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第4話

 4月15日。月曜日の放課後。

 再テストを終えて廊下へ出ると、ひとりの女子生徒が壁に背を預けてオレを待っていた。

 苫前とままえさんだ。

「その・・・合格点までいけました」

「私が教えたのですから当然です」

 えっへんとない胸を張る苫前とままえさん。

 いたたまれない・・・。

ゆうはやればできる子のようですから、これからも精進しょうじんしてください」

「はい・・・」

 やればできる子・・・。

 いや、うん。今は年下だからしかたない。

「では帰りましょうか」

 当たり前のように苫前とままえさんが言う。

 これまで苫前さんと下校した日があっただろうか。

 いやない。

 ま、学生寮へは校門を出て徒歩5分ほどで着いてしまうから、あまり長い時間一緒にいられるわけではないけど。

「ところで」

 昇降口を出たところで、苫前とままえさんがそう切り出してくる。

ゆうは私のどこを好きになったのですか?」

「え、な、なんですか急に・・・」

 これまたとんでもない質問がきたもんだ。

「いえ。私のような胸も愛想あいそもない女のどこがいいのかな、と疑問に思いまして」

「べ、別に胸がないからって好かれないわけじゃないでしょ」

「ないことに関しては否定しないのですね」

「・・・・・・」

 おそろしい罠がしかれていた・・・。

「ま、まぁそれはともかく・・・苫前さん、別に愛想がないわけではないでしょ」

「そうなのですか?」

 他人事ひとごとのような返しだ。

 オレから見た『苫前ののか』という人物は、行動力が高く、けれど他人には不必要に干渉かんしょうせず、かと思えばオレにはやたらと干渉してくる謎多き女の子。

 愛想がないというより、他人に興味がないように見える。それゆえに愛想を振りまく必要がないのだ。

「その・・・訊いてもいいかな・・・?」

「なんでしょう」

苫前とままえさん。前にオレのこと『気になってる』って言ってたよね。あれって、どういう意味なのかなって・・・」

 あれはたしか苫前さんが朝早くに部屋を訪れたときだった。和真くんとの会話の中で、そのようなことを言っていた。

 にも関わらずオレはフラれて、けれどこうして一緒に下校している。週末にはふたりきりでみっちり勉強もした。

 そろそろ苫前とままえさんの行動理由を知りたい。

「そのままの意味です。最初に会ったときに言いましたよね。あなたは異端いたんだと。だから気になっているのです。それ以外に意味はありません」

 そう言われてもな・・・。

 オレとしてはなにがどう異端なのかを知りたいんだけど。

「えっと・・・それって、前に言ってた、神のいたずらがどうとかって話と関係あったりする?」

「はい。でも言っても信じられないと思うので、教えるつもりはありません」

「そっか・・・」

 聞いても信じられない『なにか』に苫前さんは苦しめられているってことかな。

 オレにも言っても信じてもらえなさそうなことがあるからわかる。

 「実はオレ、29歳なんだ」と言って誰が信じようか。

 うーん。苫前さんが助けるべき女性っぽいけど、なにに苦しんでいるのか聞かないと始まらないんだよなぁ・・・。

「ちょっといいかな」

 校門近くまで来たところで、女子の声に呼び止められる。

 振り返ると、バスケのユニフォームにその身を包んだポニーテールのクラスメイト・つむじさんこと伊達だてあゆみちゃんがそこにいた。

北見きたみクン。私に黙って帰るつもりなの?」

「え?」

 あゆみちゃんはなぜだかご機嫌ナナメなご様子・・・。

「えっと・・・すみませんでした」

 とりあえず謝っておく。

 怒っている理由はわからないが、とりあえず頭を下げておけばなんとかなるはずだ。

「なにが? 私は、先週はどうして急に帰ったのか聞きたいだけ」

 なんとかならなかった。

 ってか聞きたいだけの態度じゃないんだよな・・・。

「先週・・・?」

「お姉ちゃんに勉強を見てもらうってハナシ」

「ああ・・・」

 そういえばそんな話もあったかも。

 苫前とままえさんが乱入したせいで忘れかけていた。

「急っていうか、苫前とままえさんに教えてもらうことになって」

 隣でひとり空を見上げている苫前さんへ視線を向ける。

「とままえ、さん・・・先輩ですよね。どういう関係なんですか?」

ただれた関係です」

「ただの友だちですよ」

 オレの放った冗談はすぐに苫前とままえさんにより否定されてしまった。

 同じ部屋で2日間一緒に過ごしてなにもないのは高校生としては十分じゅうぶん不健全だと思うんだけど。

「ってか、お姉さんに聞いてない? 苫前とままえさんが説明したはずなんだけど」

「聞いてない。『急に帰った』って激おこだったよ」

 たしかに急展開ではあったけど。

 諸悪しょあくの根源は苫前とままえさんです。

「これ内緒なんだけど。お姉ちゃん、入学式で北見きたみクンに一目ぼれしたっぽいんだよね」

「え・・・?」

 オレにもついにモテ期到来・・・!?

 というかオレが聞いていいものだったのか?

「でさ、ただの友だちって言うなら、お姉ちゃんと北見クンをくっつけるの手伝ってほしいんですけど」

 あゆみちゃんはまっすぐに苫前とままえさんを見据えてそんなことを言う。

 それ、オレの意思は尊重されるのだろうか・・・。

「それは無理です」

「え? な、なんで・・・ですか?」

ゆうは私にホの字なんです」

 リアルでそういう言い方する人っているもんだな・・・。

「ほのじ? なにそれ? あ・・・なんですか・・・?」

 苫前とままえさんが「通じませんでした」的な視線を送ってくる。

 オレに説明させるつもりだろうか。

 だが断る。

 なにが悲しくて女子にフラれた話をフった女子を目の前にしなければならないのか。

「・・・私のことが好きなそうです」

 オレが説明してくれないとわかり、苫前さんは諦めてそう言った。

 なんだか顔が赤いけど、もしかして照れているのだろうか。

「そ、そうなんだ・・・じゃあ、ふたりは前向きな友だち付き合いをしているってこと?」

「いえ。私にその気はありません」

 わかっていたとは言えこうもはっきり言われるとグサッとくるな・・・。

 一度泣いたからなんとか耐えられるけど。

「はぁ? あの、自分の言ってることわかってますか?」

 あゆみちゃんが苛立いらだちをあらわにして苫前さんを責め立てる。

 いいぞもっと言ってやれ。

「はい。ですがゆうは私にとってかけがえのない大切な友だちです。誰にも譲るつもりはありません」

「・・・・・・」

 苫前さん・・・。

 そう言ってもらえるのはとてもありがたいし、すごく嬉しいのだけど・・・。

 だったら――――。

「・・・だったら、付き合ってくれてもいいじゃないですか・・・」

 思いが言葉となって口を出ていた。

 ただの友だちならそれでもいいかとボッチながらに思っていた。

 でも、ただの友だちにそこまで拘束こうそくされるいわれはない。

 29年間生きてきて、女性と付き合った経験がないのだ。

 死ぬまでに一度くらいは付き合ってみたい。

 たとえ苫前さんがオレの救うべき女性だったとしても、他の女性と付き合ったっていいはず。

 高校生という、オレにとっては非現実的な状況にあるのだから、それくらいのご褒美は許されてもいいだろう?

「わかりました」

「え?」

 思わぬ返事にキョトンとしてしまう。

「ではお試しという形で交際しましょう」

「はい・・・?」

「期間は一学期の間だけ。それでどうですか?」

「どうですかと言われても・・・」

 付き合えるのは嬉しいはずなのにそんな淡々と言われると微妙な気持ちになる。

「だったらまずはお姉ちゃんとお試しで付き合ってよ」

 あゆみちゃんが割り込んでくる。

 なんだこの両手に花状態は。

「ですからそれはお断りしたはずです。ゆうは私のものです」

 違うよ?

「そもそもあなたは伊達だてさんの妹というだけですよね。ゆうのことが好きなのであれば、妹のあなたではなく、伊達だてさん本人と話をするべきかと思うのですが」

「それは・・・そうですね。わかりました。お姉ちゃんを交えて改めて明日あした、北見クンの件について話しましょう」

明日あす、ですか・・・了解しました。では明日あすの放課後、ゆうの部屋で集合としましょう。ゆうもそれでいいですよね?」

「いや・・・うん」

 拒否権はなさそうなので頷いておく。

 こんな状況、ゲームかアニメでしか見たことないわ・・・。

「では復唱ふくしょうしてください。明日あすの放課後、自分の部屋に集合だと」

明日あすはオレの部屋に集合です」

 なぜ復唱する必要があるのかと疑問に思いつつも従っておくことにした。

 今の苫前さんからは威圧感いあつかんみたいなものを感じるのだ。



       ※※※



 翌日。4月16日の火曜日の放課後。

 現在、オレの部屋には苫前さんのみが到着していた。

 というか一緒に学校から直帰ちょっきしたのだ。

 ちなみに和真かずまくんには事情を説明して席を外してもらった。

ゆう。キスをしましょう」

「・・・・・・」

 オレが普段使っているベッドの端に座る苫前とままえさんが、なんの脈絡もなくそんなことを言ってきた。

 なにを思ってそう言ったのかはわからないが、とりあえず・・・。

「いやです」

 お断りした。

「なぜですか。ゆうは私のことが好きなのでしょう」

「でも、苫前とままえさんはオレのこと好きじゃないんですよね」

「はい」

「・・・・・・」

 自分で自分の傷をえぐってしまった・・・。

「オレは相思相愛そうしそうあいのイチャイチャカップルがいいんです。両想いでもないのにキスなんてできません」

「そういうものなのですか? 男子はめんどくさいのですね」

 苫前さんだってめんどくさいじゃないか――――という言葉は飲み込む。

「オレはファーストキスもまだなんですよ・・・。苫前さんはあるんですか? キスの経験」

「はい」

「・・・・・・」

 即答されてしまった。

 意外ではあったが最近の子は早いって言うしな・・・。

「ちなみに性交の経験もあります」

「へ、へぇ・・・・・・」

 聞きたくなかったよそんな情報・・・。

 あと女子高生の口から恥じらいもなく『性交』っていう単語が飛び出してきたことにおじさんびっくりだよ。

 最近の子はほんと怖いな・・・。

「でも好きな男性としたことはありません」

「・・・・・・」

 え、どういうことそれ。好きでもない相手としたってこと?

 聞くに聞けず、苫前さんもそれ以上はなにも言ってこなかったのでその後は伊達姉妹が部屋に来るまで沈黙が続いたのだった。



       ※※※



「改めまして。3年の苫前とままえののかです」

 伊達姉妹が部屋にあがるなり、苫前さんが深々とお辞儀をして挨拶をした。

「ど、どうも。2年の伊達だて瑞希みずきです」

 ツインテールをだらんと垂らして苫前さんにならう瑞希さん。

「付き添いで妹のあゆみです」

 歩ちゃんも瑞希さんの隣で礼をする。

「き、北見きたみです」

 遅れてオレもならう。

「なにかお話があるとのことでしたが・・・」

 そう口火くちびを切ったのは瑞希さんだ。

「はい。確認しておきたいのですが、瑞希みずきゆうのことが好きなのですか?」

 年下相手とはいえいきなり呼び捨てとはさすが苫前さん。しかも質問がストレートだ。

「え、えぇ・・・それはもちろん」

 瑞希さんが照れながらも頷く。

「・・・・・・」

「そうですか。でもゆうは私に片想い中なんです」

 そんなはっきり『片想い』とか言わなくてもいいじゃないか。へこむぞ。

「そ、そうなんですか? では、苫前センパイのほうは・・・?」

「交際してもいいかなと考えています」

「え・・・えぇ!? 昨日と言ってること変わってるよね!?」

ゆうは黙っていてください」

 そんなこと言われても唐突すぎてわけがわからない。

 好きでもない相手とした件といい、苫前さんはいきあたりばったりな人生を歩んでいるのか!? おあゆみになられているのか!?

「今はまだ、ゆうを異性として好きではありません。ですが、交際しているうちに好きになるかもしれません。あとは、ゆうがそれでよければですかね」

「え、えっと・・・」

 とてもありがたい申し出ではあるが、苫前さんはそんな気持ちのままオレと付き合ってもいいのか・・・?

 それに、オレはそれでいいのか・・・?

 付き合っていくうちに好きになるなんて。絶対に好きになる保証なんてないのに。

 そんないい加減な気持ちの相手と、恋愛ド素人のオレが上手くやっていけるとはとても思えない・・・。

 苫前さんが、瑞希さんが、歩ちゃんが、オレが返事をするのを待っている。

「よ・・・」

 言葉が、口から発することができない・・・。

ゆう? どうかしましたか?」

 どう答えるのが正解なのかわからないという気持ちはもちろんある。

 でも、それを抜きにしても上手く声を出せない。

 ――――あのときと同じだ。

 去年のクリスマスイブ。人生で初めて女の子に告白をした日。

 相手の女の子をショッピングモールへ連れ出すことに成功したものの、オレはなかなか言葉を発することができず、カフェで30分以上会話のない状態が続いて・・・。

 なんとか言葉になったのは「好き」というまっすぐな気持ちではなくて、相手の気持ちを確かめるような、女々しい物言いだったように思う。

 「言うのは簡単」なんて言う人がいるけれど、コミュ障のオレからすれば「言うのも行動に移すのも難易度はベリーハード」だ。

 ・・・違う。

 コミュ障というのは言い訳にすぎない。

 オレが言葉を発せられなかったのは、オレがオレ自身を好きになれていないから――――自分に自信がなくて、そんな自分が誰かに好かれるなんて大層なこと、考えられるはずもない。

 結果がわかっているから、オレはあのとき言葉を躊躇ちゅうちょしてしまった。

 今回も、結果がわかっている。

 でも、その結果がいいほうに傾くとわかっているなら・・・。

「よ・・・よ、ろ・・・」

 よろしくお願いします。

 そのたった11文字の言葉をつむぐだけで、オレは苫前とままえののかの彼氏になれる。

 やったじゃないか。オレの若返り高校生活はハッピーなものになるみたいだぞ。

「しく・・・」

 わかっている。

 でもどうしても邪魔をしてくるモノがある。

 付き合ったあとに上手くやれるのかどうか・・・そう考えてしまうオレの弱さだ。

「すみません。ゆうは体調が優れないようなので、今日のところは解散にしたいと思います」

 苫前さんがなにかを言っている。

 解散・・・。

「そうですね。また後日ということで」

「北見クン、なんかごめん・・・じゃね」

 伊達姉妹が去っていく。

 けれどオレは未だに言葉を発することができないでいた。

「・・・・・・」

 隣に苫前さんの気配を感じる。

 でも、苫前さんの顔を見ることはできない。

 『こんなことで言葉に詰まる男だったのか』と呆れられているかもしれない――――そう思うと、すごく怖い。

ゆう

「・・・・・・」

「無理をさせてしまったみたいで、すみません」

「あ・・・」

 温かな感覚がオレを襲う。

 人の――――苫前さんのぬくもりだ。

「ご、めん・・・」

 こんな情けない男で・・・。

「ごめん・・・」

「どうして、謝るのですか?」

「だって・・・だって・・・こんなに、泣いて・・・」

 苫前さんの胸に顔をうずめ、オレはボロボロとだらしなく、そして情けなく、その胸を濡らしてしまう。

「いいのですよ。ゆうは年下なのですから。いっぱい泣いてください」

「ごめん・・・」

 ほんとは年下じゃなくて、ごめん。

 12も離れたおっさんなんだよ・・・。

 そんなおっさんが女子高生の胸でわんわん泣いてるなんて、ほんと・・・自分のことながら情けない。

 でも・・・こうして人に抱きしめられたのって、いつぶりだったかな・・・。



       ※※※



 苫前さんに恥ずかしい姿を見られてから一週間以上が経った頃。

「はぁ・・・」

 オレはグラウンドの片隅でため息を吐いていた。

 今日は小泉高校の体力テストの日。

 生徒数が少ない関係で、学年混合で行うことになっているのだが・・・。

 オレには仲のいい男友だちがいない。和真かずまくんがたまに気遣って話しかけてきてくれるくらいだ。

 こういうのは高校生になっても変わらないなと思い知らされる。

 そんなわけで順番待ちをしている今、暇なので遠くを走る女子の群れを見つめた。

「・・・・・・」

 そこにはまな板を抱えて走る苫前さんの姿があった。

 もちろん『まな板を抱えて』というのは比喩表現ひゆひょうげんなので察してほしい。そして他言無用だ。

 女子は現在、100メートル走のタイムを計測中のようだ。

 オレの最後に計測した中学生の頃は、16秒代だったのを覚えている。

 対して50メートル走は6秒代だった。29歳の今でもそうだが、当時からスタミナがなかったのだろう。

 なんて昔を懐かしんでいると、ポニーテールを揺らしながら女子のひとりがこちらへ駆けてきた。

「おっす北見クン。いま女子をエロい目で見てなかった?」

あゆみちゃん・・・」

 伊達だてあゆみ

 最近知ったことだがバスケ部の期待の星だとか。

「およ? 北見クンって女子を名前で呼ぶんだね」

「苗字だとお姉さんとかぶってしまうので・・・」

「ああそっか」

「・・・・・・」

 歩ちゃんには先週、言葉を発することができないでいる無様な姿を見られてしまっているので、なんというか・・・気まずい。

「そういえばさ。私、先週北見クンの部屋に行ったよね・・・?」

 歩みちゃんはなぜか確認するように訊いてくる。

「うん・・・来たけど・・・」

「なにをしに行ったのかよく憶えてないんだけど、北見クンわかる・・・?」

「憶えてない・・・?」

 なんだろう・・・以前にも似たようなことがあったような・・・。

「うん。お姉ちゃんと北見クンと()()で、なにか話し合ったのはなんとなく思い出せるんだけどね。なにを話したのかいまいち憶えてなくて」

「・・・・・・」

 3人・・・?

 あの場にはオレと苫前さん、瑞希さんと歩ちゃんの4人がいたはずだ。

「歩ちゃん、数え間違えてない・・・?」

「ん? なにが?」

「人数・・・オレの部屋に集まったの、オレを含めて4人のはずだけど・・・」

「そうだったっけ? 私と、お姉ちゃんと、北見クン・・・えっと・・・他にだれかいたっけ?」

「・・・・・・」

 苫前さんをいなかったことにしている。

 いや、本当に憶えていないのか・・・?

「ね、ねぇあゆみちゃん・・・苫前とままえののかって名前に、聞き覚えある・・・?」

「とままえ・・・?」

 歩ちゃんは怪訝けげんそうな顔で考えている。

「芸能人?」

「いや、うちの3年生の・・・」

「3年・・・? とままえ、ののか・・・あ・・・そういえば、会ったことある気がする・・・ってか話したこともあるかも」

「・・・・・・」

 これは苫前さんをハブっているとか、歩ちゃんの記憶力が悪いとか、そういう次元の話ではない。

 歩ちゃんの表情や話し方が自然すぎるし、嘘をついているってことはないだろう。平然と嘘をつける子だとは思いたくない。

 そもそも嘘をついたところで歩ちゃんにはなんのメリットもないはずだし。

「ごめん歩ちゃん。ちょっと、用事思い出したかも」

 オレは歩ちゃんにそう告げると立ち上がり、和真かずまくんの元へ向かった。

「うん。また教室でね」



和真かずまくん。ちょっといい?」

 同じ1年生の男子数人と談笑していた和真くんに声をかけると、和真くんは不思議そうにこちらへ顔を向けてきた。

「珍しいね。学校で北見くんから話しかけてくるなんて」

 オレと和真くんは寮でこそ同室だが、実はそこまで仲がいいというわけではない。

 和真くんは割と部屋でも学校でも話しかけてきてくれるのだが、いかんせんコミュ障のオレから話しかけることはほとんどない。

「うん。訊きたいことがあって」

「訊きたいこと?」

「和真くんのお姉さんって、3年生なんだよね?」

「うん。そうだよ」

「えっと、どの人か教えてもらっていい?」

 女子の群れに目をやりつつ尋ねる。

「いいけど、姉ちゃんになにか用なの?」

 和真くんはいぶかしむ様子もなく、純粋な疑問を口にしている。

 1年生のオレが、会ったこともない3年生を紹介しろと言っているのだから当然の反応である。

「うん。ほら、おれって仲のいい女子がいないからさ。仲良くなりたいなって思って」

「そういうこと。でも姉ちゃん、彼氏いるよ? ほら。あそこで素振りの練習してるセンパイ」

 和真くんの視線の先にいたのは、バッドもなしにバッティングの練習をしているガタイのいい男子生徒。

「あのひとも、3年生?」

「うん。野球部の4番で、北斗ほくと理樹りきセンパイ」

「そっか・・・じゃあ、宣戦布告しに行こうかな」

「えぇ!? センパイだよ!? やめておいたほうがいいよ!」

 和真くんの制止の声を無視して、オレは北斗さんへ近づく。

 なにも本気で宣戦布告をしようというわけではない。

 そもそも和真くんのお姉さんと仲良くなりたいわけではないのだ。

「すいません。北斗センパイ、ですよね?」

「うん? そっすよ。そっちは?」

「1年の北見です」

「ふぅん。1年がなんの用? 野球に興味あるようには見えないけど?」

 鋭い。

 たしかにオレは野球には興味がない。

 ゲームで何度か遊んだことがあって、ルールを知っている程度だ。

「お訊きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」

「なに?」

「苫前ののかという女子生徒をご存知ですか?」

「は? とままえ? そんなやついたか?」

「いや。聞いたことないな」

 北斗さんは友だちらしき男子生徒たちにも確認していたが、だれひとりとして苫前さんを知る人はいなかった。

「・・・・・・」

 疑念が確証へ変わる。

 まるでゲームやアニメの世界に迷い込んでしまったみたいな感覚。

 でも考えてみれば『未来から来た』と言うミライくんがいるし、なによりオレが置かれている状況が非現実的ではないか。

「ありがとうございます。それを確認したかっただけです」

「あ? ああ」

 よくわからないという顔をする北斗さんたちを後目しりめに、オレは女子の群れへと歩を進めた。



「なにかおもしろい物でも見つけたんですか?」

 女子の群れ――――その端っこでひとり空を見上げていた女子に声をかける。

「いえ。今日は快晴でも暖かいなと。少し前まで雪が降っていたのが不思議でなりません」

「ですね」

 北の大地・北海道。

 そこは最近まで、4月に入っても雪が降る寒い気温が続いていた。

 とはいえさすがに4月の気温なので、降っても積もるようなことはなかったけれど。

ゆう。今夜、私の部屋へ来てください」

「え・・・」

 脈絡がないのは今さらなので置いておくとして、苫前さんに話があったのでオレとしてはありがたいお誘いだが、まさか向こうから誘ってくるとは・・・。

「あ、はい。オレも、苫前さんと話したいなって思っていたんです」

「もう胸は貸しませんよ」

「あれは忘れてください!」

 かくしてオレは、苫前さんの部屋へ行くという約束をとりつけたのだった。



       ――第5話へ続く――

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