表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/4

後編:決戦鬼ヶ島。そして伝説へ―――

 “鬼”は感情を持つ生物の血肉を貪る存在である。

 恐怖を煽り、追い詰め、絶望させる。そうして剥き出しになった心を無惨に食らう。


 人の生活その裏側……その闇の中でどれだけの犠牲が出たのか。


「―――許すまじ」


 だから桃太郎は激怒した。かの邪知暴虐の鬼共を除かねばならぬと。民草を襲い私利私欲を貪る忌まわしい鬼共を成敗せねばならぬと。


 鬼ヶ島に接岸して上陸した桃太郎一行は憎き敵である鬼の居城、その大門の前で最後の準備をしていた。


「備えは万全か?」


 桃太郎の問いに犬猿雉は大丈夫の旨を伝える。


「なら良し。では―――」


 覚悟完了。


 正面きっての戦闘では人間より優れた鬼。体躯は大きく筋力も並外れている。故に対処方法としては複数人で一体の鬼を相手取り弓・槍などの中遠距離から戦うのが上策である。もし近付かれればその圧倒的な力でねじ伏せられるからだ。


 桃太郎一行手勢四人という超少数。

 取るべき策は闇討ち奇襲からの各個撃破。それが最善。それが常人が取るべき方策。


 ―――しかし桃太郎は違う。


「合戦じゃぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」


 桃太郎の丸太のような足が巨大な大門にぶち当たる。―――ドゴンッッ!!と破城槌が衝突したような轟音を立てて門戸が砕けて吹き飛ぶ。


 ―――桃太郎が取った策、それは……横道不要の正面突撃であった。


 突如として破壊された大門に居城の中に居た鬼達が慌てる。


「何者!?」

「敵襲だ!!」

「出合え出合えぇえい! 不届き者だ!」


 巨躯に角。それが鬼の共通した特徴でありそれ以外は多種多様な見目をしている。そんな恐ろしい鬼共が個々の獲物を掴んで集まってくる。


 大門が破壊されたことによる粉塵が収まる。そして桃太郎一行の姿が鬼共の目に晒される。


「……四人? たったの四人だと!? それでオレ達と戦う気か!?」


 舐められたと思った鬼共は憤る。この目の前の人間をひねり潰させねば気が晴れない……そんな気持ちでいっぱいになった。


「人間! オレ達に楯突いたことを後悔して死ぬがいい!」


 桃太郎に一番近かった鬼の一体が棍棒を振り上げて襲い来る。


「くたばれぇえええいッ!」

「…………」


 唸る棍棒。この一撃は牛の頭部すら容易く砕く。人間の柔な頭部など形も残らないだろう。そんな脅威の一撃を目前にして桃太郎は―――


「阿呆がッッ!!」


 筋肉が(いわお)のように隆起した右腕を使った羅鯉熱屠(ラリアット)で棍棒を粉砕!

 ※(『羅鯉熱屠(ラリアット)』とは、太古の漁師が片手で投網(“羅”は網の意が有る)を引っ張り上げて鯉を捕獲……そのまま凄まじい速さで腕を振り抜いた空中摩擦で熱死させたことに由来する。その一連の動きが武術の鍛錬として後生に伝わりいつしか『羅鯉熱屠(ラリアット)』という一つの技として完成したのは余りにも有名)


 そして桃太郎が繰り出した羅鯉熱屠(ラリアット)は棍棒破壊だけに留まらず、その余波で間抜け面を晒している鬼をぶっ飛ばした!


「ぶげぇえええええっ!?」


 汚い悲鳴を上げて吹き飛んだ鬼はそのまま仲間の鬼を何体も巻き込み……最後には壁にズドンッッ!!と砲弾の如く激突した。


 ……少しの間……鬼共に静寂が広がる。目の前で起きた信じがたい出来事に。

 だが鬼共は直ぐに正気を取り戻すと仲間をヤられた怒りで桃太郎一行に殺到する。


「……なっ……なんじゃそらぁあああああああっ!?」

「てめぇ死んだぞっらぁあああああああ!」

「ぶっ殺せぇええええええええっ!!」


 それが本格的な戦いの狼煙となった。


「忌まわしき鬼よッッ!! お前達が犯した過ちを……お前達の命で清算するッッ!! 者共、かかれぇええええええええいッッ!!」

「御意!」

「応!」

「仰せのままに!」


 桃太郎の号令。犬は牙という名の小太刀を構え、猿は爪という名の鎌を持ち、雉は嘴という名の短槍を携え……共に死地へと踏み込む。


 ―――鬼は強大。素の力でも牛を正面から抑え付けられるほどの怪力。そんな怪物が棍棒や剣などの獲物を持って襲ってくるのだ。只人にとって脅威でしかない。


 しかし付け入る隙が無いではない。

 鬼はその巨体と筋力に比して敏捷性は人と大して変わらぬ。

 つまり鬼と戦う上で重要になるのは、鬼の攻撃を如何に掻い潜って此方の攻撃を与えるかに掛かっている。


 犬猿雉。この三者は性質(せいへき)は違えど似通った能力を有していた。それは―――


「ぬぅ!? ちょこまかと!」

「あ、当たらぬ!?」

「鬱陶しいぞ弱虫共がぁああ!?」


 ―――平均よりも小さな体躯で、常人よりも素早く地を駆けることが可能な“敏捷性”である。


「鈍間め。……それでこの犬の息の根を止めることが出来るとでも思ったか!」


 地を這うような走りで鬼が手脚を動かすよりも疾く牙を叩き込んでいく犬。


「皮一枚も剥げねえぞそれじゃあ! これなら止まってる枝葉の方が手強いぜ!」


 軽業師のような縦横無尽の跳ね回りで鬼を避けて爪で斬り裂いていく猿。


「陰口の必要も無し。身を晒しながら言いましょう…… 独活(どっかつ)大木(たいぼく)蓮木刀(はすぼくとう)


 宙を舞う羽が伸ばす手を擦り抜けるように舞い嘴で刺し貫いていく雉。


 ―――桃太郎の供となった犬猿雉は比類無き武芸者であった。


 盃の代わりにきび団子を交わして誓いを結んだ犬猿雉に、桃太郎はお爺さんから譲り受けた武器を授けていた。

 それが牙・爪・嘴。

 唯一無二の武器を手にした犬猿雉は獅子奮迅の戦働きを積み重ねていく。


「糞っ!? ―――(かしら)だ! 此奴らの頭を討て! そうすれば気勢が折れるぞ!」


 鬼共は狙いを犬猿雉から桃太郎一人に集中しようとします。

 常人より恵まれた体躯を持つ桃太郎。この者なら供のように逃げ回るのは無理であろうと考えての判断。


 鬼共が足りない頭を使って考えた最善手。

 それはこの状況を打開する一手になる……筈であった。


 ―――相手が“あの桃太郎”でなければ。


「なっ!? なんだぁああああ!?」

「止まらねえぞ此奴!?」

「もっと仲間を呼べ!?」


 棍棒が振り下ろされれば受け止め、刃が迫ればいなす。拳が放たれれば叩き落とし、蹴りがくれば押し返す。甲冑の無い部位に爪や歯を立てられようと自前の肉体で弾いていく。


 鬼という尋常ならざる化生の猛攻その全てを、桃太郎は正面からねじ伏せる。

 お爺さんとお婆さんとの修練によって会得した気功による剛体術は生半可な攻撃を全て防ぎ、その硬き拳と脚から繰り出す技は全てを砕く。


「……その程度でッ……この劣生を止められるかぁあアアアアアアアッッ!!」

「ぬわぁああああああああ!?」

「おぅううがっ!?」

「ごぶりんっ!?」

「こぼるとっ!?」


 ちぎっては投げ、ちぎっては投げ……桃太郎は襲い来る鬼共を蹴散らしていきます。

 鎧袖一触。進撃の桃太郎。


 桃太郎の修羅の如し圧倒的な力を前にして鬼共は怖じ気づきます。


「だっ、駄目だぁあああああ!?」

「オレ達じゃ歯が立たねえ! 文字通り!」

「此奴ゲニ人間か!?」


 人を恐怖させる鬼共が逆に恐怖する。鬼共はその恐怖に従って逃げだそうとする―――だが、それ叶わず。


 真っ先に桃太郎から背を向けて逃げ出した鬼の一体が……頭からぺしゃりと潰された。


「!?」


 それを見て逃げようとした鬼共が全て止まる。……そして鬼を素手で圧し潰した者を見て震え上がる。


 鬼共の全てが畏怖する存在。その者が真っ赤な髪を逆立てて言いやる。


「鬼に横道なし! 弱卒不要! 次に背を向けた者がいれば生きたまま釜茹でして食ろうてやるゾ!」


 その者、鬼ヶ島の主。名を温羅(うら)

 日ノ本において初めて数多の鬼を纏め上げ、そして最も強大な勢力を築いた悪鬼である。


 温羅はギョロリと桃太郎を睨むと牙を剥き出しにして言う。


「人間にしては中々やりおる! 名乗れい!」

「劣生の名は桃太郎!」

「桃太郎! 我と戦う勇気は在るかっ!?」

「愚問ッ!!」

「よく言った! ―――では死ねぇえええええいっ!!!」


 桃太郎と温羅の死闘が幕を上げた。


 あれだけ鬼共を一方的に蹴散らしていた桃太郎。だがその武勇を持っても温羅は一筋縄ではいかなかった。

 拳も蹴りも。組み付きも。投げも。その全てが同等であった。


「埒が明かんな桃太郎! ……我の金棒を持ってまいれ!」


 温羅の命令に鬼は「は、ははぁ!」と承ると急いで金棒を運んでくる。

 その金棒、屈強な鬼が十人掛かりで運ばなければならない代物。常人なら百人は要るであろう理外の武器。


「桃太郎! この“酒水(しゅすい)血泉(けっせん)”で血溜まりにして呑み干してやろうゾ!」

「やってみるがいいッ!」


 桃太郎、ここで初めて抜刀。

 共に武器を手にした桃太郎と温羅の戦いは更に苛烈さを増していく。


「うわぁあああああ!?」

「近付くことすら出来ねぇえええええ!?」

「まるで大風(おおかぜ)だあああああ!?」


 地形すらぶっ壊して荒れ狂う両者に、他の戦闘はままならなくなる。鬼共は産まれ立ての子鹿のように地面に這いつくばって嵐をやり過ごそうとする。


「ぅげ、首輪が瓦礫に引っ掛かっ……くぅうん……」

「あー、ふくがとんでったー」

「無様無様! 無様の見本市!」


 犬猿雉も両者の戦いの猛威を満き……耐え忍ぶことしか出来ない。


 激しい戦いの趨勢。それは時と共に傾いていく。


「如何した桃太郎! 最初の勢いは!」

「ぬッ!!」


 凄まじい重量を軽々と振り回す温羅の猛攻に桃太郎は次第に押され始める。そもそもが多勢に無勢。無尽蔵かに思われていた桃太郎の体力も底が見え始めていた。


「お前は只では殺さん! 四肢を捥ぎ、その眼前で先ずは手下から始末してくれよう!」

「ッ!」

「絶望しろ! それがお前の血を芳しい酒に変える! げに愉しみである!」

「……この外道めがぁあアアアアアアアアアアッッ!!」


 ―――桃太郎の刀が金棒を正面から弾き返した!


「何っ!?」


 寸刻ではあるが、己が力を凌駕されたことに温羅は目を剥く。

 そうして生まれた僅かな隙に桃太郎はきび団子を取り出し……食う!


「んんんッ! 日本一のきび団子ッ! 勝負はこれからだ温羅ぁあアアアアアアアアアアッッ!!」

「莫迦な!? 何処からそんな活力が!?」


 きび団子を食べてすっかり元気を取り戻した桃太郎は初めの時よりも更に激しく、大風さえ焼き尽くす劫火の如く攻め立てる。


 戦況は逆転した。復活した桃太郎の前に疲労が蓄積した温羅は敵ではなかった。


「―――ぐわわわぁああああああ!?」


 桃太郎渾身の一撃を食らい、遂に温羅は膝を着いた。


「……ま、まさか……我が……敗れるなぞ……!?」


 温羅にはもう立ち上がる余力も無い。勝敗は決した。


「温羅」


 桃太郎が振り上げた刀の刃に温羅の首が映る。それを目にして温羅は悔しげに顔を顰める。


「……暴れ足りぬ。奪い足りぬ。喰い足りぬ。殺し足りぬ……何もかも足りぬっ!! 口惜しや!! 何も満たされぬままここで朽ちるなど!!」


 鬼の後悔の嘆き。それは悪徳に満ちていた。それを目にした桃太郎は―――


「憐れ。……お前が満たされぬのは与えることを知らぬからだ」

「…………」

「満たされぬ鬼の生。ここで終わらせてやろう」

「……桃太郎……お前は……」


 刃が、向けられる。


「何か言い残せ、温羅。この劣生がそれを抱えてやる」

「…………」


 桃太郎の慈悲。これまで悪辣非道を繰り返した鬼にさえそれは与えられる。

 温羅は桃太郎へ隠しきれない憎しみを込めた瞳を向け……だがしかし、どの腹の内から絞り出したのか温羅自身にさえ知らぬ言葉を吐く。


「……まだ何にも染まっておらぬ鬼の子。……そして……我が子として面倒を見ていた大蛇(おろち)の子。その命だけは赦してくれ」


 温羅は子の助命を願った。

 これまでどれ程多くの他者から奪ってきたのか、まさにどの口が言うのかという願い。だが―――


「その願い。この劣生が聞き届けた」


 桃太郎は受け入れる。


「元よりこの桃太郎ッ! 邪知暴虐で私利私欲を貪る外道の鬼しか眼中に無しッ!」


 刀に力が込められる。尋常の一刀では皮すら斬れない鬼の首を落とす為に。


「……人のように、現世(うつしよ)に生きる森羅万象のように……正しき生を歩め鬼よッ!!」


 振り下ろされた一刀。それが温羅の首を刎ねた。

 鬼は首だけでも生きられる。恨み辛みを憎き相手に残された牙で示す為に。

 だが温羅は絶命した。


「さらば温羅。その罪(そそ)ぎ、犠牲になった者へ詫び続けろ。……さすれば必ず還ってこれる。この現世に」


 桃太郎の慈悲が温羅を地獄へ連れて行った。故に温羅の生はここで終わった。


 ―――こうして桃太郎とその供である犬猿雉は鬼ヶ島に巣くう鬼共を成敗した。

 邪知暴虐で私利私欲を貪る忌まわしい鬼共を一匹残さず地獄へと叩き込んだ。


 誰も為し得なかった偉業を達成した桃太郎。彼の名は津々浦々まで響き渡り、長く後生まで語り継がれることとなった。


 日ノ本に桃太郎あり、と。

 ()の者こそ日ノ本の民全てが認める神州無双の鬼殺しである、と。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ