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第二十四話



「はい、いらっしゃい!」


 お店に入ると、明るい女将さんが出迎えてくれ、奥へと案内された。

 そこには長方形の台があり、その上に、敷き紙を被ったお盆と、幾つかの子皿、調理器具が揃って用意されていた。

 私たちは手を洗い、簡易的なビニールエプロンとビニール手袋をお借りして台を囲む。

 台を囲んだ時に、隣に智ちゃん、台を挟んだ向かいに黒瀬くん、斜め前に白河くんという位置取りになった。偶然こういう配置になったように見えて、実は必然だったりする。


「私、晴翔の正面に立ちたい!」


 まぁ、隣になるより正面からの方が顔とか作ってる姿とか見えるもんね…。

 で、私が智ちゃんの隣、黒瀬くんが白河くんの隣となるので、私と黒瀬くんが向かい合う形になる。


「では、よろしゅう頼んます」


 優しい口調でご指導頂く先生が自然な笑顔を含みながら挨拶をする。

 それに応じて私達も「よろしくお願いします!」と同じ挨拶を返す。


「まず、作る前に話しておきたいんやけど、今日作った八つ橋は、お向かいさんに食べてもろて、食べはった方も感想をいぅてくださいね!料理いぅんは誰かの為に作るんが気合いも入ってよろしぃでしょ」


 聞いた瞬間に体が、固まってしまった。向かいって……黒瀬くんに……?

 目線だけ智ちゃんの方に向けると、殆ど同じリアクションだった。


「では、始めさせて頂きますね」


 作っている最中は一度も顔を上げることができなかった。ただひたすら手元を見つめ、説明を聞いて、その通りに手を動かす。

 工程が進んでいくにつれ、頭に血が登らなくなってくる。

 あぁ〜、完成してしまうぅ〜!!


「はい、これで完成です」


 完成してしまいました……。


「では、いぅた通り、作った八つ橋を交換して、試食してみましょ」


 私達は店の表側へ出て、端っこの客席で試食をした。


「んぅ! うまいっ!」

「ほんとっ!? 良かったぁー!」

「ほんろほんろ! ふぇ、ほふぇほは?」

「へ? 何?」


 口に入っていたもの喉へ流した白川くんは、先ほどの暗号の答えを口にする。


「本当にうまいよ!俺のはどう?」

「え、あーじゃあ、頂きまーす! んー! おいひぃー!」


 もう、そこの二人付き合っちゃえよ。

 その一方で、黒瀬くんが……、一口、二口、しっかり味を確かめるように、規定の噛む回数を数えているかのように、ゆっくりと食べている。

 その表情は真剣そのものだった。


「どう……かな……?」

「……」


 別に、変なもの入れてないし……言われた通り作ったんだけどなぁ……。


「水月っち、食べないの?」

「あ、うん……」


 黒瀬くんの方をチラッと見て「頂きます」と聞こえるようにつぶやいて、パクっと一口……。


「んーっ!」


 和菓子特有の餡子の甘さが口に広がり、落ちそうなほっぺたを両手で支える。

 この皮も甘すぎない程度にセーブしてくれている。そして何よりしっかりとした食感も噛むことを楽しませてくれる。


「おいひぃ〜!!」

「でしょ〜!」


 そこでなぜ「でしょ〜!」なのかはわからなかったが、同じ材料と同じ手順で作っているのだから、合っている言葉ではある……のか?


「ほら、黒瀬も何か言えよ、店員さんにも感想を言えって言われただろ?」

「うん……」


 結局、全部食べ終わった後に「おいしかった」の一言だけだった。

 その後も、有名どころの神社やお寺を回るだけの時間になった。


 思ったような反応を貰えず少し拗ねていた帰り道、前を歩くカップル予備群に引きずられるような形で歩いていた。

 黒瀬くんは隣を歩くものの、会話がない。これじゃあ、進展があるとかないとかそういう問題じゃないよね。横目で窺うと、何かを迷っているような表情だが、自分が良いように解釈しているだけだと首を振る。


「あ、あのさ……」


 黒瀬くんの様子を窺っていた事がバレた、かな……?


「う、うん。何?」


 声が上擦らないように注意しながら、なるべく自然な話し方を意識した。しかし、普段からどのように話し方をしているのかは、無意識なところである為、少なからず不自然な部分があった。

 そうとは気にせず、黒瀬くんは口元に手を当てて小声で続けた。


「ごめん、俺、和菓子苦手で……」

「え? あ、そう、なんだ……」


 それが原因で変だったのかぁー! 肩の荷が下りたとか、胸を撫で下ろすとか、そんな感情だった。


「うん。なんか、星宮さん八つ橋食べたところから元気なくてさ。俺、頑張って嫌な表情しないように食べてたんだけど、逆に変に思われてたかなって……」

「うーん、嫌な顔はしてなかったけど、おいしそうでもなかったよね」

「そっかぁー、ごめんごめん!」


 別に私が凹む程の理由ではなかった、と。自分の心配性には参っちゃうなぁ。いやでも、こうやって、表情一つで気になってしまうのは、黒瀬くん……だから?

 黒瀬くんも、私が元気ないって気付いていたみたいだし……。

 そこでふと、昨日の夜のラインのメッセージが頭の中で踊る。

 身勝手な考えだけど、「好き」と思われている、というのも悪くないかな、なんて。

 

 そう思ったら、体と心が軽くなるような気がした。ぎゅうぎゅう詰めになっていたものが整理されて、余裕ができた感じ。

 ただ、それは完全ではなくて。


「黒瀬くん、私のこと好きって言ってくれるのかな……」


 修学旅行が終わっても、その不安のような、期待のような考えは私を離してはくれなかった。


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