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プロローグ

 ――――あなたに世界せかいを救ってほしいのです。

 オレの前に突然とつぜん現れたそいつは、そんな突拍子とっぴょうしもない言葉を口にした。



       ※※※



 3月も終わりが近づいてきたある日。

 あと1ヶ月で29さいに別れを告げることになる事実を悲観ひかんしながら、オレ――――北見きたみゆうは近所にある温泉施設おんせんしせつ遊々慈適(ゆうゆうじてき)』に足を運んでいた。

 宿泊も可能で、日帰り料金は温水プールやスパの利用料も含まれているため1500円と少々高めだが、午後6時以降は1300円と多少安くなる。

 しかしそんな多少も、親の仕送りと日々のバイトによってなんとか生計をたてているしがないフリーターのオレにとってはとてもありがたい。200円バンザイ!

 ミストサウナに入る。一般的なサウナが蒸気じょうきで熱を発生させているのに対し、ミストサウナは水蒸気すいじょうきで熱を発生させているサウナのことだ。

 オレは一般的なサウナよりミストサウナのほうが好きだ。気のせいかもしれないが、ミストサウナのほうが長時間入っていられるから。

 一人用の白い肘掛ひじか椅子いすに腰を下ろす。

「・・・・・・」

 安定した職に就かないままもうすぐ三十路みそじか・・・。

 オレは中学を卒業すると高校へは行かず、親元を離れて社会人になった。

 右も左もわからないまま大人たちに囲まれて、初めての社会で不安もたくさんあって、働きはじめの頃は『高校に行っときゃよかったかな』なんて思ったこともあったけど、後悔こうかい先に立たず。やんでもどうしようもない。

「すいません。隣いいですか?」

「あ、はい。どぞ」

 どうしようもないことを考えていると、高校生とおぼしき少年がやってきた。

 高校生が午後8時にひとりでサウナとはしぶい。それとも友だちと来ているのだろうか。

「過去をやりなおしたい・・・そう考えたことはありませんか?」

 高校生が突然(くち)を開いた。

 ミストサウナ内にはオレと高校生のふたりしかいない。

 どうやらオレに話しかけているようだ。

「か、彼女とケンカでもしたんですか・・・?」

「・・・いえ」

 少しののち高校生が首を左右へ振った。

「じゃあ・・・えっと、テストで悪い点とった、とか・・・?」

「いえ。そんなかわいいことで悩みませんよ」

 今度は即答だ。

 それにしてもテスト絡みの悩みが『かわいいこと』とは。今どきの高校生はすごいな。なにがすごいのかよくわからないけど。

「このままでは、世界が滅んでしまいます」

「・・・・・・」

「あなたに世界を救ってほしいのです」

「・・・・・・」

 高校生が「なんて冗談でした」と言うのを待ってみたが、そんな言葉は飛んできそうになかった。

 これはあれか。中二病だな。あるいは新手の宗教勧誘とか?

 とにかくあまり関わらないほうがいい。

「すみません、もう出ますんで」

 そう言って立ち上がったところで――――

北見きたみゆうさん」

 高校生がオレの名前を口にした。

「え・・・?」

 振り返って高校生の顔を確認する。

 知り合いかと思ったが、いくら考えてみても『初めて会うやつ』という結果にしかならなかった。

「ボクは未来からやってきたんです」

 またとんでもない言葉を口にする高校生。

「信じられないかもしれませんが、あなたに救ってほしい女性がいるのです」

「はぁ」

 ようやくオレの口から言葉が漏れた。言葉というよりかは音というほうが近いかもしれないが。

「詳しく話してしまうと、とんでもないバタフライエフェクトがしょうじてしまう可能性があるので言えませんが・・・あなたには高校生になってもらい、その女性を救ってほしいのです」

 さっきからこの高校生はなにを言ってるんだ。アニメの見過ぎで頭がおかしくなってしまったんだろうか。

「えっと、それよりキミ・・・なんで、オレの名前知ってる、んですか・・・?」

「未来から来たと言ったじゃありませんか。それが答えです」

 まったく答えになっていない気がするんですけど。

 未来のオレの知り合い、とかそういうことだろうか。そういうことにしておこう。

「ボクのことは・・・そうですね。本名は名乗れないので、ミライとでもお呼びください」

「いや、名前とかどうでもいいです・・・」

 未来から来たから『ミライ』とか安直すぎやしないか。

 もちろん本当に未来から来たわけではないだろうけど。

「伝えるべきことは伝えました。あとはおそらく、彼女のほうから接触してくるでしょう」

 ミライくんはそう言って立ち上がった。

「まだ信じていないでしょう。当然です。でも要点ようてんは覚えてください。世界が滅ぶのを食い止めるために、ある女子高校生を救う。それがあなたの役目なんです」

「は、はぁ」

「それでは失礼します。また明日」

「・・・・・・」

 ミライくんは至って普通の足取りでミストサウナから去ってしまった。

 なんだったんだ、あれは・・・。



       ※※※



「・・・・・・ん」

 不思議少年ミライくんと出会った翌朝。

 目を覚ましたオレは、なんとなく自分の体が軽くなっている気がした。体重が、ではなくだるさが解消しているという意味で。

「・・・げっ!?」

 スマホで時刻を確認すると午前9時だった。

 今朝は早番で午前8時に出勤しなければならないバイトがあったのに、完全遅刻ではないか。

 慌てて職場に連絡しようと思ったところで、着信があった。

 画面には『非通知』と表示されている。

 今どき非通知の着信なんて出るわけがない。無視だ無視。

 そう思って『拒否』の表示をタップしようとすると、今度はインターホンが鳴った。

 なんだか今朝はやけに騒がしい。遅刻だってのになんなんだよまったく。

 とりあえず着信は『拒否』して、すかさず職場へ連絡――――

「え・・・?」

 するよりも早く、部屋の扉が外側からひらかれた。

「こんにちは、北見きたみさん」

 姿を見せたのは昨日ミストサウナで出会った高校生、自称『未来人』のミライくんだった。

「ど、どうやって開けたの!?」

「合い鍵です」

 ミライくんはそう言って一本の鍵を見せてくる。

「あなたの知人から受け取った物です。もちろん未来で、ですけど」

 常々思っていたことではあるが、最近の高校生の『冗談』はやりすぎなふしがある。

 あっけらかんとしているミライくんに注意するべきか、それとも先に警察へ連絡するべきか悩んでいると。

昨晩さくばんの件ですが」

 ミライくんが口を開いた。

「あなたに救ってほしい女性というのは、この先あなたにとってとても大切な存在になる方なのです」

 えっとたしか、世界の滅びを食い止めるために女性を救え・・・とかそんな話だったか。

「邪魔をしてしまいましたね。どうぞ。職場に連絡してもよろしいですよ」

 言葉遣いだけは丁寧ていねいなミライくんにうながされ、職場へと電話をかける。

 すると――――。

「もしもしお疲れ様です。北見きたみです」

『きたみ・・・? 失礼ですが、どちらのキタミ様でしょうか・・・?』

 不思議そうな女性の声。去年バイトで入った白老しらおいさんの声だ。

白老しらおいさん? オレです。北見きたみゆうです。今日早番だったんですけど、寝坊してしまって」

『すみませんが、番号を間違えているのでは・・・?』

「え・・・?」

『うちにキタミという人はいませんよ・・・?』

「・・・・・・じょ、冗談・・・ですよね・・・?」

『いえ・・・すみません。いたずらなら店長に報告しなきゃならないのですけど・・・どうします?』

「あ・・・すみません・・・間違えたみたい、です・・・」

 オレは消え入りそうな声で最後にそう言い、通話を終えた。

 どうなってるんだ? 白老しらおいさんは本気でオレのことを知らないみたいだった・・・。

「なにが起きているのかわからない・・・そんな顔をしていますね」

「これも・・・ミライくんの、仕業しわざ・・・?」

「まさか。あなたが高校生になったことにより、世界が再構築さいこうちくされたのでしょう」

「は・・・?」

 こんなときでも中二病全開かよ・・・。

 なにを言っているのかさっぱりわからない。

「まずは自分のお姿を確認してみてはいかがですか?」

「自分の、すがた・・・」

 言われて自分の体を見下ろしてみる。

「・・・?」

 少し、背が縮んでいる・・・?

 いや、それ以前に体格も変わっているような・・・?

「今のあなたは、この世界では『高校生』として観測されているのです。厳密には入学前ですけどね。ですから、昨日まであなたがいた世界で体験したことはなかったことになっているのですよ」

「日本語でおけ。もっとわかるように説明してください」

 『この世界』とか『観測されている』とか言われてもまったく理解できない。したくもない。

「そうですね・・・あなたはあなたが『高校生として生きている世界』に移動したのですよ。と言っても、今が2019年であることに変わりはありませんが」

 ますます意味がわからない。

「それでもわからないようでしたら、ここは夢の中とでも考えてください。あなたの夢ではなく、あなたが救わなけばならない女性の夢です」

「オレが助けなきゃいけない相手が見ている夢・・・?」

「はい。実際この世界は半分ほど夢みたいな曖昧あいまいな場所ですので」

「・・・・・・」

 状況はさっぱり理解できないが、ここが夢の中だって言うならそのほうが現実味がある。夢の中で現実味もなにもない気がしないでもないけど。

「ご理解していただけましたか?」

「・・・理解はしてないけど、この状況は受けいれる」

「話が早くて助かります。では、こちらをどうぞ」

 ミライくんからA4サイズのクリアファイルを受け取る。

「これは?」

「あなたが4月から通うことになる高校の資料です。目を通しておいてください。それと、制服は後日届くことになっています」

用意周到よういしゅうとうすぎて怖い」

「夢ですから。なんでもありなんです」

「それもそっか」

 納得しきったわけではないけど、とりあえず頷いておく。

「それで、オレが助ける相手って? 名前はなんていうんです?」

「すみません。過度なバタフライエフェクトを避けるために、それは言えません」

「昨日も言ってましたね・・・バタフライなんとかって?」

「簡単に説明しますと『起こりうる未来をひとつ変えると、別の起こりえた未来に影響をおよぼしてしまう現象』でしょうか」

「は?」

 まったく理解できなかった。

「トランプのババ抜きでたとえるなら、相手の手札がジョーカーとハートのエースの二枚だったとします。あなたの未来がジョーカーを引いて負けるものだとして、仮にそんな未来を知っていたらあなたはハートのエースを引きますよね。あなたが『ジョーカーを引く』という未来を変えたことにより『相手が負ける』という未来につながってしまう――――これがバタフライエフェクトです」

「雨降りの前日に天気予報を確認しているかいないかの違い・・・みたいなこと?」

 天気予報で翌日の天気を確認していればかさを持っていくので雨にはれず、確認していなければ傘を持っていかないので雨に濡れてしまう――――というふたつの未来へ分岐ぶんきするわけだ。

「少し違いますが、まぁそのようなことです」

 つまりオレがその助ける女性に出会うより前に名前を知ることにより、未来で『なにか』が変わる可能性がある。その『なにか』がわからないから安易に名前を教えるわけにはいかないってことだな。

「・・・でもそれだと、キミがオレに会うのもまずいんじゃない? オレは『女性を助ける』という知らなかった未来を知ったことになるわけだし」

「ご安心を。ボクがあなたに教えているのは、ボクがあなたに教わったことだけです」

「は?」

「不思議なことに、世界は『本来あるべき姿』に収束するのですよ。ですので、ボクがあなたに、あなたの知っていることを話してもそれは『本来あるべき姿』なので問題はありません。現にこうしてボクはあなたと話したままですしね。仮に問題があれば、とっくにバタフライエフェクトにより世界は変動していますよ」

「・・・・・・」

 ミライくんの言葉を(ぜろ)から100(ひゃく)まで信じたわけじゃないけど、それでもところどころ何を言っているのかわからないな・・・。

「いまボクが話せるのはこのくらいですかね。なにか質問はありますか? ボクが答えられるものであれば、なんだってお答えいたしますよ」

「・・・その女性を助けることで、オレの未来は楽しくなるのかな」

 質問というよりはつぶやきだった。

 正直なんのために働いているのか・・・もっと大げさに言ってしまえば、なんのために生きているのか――――その意味を見失いかけていたのだ。

 趣味もなく、彼女もなく、友だちもなく・・・なにをやっても全力で楽しめなくなってしまって・・・そんな、自分で自分の人生がつまらないと感じるようになっていた。

 そんな折、こんな突拍子のない話が舞い込んできた。

「はい。といっても、すべてはあなた次第ですが」

「なんじゃそりゃ・・・」

 自分次第で未来が楽しくなる。

 そんなこと当たり前じゃないか。

「・・・・・・」

 当たり前だけど、オレにとっては当たり前ではなかった。

 でも、その女性を助けることで当たり前になるのなら・・・。

「わかった。で、具体的になにをすればいいの?」

「ですから、女性を助けてほしいのですよ」

「それはもう聞いた。そうじゃなくて、『なに』からその女性を助ければいいのかってこと」

「すみません。それも教えるわけにはいきません」

「またバタフライエフェクトってやつか・・・」

「はい。でも大丈夫ですよ。たぶん、あなたなら」

 根拠こんきょもないだろうに勝手なことを・・・。

「ま、やるだけやってみます」

「ありがとうございます。では他に質問がないようでしたら、ボクはこれで失礼します」

「最後にひとついいかな」

 立ち上がったミライくんを呼び止める。

「キミにとって、オレはどんな存在なの? 未来でオレと関わりがあるんだよね?」

「とても大切な人・・・とだけ答えておきますね」

「そっか・・・」

 その言葉で、なんとなくミライくんが何者なのかわかってしまった。

 確信はもてない。ほんとうになんとなくだ。



 ミライくんが去ったあと、オレは4月から通うことになった高校の資料に目を通した。

 小泉市こいずみしにある私立しりつ小泉こいずみ高等学校。開校100年間近の伝統ある学校だが、年号が平成になってからというもの生徒数は年々減少し、今年度の生徒数は八十名弱。学生寮がくせいりょうがあり、オレはそこに入寮にゅうりょうする手はずになっているらしい。

 というか始業式が4月1日で入学式が4月2日予定となっている。なんだってそんなに急いで新学期を開始するのだろうか。それとも高校ってのはどこもそんな感じなんだろうか?

「八十名か・・・」

 今年度の生徒数を見てつぶやく。

 一学年二十数名しかいないってことかよ。大丈夫かこの学校。

 オレが入学するのは来月。つまり来年度。年々減少しているということだから、今年度よりさらに生徒数は減っているかもしれない。

 いやしかし、助けるべき女性の名前も特徴もわかっていないから生徒数が少ないのはむしろ好都合こうつごうとらえるべきか・・・?

 探し出すの大変だろうしな。

 ミライくんはたしか「彼女から接触してくる」と言っていたけど、そんなに上手くいくのだろうか・・・。

 不安だ。



       ※※※



 4月1日。

 オレは小泉高校の学生寮を訪れていた。

「すいません。今日からお世話になる北見きたみですけど」

 インターホンにそう告げると「北見くんね。開いてるから入っていいよ~」とのんびりした若い女性の声が返ってきた。

 半信半疑だったけど、入学手続きなどはミライくんがどうにかしてくれたのか、オレは本当に高校生として生活していくことになるらしい。

 りょうの扉を開けると、メガネをかけた巨乳のお姉さんが事務室らしき部屋から出てきた。

「どうも~。寮母りょうぼ余市よいちです」

「ど、ども。北見きたみです」

「・・・・・・」

 なぜか余市よいちさんの視線が上にいったり下にいったりしている。

 制服なんて十数年ぶりに着たもんだから、どこかおかしい部分があったのかもしれない。

「うん。かっこいいね。似合ってるよ~」

「えっ!?」

 突然のお褒めの言葉に動揺を隠しきれないオレ。

 女性に褒められるなんて久しぶりすぎてどう反応するべきかわからない。だれでもいいからかいを教えてくれ。

「1年生の部屋は3階ね。えっとね、北見きたみくんの部屋は3031号室だね。はい」

 オレの動揺などつゆも気にせず余市よいちさんは話を進めている。高校生が動揺しようが相手にされるわけないか。

 『3031号室のカギ』を手に入れた。

「スペアキーだけど、なくさないようにね」

「あ、はい。気をつけます」

「うん。荷物は宅配かな?」

「いえ、ある程度家具はそろってるとのことでしたので、これだけです」

 背中にあるリュックを見せる。

「え・・・着替えは?」

「・・・・・・明日にでも取りに行ってきます」

 失念しつねんしていた。

 財布とスマホに充電器、教科書や必要書類をリュックの中に詰めに詰め込んだはいいけど、これからしばらくここで過ごすのに着替えを忘れるなんて。

 適当に部屋着へやぎでも持ってくるか。

「今夜はどうするの? パジャマ、持ってきてる?」

「いえ、制服のまま寝ようかと・・・」

「ダメだよ~。明日は初日なんだから、しわしわになってたら笑われちゃうよ?」

 今さらだれにバカにされようがどうだっていいけどな・・・。

「私のパジャマ貸してあげるから、待っててね」

「え・・・?」

 思わずキョトン顔になってしまうような素晴らしい提案。

 っていやいや。さすがに女性のパジャマを着るわけにはいかんでしょ。下手したら犯罪だよハンザイ。

 オレは余市よいちさんの厚意こういだけ受け取って、足早に3階へと向かった。

 学生寮は男子寮だんしりょう女子寮じょしりょうのふたつの建物に別れていて、男子寮は3階建て。女子寮は4階建てとミライくんに渡された資料に記されていた。そして女子寮にはエレベーターがあるのに対し男子寮には階段しかないとも。

 なんという男女差別。心の中で抗議してやる。

 3階にある『3031号室』と書かれたプレートの前で足を止めた。

「ん・・・?」

 余市さんから受け取ったスペアキーを差し込んで右へ回してみたが、カギが開いた気配はなかった。

 試しに左へ回すと、こんどはカチッとカギがかかったような音がなった。

「・・・・・・」

 念のためノブを引いてみたがやはりカギがかかってしまったらしい。

 つまり初めから部屋のカギはかかっていなかったのだ。

 導き出される答えはみっつ。

 ひとつはスペアキー、あるいはカギの差込口が壊れている場合。しかし新学期早々そんなことがありえるだろうか。

 もうひとつは余市さん、もしくは去年までこの部屋を使っていた生徒がカギをかけ忘れていた場合。しかしそんな管理不足な寮には住みたくないしな・・・。

 そして最後のひとつはもっとも可能性の高い――――。

「なにしてんの?」

「ど、ども・・・」

 カギが開くような音が聞こえてきた直後、内側から3031号室の扉が開いて男子生徒が顔を覗かせた。

 最悪・・・相部屋あいべやだ。

「もしかして同じ部屋のひと?」

 幼さが残る顔立ちに声色。まだ声変わりしていないのかもしれない。

「あ、そうみたいです」

「おれ、和真。中標津なかしべつ和真かずま。よろしく」

 さわやかな笑顔で右手を差し出してくる和真かずまくん。

 高校生ってまぶしいな・・・。

 思いつつも握手あくしゅに応じる。

「よろしく。北見きたみゆうです」



       ※※※



 翌日の4月2日。

 小泉高校こいずみこうこうは本日、体育館にて入学式を執り行っているわけだけど。

「・・・・・・」

 新入生は出席番号順でひとりずつ檀上だんじょうに上がって軽い自己紹介をする決まりらしく、今年の新入生わずか十六名のうちオレの出席番号は『か行』にもかかわらず1番だった。

 つまりトップバッターである。

 つかなんで『あ行』のやついないんだよ!?

「・・・・・・」

 みんなの視線がオレひとりに集中している。

 ぱっと見た感じ生徒数は少ない。五十名くらいではなかろうか。

 しかしオレはコミュしょうである。1対1なら社会人生活の賜物たまものでなんとかなるが、大勢の人の前で話すことはいまだに苦手だと声を大にして言える自信がある。

 とはいえなにも難しいことを言うわけじゃない。昨日和真(かずま)くんと交わしたようにちょっと挨拶をするだけだ。

 なんとかなる。なんとかなるはずだ。

 自己紹介なんて慣れっこだろ北見きたみゆう!!

北見きたみゆうです!」

 早口でそれだけ言って軽く頭を下げ、オレは早々に檀上から去ることにした。

 ふぅ・・・自己紹介なんてちょろいぜ。

 何事もなかったように列へ戻る。いや何事もなかったけど。なさすぎたけど。

 次の出席番号の生徒が檀上へ上がり、高校生らしい流暢りゅうちょうな話し方で自己紹介を始めた。

 高校生ってすごいなぁ・・・。

 そんなことをぼんやりと考えた入学式だった。



       ※※※



 同じ日の昼休み。

 人生初の学食でひとりランチタイム。

 高校生たちに囲まれてなんともいたたまれない気持ちになっていたところへ、ひとりの女生徒が淡々(たんたん)とした口調で話しかけてきた。

「前の席、いいですか」

 肩まで伸びた黒髪は手入れしているようには見えず、表情からはどことなくやる気のなさが伝わってくる、おそらく高校生ウケはよろしくないであろう印象を受ける女生徒。

 左の目元には小さなほくろがある。チャーミングだ。

「あ、どぞ」

 女生徒の昼食はオレと同じチャーハンだった。

 余談だが、オレは初めて行くラーメン屋では必ずチャーハンを頼む程度にはチャーハンが好きだ。まずはそのお店のチャーハンの味を確かめずにはいられないのだ。

「・・・・・・」

 黙々とチャーハンをスプーンですくって口へ運んでいると、目の前に座る女生徒の手が動いていないことに気付いた。

 なるべく直視しないように顔をうかがってみると、ばっちりと目があってしまった。

 化粧をすれば化ける顔立ちかもしれない。

 いやそんなことはどうでもよくて。

「え、と・・・どうしたの?」

 おそるおそるたずねる。

「つかぬことを御伺おうかがいしますが」

「え?」

「あなたはどうしてここにいるのですか?」

 質問に質問で返されてしまった。

 しかも存在を否定するときたもんだ。

 おじさんびっくりだよ。

「ごめん、キミの言ってることがよくわからないんだけど・・・」

「あなたは異端いたんな存在ですね」

「え」

 なんで初対面の女の子にここまでディスられてんの。

 入学式での挨拶でオレがコミュ障であることを見破ってイジメにきたんだろうか。

「私、あなたとは初対面なんですよ」

「は、はぁ」

 それはそうだろう。今日が入学式だったんだから。

「あなたに興味があります」

 まるで興味なさそうな表情と声色でそんなこと言われても。

 演技へたくそか。

「私は3年の()()()です。苫前とままえののか」

「はぁ。1年の北見きたみゆうです」

 名乗られたので名乗り返してみた。

ゆう明日あすはあなたから話しかけてきてください」

「くださいと言われても・・・」

 なんなんだこの子。

 オレになにを求めているんだよ。

 こういう『あなたに気がある』と見せかけてくる子って苦手なんだよなぁ。

 過去にそれでバカを見たので、相手に悪気はないにせよフレンドリー系女子は変に意識しないほうがいいと学んだのである。

 ま、苫前とままえさんはまったくもってフレンドリーって感じじゃないけど。

「チャーハンは学食ここで二番目に美味しいですよ」

 いきなり話題が変わった。

 しかも淡々としたものだったので真実味がない。

 ほんとなんなんだこの子。

「へ、へぇ・・・一番は・・・?」

「ざるそばです。世界で一番おいしいざるそばかもしれません」

 その声色には心がこもっていないように感じたが、確認するとたしかにざるそばを食べている生徒がちらほらといた。

 本当に世界一なのかもしれない。

 そんなわけあるか。

「・・・・・・」

 その後はお互い無言でチャーハンを頬張ほおばった。



 ――――これがオレ、北見きたみゆう苫前とままえののかの出会いだった。


 0章~出会い~

          ――完――

【次章予告】


 苫前とままえののかと徐々に距離をつめていく北見きたみゆう

 しかし彼女との距離が近づくにつれて、ある〝違和感〟を覚えていく。

 果たしてその〝違和感〟の正体とは!?



 始まりの1章――――7月5日より順次公開!

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