気ではありませんでしたが、ここは仕事なので割り切ることにしました。
「一応、警備も頼んであるから、万が一そうなった時にはアテンドが無線で警備の人を呼ぶようになっている。だから心配しなくてもいい。」
それを聞いて少し安心しました。
今度は郁子が手を挙げました。
「桃山さん、どうぞ。」
「すみません、いつ行うのですか?」
「あ、悪い。6月の二週目の日曜日で、時間は正午から行う。」
「雨が降ったら、どうされるのですか?」
「降り方にもよるが、弱い雨だったら行うし、強い雨だったら延期もしくは中止にする。」
「ありがとうございます。」
帰りの古淵駅で改札に入ったあと、郁子が私のところにやってきました。
「真理子、踊場さんからの伝言なんだけど、何があってもお客さんには耳元で囁くような行為はやめてほしいって。」
「あれは、お客さんがあまりにも遠慮知らずだったから・・・。」
「それでもだめ。気持ちはわかるけど、どんな人間でもお客さんなんだから、我慢してほしいって。」
「うん、わかった。」
「真理子が逆の立場だったらどう思う?例えば、自分の好きなキャラクターが目の前にいたとする。うれしい気持ちになって、はしゃいで握手やツーショットをお願いしたときに、耳元で『小さい子ども限定だから、大人は遠慮してほしいんだけど。』って言われたら、どんな気持ちになる?」
私は一瞬その場面を頭の中で描いてみました。
「感じの悪い人だなって思う。」
「でしょ?だから、どんなお客さんにも気持ちよく対応しないと、真理子だけじゃなくて劇団全体の印象が悪くなるから気を付けてほしいの。」
「わかった、気を付ける。」
「電車来るから、帰るね。じゃあね。」
郁子はそう言って手を振り、いたずら小僧のように顔を「ニッ」と見せつけて、冬子と一緒に八王子方面の電車に乗って帰りました。
「私たちも帰ろう。」
直美は私の手を引いて、横浜方面の電車に乗りました。
町田駅に着いて小田急線の駅に向かおうとした時、直美はショッピングセンターに立ち寄りたいと言い出したので、私一人で新宿方面の電車に乗りました。
家に着いて食事を済ませて、お風呂に浸かり、そのあとは寝るだけにしましたが、帰りの郁子の言葉が頭に残っていて、なかなか眠れませんでした。
郁子の言葉も間違っていなかった。しかし、目の前でお面を外されそうになった私の気持ちなんかわかってたまるか。
私が布団の中でブツブツと文句を言っているうちにそのまま眠ってしまいました。
迎えた当日、その日は雲一つない見事な快晴でした。
スタッフたちが荷物を運んで一足先に会場に向かったあと、私たちキャストもマイクロバスに乗って会場に向かいました。
到着するなり、私たちはテントの中で着替えを済ませて、音楽と声優さんたちが吹き込んだ音声に合わせて演技とダンスをしました。
前半のショーとダンスが終わり、後半は子供たちにとってメインイベントであるグリーティングが始まりました。
客席のロープとシートが撤去され、私たちは子供たちの場所へ向かいました。
私たちは子供たちと一緒に握手をしたり、手をつないで会場の中を歩いたりと、楽しい時間を過ごしていきました。
中には大胆にもキスまでして来る子供もいたので、さすがにこれには驚きましたので、私はうれしさのあまり、思わずぎゅうっと抱きしめたり、頭を軽く撫でました。
しかし、お客さんは可愛くて元気な子供たちばかりではありませんでした。
前回の握手とサイン会の時と同様、面倒な大人の客までがやってきたのです。
プリティ西遊記のTシャツを着て、少しニヤついた表情で「一緒に写真に写ってもらえますか?」と言ってきたので、アテンド役の真奈美が引き受けました。
真奈美は男性客が用意したスマホのカメラで写真を撮ろうとしたら、男性客は肩を組んできたり、どさくさに紛れてお尻や胸まで触ってきました。
しかもお面なので私の表情が分からず、しかも声も出せない状態でしたので、真奈美はすぐに男性客を止めに入りました。
「お客様、大変申し訳ありませんが、キャストへのセクハラ行為はご遠慮ください。」
「はあ?こっちは客なんだから、いいじゃねえかよ。」
「お体を触る行為はセクハラになるので、ご遠慮いただきたいのです。」
「じゃあ聞くけどよ、さっきのガキはキスしたよなあ?ハグもしたよなあ?何で俺がダメなのか言ってみろよ。」
「大人の男性の方はご遠慮いただいているのです。」
「テメーじゃ、話しにならねえ。責任者を呼んで来い。マジで気分が悪い。」
男性は面白くない顔をして、真奈美に対して容赦なくクレームを出していました。
真奈美は一人では対応しきれなくなり、無線で警備と踊場さんを呼びました。
「ただいま、警備と代表を呼びましたので、お待ちいただけますか?」
「代表はわかるけど、なんで警備がくるんだ?」
「お客様がキャストにセクハラをされましたので。」
数分後、警備員と踊場さんがやってきました。
「お客様、先ほど付き添いの者から伺いましたが、何やらキャストにセクハラをされたみたいですが。」
「ここはガキがよくて、大人がダメな理由があるのかよ。」
「お客様、ここでは他のお客様のご迷惑となります。詳しい話をしたいので、一度キャストの控室にお越し頂けますか?」
警備と踊場さん、私と真奈美、男性客の5人はテントの中に入ってお話をすることにしました。
「猿田、すまないがお面を外してくれないか?」
私がお面を外したあと、男性客にされたことをすべて話しました。
「なるほど、こんなことがあったんだね。お客様、キャストへのスキンシップはお子様のみとさせております。」
「そんなことは入口にもホームページにも、案内状にも書いてないじゃないか!」
「説明不足はこちらのミスです。しかし、キャストへのセクハラは原則的に禁止になっています。当劇団のキャストはホステスでも風俗嬢でもありません。もし、女性のお体を触りたいのでしたら、風俗店かキャバクラへ足を運ばれてください。私たちのお仕事は子供たちに夢を与えることなのです。なお、今回お客様がされたことが原因で、当劇団のキャストが今後の業務に支障をきたすようなことがあれば、弁護士を通して賠償を支払っていただくこともございます。」
今まで粋がっていた男性客は急に静かになってしまいました。
「子供はよくて、大人がダメな理由が分かりません。」
「子供のはただのスキンシップ、しかし大人が同じようなことをされると、犯罪になってしまうのです。うちの猿田もお客様から体を触られたと言っているし、申し訳ありませんが今回は警察に被害届を出させていただきます。」
踊場さんはスマホを取り出して警察を呼び、その十数分後には男性客は警察に連れていかれました。
「ご迷惑をおかけいたしました。」
「大丈夫か。」
「はい。」
「猿田、お前がアテンドで、金田がプリティ孫悟空をやれ。」
その後、私と真奈美が入れ替わり、会場でのグリーティングは順調に進んで行きました。
夕方になり、最後のお客さんを見送ったあと、あとは着替えて帰ることになりました。
帰りのマイクロバスの中で私は踊場さんに「今回のトラブルが原因で衣装とお面を脱いでしまったから、後日スタジオでプリティ孫悟空の姿で撮影をしたいのですが。」とお願いをしたら、素直に引き受けてくれました。
次の日、私が着替えて撮影スタジオに向かおうとしたら、玄関で菓子折りを持ったストライプの入った紺色のスーツ姿の男性がやってきました。
私はとっさにお面を外して、お客さんを応接室へ案内しました。
「あの、私先日のイベント会場でこちら様にご迷惑をおかけしました者の父親になります。このたびは息子がお宅の出演者の方に大変失礼なことをされまして、本当に申し訳ありません。」
「いいえ。」
「失礼ですが、こちらのお嬢様が被害に遭われた方ですか?」
男性客の父親と思われる人は私を見るなり、尋ねてきました。
「はい、そうですが・・・。」
「お体は大丈夫ですか?」
「ええ。」
「本当に申し訳ございません。息子はただいま警察から取り調べを受けている最中ですので。」
「そうなんですね。ただいま代表の者をお連れいたします。」
「あ、お待ちください。」
男性客の父親は私を一瞬引き留めました。
「なんですか?」
「これ、つまらないものですが、良かったら皆さんで召し上がってください。」
「ご丁寧にありがとうございます。」
私は菓子折りの入った手提げ袋を給湯室へ置いたあと、更衣室で着替えを済ませ、お茶を用意して踊場さんを応接室へ案内しました。
「失礼します、お連れいたしました。」
「私、ここの代表を務めています踊場と申します。今日はわざわざお越しいただきまして、本当にありがとうございます。」
踊場さんは男性客の父親に名刺を渡しました。
「名刺までご丁寧にありがとうございます。」
「大変失礼なことをお伺いしますが、息子さんは小さなお子さんが見られるような作品がお好きなのですか?」
「はい。始めはテレビで放送されているものを録画して見ていただけなのですが、いつの間にか部屋にはグッズやおもちゃ、ポスター、そして衣装までが置かれるようになったのです。私が現実に目を向けてもらうよう言ったのですが、なかなか聞いてもらえませんでした。」
「そうなんですね。」
「今回、お宅の出演者の方に失礼と申しますか、いわゆるセクハラの行為をされたのは、おそらく人形に接する感覚だと思われます。」
「人形だと思われるなら、なぜ胸やお尻を触ってきたのですか?明らかに中の人が若い女性であることを承知のうえで、された行為にしか思えません。」
「私もこの点に関しましては、本人でないと分かりません。」
男性客の父親は申し訳なさそうな顔をして、下を向きながら言いました。
「このようなことは、できたら言いたくはなかったのですが、私どものお仕事は小さな子供たちに夢や思い出を与えることなんです。今回のショーやグリーティングに大人の男性だけがお越しになられるのは、イレギュラーなケースだと思っています。」
「おっしゃる通りです。」
「もう一つ、これを機にはっきり申し上げます。会場でキャラクターの衣装を着てお面を被られていても、中の人はどこにでもいる普通の若い女性です。見知らぬ大人の男性に体を触られたら、悲鳴も上げます。しかし、彼女たちは何があっても、お面を被っている以上は声を出すことは禁じられているのです。当然お面ですから、表情を変えることもできません。それを承知した上でされているなら、今回の件は決して許すことができません。」
「本当にその通りだと思っております。」
「それと、ご存知かどうか分かりませんが、うちのお面はお店で売っているものと大変異なり、視野が小さく、視界が大変狭くなっています。ですからグリーティングと言いまして、会場の子供たちと直接触れ合う際には、接触事故を防ぐためにアテンドと呼ばれる付き添いの者が必要となるのです。私が説明するよりも、直接見て頂いた方がきっと分かりやすいかもしれませんので、よかったらご覧になってください。」
踊場さんは私に倉庫からプリティ孫悟空のお面を持ってくるよう言いました。
「持ってきました。」
「ありがとう。」
「お父さんにご覧になっていただきたいのですが、これが実際現場で彼女たちが使われているお面です。瞳の上に小さな穴があいてありますが、見えますでしょうか?」
「はい。」
「彼女たちはこの小さな穴から覗き込むような感じで見ているのです。よかったら被ってみますか?」
「いいえ、ご遠慮させて頂きます。」
「実際狭い視野で動いているわけですから、周りがどんな行動をとられるのか予測が出来ないのです。もう一度申し上げます。私どものキャストは人形ではなく、普通の人間です。体を触られたら悲鳴だってあげます。しかし、お面を被っていれば声も出せない、表情も変えられない、非常に不自由な思いをさせられます。あえて許されるのはジェスチャーだけなのです。今回のようなケースで過去にキャストが退団をされたり、精神的な病に侵され、長期間お休みに入られた人もいました。当然、ご本人様には弁護士を通して損害賠償を請求したこともありました。」
「そう言った事例もあったのですね。まことに申し訳ありません。」
「こうして、わざわざ謝りに来て頂いて、本当ありがとうございます。」
「いいえ、こちらこそ。猿田さん、本当に申し訳ありませんでした。息子が警察から戻ってきた際にはきちんと言い聞かせておきますので。それでは失礼します。」
男性客の父親は深くお辞儀をしていなくなりました。
Lesson7 レッツミュージカル&写真撮影
グリーティングのトラブルから数か月が経ち、季節は夏から秋へと変わっていき、外では「秋の芸術祭」や「学園祭」のポスターが張られるのを見かけるようになってきました。
劇団秘密の隠れ家でも、イベントを企画していて、なんとプリティ西遊記のミュージカルを開くことになりました。
場所も遊園地や住宅展示場のように特設会場ではなく、八王子市内の市民ホールで行うことにしました。
踊場さんが声優さんに声の吹込みの依頼をかけている時、私たちも本番に向けて、猛練習となりました。
「ワンツー、ワンツー。猿田さんと桃山さん、テンポがずれている。」
ダンス担当の蜂谷さんは鬼のような顔をして手を叩いていました。
休憩に入り、私と郁子は息切れをしながら壁にもたれかかり、ペットボトルの水を飲み始めました。
「今日の練習、きつくない?」
郁子はハアハアと息を切らせながら、私に話しかけてきました。
「ちょっとね。私も付いていくだけで精一杯だよ。」
「だよね。」
「しかもミュージカルだから、それに歌やセリフも入るわけじゃん。」
「普通のミュージカルと違って、お面を被る分、マシだと思えばいいよ。」
「そうだね、お面を被るってことは歌とセリフが免除になるんだよね。」
「でも、声は出せないけどね。」
私と郁子は笑いながら冗談を言っていました。
休憩が終わると、今度はエンディングのダンスの練習もやったのですが、前半にやったオープニングのダンスの練習で体力の半分以上が消耗しきってしまい、なんとか踊り切れたって感じでした。
その日も帰宅時間が夜の8時近くになってしまい、ヘロヘロの状態で玄関に入り、何もせず布団に入ってしまいました。
目が覚めたころは、すでに太陽が昇っていたので、私は軽くシャワーを浴びてから劇団の事務所へ向かいました。
その日は声優さんの声に合わせて演技をする練習でしたので、これに関してはショーで何度か経験してあるので、問題なくこなすことができました。
しかし、時間が経つにつれて体力が消耗し、セリフと演技のずれが発生するなどのミスが目立ち、蟹村さんからの雷が飛んでくる始末。
「お前たちに言っておく。いつものショーだと思って、なめてかかったら痛い目に逢うぞ。」
蟹村さんの顔つきは、まるで秋田にいるナマハゲそのものでした。
10分間の休憩のあと、再びお面を被った地獄の稽古が始まったのですが、休憩前よりも体力の消耗が激しくなり、セリフに合わせながらの演技が鈍くなってきました。
練習が終わったころには汗だくになり、体を動かせる気力もなくなっていたので、水を飲んで一休みをしていたら、社長の踊場さんが差し入れを持ってやってきました。
「踊場さん、お疲れ様です。」
「みんなもお疲れさま。よかったら食べてくれないか?」
「ありがとうございます。」
箱の中には人数分のどら焼きが入っていました。食べ終えたあと、踊場さんは私たちの体力を吸い上げるような発言をしてきました。
それはプリティ西遊記の写真集を会場で売ると言う企画でした。
「急で申し訳ないが、ミュージカルのあと会場で物品販売を行おうと思っている。当初はいろんなグッズを売るつもりだったが、今回は写真集のみとさせてもらった。本来なら写真は過去のショーで撮影したものだけにしたかったのだが、これだと足りないからスタジオで何枚か撮ろうと思っている。練習で忙しいのはわかっているが、どうか頼む。」
踊場さんは私たちの前で軽く頭を下げました。
その日から練習に加え、スタジオでの写真撮影も発生しました。
帰宅後の夜も食事もしないで寝ているので、いつの間にか体重が落ちてしまい、ギリギリだった衣装サイズもちょうどよくなっていたので、私は正直びっくりしました。
本番数日前にはステージの上での通しの練習もありました。
当日にはなんと、オープニングの主題歌を歌う根府川マリアさんとエンディングの主題歌を歌う鴨宮ユリさんが見えると聞いたので、私のテンションはうなぎ上り状態でした。
もう一つ驚いたのは、当日はなんと声優さんが生でしゃべってくれることでした。
本番前日になり、出来上がった写真集のサンプルを配られ、練習が終わったあと、ページをパラパラとめくって眺めてみたら、とてもきれいに写っていたので気に入りました。
「これを実際に会場で売ってもらうことにする。スタッフが会計をし、君たちが子供たちに渡す形となる。だから、舞台が終わっても決して着替えないように。あと言わなくてもわかっているが、くれぐれも声は出さずに、返事はジェスチャーで行うこと。それともう一つ、今回のお客さんは前回の猿田さんの一件を考慮し、7歳までの親子連れのみとさせてもらった。ここまでで質問のある人はいるか?」
しかし、誰も手を挙げる人がいなかったので、踊場さんからの説明が終わり、私はお客さんが親子連れのみと聞いて、少しだけ安心しました。
帰宅して食事を済ませたあと、寝る前に写真集を眺めていましたが、中には本当に自分なのかと疑いたくなるような写真もありました。
そして迎えた本番です。
会場にはすでに親子連れのお客さんでいっぱいでした。
ロビーを見渡すと、プリティ西遊記のコスプレをした子供もいました。
「ねえねえ、郁子。プリティ猪八戒のコスプレをした女の子、可愛いね。」
「うん、可愛い!」
「衣装、お母さんに作ってもらったのかなあ?」
「さあ?」
「写真、撮らせてもらおうか。」
「いいけどさ、大丈夫かな。」
「いいんじゃない?本番まで時間があるし。」
「そうじゃなくて、親御さんが許可するかどうかだよ。」
「たぶん大丈夫じゃない?」
私はプリティ猪八戒のコスプレをした親子連れに近寄りました。
「あの、突然で本当に申し訳ありません。よろしかったら、こちらのお嬢さんの写真を撮らせていただいてもよろしいですか?すぐに終わりますので。」
「ええ、どうぞ。さゆり、こちらのお姉ちゃんたちが写真を撮りたいって言うけど、どうする?」
女の子は一瞬考えたあと、「いいよ。」と一言返事をしました。
「ありがとう。」
私はスマホを取り出して何枚か撮りました。
「ねえねえ、お姉ちゃんもいい?」
今度は郁子までが便乗して撮りました。
「ありがとうございました。」
私と郁子は母親にお辞儀をして楽屋へと向かい、着替えを済ませたあと、根府川マリアさんと鴨宮ユリさんに挨拶をしました。
お面を被った直後、舞台裏で踊場さんから本番前の最後の打ち合わせを済ませて、スタンバイに入りました。
「もうじき本番だ、会場にはたくさんの子供たちが待っている。今日は子供たちと一緒にめいいっぱい楽しんできてくれ。」
「はい!」
オープニングの音楽とともに幕が上がり、根府川マリアさんと一緒にオープニングのダンスをするところから始まり、会場のみんなは一緒に歌って盛り上がってくれました。
前半が終わって、楽屋でお面を外し、水を飲みながら一休みをしていた時でした。
ドアをノックする音が聞こえて、私は「どなたですか?」と聞いたら、ドアの向こうで「踊場です。」と返事が来ました。
「お疲れ様です。」
「みんなもお疲れさま。とても素晴らしい演技だったわよ。」
「ありがとうございます。」
「これ、よかったら食べてくれる?」
「なんですか?」
「お弁当。みんなの分なんだけど。」
「ごちそうさまです。」
「じゃあ、後半も頑張ってね。」
踊場さんはそう言い残していなくなりました。
お弁当のふたを開けてみると、豪華な食材がたくさん入っていて、それをペットボトルのお茶を飲みながら食べ終えました。
「美味しかった。」
私はそう言い残したあと、ビニール袋にお弁当の空容器を入れました。
「郁子、後半が始まるから、そろそろステージに向かうよ。」
私たちはお面を被ってステージに向かいました。
後半は鴨宮ユリさんの歌に合わせてダンスをするところから始まり、演技の途中で会場の子供をゲストとしてステージに呼びました。
「金角、こう毎回プリティ西遊記にやられているのも面白くないから、会場にいるお友達を人質にしておびき寄せるのはどうですか?」
「素晴らしいアイディアね。よし銀角、これから客席にいる元気なお友達を誰でもいいから、さらっておいで。」
「了解!」
銀角はスタッフと一緒に客席の中央に向かい、プリティ猪八戒のコスプレをした子供をさらってきました。
「金角、このお友達、プリティ猪八戒の格好をしていますわよ。」
「猪八戒が送り出した刺客の可能性も高いわね。」
「だとすると、早めに始末しておかないと。お前たち、このお友達を檻に閉じ込めてしまいな。」
手下役がプリティ猪八戒のコスプレをした女の子を檻に閉じ込めました。
例のごとく手下役は「大丈夫、怖くないからね。すぐ出してあげるから、少しだけ我慢してね。」と耳元で優しく小さい声で言いました。
「ねえ、お嬢ちゃん。ここから出してほしい?」
金角はゆっくりと忍び寄ってプリティ猪八戒のコスプレをした女の子の顎を触りました。
女の子は震えながら、首を縦に振りました。
「なら、大きい声で『プリティ西遊記、助けてー!』と言ってごらんなさい。」
金角はポケットからピンマイクを取り出して女の子に向けて、「助けてー!」と言わせました。
女の子がマイクで叫んだとたん、私たちの出番が来ました。
「今、私たちを呼んだのは誰?」
私たちはステージの中央から出て、金角と銀角と戦いました。
「金角と銀角、恥を知りなさい!こんな小さなお友達をさらって、いったい何が目的なの?」
「それはお前たちを倒すために決まっているじゃない。」
私たちはBGMと声優さんの声に合わせて戦って、金角と銀角を倒しました。
「おのれ、覚えてらっしゃい。」
金角と銀角がいなくなったあと、私たちは子供を檻から出してスタッフと一緒に客席まで案内しました。
「ご協力ありがとうございました。こちら粗品ですので、よかったら受け取ってください。」
私はプリティ西遊記のポスターを子供に渡したあと、軽く頭を撫でて手を振って、ステージに戻りました。
最後にみんなでエンディングのダンスをしたあと、司会から物品販売の案内があり、私たちは楽屋に戻らず、ロビーへと向かいました。
早速大量の写真集を折りたたみテーブルに載せて、売り始めました。
プリティ孫悟空、プリティ猪八戒、プリティ沙悟浄のブースに分かれましたが、ダントツ私が一番人気でしたので、私は猪八戒と沙悟浄のブースから写真集を少し受け取り、売っていきました。
写真集を子供たちに渡すとき、私たちは両手で優しく握手して頭を軽く撫でるようにしています。
結局全部売り切れず、売れ残った写真集は事務所へ持ち帰ることにしました。
楽屋で着替えを済ませて、マイクロバスに乗ったあと、私はすぐに爆睡してしまい、目が覚めたころには事務所ではなく、鶴川駅に着いていました。
「あれ、事務所ではないのですか?」
「疲れているんだろ?そのまま帰って休んでろ。」
蟹村さんは私を降ろして、ドアを閉めようとした時でした。
「私も降ります。」
直美も降りようとしたが、蟹村さんが「お前は玉川学園前だろ。だから、そのまま乗っていろ。」と言ったので、その日は一人で降りてスーパーで食事の買い物をして、そのまま家に戻りました。
今日の子供たち、みんな可愛かったなあ。
またこうやって触れ合う機会があればいいんだけど。
最初のうちは少し興奮していたのが、いつの間にか疲れが出てしまい、そのまま眠ってしまいました。
Lesson8 レッツ里帰り&打ち上げ
12月に入り、街ではクリスマスやお正月の準備で忙しくなり、近所のスーパーではおせち料理やクリスマスケーキの予約販売の案内のチラシが貼られていました。
劇団でもクリスマスイベントの企画が出されていましたが、私は思い切って踊場さんに里帰りついでに私の実家の旅館でショーが出来ないか持ち掛けてみました。
「里帰りついでにショーをね。」
「年末年始にお客さんがたくさん来ると思うので、簡単なショーとグリーティングをやりたいと思っているのです。その時に父か母をゲストでステージに上がらせたいと思っているのですが、だめでしょうか?」
「ダメではないが、君のご両親はOKしてくれるのか?」
「たぶん大丈夫だと思います。」
「『たぶん』じゃダメだろ。きちんと話し合ってきなさい。」
私は踊場さんに言われるままに実家に電話して、父さんと母さんに交渉にあたることにしましたので、廊下に出て母さんの携帯につなげてみましたが、いくら呼んでも出てくれませんでしたので、旅館の固定電話につなげることにしました。
「お電話ありがとうございます。、こちら下呂温泉もみじ屋でございます。」
電話に出たのは中居頭の米田さんでした。
「お久しぶりです。私、真理子です。父か母に代わっていただきたいのですが・・・。」
「この声は真理子お嬢様?お久しぶりです、お元気でしたか?」
「はい。」
「今、女将に代わりますね。」
米田さんは電話の保留音を流して母さんに代わりました。
「もしもし真理子、どうしたの?」
「忙しいところ、本当に申し訳ないんだけど、実は折り入って相談があるの。」
「どうしたの?もしかしてお金に困っているの?それとも今入っている劇団をやめたくなったの?」
「実はお正月にうちの旅館でショーをやってみたいと思うんだけど・・・・、ダメかな。」
「うちはお正月が一番の書き入れ時なのを知ったうえで、こんな話を持ち込んだわけ?」
「お客さんがたくさんいるから、温泉に入ったついでに私たちのショーを楽しんでもらおうと思っているの。お正月だから親子連れもたくさん見えてくるだろうし・・・。」
「わかりました。この件に関してはお父さんにもきちんと話しておきます。その前に社長と代わってほしいんだけど。」
「わかりました。」
私はすぐに踊場さんに代わりました。
「もしもし、お電話変わりました社長の踊場です。娘さんにはいつもお世話になっています。」
「いいえ、こちらこそ。娘がこちらにご迷惑をおかけしていませんか?」
「とんでもございません。娘さん、お客さんにとても大人気なんですよ。」
「そうなんですね。」
「実は、先ほど娘さんからもうかがったかと思いますが、お正月にお宅の旅館で是非ショーをやらせて頂きたいと思うのです。」
「そうさせたいのはやまやまですが、一度主人と話し合ったうえで返事をさせて頂きたいと思いますので・・・。よろしかったら、お宅の劇団の電話番号をちょうだいしてもよろしいですか?」
「では番号を申し上げますね。042-×××-××××です。」
「ありがとうございます。042-×××-××××で間違いありませんよね?」
「はい。」
「お名前をちょうだいしてもよろしいですか?」
「私は社長の踊場弘美と申します。」
「それでは後ほど踊場さんあてにお電話をさせて頂きます。それでは失礼します。」
母さんが電話を切ったあと、踊場さんは私に携帯を返しました。
「のちど、君のお母さんから私宛の電話が来る。そしたら教えてくれないか。」
「わかりました。」
踊場さんは、そう言い残していなくなりました。
その数分後の出来事です。
事務所の固定電話が鳴り、女性の事務員が電話をとりました。
「はい、こちら劇団秘密の隠れ家です。」
「私、猿田真理子の母でございます。娘がいつもお世話になっております。」
「こちらこそ、お世話になっています。娘さんに代わればよろしいのですか?」
「いいえ、社長の踊場さんに代わっていただけますでしょうか。」
「少々お待ちください。」
女性の事務員は内線電話で社長室につなげて、私の母さんと話しました。
「もしもし、お電話代わりました。社長の踊場です。」
「先ほどのショーの件で主人と話しましたら、年明けの1月3日の夜でしたら可能だとおっしゃっていました。」
「1月3日の夜ですね。」
「ちなみにお部屋はどれくらい必要とされますか?」
「私とコーチとスタッフは近くのビジネスホテルで泊まる予定でいます。出演者7人分の部屋を確保していただきたいのです。」
「大部屋を一部屋もしくは、4人部屋を二部屋確保するようにいたします。」
「お正月で一番忙しい時に無理を言って、本当にすみません。」
「いいえ、こちらこそ。」
「それでは前日の2日にお邪魔しますので、よろしくお願いいたします。」
その日から、正月に向けて稽古付けの日々が始まりました。
ダンス担当の蜂谷さんも演技担当の蟹村さんもナマハゲのような顔になって私たちを指導していきました。
少しでもミスをすると雷が飛ぶ始末でした。
冬だと言うのに稽古が終わると、毎日汗だくになっていました。
そして迎えた当日、朝8時ごろ集合し、踊場さんがみんなの点呼をとり、確認し終えたあと白のワンボックスカー数台に分けて、私たちを乗せて岐阜まで向かいました。
高速道路を走りだして1時間半が経ち、最初の双葉の休憩場所でトイレや買い物などを済ませました。
私が自販機で買ったペットボトルのコーン茶が珍しいのか、郁子は私が飲んでいるのをジロジロと見ていました。
「何飲んでいるの?」
「コーン茶。」
「美味しい?」
「うん、さっぱりして飲みやすいよ。奥の自販機で買ったから。」
「私も買ってくる。」
郁子も真似してコーン茶を飲み始めました。
「結構さっぱりしているね。」
私と郁子はトイレが近くなるのを警戒して途中で飲むのをやめて、再びトイレを済ませ、車に乗りました。
数時間後には2回目の駒ヶ岳の休憩場所に立ち寄り、売店でパンやおにぎりを買って軽く食事を済ませてから再び車を走らせました。
実家に着いたのは夕方過ぎになり、辺りは真暗でした。
最初に言い出した一言は「ただいまー。」でした。
「お嬢様、お帰りなさい。」
玄関で数人の中居さんたちが私たちを出迎えてくれました。
「あの、お母さんを呼んでもらえますか?」
「ちょっとだけ待ってもらえます?」
数分経って、お母さんがやってきました。
「おかえり。」
「ただいま、お母さん。今日はお仕事の仲間を連れてきたよ。」
「娘がいつもお世話になっています。」
「いいえ、こちらこそ。これつまらないものですが、良かったら召し上がってください。それと、これは私の名刺となります。」
「まあ、これはどうもご丁寧に。」
踊場さんは菓子折りと一緒に名刺を差し出しました。
「お母さん、これよかったら受け取ってもらえる?」
「何?」
「劇団の写真集。」
「ありがとう。あとで見させてもらうね。あ、社長さん、お部屋の件で主人と話したら旧館の方で、全員分のお部屋が確保が出来たと言っていましたので、そちらでくつろいでください。」
「お気遣いありがとうございます。」
「真理子は自分の部屋で休んでくれる?」
「はーい。」
私は自宅の部屋に荷物を置いたあと、すぐに旧館にある踊場さんがいる部屋に向かい、明日の打ち合わせを始めました。
「明日のショーではここの女将さん、すなわち猿田さんのお母さんにゲスト出演をしてもらう。先ほど話を持ち掛けたら、こころよく引き受けてくれた。シナリオでは牛魔女が金角と銀角に客席から猿田さんのお母さんをステージまで誘導するようになっている。プリティ西遊記のメンバーが来るまでは、用意した檻に入ってもらうって形にする。プリティ西遊記の出番になったら戦闘シーンになって金角と銀角は倒される。そして、猿田さんのお母さんを解放してあげて客席まで戻す。その時、注意があるんだけど、さらうときも開放するときも感謝する意味で、きちんとお辞儀をすること。仮にもみんなよりも年上の方なので、その辺は注意をすること。」
踊場さんが注意事項を言ったあと、みんなは「わかりました」と返事をしました。
次の日、夕食のあと旧館の部屋で着替えを済ませて、アテンドと一緒に新館の大広間へと向かいました。
中に入ると椅子が等間隔に並べられていて、その奥にはステージが設けられていました。
最初に司会の挨拶から始まりました。
「もみじ屋にお越しの皆さーん、あけましておめでとうございまーす!」
司会の呼びかけに対し数人しか挨拶していませんでした。
「あれれ、元気がないですね。ちゃんとお料理を食べて、温泉に入りましたかー?では、もう一度行きますね。」
「あけましておめでとうございまーす!」
「おめでとうございま-す!」
「今度は全員の元気なお返事が聞こえて何よりです。今日はこの下呂温泉もみじ屋さんに皆さんがびっくりするゲストが来ています。旅館に来ている小さなお友達はわかるかと思いますが、なんとプリティ西遊記が見えているのです。では皆さん、大声で呼びましょう。」
そのとたん、牛魔女一味が登場するBGMが流れ始め、牛魔女と金角と銀角が現れ、ステージに立ちました。
「フフフフ、残念だったわね。いくら呼んでも来ないわよ。この旅館にくる途中、私どもがプリティ西遊記の一味を始末しておいたから。」
「牛魔女様、ここの旅館の料理といい、温泉といい、本当に最高でしたね。ここにいる愚民どもが利用するのはもったいないです。」
「確かにそうだな。銀角、お前も金角と同じか?」
「もちろんです、牛魔女様。私に提案がありますが、ここにいる愚民どもを排除して、料理人と女将を私たちの専属にするのはどうですか?」
「銀角、お前にしてはなかなかいい知恵を持っているな。よし、ここの女将をさらってこい。」
金角と銀閣はお母さんのところへ行って、軽く一礼をして優しく手を引いてステージに向かいました。
「牛魔女様、ここの女将を連れてきました。」
「ご苦労であった。どれどれ、なかなかよさそうな女将ではないか。まずは女将を奥の檻へ閉じ込めろ。」
金角と銀角はお母さんをステージ奥にある檻に入れて、軽くお辞儀をしました。
「さて、次に厨房へ行って料理人をさらってくるとしようか。」
「そうですわね。」
「あら、大変。女将さんが檻に閉じ込められただけでなく、今度は厨房へ行って料理人たちをさらってくるそうです。お友達のみんな、大きい声でプリティ西遊記と叫びましょう!」
客席の子供たちは元気よく「プリティ西遊記ー!」と大きい声で叫びました。
すると、「みんなー、私たちのこと呼んだー?」とプリティ西遊記の登場のBGMとともに、私たちはステージの中央まで向かいました。
「プリティ西遊記、私たちに倒されたのでは?」
「この程度の攻撃で私たちが倒されると思ったの?今日は下呂温泉に来ているお客さんから、たーくさん元気をもらったから無敵だよ。」
「おのれ、プリティ西遊記め。始末してやる!金角、銀角、やっちまいな!」
BGMが流れて私たちは戦闘シーンに入りました。
「おーっとプリティ西遊記がピンチになりました。みなさん大きな声で『プリティ西遊記、がんばれー!』と叫びましょう!」
客席からは「プリティ西遊記、がんばれー!」の叫び声が聞こえてきました。
私たちは立ち上がって、牛魔女一味を倒しました。
「おのれ、覚えてらっしゃい。次来るときまで、ここの温泉と料理はあなたたちに預けておくわ。」
そう言い残していなくなりました。
私は檻に行って、お母さんを出して客席に戻し、軽く一礼をしていなくなろうとした瞬間でした。
母さんは耳元で「とても素晴らしい演技だったわ。ありがとう。」と言ってきたので、私はうれしくなって思わず母さんを強く抱いたら、「お客さんがいるから、ほどほどにしなさい。」と注意されました。
私たちがステージに戻り、エンディングのダンスをしたあと、司会が出てきて「これにて、プリティ西遊記のショーを終わりにします。プリティ西遊記の皆さんと牛魔女、金角、銀角、そしてショーに協力しくれた女将さんに盛大な拍手をどうぞ。」
客席から盛大な拍手をもらい、私たちは部屋に戻る前に母さんに一礼をしました。
旧館の部屋で着替えを済ませたあと、私たちはショーをやった部屋に戻ったら、そこには両親のご厚意でテーブルいっぱいに料理と飲み物が用意されていました。
テーブルに着くなり、踊場さんの挨拶が始まりました。
「今日は本当にお疲れさまでした。みなさんのおかげでショーは無事終了が出来ました。テーブルにあります料理と飲み物は猿田さんのご両親のご厚意でございます。」
みんなは大きな拍手をしました。
「また今回の打ち上げの席には、ゲストで出演して頂きましたここの女将である、猿田さんのお母さんにも同席していただくことになりました。それでは乾杯に入らせて頂きます。みなさん、今日のショーの成功に乾杯!」
一斉に乾杯をしたあと、みんなは目の前の肉や野菜料理を次々と食べ始めていきました。
「お母さん、今日はありがとう。」
「あなたの演技もとても素晴らしかったわ。それより将来どうするの?」
「私はこれからもお面を被って、子供たちに夢や思い出を与えようと思っている。」
「それが、あなたの夢なんだね。」
母さんは少しため息交じりに呟きました。
「お母さん、ため息なんかついてどうしたの?」
「ううん、なんでもない。」
母さんは何か言いたそうな顔をしていましたが、私はこれ以上問い詰めることはしませんでした。
「お母さん、このあと仕事が残っているから戻るね。真理子もしっかり頑張りなさいよ。」
母さんはみんなの前で一言挨拶をしたあと、いなくなってしまいました。
私としてはもう少しお話をしたかったのですが、忙しそうだったので我慢しました。
ジュースの入ったコップを持ってぼんやりしていたら、郁子がビンゴゲームのカードを持ってやってきました。
「踊場さんがビンゴゲームを始めるから来てほしいって。」
「わかった、今行く。」
私は郁子からビンゴゲームのカードを受け取って踊場さんのところへ向かいました。
踊場さんはタブレット端末を取り出して、番号を読み上げていきました。
みんなは「あった」とか「ない」など声を出しながらカードとにらめっこをしていきました。
私が最初にリーチになり、それと同時に緊張が走り出しました。
踊場さんが、「22番」と言ったとたん、私は「あった、ビンゴ!」と大声で叫びました。
私がもらったのは、なんと全国のデパートで使える2万円分の商品券でした。
「真理子、やったじゃん。これで何を買うの?」
「これ、お母さんにあげようと思っているの。」
「おお!立派な親孝行じゃん。」
郁子はびっくりした表情を見せていました。
そのあと郁子もビンゴになり、1万円分の商品券をもらいました。
「郁子はこの商品券をどうするの?」
「私も実家のお母さんに渡そうと思っているの。実を言うとね、一度休みをもらって実家へ帰ろうと思っているんだよ。」
「郁子の実家って、金沢のお土産物屋さんだよね。」
「うん。」
「いつも観光客を相手に忙しそうだから、休みの日にこの商品券を使って欲しいものを買ってもらおうかなって思っているの。」
「いいじゃない、そうしちゃいなよ。それでいつ帰るの?」
「まだ分からない。いきなり帰っても迷惑すると思うから、いちど日程調整してからにするよ。」
「そうなんだ。」
私と郁子が話に夢中になっていたら、いつの間にかビンゴゲームは終わっていて、余った料理は使い捨てタッパーに詰めて持ち帰ることにしました。
みんなと別れたあと、私は自宅の部屋に戻って、パジャマに着替えて寝ることにしました。
なんだかいろんなことがありすぎて、その日だけは満足に眠れませんでした。
カーディガンを羽織って、そっと窓を開けてみたら外は雪が降っていたので、どおりで寒いと感じました。
私は窓を閉めて布団にもぐって、そのまま眠ってしまいました。
翌朝、私たちは荷物をまとめて帰る準備をしました。
「大変お世話になりました。」
「いいえ、こちらこそ楽しいショーに参加させてもらってありがとうございました。これからも娘の真理子をよろしくお願いします。」
母さんはみんなに一言挨拶をしました。
「お母さん、これ昨日ビンゴゲームで当たった商品券。よかったら使って。」
「ありがとう、大事に使わせてもらうね。」
「それでは、失礼します。」
車は雪の中をゆっくり走らせて、東京方面へと向かいました。
おわり
みなさん、こんにちは。
いつも最後まで読んで頂いて、本当にありがとうございます。
今回初めてキャラクターショーのお話を書かせて頂きました。
主人公はキャラクターショーを通して小さな子供たちと仲良くしていきましたが、それと同時に非常識な大人の相手までさせられることになりました。
みなさんは、キャラクターショーではどんな思い出がありましたか?
当時私は5歳で、何もしゃべらない動物の着ぐるみに対して恐怖を覚えてしまい、近寄ろうとしませんでした。
大人になった今、着ぐるみの経験をさせて頂きましたが、お面の視界は悪く、歩きづらくて慣れるまで時間がかかりました。
実際に体験してわかったことは、お仕事でお面を被っていらっしゃる人は毎日本当に大変な思いをされているんだなと感じました。
最後になりますが、この作品へのご意見、ご感想をお待ちしております。
それではみなさん、次回の作品でまたお会いしましょう。