秘伝:仇討ち誓いし鬼子
目的を果たした桃太郎。彼はそのまま鬼ヶ島の領主となった。
温羅の最後の言葉に報いる為に。
遺された鬼の子ら全ての面倒を引き受けた。
「劣生が命ずる。お前がこの鬼の子らの新しい首領である」
「……オレが? ……いえ、私がでございましょうか?」
桃太郎はとある鬼の子を纏め役に任命した。生活の安泰は桃太郎が請け負うが、未だ物心付いていない赤子や分別がない幼子の親や兄姉の立場が要ると判断しての任命。
温羅の子もまだ幼いが、それでも残された鬼の子の中では一番分別が有った。……そして何よりも、残された鬼の中で最も強かった。
それこそ、親である温羅に次ぐほどに強い鬼であった。
「お前は鬼の首魁である温羅の子。……まさか出来ぬとは言わぬな」
「……はっ。その命しかと仰せつかりました」
「善し」
桃太郎は膝を着いて深く頭を下げる温羅の子へ、自らの背に立て掛けていた金棒を掴み取ると差し出す。
「受け取れ。お前の親が使っていた業物である」
「……宜しいのですか?」
「構わぬ」
温羅の子は金棒“酒水血泉”を恭しく受け取る。この鬼ヶ島でこの金棒を扱えるのは今と昔を合わせても、温羅と桃太郎……そしてこの鬼の子のみである。
「……桃太郎様。この金棒で私が貴方に襲い掛かると思わないので?」
「面白いことを言う、外道丸」
外道丸とはこの鬼の子の名である。温羅が名付けた。
桃太郎は外道丸へ微笑み掛ける。
「劣生がお前達鬼の子らの面倒を見るに当たり、初めに言ったことを覚えているか?」
「……はい。覚えています」
「なればその機会は、お前が裳を着られるようになった時まで取っておけ」
「…………」
「その時にこの劣生の首、好きにするが良い」
桃太郎は言った。鬼の子らを集めて。聞き違えぬよう声も高々に。
―――お前達が正道を歩み、真っ当な大人へと至ったのなら……その時はお前達が抱えている恨み、この身で払おう―――
……犬猿雉が桃太郎にとって初めて見る特性を持つ変態であるなら、逆もまた然り。
お供にとっても桃太郎という者は他に類を見ない変態であった。
正道に狂う変態。桃太郎とはそういう男であった。
だから犬猿雉は付き従う。これまでもこれからも。その先も。
「…………」
外道丸は黙って金棒を肩に担ぐと桃太郎の前から引いていく。
「外道丸」
その小さな背に桃太郎は声を掛ける。
「……まだ何か?」
振り返る外道丸に桃太郎は金棒の柄を見るように指し示す。
「その金棒の柄頭に、消えぬ字で名前が彫られている」
「父の名ですか?」
「否」
桃太郎が次に指し示したのは外道丸であった。
「それはお前の名だ。……温羅がお前が大人に成れば金棒を授けると共に名乗らせようと考えていた名だ。故に、お前が正しく裳着に至ればその名を名乗れ」
外道丸は金棒を肩から下ろすと柄頭に彫られた自らの名を読む。そして金棒を抱き締める。
幾何かして、金棒から視線を上げた外道丸は桃太郎を睨む。
「……では私はこの名を持って貴方を殺しに来ましょう。―――父の仇、桃太郎」
その火山の煙火の如き熱を孕んだ視線を桃太郎は静かに受け止める。
「うむ。待っているぞ」
「然らばこれにて」
そうして外道丸は新たな名を胸の奥に秘め……桃太郎の前から立ち去った。
一人残された桃太郎は目を瞑り、思い馳せる。
「……オヤジ殿。オフクロ殿。劣生は己が信ずる道を貫いた。……だからこそ、その果ての報いは受けねばならない」
生い立ちがどうであれ、桃太郎が鬼の子らから親を奪ったのは事実。
「彼奴らが正しく育ち、その上で劣生の死を望むなら―――」
その時の桃太郎が浮かべていた表情を知る者は誰もいない。
桃太郎はただ静かに此からを待つ。
その果てを。ただ待ち続ける。
――――――
かくして桃太郎の鬼退治は終わりを告げた。
その活躍は津々浦々にまで語り継がれ、広く後生まで遺り続けた。
……しかし。桃太郎がどのような最期の時を迎えたか誰も知らず。
何不自由ない、めでたしめでたしの幸せな最期を迎えたか。はたまた鬼の復讐を受けて散ったのか。
その有様がこの日ノ本に数多の桃太郎伝説を記すに至る。
これもまた、桃太郎の一つの物語。
―――“桃太郎異聞”……これにて閉幕。