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第6話

「・・・・・・」

 ベッドの上で目を覚ますと、オレは自身の首に触れた。

 そこには昨晩、寝るときにはつけた記憶のない首輪状のアクセサリー――――チョーカーがついていた。革製のもので、中央には小さな十字架じゅうじかがある。

 夢の中で『魔女まじょ』を自称する声から苫前さんの過去――――忘却ぼうきゃく現象げんしょうを引き起こす原因となった『ある出来事』を教えられた。

 その『ある出来事』について苫前さんは一切の記憶がなく、そのため本人に伝えてはならない。

 このチョーカーは『ある出来事』を口にして発したり文として書いたり、さらには頭の中で思い返すことすらできなくするための物なのだと、魔女に説明を受けた。

 厳密には首から上がなくなるのだそうな。

 それがただのおどしにしろ、そう言われては下手なマネはできない。

 現にこうして、夢の中で魔女からもらったチョーカーが存在しているわけだから。

 苫前さんの過去も含めて「ただの夢」だと一蹴するのは無理そうだ。

「・・・・・・」

 近くに置いてあるスマホを手に取り、カレンダーのアプリを開く。


 ――――2019年4月26日 金曜日


 画面には残酷にも今日の日付が表示されていた。

 アプリを閉じてホーム画面へ戻ったところで、ピコンと通知を知らせる音が鳴った。

 苫前さんからのメッセージだ。

 実は昨日、今さらながらIDの交換をしたのである。

【初メッセです。今朝は一緒に登校しませんか。】

 時刻は8時15分。

 寮から学校へは徒歩5分。とはいえ登校するには少しばかり遅めの時間である。

 しかもオレは今さっき目を覚ましたばかりで、未だ眠気を誘う布団の中にもぐっている状態だ。 

【今起きたばかりで遅刻するかもしれないから、先に行ってて】

 そうメッセージを送信する。

 女子と登校という夢のようなイベントは大変ありがたいのだが、そんな男の欲望のせいで苫前さんを遅刻させるわけにはいかない。

「・・・・・・」

 そういえば苫前さんって、連日遅刻したらどうなるのだろう。

 次の日には忘れられているわけだから、『昨日も遅刻した生徒』という認識にはならないよな。

 いや、記憶になくても記録としては残っているものなのか・・・? だとしたらアウトか。

 あとで苫前さんに確認してみよう。



 8時25分頃に部屋を出た。

 なお小泉高校は8時半までに校門をくぐらなければ遅刻扱いとなる。

 これも一種の5分前行動ってことで見逃してくれないかな。

「ん・・・?」

 そんなバカなことを考えつつ寮の外へ出たところで、よく知る女子生徒が出待ちしていた。

「おはようございます」

 のんきに挨拶なんぞしてくる女子生徒――――もとい苫前とままえさん。

 先に行けとメッセージを送ったはずだが既読スルーされたらしい。本来とは別の意味で。

ゆうはSMの趣味があるのですか?」

 そう尋ねる苫前さんの視線はオレの首にあるチョーカーへと向けられていた。

「すいません。私そういうのはわかりかねます」

「オレもわかりかねる」

「でもゆうをリードで引いて散歩をするというのは、なかなかどうして興味があります」

「オレは興味ありません」

「そういえば誕生日プレゼントを渡していませんでした。リードでなくてもいいですか?」

 いったいいつSMの話から離れてくれるのだろう。

 オレは無視して学校へと歩き出す。

 走るのはめんどうなので、腹をくくって遅刻することにしたのだ。

忘却ぼうきゃく現象げんしょうって、記録としては残るものなの?」

 未だにぶつぶつとSMの話題を振ってくる苫前さんを無視し、そう切り出す。

「はい。紙に書いたものやパソコンなどで打ち込んだものは残ります」

 無視したことを気にした風もなく答えてくれた。

「ふーん」

「ただ、やはり記憶は消えてしまうので・・・たとえば、SNSでだれかとやりとりをしますよね」

「うん」

「次の日、データとして私とのやりとりは残っているのですが、相手にはその記憶がない。記憶はないのに記録には残っている――――ゆうならどうしますか?」

「不気味に思ってそのやりとりのリプを消すか、あかが乗っ取られたと思ってあかそのものをどうにかするか・・・」

「そういうことです。私が相手のフレンドだったとしても、相手はフレンドになった記憶すらないのですから、ブロックされるなんてこともあります」

「・・・・・・」

 フレンド・・・。

 苫前さんにも、かつては友だちがいたのだろうか・・・。

 SNS上ではなく、現実で・・・。

 苫前さんが友だちだった相手に「私たちは友だちだ」と訴えても、相手には苫前さんと遊んだ記憶がない。

 写真やメッセージのやりとりが残っていても、それは証拠にはならず、記憶にはないのだから不気味がられておしまい。

 最悪苫前さんがストーカーだなんだとあられもないことを言われてイヤな思いをしたケースもあったかもしれない。

 友だちは何歳いくつになっても作れるが、学生時代の友だちはかけがえのない存在だ。

「あ」

 キーンコーンカーンコーン――――昔はこの音を日常的に聞いていて、最近もよく耳にしている。

 そして今のは朝の予鈴よれい――――すなわちオレたちに遅刻を知らせる慈悲のない鐘のである。

ゆうのせいで遅刻したではありませんか」

「いや、オレは先に行ってって言いましたよ」

 念のため苫前さんとのメッセージ履歴を確認してみる。

【今起きたばかりで遅刻するかもしれないから、先に行ってて】

 うん。間違いなく言ってる。

 厳密には言葉にして発していないので『言ってる』とは違うが、ニュアンスとしては伝わるはずだ。

「・・・・・・」

 苫前さんとのメッセージ履歴は、画面をスクロールするほど多くはない。なにせ今朝――――ついさっきのが初メッセだったのだ。お互いにまだ一文しか送っていない。

 そのスクロールする必要のないやりとりを見ていて、ふと思ったことがあった。

「苫前さんって、どんな友だち付き合いをしてきたんですか」

「なぜですか」

 先ほど苫前さんも言っていたが、こうしたメッセージの履歴は残る。

 相手にその記憶はなくとも、ただ不気味がってはいおしまい――――そんな相手ばかりではないはず。

 少なくとも相手にとって『記憶にはない自分』は苫前さんとやりとりをしていた。その中には楽しそうな、仲良さげな文面もあるはずで・・・。

 そういった相手が苫前さんに「私、あなたとこんなやりとりしたっけ?」と尋ねてきても・・・あ。

 前提が間違っていた。

 そもそも『苫前ののか』に関する記憶がないのだから、尋ねる相手がだれなのかわからないではないか。

ゆうは考え事が多いですね」

 うーん。でも、たとえばクラスの間でやりとりをしていれば、『苫前ののか』が同じクラスであることはわかる。で、クラスにはいるけど名前を知らない人物が『苫前ののか』であることは消去法ですぐわかる。

 それなら尋ねることは可能な気がする。

「1時限目は体育なので、私はここで」

「え?」

 苫前さんは体育館があるほうへと歩いていってしまう。

 というかいつの間にか校門をくぐっていたらしい。

 遅刻してもおとがめはなしなのだろうか。

 ところで小泉高校の体育着は上は白いシャツ、下はこんのハーフパンツ。冬などは男子はこん、女子はあかのジャージを着用する。

 それらもろもろ含めてなんだかエロいと体育の度に思ってしまうのは、おっさんの思考だろうか。

 残念なことに保健も体育も授業は男女別だが・・・。

「おはよう。3分遅刻だぞ」

 アホなことを考えつつ昇降口へたどり着くも、そこには生活指導員らしき男性が待ち構えていた。

「すみません。敷地には入っていたのですが、桜を眺めていたせいか予鈴の音が聞こえませんでした。桜ってキレイだと思いません?」

「桜の開花日は明日のはずだが?」

「・・・・・・」

「それに、うちから見える位置に桜の木はないはずなんだがな」

「・・・・・・」

 詰んだ。

 苫前さんはこれを知っていたから体育館へ直行したのか・・・。

 どのみち遅刻扱いにはなる気もするが・・・まぁいい。

 オレは反省文を書くことになり、それを苫前さんの体操服姿を思い浮かべつつ乗り切るのであった。



       ※※※



 同日の昼休み。

 学食にて、オレは苫前さんお手製の弁当を食べていた。

 献立こんだてはハンバーグにポテトサラダ、それとインスタントのオニオンスープ。ハンバーグの中にはチーズが入っていた。

「今朝の話ですが」

「ん?」

 オレが完食し終えたタイミングで、無言だった苫前さんが口を開いた。

「どんな友だちを付き合いをしていたのか、よく憶えていません」

「え?」

「たぶん、とても仲はよかったのだと思います」

 記録――――メッセージの履歴など、わかる範囲でそう把握したのだと思う。

 しかし・・・。

「もしかして、記憶がないの・・・?」

 てっきり苫前さんが忘れたのは魔女から聞いた『とある出来事』の記憶だけかと思っていたが・・・。

「いえ。忘却現象とは関係ありません」

「じゃあ・・・」

「時が経ちすぎた・・・今はそうとしか言えません」

「・・・・・・」

 高校生に経ちすぎた時もなにもないだろうに――――と思いたいところだが、いかんせん苫前さんには謎が多すぎる。

 救わなければ世界が滅ぶと言う未来人がいたり、シスコンのお姉さんのごとく彼女を想う魔女がいたり。

 もしかしたら苫前さんは人間ではないなにか別の存在なのかもしれない。そうでも思わないと世界が滅んだり、魔女が彼女に肩入れしている意味が説明できない。

 未来人や魔女がいるのだ。苫前さんが人外じんがいであっても驚くものか。

ゆうがFBIの潜入捜査官だと聞いたとき、疑問に思ったことがあります」

 オレはいつそんなキャリアについたのだろうか。英語もろくに話せないというのに。

 というかまた話が変わったな。

「部屋はたくさん空いているはずなのに、なぜ相部屋なのですか?」

「え・・・」

 寮の部屋のことであるのはすぐに察しがついた。

「相部屋だと、捜査に支障をきたすと思いますが」

「いや、っていうかFBIじゃないから・・・」

「そうなのですか? FBIの技術で肉体を若返らせた――――未来人と出会った話よりも、まだこちらのほうが信憑性しんぴょうせいはあると思うのですが」

 苫前さんの中ではFBIってそんなこともできちゃうのか・・・。

 たしかに映画とかだとたまにそういうとんでも発明してるけど。

「ま、まぁFBIはともかく・・・たしかに、なんで相部屋なんだろ・・・」

 苫前さんに指摘されるまで、疑問に思うことすらなかった。

「理由を知らないのですか?」

「あ、うん・・・入学や入寮の手続きなんかは、その未来人がやってくれたと思うんだけど・・・」

 さすがに部屋までは指定できないにしろ、相部屋であることはミライくん――――あるいは第三者の何者かの意図によるもの・・・?

 だとすれば、同室の和真かずまくんがなんらかの形で関わっているのか・・・?

「部屋の割り振りって、だれがしてるかわかる?」

「管理人ではないですか?」

「管理人・・・余市よいちさんとは違うの?」

あずささんはあくまで生徒たちの世話役のような立場です。管理しているのは別の方だと聞いたことがありますよ。私も会ったことはありませんが・・・」

 なにそいつめっちゃ怪しい。

 寮って学校の所有地ってことになるのかな。だとしたら管理人=理事長? いや、さすがに学校の運営だけで手いっぱいか・・・?

 しかし2年以上入寮している苫前さんですら会ったことのない管理人か・・・。

 とりあえず『黒幕』とでも命名しておこう。

「ところで。ゆうはいつデートに誘ってくれるのですか?」

 いたって平坦な声で言う苫前さん。

「突然だね・・・」

「恋人になってから一週間経つというのに、未だデートの約束もなし。IDだって昨日私が訊いてようやく交換したほどです」

「・・・・・・ん?」

 なんかいまさらっととんでもないことを言わなかった・・・?

ゆうがチキンなのは薄々そうなのではと思っていましたが、自称30歳であるにもかかわらず女子高生ひとりデートに誘えないのですか」

 耳が痛い。

 女性経験がないからしかたないじゃないか・・・。

「あ、あのさ・・・」

「なんですか」

「その・・・オレと苫前さんって、恋人なの・・・?」

 いったいいつの間に恋人になっていたのか。

 魔女にそのあたりの記憶を消されているのかもしれない。

「寝ぼけているのですか? 先週の火曜日から交際しているではないですか」

「先週の火曜!?」

 今日が金曜日なので、付き合ってから今日でちょうど10日ということになる。

「はい。瑞希みずきが来たときに、そういう話になったじゃないですか」

 瑞希・・・あゆみちゃんのお姉さんの名前だったか。

 つまり、オレが言葉に詰まって上手く「よろしく」と言えなかったあの日から、オレと苫前さんは付き合い始めていたらしい。

 少なくとも苫前さんはそういう認識だったと。

「忘れているなんて最低ですね。若年性じゃくねんせい認知症にんちしょうですか?」

「いえ・・・たぶん忘却現象です」

ゆうは異世界人だからその現象には巻き込まれないのでは?」

 FBIの次は異世界人か・・・もうなんでもでもいいけど。

「じゃ・・・しますか。デート」

「なんですかその『しかたないしてやるか』みたいな物言いは」

「そんなこと言われても・・・」

 急展開すぎてもうなにがなにやら。

「えっと・・・苫前さんは、どこに行きたいとか、リクエストはありますか?」

「行き先はお任せします。しかし、リクエストはあります」

「ん?」

「名前で呼んでください」

「名前・・・」

「はい。『苫前さん』というのは彼女に対する呼び名としては違和感があります」

「・・・・・・」

 ま、まぁたしかに・・・。

 彼女、だし・・・一応オレのほうが年上なので、名前で呼ぶ権利は大いにあると言える。

「の、の・・・」

「・・・いまどき中学生でも異性の名前をそこまで恥ずかし気には言いませんよ」

 しかたないじゃん・・・見た目高校生で中身おっさんでも、異性相手のコミュ力はボッチになり始めた中学生あたりで止まってるんだよ・・・。

 しかもいまどきの中学生じゃなくて10年以上前の中学生という悲しき現実・・・。

「ののか・・・」

 でも名前くらいは言える。気恥ずかしさはあるけどこういうのは言ったもん勝ちというか、一度口に出してしまえばあとは楽というか。

「・・・なんでしょう。いま、胸の奥がキュンとしました」

 いつもどおりの無表情でそんなことを言う苫前さん――――ではなくののか。

「・・・・・・」

 きっとそれは、恋の予感――――などと当事者であるオレが言えるはずもなく。

「ののか・・・?」

「え・・・?」

 二度目の「ののか」は、オレの口から発せられたものではない。

「キミが、ののか・・・?」

 オレの後ろの席に座っていたらしい男子生徒。

 第一印象はインテリイケメン。メガネをかけているせいか知的に見える。

 そんな彼が、青ざめた顔をしてこちらを振り返っていた。

 対するののかはオレの正面に座っていて、その表情は驚きと恐怖に満ちていた。

「りゅ・・・いち・・・」

 ののかが彼のものとおぼしき名前を口にする。

「ののか・・・ののか、さん・・・」

 彼はおそるおそるといった風にののかの名前を口にし、そして――――

「キミとボクって・・・付き合ってるの・・・?」

 そんな言葉を口にした。



       ※※※



 ――――ののかが2年生の時の話だ。

 成績が優秀なうえに軽音楽部のギター担当という女子にモテそうなステータスを身に着けている1年の男子生徒がいた。

 当時同じ軽音楽部に所属していたののかは、その男子生徒と清いお付き合いをしていた。

 その男子生徒というのが、学食で「ののか」と口にしたインテリメガネ――――羽幌はぼろ隆一りゅういちというわけである。



 で。

 今は翌日の4月27日。大型連休初日の土曜日。

 場所は女子寮の2階『2018号室』――――つまりののかの部屋。

「実は、彼が接触してきたのは、今回が初めてではないのです」

 羽幌はぼろ隆一りゅういちとの関係を話してくれたののかは、コップに注いだ水を一口喉に流しこんでから、そう口にする。

 ののかは『とある出来事』がきっかけで、他人の持つののかに関する記憶が1日ごとにリセットされるという『忘却ぼうきゃく現象げんしょう』にさいなまれている。リセットされないのはののか本人とオレ、あとはその『忘却現象』を起こした『魔女』と名乗る存在。

 その魔女(いわ)く『忘却現象』はののかが『とある出来事』を忘れたいと望んだ結果なのだとか。

 ともかく羽幌隆一にはののかと付き合っていた当時の記憶はない。

 しかし『忘却現象』はあくまで記憶がリセットされるだけで、記録――――たとえばメッセージのやりとりなど、データは残ってしまう。

 記録にはあるのに記憶にはない――――そんな記憶の齟齬そごが、結果的に『苫前ののか』という会ったことすらないはずの女子生徒に興味を持つきっかけとなってしまう。

 それが今回はののかの元恋人・羽幌隆一だったというわけだ。

「彼のデータには、私の写真も保存されていました」

「いました・・・」

 過去形か・・・。

「以前にも何度かこういったことがあって、いろいろ理由をつけて、なんとか写真のデータは削除してもらったのです」

「・・・・・・」

 恋人だった相手に自分との思い出である写真を消してもらう――――ただ別れただけならそれもいいかもしれないが、ののかと羽幌隆一は『忘却現象』のせいで離ればなれにされてしまっているだけ・・・。

 「恋人なの?」という羽幌隆一の疑問に「イエス」と答えれば、もしかしたらその日は恋人同士の時間が過ごせるのかもしれない。

 でも翌日になるとまた他人に戻っている。少なくとも羽幌隆一にとっては。

 ふとした時にののかとの記録を見つけてしまうことはあっても、やはり翌日になると忘れてしまう。

「・・・・・・」

 本当にこれが、ののかが望んだことなのか・・・?

 恋人にも、友だちにも忘れられて・・・でも、自分ひとりだけが憶えている・・・。

 『とある出来事』を忘れるためとはいえ、なんてむごい・・・。

 当事者ではないオレですら想像するだけで胸が苦しくなるのだから、ののかが味わってきた苦しみは計り知れないものだろう。

「・・・おつかれ」

 もっといい言葉があったかもしれない。

 でも、オレにはそんな言葉しか浮かんでこなかった。

「なにがですか?」

「いや・・・なんでも」

 オレがそう返すと、ののかはコップの中の水を一気に飲み干し、じじくさく「ぷはぁ~」と息をついた。

「過去は過去。今の私の恋人はゆうです」

 そう言ってくれるののかの表情や声音はいつもどおり感情を感じさせないものだった。

「・・・・・・」

 でも、学食で見たののかの驚きよう――――今回が初めてではないと言っていたが、あの反応から察するにまだ未練がある。

 ・・・いや、そんなことは考えずとも当たり前ではないか。

 それでも、どうすることができないことをののかは知っているのだ。

 だから、自分に関する記憶が消えないオレに固執こしつしている。

 言うなればオレは・・・羽幌隆一の、代わり・・・。

 なにがモテ期だ自惚れるなよ北見佑。30年間彼女のできなかったやつが、そんな急にモテるわけないだろ。

 現実を見ろ。

 現実的ではない現実を受けとめろ。

「今日は、帰るよ・・・」

「わかりました。今度、佑の誕生日プレゼントを買いに札幌のほうまで出向きましょう」

「うん。そうだね・・・ありがと」


 ――――オレは最後にそう言って、ののかの元を去った。



 1章~苫前ののかと忘却現象~

          ――完――

【次章予告】


 ののかが抱える問題――――それは、日付けが変わると人々からののかに関する記憶が消える――――ののかが忘却ぼうきゃく現象げんしょうと呼ぶ不可思議な現象だった。

 でもそれはどうやらののかが望んだことのようで・・・?


 そして気づいたら恋人になっていたふたりの前に、ののかの元カレが現れる!

 現実を突きつけられた佑は、ののかの前から姿を消した。

 ののかの記憶は戻るのか!? ののかの過去に起きた『とある出来事』とは!?



 物語はまだまだ序盤! 語り手は一時ののかへ・・・な2章――――7月15日より順次公開!

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