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第5話

 同日4月25日。木曜日の放課後。

 オレは約束どおり、苫前とままえさんの部屋を訪れた。

「おめでとうございます」

 苫前さんはオレが部屋へあがるなりそんな言葉を口にする。

「え?」

「今日はゆうの誕生日ですよね。16歳の」

「あ・・・」

 そうだ・・・。今日はオレの誕生日だった。

 ただし16歳ではなく30歳のだけど・・・。

「ありがとう、ございます・・・」

「ケーキも作ったんです。いま準備するので、待っていてください」

「ど、ども・・・」

 苫前さんは冷蔵庫の中からイチゴが乗った小さめのホール状のショートケーキを取り出し、丸いテーブルの上へ置いた。

「水とお茶、どちらがいいですか?」

「えっと、お茶で」

「了解しました」

 てっきり熱いお茶が出てくるのかと思いきや、出されたのは冷たい麦茶だった。

 そういえば苫前さんの部屋にはやかんもポットも見当たらないし、熱いお茶が出てくるわけないのか。

「これ、手作りなの?」

「はい。今朝早起きして作りました」

 当たり前のようにそんな嬉しいことを言ってくれる苫前さん。

 市販のモノと比べても遜色そんしょくのないショートケーキ。

 苫前さんは料理――――というかお菓子作りが得意なんだろうか。

「どうぞ遠慮なさらず、ガブっといってください」

「え、切らないの?」

 ホールケーキは人数分にカットして食べるのが常だ。とはいえ二等分にしてもまだ大きいので、四等分にするのがちょうどいいだろう。

 というかそもそもフォークをもらっていない。かぶりつけということだろうか。

「そうでした。切らないと食べられませんね」

 苫前さんは台所から包丁を持ってくると、ホールケーキに刃を差し込んだ。

 4分の1の大きさに切ったものを別の皿に乗せ、残った4分の3のケーキを再びオレの前へ差し出してくる。

「それとスプーンです」

 スプーンを渡される。

「えっと、これは・・・?」

「スプーンです」

 それは見ればわかる。

「オレ、こんなに食べられない・・・」

「そうですか・・・朝4時に起きて頑張って作ったのですが、無理に全部食べろとは言えませんしね・・・」

「・・・・・・」

 どことなく悲しそうな表情になる苫前さん。

 そういう顔をされたら残すわけにはいかないでしょう・・・。

 いや、元より残すつもりはなかったけれど。

 せめて熱い紅茶がほしいなぁなんて思ったり・・・。

「いただきます」

 ホールケーキとの冷たい戦いが始まった。麦茶的な意味で。



 4分の1を食べたところで一息つく。

 やはり麦茶ではきつい。

「そういえば、ゆうは私と話したいと言っていましたね」

 ショートケーキの上に乗ったイチゴを数分かけて食べ終えた苫前さんがそう口を開いた。

「また告白でもするつもりですか?」

「しませんよ・・・」

 仮にそうだとしても先読みするのはやめていただきたい。

「前に言ってたよね。不条理ふじょうりな現実を押し付けられてるって」

「またその話ですか」

 苫前さんは麦茶を一口飲み、言葉を続ける。

「だったらなんだと言うのです。ゆうになにかできるわけでもないでしょう」

 普段どおりの淡々とした声音だ。

「そもそも、ゆうは私になにが起きているのか知っているのですか?」

「うん。前々から気にはなっていたんだけど、今日確信を得た。あとは苫前さんに答え合わせをしてもらうだけかな」

「答え合わせ、ですか。いいですよ。ゆうの解答を聞いてあげます」

 そう言うと、苫前さんはようやくショートケーキをスプーンですくって一口食べた。

 オレも残った4分の2を食すためにスプーンをショートケーキへ沈める。

「えっと、その前にひとつ謝らせてほしいんだけど・・・」

「なんですか」

「この間 苫前さんの部屋にお邪魔したとき、日記を見てしまいました・・・すみません」

「ひとの日記を見るなんて、ゆうはクズですね」

「はい・・・」

 今日の苫前さんは機嫌が悪いのか妙に刺々(とげとげ)しい。

 もちろん日記を読んでしまったオレが全面的に悪いんだけど。

「それで、日記にはなにが書かれていましたか?」

「・・・最初は中二病なんだなと思いました。でも、ある一文が気になってしまって・・・」

「ある一文?」

「『彼もいずれは私を忘れる』」

 日記にはそう書かれていた。

 思い返せば女子寮の寮母である三笠みかささんが苫前さんのことをうろ覚えだった。入学したての1年生のことならしかたないかもしれない。でも苫前さんは2年以上も三笠さんと顔を合わせているはずだ。いくら苫前さんが影の薄いひとであったとしても、生徒数の少ないうちの学校で忘れるなんてことがあるだろうか。

 それからあゆみちゃん。部屋で話したのはお姉さんとオレの3人だと言っていた。苫前さんの記憶がすっぽりと抜け落ちているのだ。

 そしてとどめが3年生の北斗ほくとさんだ。同学年の苫前さんのことを知らなかった。ひとクラスしかなく、3年生はざっと見たところ20名もいない。それなのにクラスメイトの名前すら憶えていない。

 つまり、そこから導き出される答えは――――

「苫前さんは幽霊なんですね?」

 特定の人にしか認識されず、存在が曖昧あいまいなため人々の記憶に残りづらい幽霊ゆうれい

 それがオレの解答だ。

「幽霊・・・言い得て妙ですね」

「え?」

 言い得て妙――――上手いたとえという意味だ。

 つまりオレの解答は遠からずも間違っているということか・・・。

「残念ながらハズレです。勝手に私を殺さないでください」

「ですよねぇ」

 当然だが苫前さんには実体がある。

 ラーメンを食べることができれば、人を抱きしめることもできる。実証済みだ。

 食事をし、触れることができる。そんな幽霊がいてたまるか。

「ということは・・・」

「まだなにかあるのですか?」

 もうひとつの可能性――――。

 しかしこれはあまりにも非現実的だ。幽霊以上に。

「・・・・・・」

 いや、非現実的といえば、オレの存在がそもそも非現実的ではないか。

 なぜオレの体は10代の肉体になって、こうして高校生活を送れているのか。不思議でしかたない。

 ミライくんが本当に未来人だったとして、人の体を若返らせる薬みたいなものがあっても、実年齢30歳のおっさんを試験もなしに高校に通わせることができるのはどう考えてもおかしい。

 でも、もし・・・彼女の身に起こっている『神のいたずら』とやらがそういう非現実的な問題だとしたら・・・。

「苫前さん」

「なんですか」

「実はオレは30のおっさんなんだって言ったら、どう思いますか?」

「病院で検査してもらったほうがいい――――そう言うと思います」

 まぁそうだわな・・・。

 冗談だと流されるか、頭がおかしいと冷めた目で見られるか・・・なんにせよ、そんな与太話よたばなしを信じるやつはいないだろう。

「苫前さんが押し付けられている不条理ふじょうりな現実――――それって、普通は誰にも理解されない。信じてもらえないたぐいのものなんじゃないですか?」

「そうだったとして、それがどうかしましたか?」

「・・・・・・」

 やっぱりそうだ・・・。

 幽霊説はオカルト好きには信じてもらえそうな、もうひとつの可能性よりかは現実味のあるハナシだ。

 そしてそのもうひとつの可能性は、あまりにも現実的ではない。

 普通は信じない。

 『そんなことあるわけないじゃん。気のせいだよ』で流されてしまうようなものだ。

 それは――――

「みんなの記憶から、苫前ののかという人物に関する記憶が薄れていく・・・」

 言葉にしても実感が湧かない。バカなことを言っているなと思ってしまう自分がいる。

「よくこの短期間で、忘却ぼうきゃく現象げんしょうのことに気付けましたね」

「そう言うってことは・・・」

 この可能性が正解ということか・・・。

「厳密に言うと、日付が変わった瞬間に私に関する記憶をすべて失うみたいです」

「・・・・・・」

 ああ・・・。

 だから苫前さんは、入学式の次の日、オレが話しかけたときに固まっていたのか。

 前日――――入学式の日、オレに話しかけたときに「明日はそっちから話しかけて」と言ったのは、翌日になっても憶えてる人がいないか確認していたのだろう。

「それで、どうしてゆうは私のことを憶えていられるのですか?」

「それは・・・」

 オレが苫前さんを助けるためにここにいるから――――なんてそんなわけはなく。

「たぶん、オレは本来この世界にはいない存在だからですよ」

ゆうは異世界人なのですか? 納得です」

 そこで納得しないでほしい。

「そうじゃなくて・・・苫前さん。生徒手帳、持ってますよね」

「はい。持ち歩く規則ですから」

「出してください」

「胸をですか?」

「なぜ今の流れでそうなった・・・」

 見せるほどないじゃないか・・・。

「生徒手帳ですよ」

 言って、オレは内ポケットから生徒手帳を取り出し、テーブルの上に置いた。

「わかってます。冗談です」

 苫前さんもオレにならって生徒手帳を置く。

「よく見てください」

 ――――北見きたみゆう

 ――――平成15年4月25日生まれ

「はい。見ました」

 苫前さんの視線はオレの生徒手帳に注がれていた。

 これは言葉を誤ったかもしれない。

「自分のと見比べてください」

 オレがそう言うと苫前さんはなぜか視線を胸元へ落とし、次いでオレの胸元を見やった。

「負けました」

 なんの話だ。

「コントじゃないんだから・・・」

「冗談です。あとそこは『苫前さんの胸もそこそこ大きいですよ』とフォローするべきかと思います」

「・・・・・・」

 そんな心のこもってないフォローはしたくない。

 というかそこそこでいいのか。

 苫前さんは改めて自分の生徒手帳へ視線を落とす。

 ――――苫前とままえののか

 ――――平成12年12月24日生まれ

「なにか気づきませんか?」

「なにか・・・あ」

 お、ようやく違和感に気付いたかな。

「私の誕生日、クリスマスイブですね」

「・・・・・・」

 17年も生きてきて気付いてなかったのか!?

 さぞ寂しい誕生日を過ごしてきたのだろう・・・。

「日付じゃなくて、ねんのほうに注目してください」

 さすがにここまで言われればわかるだろう。

ねん・・・私が平成12年生まれで、ゆうは平成15年生まれ・・・3つ離れてます」

「そういうことです」

「私、いつの間にか留年していたのですね」

「いや違くて」

 苫前さんと、高校生である今のオレの年齢は3つ違う。

 でも学年は2つ違う。

 苫前さんは留年していないし、オレも飛び級したわけではない。

 2019年――――平成31年4月25日の今日――――生徒手帳にある生年月日が正しいものだったとして、オレは今日で16歳。一方の苫前さんは19歳ということになる。

 普通に考えれば苫前さんが1年遅れで高校生になったのだと考えるべきだろう。

 でもそうではない。

 世界の矛盾――――ミライくんで言うところのバタフライエフェクトというものだろうか。

 オレが高校生の肉体へと退行したことにより生じた矛盾――――なんだと思う。

 明確な根拠はない。憶測にすぎない。

「信じないかもしれないけど、オレの本当の年齢は30なんだ」

「若作りしているのですね」

「そこ!? っていうか最後まで聞いて」

「はい」

 苫前さんは姿勢を正し、真剣な面持ちで次の言葉を待っていた。

「『未来から来た』って言うひとと出会って、そのひとに言われたんだ。『高校生になってある女性を救ってほしい』って。なにをバカなと思ったけどさ。次の日の朝、起きたらこんな体になってた」

「・・・・・・」

「前に診察券に書いてある生年月日のことで苫前さんに追求されたとき、『同姓同名の親戚がいる』なんてごまかしたけど、そんな親戚はいない。あの診察券は、正真正銘オレのモノなんだ」

「・・・・・・」

「オレが救うべき女性について、未来が大きく変わる可能性があるとかで一切情報をもらってないんだけど、何度か苫前さんと話しているうちに、『このひとなんだな』ってわかった」

「・・・では」

 そこまで言ってようやく苫前さんが口を開いた。

ゆうが私に構うのは、あなたが救うべき女性だから――――そういうことですか」

「うん。だから、苫前さんが抱えている問題を、オレは解決したい」

「・・・・・・」

「その、忘却ぼうきゃく現象げんしょう? ってのを、オレがどうにかするよ」

 なんて口ではカッコつけてみたものの、日をまたぐとみんなの記憶から苫前さんに関する記憶がなくなる――――なんてふざけた現象を、ただの一般人であるオレが解決できるのかは怪しいところだ。

 なにせ相手は神かもしれないのだ。

ゆうの話をすべて鵜呑うのみにはできません」

「そうだよね・・・」

「でも、もし本当に忘却現象から解放してくれたら、そのときは――――ひとつだけお願いを聞いてあげます」

「ま、まじですか・・・」

「でもエッチなことはなしです」

「・・・・・・」

 オレの下心は一瞬にして一蹴されてしまった。

 期待させておいてこれかよ・・・。

 ま、まぁオレも? エッチなお願いなんてするつもりはなかったけどね!? そんなお願いなんかで苫前さんとそういうことはしたくないのです!!

「ところで、ゆうが出会ったという自称未来人さんは何者ですか?」

「えっと・・・詳しくはわからないんだよね」

 本当はなんとなく正体に心当たりはあるのだが、今はごまかしておく。

「よくわからない相手の話をゆうは信じているのですね」

「うーん・・・実際高校生になっちゃってるわけだし・・・」

 合い鍵を持っている不審者――――そう片付けるのは早計な気がする。

 それに、正直ミライくんの正体が未来人でなかったとしても、別にいい。

 苫前ののかという女の子と、出会えたのだから。

 働いていることに、生きていることに意味を見出せず、つまらない日々を送ってきたことに比べれば、なんと充実していることだろうか。

 このままずっと高校生――――というわけにはいかないだろうけど、苫前さんと過ごすいまこのときを、楽しみたい。

 それがオレのお願いです――――。



       ※※※



 その日の夜。

 夢を見た――――。

 視界は真っ暗だったけれど、これが夢なんだと認識できてしまう。


 ――――まずはおめでとう。北見佑


 夢が語りかけてくる。

 その声はヘリウムガスを吸ったみたいなダックボイスだった。


 ――――でも邪魔をしないでくれ


(だれ、だ・・・?)

 声なき声を発する。

 それは相手に通じたようで――――。


 ――――そうさねぇ・・・『魔女』と名乗らせてもらおうか


(魔女・・・? アニメとかによく出てくるやつか・・・?)


 ――――そういう認識で構わないよ


(で・・・魔女が、オレになんの用だ・・・?)

 夢とはいえまさか魔女と遭遇してしまうとは・・・。


 ――――彼女で言うところの『忘却現象』・・・あれは彼女が望んだことなんだよ


(は・・・?)

 彼女とは間違いなく苫前さんのことだ。

 なにを言ってるんだこいつは。

 人々の記憶から消えてなくなりたいと、苫前さんがそう望んだとでも言うのか。


 ――――彼女にその自覚はないさ。でも、人はだれしも消し去りたい記憶のひとつやふたつあるだろう


(・・・ああ)

 人格というものは記憶によって形成されている――――少なくともオレはそう思っている。

 あの記憶がなければ今の自分はない。あんなものを見なければ。あんなことを言わなければ――――良くも悪くも、そういった記憶はだれしもあるはずだ。


 ――――彼女には消し去りたい――――忘れたい記憶があった。忘れたい過去があった。だから彼女は閉じこもった。だから彼女は忘れた


 意味がわからない。

 それだと、忘れたのは苫前さんということになる。

 でも実際は違う。

 彼女が人々から忘れ去られているのが現実だ。


 ――――悪魔あくま所業しょぎょう――――なんて。副作用みたいなものさ。その過去を忘れるためには、他人のもつ彼女の記憶を消す必要があった――――とでも説明しておこうか


(じゃあ、オレが苫前さんのことを忘れないのは・・・)

 世界の矛盾とか、そんなことじゃなくて・・・。


 ――――おまえが彼女の過去を知らないからさ。知らないものは消しようがない


(でも・・・それなら1日ごとに消してるのはなぜ・・・?)

 苫前さんが忘れたい過去・・・。

 現在いまはそこから見れば未来だ。だから現在いまの記憶を消す必要なんてないだろうに。


 ――――なにがきっかけで過去の彼女を思い出し、彼女が忘れたはずの過去をほじくり返すかわからないからね。ま、念には念をってことさ


(念には念をってことなら、オレの中にあるこのひと月の苫前さんとの記憶も消したほうがいいんじゃないか?)

 オレは過去の苫前さんを知らない。

 しかし彼女の日常が『忘却現象』という未知の現象に脅かされていることを知った今日のように、苫前ののかというひとりの女の子の過去を覗き見ることになる日がくる可能性はある。

 そういう事態に備えてオレの記憶も消しておくべきだと思う。


 ――――言ったろ。『忘却ぼうきゃく現象げんしょう』は彼女が望んだ結果だって。彼女が望んでいないことを、私はできない。たとえ無意識でもね


(苫前さんは、オレには忘れてほしくないと思ってる・・・そういうこと・・・?)


 ――――勘違いしてくれるなよ人間。彼女にとっておまえは異端な存在なんだ。この世界には存在しないはずの人間。ゆえに彼女はおまえを気にしている。それだけさ


(異端・・・)

 そういえば苫前さんが初めて会ったときにそんなこと言ってたっけ。

 それってどういう意味なんだ?

 この世界には存在しない――――オレが本当は高校生ではないことを知っていた・・・って感じでもないよな。


 ――――彼女がおまえに話していないなら、私から言うべきことじゃないさ


(・・・苫前さんの過去に関係すること・・・?)


 ――――さぁて。どうだろうね


 苫前さんには、まだなにか秘密があるということか・・・。

(・・・邪魔するなって言ったよね。それって『忘却現象』を解決しようとするなってこと?)


 ――――そうさ。彼女に起きている『現象』を解くということは、彼女が忘れたつらい過去を思い出させるということ。彼女はそれを望んでいない


(でも、苫前さんは解決してほしそうだった。みんなに忘れられるのはもうイヤだって。そんな顔をしていた)

 本人がそう言っていたわけではない。

 でも、今日の・・・そして今日までの彼女を見ていてそう感じた。


 ――――それは彼女が忘れているからさ。私が言ってる『望んでいない彼女』というのは、忘れる前――――過去の彼女のことだよ


(過去の苫前さんがそうまでして忘れたい過去って・・・)


 ――――おまえが彼女に好意を寄せるのは勝手だが、彼女のことを想うなら過去を思い出させるようなことはするな。言ったろ。だれしも忘れたい過去がある。忘れたほうがいい過去なんだよ


 そう言うダックボイスの魔女の声は、なんとなく思いやりに満ちているように聞こえた。

 先ほどから『彼女の望み』と連呼しているし、苫前さんの意思を尊重している。苫前さんの・・・過去の苫前さんの味方なのだろう。


 ――――話は終わりだと言いたいところだが、私はおまえにプレゼントを渡さなければならない


(プレゼント? なぜ魔女がオレに・・・)


 ――――30年間(きよ)い体であった褒美だよ。今日はおまえの誕生日なのだろう?


(・・・・・・)

 なぜだろう。嬉しくない。


 ――――なにがよい。彼女がおまえに惚れている状態にすることもできるぞ?


 マジか。魔女ってすげぇ。

(それは魅力的な提案だけど、遠慮しておく)


 ――――ほう。ではなにがよい。言うてみぃ


(苫前さんの過去を教えてほしい。忘却を望んだ原因を知りたい)


 ――――本気か? たとえ他人の過去であろうと、知らなくてもいい――――知らないほうがいい過去というものは存在するものだ


(でも知りたい・・・苫前さんの過去になにがあったのか・・・なにが原因で、自らの記憶を消したいと望んだのか・・・)


 ――――いいだろう。条件付きで教えてやる


(・・・・・・・・・・・・)



       ――第6話へ続く――

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