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第九話


 今日は美推の仕事なワケだが、うだうだ考えごとをしていると案外時間はあっという間に過ぎていくもので、本来楽しみにしていた時間もまた、別なふうに感じてしまう。

 せっかく美推の仕事で二人になれたというのに、空気が重い。

 星宮さんは何を思っているのだろうか……。

 花に水をやる後ろ姿からは、何も聞けなかった。


「黒瀬くん」


 星宮さんは背中で俺を呼んだ。

 目の前に声の主がいても、背中越しの声だと少し変わって聞こえる。


「ん?」

「昨日、智ちゃんとの会話聞いてたでしょ」


 それは本格的に黙るしかない──とも思えないけど……。


「ごめん……盗み聞きするつもりはなくて……あの、気づいてたの?」

「だって、黒瀬くん、智ちゃんが行った後トイレの前にずっといるんだもん。話を聞いてて私がトイレに入っていくの見てたんじゃない?」


 ずっと、と言われるほど長居したつもりはなかったが、星宮さんにとっては長い時間だったのかもしれない。


「トイレで泣いてるんじゃないかな、って思ったから……」

「会いたくなかった」

「えっ?」


 初めての声音だった。

 その言葉は嘘だと思った。いや、嘘だと思いたかったし、願いたかった。


「会いたくなかったの! あの時! 黒瀬くんに!」

「えっ、あの……」

「私ね、怖かったの……。あの時、黒瀬くんに会っていたら、私は智ちゃんか黒瀬くん、どちらかを失うんじゃないか、って……」

「ごめん、それってどういう……」

「違うの!そうじゃないの……」


 星宮さんの言葉の意味がまるでわからない。


「あのね、怖いのは今もなの」

「いや、俺、星宮さんの為に……」

「だから違うの!」


 両肩をあげ、小刻みに震えている。

 俺はまた、星宮さんを泣かせてしまっている。

 星宮さんのことを慰めたいのに、それができない。


「ねぇ」


 ふと、手首で目をこすり、こちらをゆっくりと振り向く。


「黒瀬くんってさ、私の何なのかな?」


 夕暮れのオレンジに照らされた表情は、くしゃくしゃの、それでいて精一杯の笑顔だった。

 俺は、不謹慎にもその笑顔を美しいと思ってしまった。

 そう、それはまるで今にも消えてしまいそうで、儚くも風に舞う花びらの様なその笑顔に……。


 それから寝るまでずっと、その表情が離れなかった。

 そのせいもあってか、次の自分の行動がすぐ心に決まった。

 もう、俺のすべきことは一つだ。





 言ってしまった。


 ベッドで仰向けになり、右手の甲を眉間に当て昨日今日の出来事を振り返る。


 本当は自分が悪いんだって、一番わかっている。

 智ちゃんのことを傷つけて、気が付くと、黒瀬くんがいた。多分、私を心配してくれたのかもしれない。

 でも、黒瀬くんの人の良さが、私を突き動かして、私と智ちゃんが友達で居られなくなるかもしれない。

 こんな自分が嫌。これを黒瀬くん本人に言えるわけない!

 全部自分が悪いのに。

 智ちゃんを傷つけたのも、黒瀬くんの優しさに甘えてしまったのも、智ちゃんと黒瀬くんを近づけようとしたのも、黒瀬くんを傷つけてしまったのも、全部全部、自分が悪いんだ。

 そして何より……。


「なんで、最後にあんなこと聞くのよ……私」


 私は答えを聞く前にその場を去っていた。

 目の前のブレスレットを触る。それでも、胸の鼓動が収まらない。


「こういうのいつぶりだっけ?」




 ぐずっていた夜とは裏腹に、朝の目覚めはいつも通りだった。

 そしていつも通りに登校する。

 

「おはよう!」


 背中からの男子の声にどきりとする。

 振り向くと、全く別の人に宛てた挨拶だったようだ。

 しっかりしろ、私!


「星宮さん、おはよう」

「うん、おは……よう」


 今一番会いたくない人に会ってしまった……。

 昨日のこと、怒ってるかな……。

 気にしていたら、先に教室に入って行ってしまった。


 教室に着くと、友達の笠間(かさま)(れい)がいた。


「おう! 水月っち! おはよー!」

「うん、おはよー!」

「ねぇ、聞いてよ水月っち!昨日の帰りでさ…」


 これもいつも通り。

 友人の輪にいるとホッとする……。

 これで休み時間も困らない。

 



 いつも通りの昼休み。


『三年一組の黒瀬健介君、職員室の斉藤のところまで来なさい。繰り返します。三年一組の……』


 教室内に黒瀬くんの呼び出しが響く。


「黒瀬お前何したの?」

「さぁ……とりあえず、行ってくる」


 なんだろう…。

 席から立ち上がり、教室を出る一連の行動を目で追う。


「ねぇ、話聞いてる?」

「え、あー、ごめん、考え事してた……」

「え〜! 何考えてたの〜? 怪しい〜!」

「別に話すことじゃないって!」


 結局、なぜ呼び出しを受けたのかわからなかった。


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